数十秒も経っただろうか。
廃墟の空気がざわりと動いたかと思うと、階段の影から弾丸のような足音が近づいてきた。アスナを先頭に、C&Cのメンバーが血相を変えて飛び込んでくる。
砂埃を巻き上げ、息を切らせながら駆け寄ってくる三人の姿は、まるで火事現場に飛び込む救急隊員のようだった。
先頭の美甘ネルは地面に膝をつく勢いで私の前まで滑り込み、そのまま私の肩を掴んだ。指の力が強くて、骨に響くほどだった。
そして次の瞬間、私の顔と吹き飛んだ足の痕跡を交互に見比べ、瞳に浮かぶ感情の色が混ざり合う。怒り、動揺、そして心配――それらがうまく分離できず、彼女の表情は完全にパニックじみている。
「足は⁉︎ どうなってる⁉︎ 何したんだ一体⁉︎」
声が震えていた。怒鳴っているようにも、狼狽えているようにも見える。
あの美甘ネルが、こんな顔をするなんて。
「そうだ!何したのか言え!」
すかさずカリンが声を重ねてくる。怒っているようで、しかし声に焦りが滲んでいた。
「さっきのどういうことか説明してよ!」
さらに後ろのアスナが叫ぶ。彼女は距離を置いているのに、それでも声量が増すほど混乱している。
三人がこんな至近距離で怒鳴り合う形になって、頭がガンガンしてきた。
「わかりました!説明します!説明しますからちょっと静かにしてください!」
自分でも妙に冷静な声が出た。
興奮している三人に釣られて、こちらまで混乱したくなかった。
ネルの指が、私の肩を掴む力をようやく弱めた。
ほんの数秒の沈黙。しかしその静寂が、逆に空気を重くした。
「お前…自分が何したかわかってんのか?」
彼女は肩から手を離し、地面に片膝をついて私の目線に合わせてくる。その目は数秒前とは一変して、尋問官のようだった。
「自分の足吹っ飛ばして…かと思ったらアカネの方にかっ飛んで…普通じゃねえよな…どういうカラクリだ?」
視線は鋭いが、そこに宿っているのは恐怖ではない。
理解しようとする意志、そして私が不可解なことをやったことへの混乱。
私は一度深呼吸し、言葉を選びながら話し始めた。
「えっと…簡単に説明しますと、ものすごい速度で再生したんですよ。その再生で体を押し出して吹っ飛んだんです。カタパルトみたいなもんですよ」
できるだけ分かりやすく。
できるだけ冗談めかさずに。
ネルは口を閉じたまましばらく私を見つめ続ける。
突拍子もない説明を頭で嚙み砕こうとしているようだった。
やがて、ぽつりと彼女は呟いた。
「…自分の足を吹っ飛ばした説明にはなってる。手足がなくなっても再生できると事前に聞いてもいた…お前の再生ってのはそんなに馬鹿げた速度でできたのか…」
私は親指を立て、冗談めかしてみせる。
「そうですね。意識すれば結構な速度での再生も可能です」
グッ、と親指。
相当やばいことを言っている自覚はあった。
後ろで聞いていたアスナとカリンは、まだ納得には程遠い表情だった。
けれど一旦は落ち着いてくれたのか、アカネの方へと歩いていく。
その背中を見送り、再びネルがこちらを向く。
今度は少し冷静さを取り戻した顔だ。
「じゃあ次の質問だ。お前、そのリボルバーで自分の足を吹っ飛ばしたろ。どうやった?というかなんでそんなことができる?精神的なことじゃなく、物理的に私たちキヴォトスの生徒はリボルバーなんかじゃ足を吹っ飛ばせない。スナイパーライフルだって、うまく行って骨が折れるとかだろ」
真正面から見据えてくる視線。
その問いは核心だった。説明次第で、この先の信頼に関わる。
「どうやったか、ですか…ちょっと説明が長くなりそうですけど、いいですかね?」
ネルは数秒考え込んだ。廃墟の風が髪を揺らす。
そしてようやく、彼女は小さく頷いた。
「そうだな…お前の戦闘方法にも関することだし、一旦この廃墟の屋上に戻って、アカネが目覚めてから全員に説明してもらおうか。そのほうが聞きたいこととかいっぺんに聞けるし。何よりアカネには隠し事はできねえからな」
そう言いながら、ネルは立ち上がり、右手を差し出してきた。
その手は相変わらず強いが、先ほどの焦りは消えていた。
「ありがとうございます」
