ミレニアムの秘密の研究室   作:まったり愛好家

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前回から文章の書き方を少し変えています。読みにくかったりしましたら教えてください。前の書き方に戻します。


第三十四話 感情制御アルゴリズム部 短編あり

 服を着替え終え、鏡の前で軽く身だしなみを整えた私は、そのままミレニアムへ向かった。

 

 ゲヘナでの一件を思い返すと、今でも少しだけ胃のあたりが重くなる。

 予定のない、貴重な一日。

 それが救急車に揺られ、病院で拘束され、脱走する羽目になるとは、誰が予想しただろう。

 

「……流石に、もったいなさすぎるな」

 

 独りごちて、私はミレニアムの正門をくぐった。

 

 ここはやはり空気が違う。

 整然と並ぶ建物。

 無駄のない導線。

 どこか無機質で、しかし理知的な雰囲気が漂っている。

 

 ゲヘナの混沌とも、アビドスの荒涼とも違う。

 この場所は、常に「思考」と「実験」の匂いがする。

 

 今日は何か、新しい刺激が欲しかった。

 

 そう考えた私は、構内マップが表示された端末の前で立ち止まった。

 

「……部活、か」

 

 ミレニアムには実に多種多様な部活が存在する。

 研究部、技術系、文化系、娯楽系。

 どれも一癖も二癖もあるが、それがこの学園の魅力でもある。

 

 私は画面をスクロールしながら、ひとつひとつ目を通していった。

 

 バイオ研究部。

 鉄道部。

 アニメ制作部。

 ロボット工学部。

 量子演算研究会。

 

「人数が多いこともあるのか…部活が多いな」

 

 半ば感心しながら、さらに視線を走らせる。

 

 すると、ある名前が、不意に目に留まった。

 

「感情制御アルゴリズム部?」

 

 思わず、声に出してしまった。

 

 聞いたことがない。

 少なくとも、私の記憶には存在しない部活だ。

 

 画面をタップし、詳細を開く。

 

 そこに表示された説明文を、私は一行ずつ、慎重に読み進めた。

 

――人間の感情を

――測定でき、予測でき、制御可能なパラメータとして扱い、

――以下を目標とする研究部。

 

 その時点で、すでに嫌な予感がしていた。

 

 だが、私は読み進める。

 

・感情の完全な数値化

・意思決定の制御

・感情の制御

 

 ……。

 

 私は無言のまま、画面を見つめ続けた。

 

「……なんだ、これ」

 

 正直な感想が、口から漏れる。

 

 危ない。

 どう考えても危ない。

 

 言葉の一つひとつが、倫理の地雷原を全力疾走しているように見える。

 

 感情の完全な数値化。

 これは、まだ分かる。

 

 感情を定量化できれば、個人の性格、傾向、思考パターンをデータとして扱える。

 それは人間性の解析において、極めて価値の高い成果だ。

 

 優れた人間のデータを集積すれば、

 より優れた戦闘指揮官、

 より効率的な意思決定者、

 あるいは理想的な指導者像を、人工的に再現することすら可能になる。

 

 ――そこまでは、理解できる。

 

 だが。

 

 意思決定の制御。

 感情の制御。

 

 これは、話が違う。

 

「……一線、越えてないか?」

 

 思わず、眉をひそめる。

 

 感情は、人間の行動を左右する根源だ。

 それを制御するということは、すなわち人格そのものに干渉するということ。

 

 自己同一性。

 自我。

 主体性。

 

 人間が「人間」であるための、最後の防波堤。

 

 それを、アルゴリズムで操作する。

 冷静に考えれば、かなり危険な発想だ。

 

 ……私が言えた立場ではないが。

 

 自嘲気味に、心の中でそう付け足す。

 

 だが、次の瞬間。

 私の中で、別の思考が静かに芽生えた。

 

「……いや」

 

 これは。

 

 もしかしたら――チャンスではないか。

 

 私は、指先を軽く握りしめた。

 

 カイザー理事と取引を始めてから、すでに一年半が経っている。

 私のコピー体は、その間、全くと言っていいほどに進捗がない。

 

 身体的には問題ない。

 神秘量も確保されている。

 知識のインストールも済んでいる。

 

 だが。

 

 自我がない。

 感情がない。

 「自分」という概念が、芽生えない。

 

 動く。

 考える。

 反応する。

 

 だが、それはあくまで「プログラム的な最適解」に過ぎない。

 

「……感情がないから、なのか?」

 

 小さく呟く。

 

 もし、この部活が本気で「感情の制御」を研究しているのだとしたら。

 もし、感情を発生させ、調整し、定着させる技術を持っているのだとしたら。

 

 それを、コピー体に応用できる可能性がある。

 

 感情を“与える”ことができれば。

 そこから自我が芽生えるかもしれない。

 

 人格が、形成されるかもしれない。

 

 それは、倫理的に正しいのか。

 危険ではないのか。

 

 ……分からない。

 

 だが、少なくとも、今の停滞した状況を打破する糸口にはなり得る。

 

 私は深く息を吸い、吐いた。

 

「……よし」

 

 決めた。

 

 百聞は一見に如かず。

 字面だけで判断するには、あまりにも情報が足りない。

 

