今回はユウカ視点です。説明が足りなかった部分の説明もしています。
新入生への挨拶を終え、胸の緊張がようやく抜け始めた頃だった。新入生の質問に答えていると、背後から遠慮がちな声が小さく響いた。
「……あの、会計、少し、お時間いいですか?」
振り返ると、そこに立っていたのは、まるで中学に入りたての子どもを連想させるほど小柄な少女だった。
白い絹糸のようなボブカットに、赤いルビーのような瞳。整った顔立ちと無表情めいた雰囲気が相まって、陶器の人形のような印象すら与える。
――可愛い。
思わず頬が緩むのを、私は咄嗟に引き締めた。撫でたい衝動を何とか押し殺し、心臓が跳ねる音を悟られぬよう、できるだけ落ち着いた声で返す。
「新入生? どうしたの?」
その一言に、少女は肩をすくめるように小さく息を吸い、恥ずかしそうに視線を落とした。
「私……この学校で“神秘研究会”を立ち上げたいんです。
まだ企画書もないし、メンバーもいないんですけど……どうしても、やってみたくて……」
思わず瞬きをした。
入学初日で部活動申請。それは、少なくとも私の知る限り前例がない。ミレニアムは学術よりも部活動を中心とした文化が強く、入学後すぐに活動を始める生徒も多い。しかし、それにしたって早すぎる。普通は学校の雰囲気に慣れ、自分の興味が定まるまで一週間ほどはかかるものだ。
何より、企画書もメンバーもない状態での申請は、常識の範囲外だった。
――でも、だからといって頭ごなしに否定するのは違う。
この子が語る「神秘」が気になるし、何より、その瞳に宿る真剣さが嘘ではないことは、ひと目でわかった。
「神秘研究会……ね。新入生でいきなり部活を作りたいっていうのは珍しいわよ。
でも前向きなのはすごくいいことだわ。まずは話を聞かせてくれる?」
促すと、少女はホッとしたように胸をなでおろし、説明を始めた。
「はい。えっと……キヴォトスの生徒って、みんなヘイローがついてて、体が頑丈じゃないですか。それに、弾丸も撃つ人によって威力が違う。この仕組みを解明すれば……キヴォトス以外でのヘイローの再現や、ゲヘナのツノや尻尾、トリニティの羽なんかも再現、制御できるかもしれないんです」
なるほど。彼女が言う“神秘”とは、キヴォトスの生徒が持つ特異な身体能力や特徴全般のことらしい。
言われてみれば、普段あまりにも当たり前として受け止めていたが、確かにキヴォトスの身体構造は常識外れだ。悪魔や天使のような特徴を持つ生徒も少なくない。それらを体系的に研究したいというわけだ。
熱意は伝わる。しかし、それだけで部活を認めるわけにはいかない。
「…なるほどね。確かに面白いし、意義もありそう。
でもね、熱意だけじゃあ部活はできないの。人数を集めるか、その研究に意味があると示す“何か”を出さないと、予算も場所も確保できないわ」
少女は唇をぎゅっと結び、しかしすぐに小さく頷いた。
「そうですよね……でも、人はまだ集まってないんですけど、研究の意味なら話せます」
「話してみて」
この返答次第では……少しくらいサポートしてあげてもいいかもしれない。そんな気持ちが胸の奥でふわりと芽生える。
少女は意を決したように顔を上げた。
「まず、身体特徴についてです。ゲヘナやトリニティの生徒の羽は、一部生徒ですが、滑空や上昇が可能です。これを再現、または改良できれば、人類の新たな機動力になります」
なるほど、ゲヘナの風紀委員長の羽のことだろう。
「確かに、それは大きいわね。あの羽が標準装備みたいになれば、生活は一気に変わるでしょうね」
少女は嬉しそうに続ける。
「次に医療関係です。これも一部の生徒ですが、傷の治りが早かったり、そもそもの耐久力が他より高かったりします。これらを再現できれば……死亡率の低下が期待できます」
C&C部長や、トリニティの正義実現委員会の副部長を思い浮かべた。骨折すら数日で治る回復力は、確かに大きな可能性を秘めている。
「キヴォトス外で再現できれば、確かに医療は劇的に進歩するでしょうね」
「最後に戦闘面です。キヴォトスでは同じ銃、同じ弾丸でも、生徒ごとに威力が変わります。これを解明できれば、新たな武器や戦闘技術の開発につながると思います」
キヴォトスにいればもはや常識だが、たしかにこれは大きな謎の一つだ。
「確かに、そういう現象あるわよね。普通の人が撃つライフル弾より、強い子が撃つサブマシンガンのほうが威力が高い、なんてザラだもの。理屈がわかれば革命ね」
彼女は少し頬を赤くし、ぱあっと目を輝かせた。その表情があまりに純粋で、胸の奥のどこかがくすぐったくなる。
「今言ったことが、神秘の研究で得られる主なメリットです」
もちろん、その熱意は理解できる。だが――
「……熱意は十分伝わったわ。本当にやりたいんだってこともね。ただ、部活を作るには人数が足りないの。」
その言葉が胸に刺さる。でも、それは当然のことだった。
「でも、同好会なら……?」
「ええ。同好会なら、私たちセミナーの認可は必要ないわ。まずはそこから始めてみたらどう? 人数が増えれば、部活への昇格も夢じゃないわ。」
「では、同好会の活動場所は……?」
「そうねぇ……なくはないんだけど」
ミレニアムタワーの上階に空きはある。しかし同好会で使うには費用が高すぎる。今はこの子一人なのだ、現実的ではない。
「今すぐ使える教室は地下しか残ってないのよね。上階は空いていても使用費が高すぎておすすめできないわ」
「そうですか……地下……いいじゃないですか地下! 研究と言えば地下室ですよ」
目を輝かせてそう言う姿に、思わず吹き出しそうになる。
本当にわかりやすい子だ。
「あなたがいいならいいんだけど……実はもう一つ問題があってね」
「問題、ですか?」
「めちゃくちゃ広いのよ。その教室。昔、学校がまだ小さかった頃に戦闘訓練場として作られた場所なの。でも学校が拡大して敷地も増えた結果、アクセスが悪すぎて使われなくなったのよ」
電気も通ってるし、壁も強固。ただただ立地が悪い。それだけの理由で放置されている、ちょっとした遺産だ。
「そんなにいい条件なのに放置されてるってことは……かなりアクセス悪いんですね」
「それはもう。ミレニアム西端の売店からさらに西に行ったところに階段があってね。そこから地下に降りるの。深さは……150メートルくらい」
「150……!? それは……確かに使われていない理由がわかりますね」
当時のミレニアムの“勢い”を思えば納得の設計だ。地下鉄も電線も邪魔だから、もっと深く掘ってしまえ――そんな無茶なノリが感じられる。
少女はしかし、全く怯んだ様子を見せなかった。
「分かりました。私、そこに決めます」
「えっ、本当に? 立地も悪いし、上下移動も大変だし……同好会で使うには相当大変よ? それでも?」
私はまだ悩むと思っていた。数日後に「やっぱり別の場所が……」と言われると想像していたのに。
だが彼女は、迷いなく笑った。
「はい。よろしくお願いします!」
ぱっと開いた笑顔は、まっすぐで、屈託がなくて、眩しいほどだった。
心配事は山ほどある。
けれど――この笑顔を前にしたら、どうしても甘くなってしまう。
こうやって、登場人物から見た主人公めっちゃ好きです