私はその手をしっかりと掴み、身体を起こす。
廃墟の埃っぽい空気を吸い込みながら、先に屋上へ向かうアスナとカリンの背中を追った。
短編 ホシノ視点1
冷たい黒い箱のようなビルだった。
その入り口で──私は、ひとりの少女に出会った。
エントランスから降りてきたその子は、まるで影の一部が人の形をとったかのように、力なく足を運んでいた。
そして、ふとした瞬間──私と目が合った。
その目は、虚ろだった。
感情の色がどこにも見えない、均一に濁った水のような、深く沈んだ光。
一瞬、胸の奥が、爪でひっかかれたように痛んだ。
私はこのビルに誰がいるのかを知っている。
そして、その人物が何をしているのかも、嫌というほど知っている。
だからこそ──
今、目の前の少女がなぜそんな目をしているのか、想像できてしまった。
その想像は、脳裏で形を成す前に、拒絶反応のように胸を締めつけた。
放っておけなかった。
思考より先に、体が動いていた。
「だ、だいじょうぶ? 何かされなかった? 脅されたりは──」
言葉を吐き出す私の声は、どこか震えていた。
少女は俯いたまま、小さく、息を漏らすように答えた。
「はい… まあ……」
その声に、まるで生気がなかった。
風に吹かれればそのまま倒れそうな儚さだった。
気づくと私は、そっと少女の肩や腕に触れていた。
乱暴にならないよう、指先で確かめるように。
何か変なものを付けられていないか、傷はないか。
幸いにも、特段気になるものはなかったが…
あまりにも、細い。
あまりにも、小さい。
高校生という言葉がまったく似つかわしくないほど、頼りなくて、ただ触れただけで壊れてしまいそうだった。
よく見ると、彼女が着ているのはミレニアムサイエンススクールの制服だった。
ミレニアムの子…?
こんなに小さくて、痩せていて──
どうしてこんな状態で、ひとりでこんなビルに?
胸の奥に、じわりと重たいものが溜まっていく。
怒りか、悲しみか、自分でもわからない。
ただ、込み上げてくる感情が喉を熱くした。
あいつ──
あのビルにいるあの男が、こんな子にまで手を出していたのか。
想像するだけで、胃が裏返りそうだった。
腑が煮えたぎって、体中の血が逆流するような感覚。
なのに目の前の少女は、今にも消え入りそうな声で言った。
「だ、大丈夫ですから……お構いなく……」
そんなわけがない。
さっき目が合ったときに見た、あの虚無の瞳を私は忘れられない。
あれは、何もされていない人間の目じゃない。
そしてあの身体──
栄養が足りていないどころじゃない。長い間、何かを奪われ続けた身体だ。
「大丈夫……ですから。大きい声は……やめてください……」
言われて、ようやく気づいた。
私の声が、怒りと焦燥で大きくなっていたことに。
しまった。
この子は私の怒りを、自分に向けられたものだと誤解したかもしれない。
怯えたように肩を縮めたその仕草に、胸がひどく締めつけられた。
「ごめん、ごめんね。怖がらせるつもりじゃない。大丈夫だから。私は怖くないから……話してごらん?」
できる限り柔らかい声でそう告げる。
けれど、少女は小さく首を振った。
「……いえないです。どうしても……言いたくないです」
その拒絶は、ただの意固地ではなかった。
あいつに口封じされているのか。
いや、もっと根深い、心に刻まれたものかもしれない。
これ以上問い詰めるのは、この子の傷口を広げるだけだ。
私は息を吸い、ゆっくり吐きながら、できるだけ清浄な声で言った。
「わかった。無理には聞かない。
でも……もし、どうしようもなくなったときは、アビドスに来て。私、そこにいるから。いつでも相談していい」
少女は一瞬だけこちらを見た。
その瞳に、感情らしき小さな波が揺れた。
ほんのわずかだが、心に光が差したように見えた。
「……はい……」
その返事は、か細いけれど確かに存在していた。
どうか、この言葉が彼女の救いになってくれればいい。
ただ、それだけを祈りながら、私は少女が去っていく背中を見つめ続けた。
ホシノってさあ、自分のことは置いておいて他人を心配するよね。そこが好き♡もっと自分を蔑ろにして削れていって♡