しばらくのあいだ、部屋には全員の呼吸だけが落ちていた。
C&Cの四人はそれぞれの思考を整理するように眉間に皺を寄せ、ようやく揃ってこちらを見る。
さっきまで「理解不能」という顔を揃って浮かべていたのが嘘のように、今は全員の目の色が変わっていた。
「……よし」
最初に沈黙を破ったのは、美甘ネルだった。
椅子に深く座り直し、重い息を吐いてからわたしを指差す。
「次の質問に行くか」
言葉自体はいつも通りぞんざいだが、その声音には妙に慎重な響きがあった。
「そうだな……お前の銃はなんでそんなに大口径なんだ? 普通、そこまでの威力はいらないだろ。近距離戦がいいってんならマシンガンでもショットガンでも選択肢はある。よりによって、なんであんなバカみたいなハンドガンを使ってるんだ?」
バカみたい、とは失礼な。
思わず心のなかで口を尖らせる。
「それは単純ですよ」
わたしは机の下から愛銃――トリプルアクションサンダーを取り出し、丁寧にテーブルの上に置いた。金属の冷たい光沢を帯びたボディは、鋭く青白い線を描いている。
「私は銃を撃つより素手のほうが強いんです。なので銃を持つ意味を持たせるなら、わたしの拳より強い威力で、かつ当てやすいもの出なくてはいけません――それがこの子です」
説明すると、美甘ネルは自分の拳をじっと見つめた。
まるでそこに答えが書いてあるかのように、真剣な横顔。
「素手の方が強いって……まあ、あんだけ身体能力が高けりゃそうもなるのか」
彼女は拳を軽く握っては開き、握っては開きを繰り返す。
自身が本気で殴った威力が果たして銃の威力を超えることなんてあるのかを考えているのだろう。
その様子に、わたしは思わず小さく笑ってしまった。
その時、不意にカリンが指をひょい、と上げた。
「ちょっといいか?」
「どうぞ」
「威力については理解した。だが、ハンドガンにこだわる理由は何だ?素手ではどうにもならない遠距離狙撃ができるスナイパーライフルにすればいいだろう。射程のアドバンテージは大きいはずだ」
……あんまり言いたくなかったが、仕方ない。
「わたし、結構銃の扱いが苦手でして。近距離銃くらいしかまともに扱えないんですよ」
「……あ」
カリンの表情が、みるみるうちに気まずさで曇った。
いつも淡々とした彼女でも、こういう時はわかりやすい。
「まあまあ。気にしてませんから」
わたしが笑って肩をすくめると、カリンは小さく咳払いして目線をそらした。
すると、次にアカネがメガネの位置を直しながら口を開く。
彼女はさっきからじっとわたしの銃を観察していたようで、少し前のめりになりながら問いかけた。
「では次は私から。先ほどの話にも出ていましたが、あなたの銃……ものすごく威力がありますよね?スナイパーライフルに使うような弾を使っているとか」
「そうですね。12.7×99ミリ弾です。何か気になりますか?」
アカネはこくりとうなずき、メモ帳を素早く開いた。
「リーダーがその弾をくらって、お腹に大きな痣ができていましたよね。本来、リーダーはその程度で痣なんてできないはずです。弾の威力に個人差があるにしても、限度があります。流石に不自然でした」
「ああ、あれですか。それについても美甘ネルには説明済みなんですが……まあ話を忘れてたんでしょうね」
「……リーダー?」
アカネは笑っている……だが、その目は笑っていなかった。
あの目は完全に“怒っている人の目”だ。
「ごめんって!」
美甘ネルは慌てて手を合わせて謝った。
謝罪の速さだけは素晴らしい。
「では説明しますね。わたしの銃の“不自然な威力”ですが……これも神秘の操作によるものです」
「ほう……?」
アカネの眼鏡がきらりと光る。
彼女は姿勢を正し、ペン先を紙の上に構えた。
「普段、私たちの体には血液のように神秘が満ちて流れています。人にもよりますが、このうち大体“2割”くらいが、銃の威力を上げるために使われています」
そこまで話したところで、アカネが手を止め、真剣な顔で問いなおす。
「その2割という数字……どうやって出したんですか?」
「一回、体内の神秘を失神寸前まで弾の威力に込めて撃ってみたんですよ。その時の弾の威力を神秘9.5割分として計算して、普段の威力と比較しました」
アカネはしばらく無言になり、何かを噛みしめるように唇を結んだ。
「……なるほど。わかりました。では続きをお願いします」
そして、再びペンを走らせる。
