ミレニアムの秘密の研究室   作:まったり愛好家

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第三十二話 緊急搬送 短編あり

「……え?」

 

思わず、間の抜けた声が喉からこぼれ落ちた。

 

仕方がないだろう。

ついさっきまで、目の前で銃を構えていたチンピラたちは、次の瞬間には衝撃音とともに吹き飛ばされ、地面に転がっていたのだ。

そして、その中心に――まるで最初からそこに立っていたかのような自然さで、空崎ヒナが立っていた。

 

理解が追いつかなくて当然だった。

 

「……これは……運が悪いな」

 

思わず、そんな独り言が漏れる。

 

せっかく時間をかけて焚き付けたチンピラたちは、全員まとめて失神。

呼吸はあるし、致命傷ではないが、戦闘訓練どころではない状態だ。

 

――これじゃあ、戦えない。

 

風紀委員に見つかる可能性があることは、もちろん想定していた。

だが、来るとしても下っ端の委員か、巡回中の数人程度だろうと思っていたのだ。

 

まさか――空崎ヒナ本人が来るとは。

 

彼女は、倒れたチンピラたちを一瞥すると、慣れた手つきで拘束具を取り出し、淡々と、しかし無駄のない動きで縛り上げていく。

その動作には一切の躊躇も感情もなく、まるで「業務」の延長のようだった。

 

その様子を、私はぼんやりと眺めていた。

 

「あなた、怪我はない?」

 

縛り終えると、ヒナは私の方を振り向き、そう声をかけてきた。

その声は落ち着いていて、普段通りの冷静さを保っている。

 

「ええ、特に痛いところは――」

 

そう答えかけた、その瞬間。

 

「……え……?」

 

ヒナの視線が、私の体に向けられた途端、はっきりと変わった。

眉が寄り、瞳がわずかに揺れ、表情から血の気が引いていくのが分かる。

 

「その怪我……! だめ、すぐに救急医学部を呼ぶわ!」

 

「え?」

 

理解する間もなく、ヒナは端末を取り出し、慌てた様子で通信を開始していた。

 

「こちら風紀委員長。重傷者一名、出血多量。場所は――」

 

私はしばらく、呆然とその様子を見つめていたが、やがて自分の体に視線を落として、ようやく理由を理解した。

 

――ああ、そういうことか。

 

今の私は、血だらけだった。

怪我そのものはとっくに再生し、痛みも残っていない。

だが、治る前に流れ出た血が、制服や地面を赤く染めている。

 

知らない人が見れば、どう見ても大怪我だ。

むしろ、よく意識を保っているな、と思われるレベルだろう。

 

「あの、私は――」

 

説明しようと口を開いた瞬間、

 

「喋らないで!」

 

ヒナの声が、いつになく強い調子で響いた。

 

「横になって! 無理に動かないで、おとなしくしてて!」

 

……ええ……?

 

「大丈夫、すぐに救急医学部が到着するわ! それまでどうにか意識を保って!」

 

そんなに……?

私、今どれだけの瀕死状態に見えているんだ。

 

「私の体……どうなってるんですか?」

 

半ば呆然としたまま、そう聞いてみる。

 

「大丈夫、大丈夫だから」

 

ヒナはそう言って、私の手をぎゅっと握ってきた。

その手は少しだけ冷たく、そして、わずかに震えている。

 

――ああ、これは。

 

どうやら私は、「今にも死にそうな被害者」に見えているらしい。

 

これは……何を言っても、聞いてくれなさそうだな。

 

この雰囲気、どこかで感じたことがある。

そうだ。小鳥遊ホシノだ。

初めて会った時の、あの過剰なまでの保護者ムーブに、少し似ている。

 

そんなことを考えているうちに、遠くからサイレンのような音が近づいてきた。

 

三十秒も経たないうちに、救急車に似た白い車両が路地に滑り込み、救急医学部の人員が次々と降りてくる。

 

「重傷者はこちらですね!」

 

「意識あり、出血量多量!」

 

「担架持ってきて!」

 

あっという間に囲まれ、私は担架に乗せられようとしていた。

 

――これは……怪我がないとバレたら、めんどくさいな。

 

そんな現実的な考えが、ふと頭をよぎる。

 

治療中に「傷がない」ことに気づかれたら、説明が面倒だ。

下手をすれば、能力の詳細に踏み込まれる可能性もある。

 

それは、できれば避けたい。

 

私は一瞬だけ迷ってから、決断した。

 

担架に乗せられる直前、痛む場所を押さえる“ふり”をしながら、指先に力を集中させる。

皮膚に、ほんの小さな穴を開ける。

 

じわり、と新しい血が滲み出た。

 

側から見れば、無理に動いたことで出血が悪化したように見えただろう。

 

「出血増えてる!」

 

「急いで! 車に!」

 

案の定、現場は一気に慌ただしくなり、私はそのまま救急車に運び込まれた。

 

扉が閉まり、エンジン音が高鳴る。

車両は猛スピードで走り出し、体が大きく揺さぶられる。

 

天井を見つめながら、私は小さく息を吐いた。

 

――ちょっと、やりすぎたかもしれないな。

 

胸の奥に、ほんの少しだけ、罪悪感が芽生える。

 

