ミレニアムの秘密の研究室   作:まったり愛好家

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最近、短話書くときの筆のノリ具合が半端じゃない。めっちゃ楽しい。

愉悦部員だったのかもしれない。


第三十話 長かった一日 短編あり

「もう、あらかた聞きたいことは聞けたかな」

 

美甘ネルはそう言いながら、椅子を引く音を立てて立ち上がった。

その動作はいつものように豪快だが、どこか切れ味が鈍い。

わずかな違和感が、空気の端に引っかかる。

 

いつの間にか、すっかり暗くなっていた。

夕暮れの名残は消え、廃墟の外に並ぶ電柱にはぽつりぽつりと灯が入り、黄色い光がひび割れたアスファルトを照らしている。

その明かりは心細いほど弱く、しかし確かに「夜が来た」ことを告げていた。

 

「はあ……やっと終わりましたか……長かったですね、質問タイム」

 

私も腰を上げる。

椅子から立ち上がるだけで、身体のあちこちが鈍く痛む。

張り詰めていた神経が、ようやく緩んだせいだろう。

 

「どうします? もう結構暗くなっちゃいましたけど」

 

私は美甘ネルの方を見て、確認するように問いかけた。

 

「あー……そうだな」

 

ネルは顎に手をやり、少し考え込む。

 

「他の三人の戦闘演習はもう済んだし、あたしは戦わなくてもいいかな」

 

――意外だった。

美甘ネルなら、こういう場面で遠慮などせず、むしろ真っ先に殴り合いを提案してくると思っていた。

 

「……なんか、リーダー元気ない?」

 

アスナが不安そうに、ひょいっとネルの顔を覗き込む。

その距離の近さに、ネルは一瞬だけ目を泳がせた。

 

カリンとアカネも、言葉にはしないが、視線をネルに向けて様子を伺っている。

どうやら、違和感を覚えたのは私だけではなかったらしい。

 

「どうかしましたか?」

 

私は少し慎重に言葉を選びながら続ける。

 

「アスナさんの言う通り、元気がないように見えますが」

 

「……そう見えるか?」

 

ネルは肩をすくめる。

だが、その声にはいつもの軽さがない。

 

「ええ、とても」

 

即答すると、ネルはしばらく黙り込み――

 

「はぁ〜……」

 

と、深いため息をついた。

それは疲労というより、感情の整理が追いつかないときの吐息に近かった。

 

「さっきの話だよ」

 

ネルは視線を床に落としたまま、低く言う。

 

「自分で耳を切り落としただの、チンピラに襲われて死にかけただの……そんな話を聞いた上で、戦おうって気分になれねえんだよ」

 

ああ、なるほど。

ようやく合点がいった。

 

「同情してくれてるんですか?」

 

わざと少しだけ距離を詰め、顔を覗き込むようにして聞いてみる。

 

「同情なんか……」

 

一度言いかけて、ネルは言葉を切った。

 

「……いや、多少はしてるな。同情もしてるが、それよりも――」

 

彼女はちらりとこちらを見る。

 

「そんな話を、平気な顔で、なんなら得意げに話すお前を見てると……なんか、気分が沈む」

 

それは、完全に予想外の言葉だった。

美甘ネルが、こんな感情を向けてくるとは思っていなかった。

 

彼女は落ち込んでいるわけでも、怒っているわけでもない。

ただ、いつもの覇気が少しだけ薄れている。

それが、妙に胸に残った。

 

……この表情、どこかで見たことがある気がする。

つい最近、どこかで。

 

「お前さ」

 

不意に、ネルが顔を上げた。

 

「中学の頃、何してた?」

 

「……なんで突然そんなことを?」

 

話題の転換が急すぎて、思わず聞き返してしまう。

 

「……気になっただけだ」

 

引っかかりはするが、別に隠すようなことでもない。

私は少し考えてから、正直に答えた。

 

「特に変わったことはしてませんね。一年生の時は、自分一人でできる神秘の研究。二年生の時は、共同研究者と出会って研究が進展したので、拠点を変えてアビドスに引っ越しました。三年生は……研究機材を揃えるためのバイトですかね」

 

少し間を置いて付け足す。

 

「部活は三年間ずっと機動研究部*1。家では格ゲーしてました」

 

ちなみに、カイザー理事と契約したのは二年生の頃だ。

 

「……なんか、普通だな」

 

ネルが拍子抜けしたように言う。

 

「何を期待してたんですか……」

 

思わず苦笑する。

 

「なんかもっとこう、研究に没頭して引きこもってるもんかと」

 

「いやいや、そんなことしませんよ」

 

私は肩をすくめる。

 

「そんな生活してたら、すぐお金が尽きますって。

私の研究、成果が目に見えにくいですし、発表できないことも多いので、研究費が出ないんですよ」

 

それは、紛れもない現実だった。

資料も少なく、先人もほとんどいない。

基本は手探りで、効率も悪い。

正直、かなり大変だ。

 

「そうか、そうか」

 

ネルは、はは、と軽く笑った。

その笑顔は、さっきまでとは違う――

いつもの、豪快で気持ちのいい美甘ネルのものだった。

 

「さて」

 

彼女はパンッ、と両手を叩いて場を切り替える。

 

「じゃあ、今日のところはお開きってことでいいか?」

 

「私は賛成ですね」

 

私は即座に答えた。

 

「今日はもう疲れました……ここ数日、ゆっくりできた日がなかったので余計に」

 

本音だ。

今すぐ布団に潜り込みたい。

 

「私もさーんせー」

 

アスナが元気よく手を上げる。

 

「私もだな」

 

カリンが短く答え、

 

「私もですね」

 

アカネも同意する。

 

全員一致だった。

 