「説明と言っても、ほぼ言いましたけどね。体に流れる神秘を“弾そのもの”に込めるんです。特に弾頭に集中して込めると、貫通力も上がって威力が跳ね上がります。わたしは普段、体内の神秘の“8割くらい”を弾に込めています」
「弾の威力はどれくらい上がるのですか?」
「4倍くらいですね。つまり、わたしの場合――神秘を“1割込めるごとに約37%”弾の威力が上がるみたいです」
「4倍……? 12.7×99ミリ弾の4倍……? ……恐ろしいですね」
アカネはわかりやすく青ざめた。
横で聞いていたカリンも目を細め、美甘ネルへ視線を向ける。
「そんなのくらって、リーダーよく痣ですんだな」
美甘ネルは胸を張り、どこか誇らしげに腕を組んだ。
“当然だろ”という顔だ。
アカネは深い溜息をつき、ペンを閉じた。
「私からの質問は以上です」
静かに、けれど確かな重さをもって、こちらへと視線を戻す。
ホシノ視点 3
次の日。昨日の夜――セリカちゃんからの電話で聞いたあの話が頭から離れず、結局ほとんど眠れなかった私は、重たいまぶたをなんとか持ち上げて布団を抜け出した。眠気でふらつく足取りのまま、いつものようにアビドスへ向かう支度を整える。
玄関を出た瞬間、真正面から差し込んだ朝日が目に刺さった。
「くあー……眠い……朝日が眩しくって目が痛い……」
ぼやきがひとりでに漏れる。まだ十分に起きていない頭は、太陽の光すら暴力のように感じてしまう。
アビドス行きの電車に乗り込むと、車両は思いのほか静かだった。空気は重く、どこか乾いているようにも感じる。つり革に身を預けると、視界の端に、疲れ切った表情のサラリーマンが映った。彼は深く背中を丸め、まるで体を支える力まで失ってしまったかのように座席に寄りかかっている。
――この人もきっと、あまり眠れなかったのだろう。
そんな同情が胸を過ぎると同時に、私はまた別のことを考え始めていた。
昨日出会ったあの子のことだ。
白い髪、赤い瞳、細い手足、虚ろな目。あの異様な細さは、ただの体質とは思えなかった。何を抱えているのか。誰に何をされたのか。私は何を“してあげられる”のか。
しかし、寝不足の頭ではまともな答えなど出てくるはずもなく、思考は同じ場所をぐるぐると回り続けた。
電車が揺れながら進んでいくうちに、アナウンスが耳に届いた。
『まもなくアビドス行き最寄駅に到着します』
その声に押され、私は重たい腰を上げた。改札に近い車両へ移動しようと、車両間のドアを押し開ける。
冷たい空気が流れ込み、少しだけ頭が冴えたような気がした。だが次の瞬間、足が止まった。
車両を移ったその先――ドアの近くの席に、顔を伏せて震えている生徒がひとり座っていたのだ。
白い髪。小柄な体。ミレニアムの制服。
見覚えがありすぎた。
忘れようがない。むしろ、朝からずっとその子のことで頭がいっぱいだったのだから。
胸がざわつくまま、私は思わず声をかけていた。
「……あの、大丈夫?」
ゆっくりと、その子は顔を上げた。
赤い瞳が揺れる。そして、小さな声が私の名を呼ぶ。
「……あ、昨日の……」
覚えていてくれたことに、ほんの少し安心する。
昨日とは違い、彼女の顔色は悪くなかった。目に宿る光も、昨日の“虚ろな闇”ではない。けれど代わりに、機械的なゴーグルのようなものをかけている。ミレニアムの子なら、発明品の実験か何かなのかもしれない。
私は昨日の続きのように尋ねた。
「昨日のあと、大丈夫だった?」
「はい……特に、何も……」
「そっか。良かった。辛くなったら、いつでも頼っていいからね」
そう言って微笑むと、彼女は小さくうなずいた。
そして思い出す。セリカちゃんの話。励ましてもらったという出来事。お礼を言わなければ。
「そうだ、昨日セリカちゃんから聞いたよ。励ましてくれたんだって? うちの可愛い後輩をありがとね」
そのまま、そっと彼女の頭に手を置いた。
触れた瞬間、指先に滑るような柔らかさが伝わってくる。細い髪の一本一本が、まるで光を含んだガラスの糸のように、繊細で、ひどく綺麗だった。
――その時。
指先に、硬いものが触れた。
髪の生え際あたりに、明らかに異物の感触がある。
「ん……? なんだこれ……?」
思わず指を動かして確かめると、少女が小さく身じろぎした。
「あの、頭は……」
制止しようとする声。しかし“何かついているなら取ってあげなければ”という気持ちが勝った。
少し我慢してね――そんな思いで、私はその白く細い髪をそっとかき分けた。
その先にあったものを確認するために。
ゆっくりと。
慎重に。
――髪をどかした。