風紀委員長を本気で心配させ、救急医学部まで巻き込んでしまった。

だが同時に、どこか冷静な自分が「まあ、仕方ない」と結論づけてもいた。

 

救急車の揺れに身を任せながら、私は目を閉じる。

 

今日の訓練は、完全に失敗だ。

――だが、思いがけない出会いと、厄介な展開を引き当ててしまった。

 

そんな予感だけが、やけに鮮明に胸に残っていた。

 

 

 

 

ホシノ視点6

 

 シロコちゃんたちに側面の集団を任せ、私は校門の内側でひとり立っていた。

 砂に覆われた地面の向こう、歪んだ鉄骨と古びた門扉の先には、まだ敵の姿は見えない。乾いた風が吹き抜けるたび、錆びた校門がかすかに軋む音を立てる。

 

 これといって、焦りはなかった。

 心臓の鼓動も、普段と大して変わらない。

 

 ――チンピラも、少しは頭を使うようになったんだな。

 

 そんな程度の感想だった。

 正面から一人だけ来るという不自然さも、囮だろう、とどこか楽観的に考えていた。こちらを引きつけて、頃合いを見て引く。あるいは逃げる。いつものパターンだと思っていた。

 

 バズーカが撃ち込まれる、その瞬間まで。

 

 それは、あまりにも唐突だった。

 

 警告もなく、前触れもなく、校門の正面から放たれた一撃。

 轟音が空気を引き裂き、次の瞬間、衝撃が地面を揺らした。

 

「――っ!」

 

 構える暇すらなかった。

 爆風が校門を叩き、鉄と砂とコンクリートの破片が舞い上がる。

 視界は一瞬で灰色に染まり、何も見えなくなる。

 

 耳鳴りがする。

 粉塵が喉を刺し、息を吸うたびにざらついた空気が肺に流れ込む。

 

 私は反射的に体勢を低くし、警戒態勢を取った。

 姿は見えない。だが、敵がいることだけははっきりしている。

 

 しばらくして、ゆっくりと煙が流れ始めた。

 砂埃の向こう、崩れかけた校門の正面から、声が響く。

 

「アビドスよ! 貴様らの学校、我々の新拠点として貰い受ける! 抵抗なく立ち去れ!」

 

 いかにもな口上だった。

 大仰で、芝居がかっているような声。

 

「うへー……また来たのー?」

 

 思わず、ため息まじりに声が漏れる。

 

「いい加減にしてほしいなー。勝てないんだから、諦めて他を当たりなよー」

 

 そうぼやきながら、私は一気に距離を詰めた。

 砂を蹴り、最高速で接近する。煙の中を抜けると、敵の姿がはっきりと見えてきた。

 

「うちには優秀な新人ちゃんがいてさー。接近には事前に気づいてたんだよー」

 

 言葉を投げながら、相手の様子を観察する。

 

「一人しかいなかったから、おかしいとは思ったけど……まさか本当に襲撃してくるとはねー」

 

 本音を言えば、校門の一人は囮だと思っていた。

 こちらを引きつけておいて、頃合いを見て退く――そんな動きだとばかり。

 

 だが、目の前の相手は逃げる様子もなく、堂々と立っている。

 

「こちらの誘いに、わざわざ乗ってくれるとは……」

 

 ヘルメットごしなはずなのに、相手が笑ったのがわかった気がした。

 

「随分と、後輩への信頼が厚いんだな」

 

 その言葉に、私は思わず笑ってしまった。

 

「もちろんそうだともー。いいこと言ってくれるねーそうだねー。おじさんには勿体無いくらい、できた後輩だよー」

 

「……は?」

 

 一瞬、相手が固まった。

 

「え? おじさん? なんで?」

 

 あ、そこ驚くんだ。

 内心でそう思いながら、私は肩をすくめる。

 

「おじさんは、おじさんだよー」

 

 教えてあげる。

 

「お前……ストレスで頭が……」

 

「失礼だなー」

 

 少しだけ不満を込めて返す。

 

「おじさんは、まともだよー」

 

 相手はしばらく黙り込み、やがてやれやれと言いたげに頭を振った。

 

「……はあ。まあいい。一旦、納得したことにしておく」

 

「うへー……」

 

 私は小さく息を吐く。

 

「おじさんは、戦いたくなんかないんだけどなー……」

 

 本心だった。

 できることなら、こんな面倒なやり取りは避けたい。

 

「戦わないのなら、アビドスはもらう」

 

 即答だった。

 迷いのない、はっきりとした言葉。

 

「それは困っちゃうなー」

 

 私は肩をすくめる。

 

「仕方ないか」

 

 そこでようやく、相手の姿をしっかりと見る余裕ができた。

 ……小さい。

 思っていた以上に小柄だ。

 

 私よりも一回りは小さい。

 制服からして高校生のはずだが、本当にそうなのかと疑ってしまうほどだった。

 

 まあ、今はいいか。

 

 そう思った瞬間、頭の中のスイッチが切り替わる。

 余計なことを考えるのをやめ、意識を一点に集中させる。

 

 風が吹き、砂が舞う。

 校門の影で、私は静かに構えた。

 

 ここから先は、話し合いじゃ済まない。

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