ミレニアムの秘密の研究室   作:まったり愛好家

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第三十一話 ゲヘナで訓練 短編あり

今日は、特に予定がなかった。

 

新しい研究室にはまだ機材を運び込んでおらず、調整も実験もできない。

つまり、やることがない。

 

最近続けていた気になる生徒の調査も、ひとまず区切りがついている。

データ整理も済み、仮説も立て終えた。

次の工程に進むには、環境が整うのを待つしかない。

 

なので、今日は本当にやることがなかった。

 

――だから、ゲヘナに来ている。

 

理由を聞かれたら、たぶん多くの人は首をかしげるだろう。

研究者が、わざわざ治安の悪いゲヘナに足を運ぶ理由など、普通はない。

 

だが、これにはきちんとした理由がある。

 

「おい、そこのお前。ちょっと止まれ」

 

ほらきた。

 

振り返らなくても分かる。

間違いない、チンピラだ。

 

今回、私がゲヘナに来た目的。

それは――わざとチンピラに絡まれ、正当防衛の形で戦闘経験を積むこと。

 

具体的には、素手のみを使った多人数戦の練習だ。

 

なぜ、そんな遠回りなことをするのか。

理由は、一昨日のアビドス襲撃、そして昨日のC&Cとの戦闘演習で、はっきりと自覚した問題にある。

 

――私は、自分の銃に頼りすぎている。

 

キヴォトスの生徒が銃に頼るのは当たり前だ。

それ自体は何もおかしくないし、問題視されることでもない。

 

だが、私の場合は少し事情が違う。

 

私の戦闘スタイルは単純明快だ。

相手の懐に一気に踏み込み、単発火力で叩き潰す。

 

一対一であれば、非常に強力だ。

それはここ最近の実戦で、嫌というほど理解した。

 

しかし――相手が多人数の場合、この戦法は致命的な弱点を抱える。

 

私自身の身体能力が高いため、相手の懐に潜り込むこと自体は容易だ。

だが、多人数戦では、一人に接近できたところで意味がない。

 

むしろ、敵のど真ん中に飛び込む形になり、集中砲火を浴びる結果になる。

 

これでは、いくら再生能力があっても対処しきれない。

 

私は普段、耐久力や攻撃力をある程度下げ、その分を再生能力に回している。

つまり、多数から同時にダメージを受け続ける状況では、

再生能力を全力で使っても、回復が追いつかずすりつぶされてしまう。

 

攻撃しようにも、銃の威力が足りなければ押し返せない。

 

そこで、私は考えた。

 

――いっそのこと、再生能力に極振りした戦い方はどうだろうか。

 

これは以前から頭の片隅にはあった考えだ。

だが、必要性を感じず、意図的に避けてきた課題でもある。

 

再生能力に特化した戦闘には、明確な利点がある。

リソース管理が単純になり、再生が追いつかないという事態も回避できる。

 

それでも、今まで練習してこなかった理由はただ一つ。

 

――見た目が、あまりにもよろしくない。

 

再生能力に極振りするということは、

耐久力を捨てるどころか、自ら体を欠損させ、再生しながら戦うということだ。

 

血は飛び、肉は裂け、骨が露出する。

正直に言って、グロい。

グロいどころの話ではない。

 

だから、今まで避けてきた。

 

だが――昨日のC&Cとの戦闘で、思い知らされた。

 

こちらの戦法を理解され、対策されてしまえば、私はそこまで強くない。

今まで初見殺しで勝ってきただけで、

対策された後の選択肢が、奇襲かゴリ押ししかない。

 

それは、戦闘者として非常によろしくない。

 

だからこそ、この弱点を克服する必要がある。

再生能力に極振りした戦い方を、実戦で叩き込む必要がある。

 

――説明終わり。

 

さて、目の前のチンピラに答えてやらねば。

 

「私ですか? 何でしょう?」

 

私は振り返り、何も知らないふりをする。

 

「いやー、私たちな、ちょっとカネに困っててさ。支援してくれねえ?」

 

出た。

教科書に載せたいくらい、分かりやすいチンピラだ。

 

「お金の支援、ですか?」

 

私は丁寧に首を傾げる。

 

「申し訳ありませんが、お断りします。会って間もない方にお金の支援はできません」

 

声のトーンは低く、姿勢は控えめに。

できるだけ弱そうで、真面目そうに振る舞う。

 

こうすれば、大抵のチンピラは実力行使に出る。

 

「チッ……そういうことじゃねえんだよ!」

 

相手の声が荒くなる。

 

「アタシらが金欲しいって言ってんの!早く出せや!」

 

「どうすんだよ?出すの?出さねえの?」

 

胸ぐらを掴まれ、体が持ち上げられかける。

小柄な体が、簡単に宙に浮いた。

 

「出しません」

 

私はきっぱりと言い切る。

 

「あなたたちにあげるお金なんて、持っていません」

 

「……んじゃまあ」

 

チンピラの一人が、にやりと笑った。

 

「力ずくで頂くかな」

 

銃が向けられる。

昼間の路地で、まったく躊躇がない。

 

――よし。

 

私は心の中で息を整えた。

 

ここで撃たれれば、正当防衛が成立する。

反撃できる。

合法的に、戦闘ができる。

 

「これでもくらいな!」

 

銃声が響く。

 

体に衝撃が走り、皮膚が弾かれる。

弾丸がかすり、血が滲み、服を赤く染める。

 

だが、傷はすぐに塞がる。

血も、じきに止まった。

 

――これでいい。

 

これで、反撃する理由ができた。

さあ、ここからが――

 

ズダダダダダッ!!

