廃墟からの帰路を、私はアスナをお姫様抱っこしたまま歩いていた。
肩に担いで運ぶという選択肢も一瞬考えたが、私の身長ではどうやっても彼女の足が地面を擦ってしまう。
それも屈辱的だし、なにより危険なので却下した。
お姫様抱っこは、その体勢を取った瞬間に痛感したが――
アスナの大きな胸が視界の半分以上を埋めて、前が見えづらいのだ。
しかしゴーグルを通して周囲は見えているため、私は問題なく帰還できた。
まるで煙幕の中を平然と歩く幽霊のような気分だった。
屋上へ戻ると、一番に駆け寄ってきたのは美甘ネルだった。
「戻ったか……」
言いながら、じろっと私を見てくる。
そして深く息を吐いた。ため息だ。
「なんです?帰ってきて即ため息って、私なにかしました?」
多少オーバーキル気味だったとは言え、そこまで怒られる謂れはないはずだ。
「お前……スモークグレネードをバカスカ投げやがって……観察用のドローンが役に立たなかったじゃねぇか。煙ばっかで何も映らねえ」
腕を組みながら、呆れ混じりの声が飛んでくる。
「いやいや、仕方ないじゃないですか。正面から突っ込むってバレてるんだから、奇襲一本しか手がないんですよ」
アスナをそっと地面に降ろし、倒れないよう残りの二人に任せる。
「っていうかドローンで観察してたんですか?」
「ああ当然だ。戦闘訓練なんだから、情報は宝だろ? お前らの戦闘データも集めるに決まってる」
なるほど。
確かにその通りだ。
「でもな……せっかく飛ばしたドローンも、お前が煙をぶちまけたせいで何一つ見えなかった。最初の煙で視界は真っ白、やっと晴れたと思った瞬間には第二波。しかも濃度が桁違いに濃かった。絶対二発同時に投げただろ」
「あれは視界を完全に奪う必要があったので」
自信たっぷりに言うと、美甘ネルは更に深くため息を吐いた。
「んでもって、煙が晴れたころには決着済み。お前何したんだよ……あれだけやられりゃ、さすがに気になるだろうが」
「……説明するの面倒なんですけどね」
「いいから言え」
────────────
そして私は説明を終えた。
瓦礫の位置、初手の奇襲の失敗、煙の濃度、分散、撹乱。
アスナの対処と、最終的に読みを逆に読んだ一手。
説明する間、美甘ネルは一言も挟まず、顎に手を当てて黙って聞いていた。
「……なるほどな。ということはだ……スモークの中でもお前は見えてたんだよな? なんでだ? そのゴーグルか?」
「そうですね。このゴーグルには熱感知機能がありますから。相手が生物なら位置は見えます」
私はあえて「透視」については言わない。
さすがに企業秘密だ。
「お前さ……“アスナのデータを取るため”ってゴーグルつけてたけどさ……ほぼズルじゃねえか」
「反則と言われてませんし、装備制限ありませんでしたよね?」
「……それは言ったな……くっ……じゃあ次から使用禁止だ」
「了解です」
別に構わない。
アスナの神秘データも取れたし、目的は果たせた。
美甘ネルは、アスナの容体をチラッと見た後、腕を組んだまま言う。
「さてと……これで折り返しだ。残るは私とアカネだ。どっちからやる?」
言われるまでもなく、私は即決だった。
美甘ネルとの戦闘は……正直、やりにくい。
経験も戦闘勘も異常で、それこそアスナ以上の面倒さだ。
アスナ戦では頭を振り絞った。
だが美甘ネルはそれを更に上回るだろう。
だから、消去法でもあり――同時に戦術的判断でもある。
「アカネさんでお願いします」
「わかった、おーいアカネ!お前が先だとよ!」
呼ばれたアカネは、眼鏡の奥をきらりと光らせながら近づいてくる。
「ようやく私の番ですね。楽しみです」
その声音には、穏やかな響きの奥に、何か捕食者のような強者ゆえの余裕があった。
手にはハンドガン。
そして、もう片方の手には……
なんだ、それ。
分厚く、金属質で、ゴツく……
盾とも違う。サイズも形も妙に個性的。
「戦う前に聞きたいんですが……その手に持ってる大きなもの、何です?」
アカネは、手に持ったそれを軽く持ち上げて前に見せた。
「これですか?これは――ダイナマイトです」
…………ん?