 話を聞くだけなら、問題ないはずだ。

 

 私は地図を拡大し、感情制御アルゴリズム部の位置を確認する。

 思ったよりも、構内の奥だ。

 

「随分と……隔離されてるな」

 

 それもまた、意味深に感じられた。

 

 私は端末を閉じ、歩き出す。

 ミレニアムの整然とした通路を進みながら、胸の奥に、久しぶりの高揚感を覚えていた。

 

 危険かもしれない。

 面倒なことに巻き込まれるかもしれない。

 

 それでも。

 

 未知の研究。

 未知の可能性。

 

 それに惹かれてしまうのは、研究者としての性なのだろう。

 

 私は足を止めることなく、感情制御アルゴリズム部の部室へと向かった。

 

 


ホシノ視点 8

「あれは……作戦失敗を知らせる合図……?」

 

 赤い煙を見上げたまま、目の前の子は呆然と呟いた。

 声には、はっきりとした動揺が滲んでいる。

 

「まさか……別動隊は……負けたのか……?」

 

 その言葉のあと、完全に動きが止まった。

 銃を構えた姿勢のまま、まるで時間だけが切り取られたかのように、硬直している。

 

 ――相当なショックなんだろう。

 

「別働隊のこと、気になるのかな?」

 

 勝ちを確信した今、自然と声に余裕が滲んだ。

 口元には、無意識のうちに笑みすら浮かんでいる。

 

 ……自分でも不思議だった。

 本来なら、この隙を逃さず拘束するなり、制圧してしまうのが正解だ。

 なのに、身体がそう動かなかった。

 

 ――小さいから、かな。

 

 そんな理由を頭の中で作って、深く考えないようにした。

 

 目の前の子は、ゆっくりと視線をこちらへ戻した。

 だが、その所作には先ほどまでの余裕はない。

 明らかに、警戒の色が濃くなっている。

 

「……何をした」

 

 低い声だった。

 

「こんな短期間でやられるような戦力差じゃなかったはずだ」

 

 一語一語を噛みしめるように、慎重に。

 私の動きを一瞬たりとも逃さないよう、意識を集中させているのが伝わってくる。

 

「簡単だよー」

 

 私は肩をすくめ、なるべく軽い調子で答えた。

 

「うちの後輩ちゃんがね、君たちを発見したときにさ。“接近がわかったなら、罠を仕掛けよう”って提案してくれて」

 

 一拍置いて、続ける。

 

「地雷を、いくつか置いておいたんだよねー」

 

 もう話しても問題ない。

 そう判断して、包み隠さず告げた。

 

 相手の表情が、わずかに歪んだような気がした。

 

「……砂狼シロコの判断か?」

 

 その名前が出た瞬間、今度は私のほうが驚いた。

 

「おお~」

 

 思わず声が漏れる。

 

「そこでシロコちゃんの名前が出てくるってことはさ、結構アビドスのこと調べてきた感じ?」

 

 感心半分、本心半分だった。

 

「用意周到だねー」

 

 個人の戦闘スタイル、癖、判断傾向。

 そこまで調べた上で今回の襲撃を仕掛けてきたのだとしたら、それはもう“ただのチンピラ”の域を超えている。

 

 ――だからこそ、違和感が残る。

 

 地雷という単語から、即座にシロコちゃんを連想できる。

 つまり、状況判断力は高い。

 

 それなのに。

 

 別働隊が壊滅したと知ってなお、この場に留まっている。

 

 なぜだ?

 

 時間稼ぎ?

 それとも、まだ何か切り札がある?

 

 私は一歩、半歩と距離を詰めながら、探りを入れる。

 

「君、撤退しないでいいのかな?」

 

 あくまで何気ない口調で。

 

 相手は、一瞬だけ視線を伏せ、それから静かに答えた。

 

「……殿を務めるんでね」

 

 淡々とした声音。

 

「私が撤退するのは、別働隊が全員、安全な場所まで下がった後だ」

 

 その言葉に、胸の奥がわずかにざわついた。

 

 ――殿。

 

 その役割を、この子が?

 

 意外だった。

 カタカタヘルメット団に、そこまでの信頼関係があるとは思っていなかった。

 

 いや、それ以上に。

 

 この子が加入したのは、せいぜい数日前のはずだ。

 そんな短期間で、背中を預ける役目を任されるほどの信頼を得られるのか?

 

 わからない。

 わからないことだらけだ。

 

 私は考えを巡らせながら、小さな違和感を覚えていた。

 言葉の端々に、どこか“割り切れなさ”がある。

 

 その瞬間だった。

 

 背後――アビドス校舎側から、確かな足音が近づいてくる。

 

 砂を踏みしめる、軽く、それでいて迷いのない足取り。

 

「ホシノ先輩」

 

 聞き慣れた声。

 

「チンピラ、追う?」

 

 振り返ると、そこにシロコちゃんが立っていた。

 銃を構え、目の前の子へと正確に照準を合わせている。

 

 風に揺れるマフラー。

 その表情は、いつも通り淡々としているが、戦闘時特有の鋭さを帯びていた。

 

 赤い狼煙は、すでに薄れ始めている。

 だが、その意味は十分すぎるほど伝わっていた。

 

 この場の主導権は、完全にこちらにある。

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