 

突然、空気を引き裂くような激しい銃声が鳴り響いた。

 

次の瞬間、チンピラたちの体が宙を舞い、路地の壁に叩きつけられる。

私は反射的に目を見開いた。

 

横から、撃たれた。

 

そう認識した時には、すでに――

私の目の前には、一人の少女が立っていた。

 

白く、長く、豊かに広がる髪。

キヴォトスでも滅多に見ない、巨大な悪魔の羽。

黒と紫の縞模様を持つ、特徴的なヘイロー。

 

ゲヘナの風紀委員長。

 

――空崎ヒナが、静かに私の前に立っていた。

 


短編 ホシノ視点 5

 

 次の日。

 今日も今日とて、アビドス復興のための会議が行われていた。

 

 古びた校舎の一室。机の並びは不揃いで、ところどころに修繕の跡が残っている。外から吹き込む乾いた風が、窓際のカーテンをわずかに揺らしていた。

 そんな場所で、私たちは真剣な顔をして、未来の話をしている。

 

 新入生の二人も、今日は特に積極的だった。

 遠慮がちだった最初の頃とは違い、今では自分の意見をきちんと口にしてくれる。その姿が、正直とてもありがたい。

 

 アヤネちゃんは相変わらず真面目だ。

 私たちがつい冗談に流れたり、話が脱線したりすると、すぐに冷静なツッコミを入れてくれる。その声音には棘はなく、ただ「ちゃんとやりましょう」という意思だけがある。

 

 一方で、セリカちゃんも基本的には真面目なのだが――少しだけ、騙されやすいところがある。

 人を疑うことをあまりしない、その性格が長所である一方で、時々心配にもなる。

 

 それでも二人は、確実にアビドスに馴染んできていた。

 ノノミちゃんとは軽口を叩き合い、シロコちゃんとは必要最低限ながらも言葉を交わす。

 その光景は、荒れ果てた校舎には少し不釣り合いなくらい、穏やかで明るいものだった。

 

 ――いい光景だな。

 

 そう思いながらも、頭のどこかが静かにざわついている。

 あの白い髪の少女のことが、ふとした瞬間に思考の端をかすめていく。

 

「誰にだって、踏み込まれたくない事情はある」

 

 あのときの言葉が、いつまでも胸の奥に居座っている。

 彼女はどんな事情を抱えているのか。

 私は、何をしてあげられるのか。

 考えは堂々巡りを繰り返し、答えには辿り着けない。

 

 そんなときだった。

 

 ぴ、と鋭い電子音が鳴る。

 アヤネちゃんのレーダーが警報を発していた。

 

「……30人ほどの集団が、アビドスに向かってきています」

 

 その報告に、私は小さく息をついた。

 

 またか。

 きっと、いつものカタカタヘルメット団だろう。

 

 去年あたりから、彼らは時折こうしてアビドスを襲撃してくるようになった。

 廃校同然のこの校舎を、自分たちの拠点にしようとしているらしい。

 

 何度返り討ちにしても、少し時間を置けばまたやってくる。

 本当に、迷惑極まりない。

 しつこいにも程がある。

 

 ――めんどくさいな。

 

 そんな本音が頭をよぎりつつ、迎え撃つ準備をしようと校門の方へ向かおうとした、そのとき。

 

「……集団の中から、一人が離脱しました。校門の方角へ向かっています。残りの集団は西へそれて、アビドスの側面から侵入を試みているようです」

 

 その報告に、足が止まる。

 

 意外だった。

 いつものカタカタヘルメット団なら、考えなしに正面から突っ込んでくるはずだ。

 

 ――流石に、少しは学習したということか。

 

 ふと、アヤネちゃんの方を見る。

 彼女がこの前入学してくれたからこそ、こうして冷静に状況を把握できている。

 もし以前のままだったら、側面からの攻撃に気づかず、痛い目を見ていたかもしれない。

 

「うへー、めんどくさいけど……校門の一人は、おじさんが引き受けるよー」

 

 そう言って、視線を仲間たちに向ける。

 

「側面の集団は、シロコちゃんたちでお願いねー」

 

「ん、わかった」

 

 短く答えたシロコちゃんは、ニヤリと笑った。

 その表情は、戦いを恐れていないというより、むしろ楽しんでいるようにすら見える。

 

「ありったけの地雷で、吹き飛ばしてくる」

 

 その言葉に、私は思わず苦笑した。

 

 ――この感じなら、大丈夫だろう。

 

 仲間を信じ、私は一人、校門の方へと足を向けた。

 乾いた風が制服を揺らし、遠くで砂が舞い上がる。

 

 これもまた、アビドスの日常だ。

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