「……今なんて言いました?」
「だから、ダイナマイトです」
数秒沈黙が流れる。
廃墟での戦闘直後、張り詰めていた緊張感が一瞬で霧散するほどの破壊力だった。
本能が告げる。
――これは美甘ネルから戦ったほうが楽だったかもしれない。
そう、心底思った。
⸻
廃墟内部は、先ほどの戦いとは違う意味で、張りつめた空気に満ちていた。
アスナとの戦いでは、私は廃墟の複雑な構造を味方にし、煙で翻弄した。
しかし今回は、違う。
もう奇襲は効かない。
私の戦術は既に読まれている。
それなら──正面からだ。
私はアカネと一瞬視線を交わし、目で宣言した。
「真正面からいきますよ」
アカネは眼鏡を指で押し上げ、微笑んだ。
「想定通りです。あなたの正面突破──私は好きですよ」
彼女の右手にはハンドガン。
だがこれは飾りだと見てわかる。
本命は左腕に抱えられた巨大な爆薬の束だ。
廃墟の床には亀裂が走り、瓦礫が積み重なり、空気は軽く乾いている。
破壊に最適な場所。
誰がいうでもなく、始まりは唐突だった。
スモークも使わない。
奇襲もしない。
ただ一直線、足と体力と瞬発力で距離を詰める。
「来ると思ってました」
アカネは迷わない。
繊細な手つきで、爆薬の導線に火をつける。
次の瞬間──
視界が白に弾けた。
爆風が襲い、瓦礫が宙を舞う。
鉄骨が悲鳴を上げるような音。
耳をつんざく衝撃と、土煙と熱気が肌を焼いた。
だが私は、その爆煙を突き破って走っていた。
「っ……ほんとうに突っ込んでくるんですね」
アカネの驚きすら余裕の内だ。
その眼に焦りはない。むしろ計算だ。
爆風の中心──私の着地点。
そこに何かが仕掛けられている。
ゴーグルが告げる。
(まずい、ここに反応……)
対戦車地雷。
しかも複数。
踏んだ瞬間──
地面が、爆音ごと消えた。
衝撃は爆薬そのものより深かった。
対戦車地雷は地を抉る。
身体ではなく「位置」そのものを破壊する爆発。
私は地面を離れ、空中に舞い上がる。
骨がしなる音が聞こえる。
いや、折れたのだ。
腕。
肋骨。
視界が揺れる。
だが眼は閉じない。
意識を手放す暇などない。
空中で体勢をひねり、落下の体勢をつくる。
そして地面に叩きつけられた瞬間──
脚で踏みとどまり、その勢いで再び走り出した。
折れた腕は垂れ下がり、肋骨が内臓に刺さりかけている痛み。
だが再生が始まっている。
足は止まらない。
足跡が地を削るほどに踏み込み、爆煙の中を突進する。
アカネの姿が、煙の切れ目に浮かんだ。
彼女は驚いてはいない。
「やっぱり来ますか」
銃など構えない。
それは本当に緊急用なのだろう。
彼女は爆薬の専門家だ。
だが、私は至近距離だ。
リボルバーを構え、折れた腕を無理やり持ち上げて──
わき腹に響く痛みを無視し、
「……終わりです!」
引き金を引いた。
零距離に近い発砲。
弾丸は確実にアカネの中心線を捉え──
しかし。
アカネはほんの一瞬だけ後ろに下がり、笑った。
「ここまで読んでますよ」
足元の床が「沈んだ」。
いや、違う。
爆薬がそこにあったのだ。
彼女自身の退却ルート。
その退路に地雷を仕掛けている。
自衛のためではない。
確実な反撃のため。
次の瞬間──
世界が弾けた。
衝撃は私の足元を吹き飛ばし、体を宙に投げ返す。
まるで先ほどの地雷爆破に巻き戻されたように、私は元いた位置へと弾き戻された。
地面に転がり、瓦礫が突き刺さる。
血が飛び散る。
皮膚が裂ける。
腕は折れたまま。
肋骨は治りきる前にまたダメージ。
だが、まだ“終わっていない”。
煙の中、アカネの声が響く。
「概ね想定通りですが…あなた、本当に凄いですね」
私は立ち上がる。
全身が悲鳴を上げながらも、再生が痛みを押し流す。
血が流れ、肉が塞がり、骨が軋みを上げながら元に戻る。
視界が揺れても、心は揺れない。
(まだ……まだ終わらない)
戦闘は、継続中。
廃墟はまだ崩れきっていない。
爆薬はまだ残っている。
私の弾もまだ残っている。
そして何より──
私はまだ戦える。
戦場は、まだ終わらない。
立ち上がった私の姿は、まともに戦える状態じゃなかった。
折れた腕、ひび割れた肋骨、肉が焦げる再生熱――けれど目はまだ死んでいない。
深く息を吸い、神秘を銃身へ流し込む。
体が震え、耐久力が意図的に下がる。細胞が暴走ぎみに再生を始める。
(ここで終わらせる……!)
銃口を太ももに当て――
ドンッ!!
骨と肉が吹き飛ぶ。
鮮血が霧のように散った。
その瞬間――
それを見たアカネの反応は速かった。
爆炎の中で、アカネの顔色が変わる。
「何を…何をしているんですか‼︎」
俺がもう片方の足を撃つ瞬間、
アカネは素早く手を振り上げ、
戦闘中止のサイン を送った。
(あれは――安全性を欠いた戦闘状況の申告。)
アカネは爆薬狂ではあるが、
命が飛ぶ領域には絶対踏み込ませない主義だ。
「リーダー!止め――」
その瞬間、私の再生能力が暴走的に働く。
吹き飛んだ脚部を壁に突き刺し――
その反動と再生の爆発的エネルギーで、私の全身が射出される。
コンクリートを砕く衝撃音。
アカネが咄嗟に反応し爆薬を投げる。
ゴォオオオオン!!
炎。粉塵。衝撃。
でも私は止まらない。
爆炎を切り裂き、アカネの目の前。
銃口を腹に押し当てる。
「終わりです」
ドッ……!
アカネの身体が吹き飛び、廃材に叩きつけられる。
そして――静寂。
私は地面に座り込んで息を吐く。
奥の手を使わされたが……勝った!
二十二話でわかった人もいるかもしれませんが、アンデットアンラックという作品の戦闘方法を一部パk…オマージュしています。