「じゃあ、私たちC&Cは一旦ミレニアムに戻るか」

 

ネルはそう言ってから、私を見る。

 

「お前はどうする?」

 

「私は直接帰りますね。一刻も早く布団にダイブしたいです」

 

「ハハッ、そうか」

 

ネルは楽しそうに笑った。

 

「まあ、気をつけて帰れよ」

 

「ありがとうございます。ではまた。皆さんも気をつけて」

 

そう言って、私は廃墟を後にした。

 

長いこと明かりのない建物にいたせいだろう。

駅にたどり着いた瞬間、ホームの照明がやけに眩しく感じた。

 

思わず目を細めながら、私は夜の中へと足を進めた。

 


短編 ホシノ視点 4

 

 そこに、異物はなかった。

 

 期待していた金属片も、装置らしきものも、髪に絡まった何かもない。

 ただ――皮膚が、わずかに盛り上がっていた。

 

 触れると、硬い。

 柔らかいはずの頭皮が、不自然な感触を返してくる。

 指先がなぞるその境目は、滑らかではなく、どこか歪で、時間が経って固まったもののようだった。

 

 それは、まるで。

 皮膚から、何かを切り取ったあとの痕のように見えた。

 

 ぞくり、と背中を冷たいものが走る。

 

 その位置に、見覚えがあった。

 頭の横、少し前寄りの、あの場所。

 シロコちゃんのような――動物の耳を持つ生徒たちが、耳を生やしている場所だ。

 

 なぜ。

 どうして。

 この子の頭に、耳を切り落としたあとのような痕があるのか。

 

 一瞬、思考が完全に止まった。

 

 次の瞬間、堰を切ったように、想像が頭の中を駆け巡る。

 なぜこんなことになったのか。

 誰に、何をされたのか。

 どれほどの痛みだったのか。

 どんな思いで――。

 

 胸の奥が、ぐちゃりと音を立てて掻き回される。

 

 けれど、目の前の少女は。

 怒りもしなければ、泣きもしない。

 ただ、ほんの少し気まずそうに、こちらの表情を伺っているだけだった。

 

 責められるのを待つ子どものように。

 それとも、もう何も期待していない人の目のように。

 

「……耳の痕……だよね……?」

 

 喉がひくりと鳴る。

 

「切り落とした痕……こんなことって……!」

 

 自分でも驚くほど大きな声が出た。

 抑えきれなかった。

 理性よりも先に、感情が噴き出してしまった。

 

 だが、叫ばずにはいられなかった。

 

 少女は、その声に肩をすくめ、視線を落とした。

 睫毛が影を落とし、白い頬が少しだけこわばる。

 

「……私は、大丈夫ですから」

 

 静かな声だった。

 説得するでもなく、言い聞かせるでもなく。

 ただ、そう“決まっていること”を告げるような口調だった。

 

 そんな――

 そんなわけがあるはずがない。

 

「そんなわけないでしょ!?」

 

 また、声が荒れる。

 止められない。

 

 大丈夫?

 そんなわけがない。

 

 耳だ。

 髪を切られたとか、服を破られたとか、そんな話とは訳が違う。

 身体の一部だ。

 生まれついてあったものだ。

 

 それを失って――どうして。

 

「これは……自分で切り落としたものですから……」

 

 少女が、ゆっくりと顔を上げた。

 

 その声は震えていない。

 泣きそうでもない。

 ただ、淡々と事実を並べるようだった。

 

「これは本当に、私のせいなんです。他の人に何かされたとかじゃなく……私が、やったんです」

 

 自分で?

 耳を?

 切り落とした?

 

 言葉の意味が、頭に入ってくるまで少し時間がかかった。

 

 理解した瞬間、胸の奥がひどく痛んだ。

 怒りでも、恐怖でもない。

 どうしようもない、重たい感情。

 

「……なんで、そんなことをしたのかな……?」

 

 責めるつもりはなかった。

 叱る気もなかった。

 ただ、純粋な疑問だった。

 

 けれど少女は、静かに首を横に振った。

 

「……言いたくありません」

 

「なんで?」

 

 その問いに、彼女は少しだけ間を置いてから答えた。

 

「なんでもです。誰にだって、秘密の一つや二つあるもんですよ」

 

 その言葉に、胸が詰まる。

 

 ……そうだ。

 私だって、抱えている事情がある。

 誰にも話していないことがある。

 それを棚に上げて、「話してごらん」なんて言えるはずがなかった。

 

 自分の軽率さが、急に恥ずかしくなる。

 

「……そう、だね」

 

 私は小さく息をついて、

 

「ごめんね」

 

 そう謝った。

 

 それ以上、言葉は続かなかった。

 車内には、規則的な走行音と、遠くの話し声だけが流れていく。

 

 沈黙が、重くもあり、奇妙に穏やかでもあった。

 

 やがて、アナウンスが響く。

 

『アビドス、アビドスです。お出口は、左側です。お忘れ物のないよう、ご注意ください』

 

 どうやら、到着したらしい。

 

「……私、この駅だから」

 

 そう言って、私は席を離れた。

 

 ドアが開き、ホームの空気が流れ込む。

 そのまま電車を降り、背後で扉が閉まる音を聞いた。

 

 ホームに立ちながら、胸の奥に残った違和感を抱えたまま、私は思う。

 

 ――私は、余計なお世話なのだろうか。

*1
ジェットパックやフライングスーツなどを研究、開発している部活。二年生の時にコハクの作った関節に装着するロケットブースターは、カイザーと契約した時に特許ごとカイザーに売った




ネル先輩は可哀想な話聞くとシナシナしてほしい。でもすぐにカラッカラになって背中叩いて励ましてほしい。
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