ミレニアムの秘密の研究室   作:まったり愛好家

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第三十五話 解決策 短編あり

 地図に示された場所の前で、私は立ち止まった。

 

 ……部室、のはずだ。

 

 だが、目の前にあるのは拍子抜けするほど何の変哲もない扉だった。

 鉄製でもなく、厳重なロックがあるわけでもなく、ただの古びた扉。

 研究部にありがちな警告表示や、注意書きのプレートすら見当たらない。

 

 看板もなければ、部活名の表示もない。

 部室番号すら貼られていないのではないかと思うほど、存在感が薄い。

 

 知らない人が見たら、まず間違いなく物置か、倉庫の出入口だと思うだろう。

 少なくとも、「人間の感情を制御する研究を行っている部活の拠点」には見えない。

 

「……本当に、ここで合ってるんだよね?」

 

 思わず、小さく呟いてしまう。

 

 もう一度、端末で地図を確認する。

 位置は間違っていない。

 座標も一致している。

 

 ならば――ここなのだ。

 

 私は軽く深呼吸をしてから、扉の前に立ち、指を折り曲げる。

 

 コン。

 コン。

 コン。

 

 ノックの音は、思ったよりも軽く、廊下に虚しく響いた。

 

 ……。

 

 ……返事がない。

 

 耳を澄ましてみるが、内側から物音は聞こえない。

 人の気配も、ほとんど感じられない。

 

「……まさか、本当に場所を間違えた?」

 

 一瞬、そんな考えが頭をよぎる。

 

 いや、だが。

 地図は正確だ。

 ミレニアムの案内システムが間違うとは考えにくい。

 

 私が再びノックしようとした、その時だった。

 

「はいはいはーい……今行きますよっと」

 

 扉の向こうから、間延びした声が聞こえた。

 

 思わず、背筋がわずかに伸びる。

 

 数秒後。

 鍵の外れる音とともに、扉がゆっくりと開いた。

 

「……あれ?」

 

 最初に視界に入ったのは、白衣の裾だった。

 

 次いで、だらしなく揺れる長い金髪。

 その髪は腰のあたりまで伸びていて、毛先が好き勝手に跳ねている。

 

 かなりラフな身なりだ。

 白衣には、明らかに薬品か何かの染みがいくつも残っている。

 落とす気配も、隠す気配もない。

 

「お客さんかな?」

 

 そう言いながら、彼女はきょろきょろと周囲を見回した。

 

 ……私を、見ていない。

 

「あれ?おかしいな……ノックが聞こえた気がしたんだけど……?」

 

 彼女は首を傾げ、廊下の左右を見渡す。

 扉の横、天井、床。

 

 ……いや、床は見てないな。

 

 その時になって、私はようやく理解した。

 

「……え」

 

 これ、もしかして。

 

 身長差で、見えてない?

 

 視線の高さを考える。

 彼女の身長は、ざっと見ても170後半。

 対して私は……まあ、言うまでもない。

 

 40センチ近い身長差がある。

 確かに、真正面に立っていても、視界に入らない可能性は――

 

「……いや、ないでしょ普通」

 

 心の中で突っ込みつつ、私は一歩前に出た。

 

「ここです。ここ。下です」

 

 痺れを切らし、はっきりと声をかける。

 

「え?」

 

 彼女は間の抜けた声を上げてから、視線を下げた。

 

「あ」

 

 一瞬、きょとんとした表情。

 次いで、ぱっと明るくなる。

 

「あ、ごめんごめん。ちょっと見えてなかった」

 

 ……ちょっと?

 

 悪びれる様子もなく、軽い調子で言われてしまい、思わず言葉に詰まる。

 

 事実ではあるのだろう。

 だが、なんとなく馬鹿にされているような、いないような。

 評価が難しい。

 

「それで?」

 

 彼女は屈託のない笑みを浮かべたまま、私を見下ろす。

 

「こんな研究室に、何の用かな?」

 

 私は一瞬、言葉を選んだ。

 

 感情制御。

 意思決定の操作。

 どう切り出しても、誤解を生みそうな話題だ。

 

「あなたたちの研究に、少し興味がありまして」

 

 できるだけ丁寧に、穏やかな口調で言う。

 

「お話を伺えないかと思い、訪ねてきました」

 

 すると彼女は、目を瞬かせた後、驚いたように声を上げた。

 

「え、私たちの研究?」

 

 一瞬の間。

 そして次の瞬間、彼女は破顔した。

 

「感情の制御やら、そういうやつだよね?そっかー、それは嬉しいねぇ」

 

 心底嬉しそうな笑顔だった。

 

「私たちの研究に興味を持ってくれる人、あんまりいないからさ」

 

 その言葉には、どこか自嘲と、それでも隠しきれない喜びが混じっていた。

 

「そういうことなら――」

 

 彼女は扉を大きく開き、身を引く。

 

「入って入って」

 

 軽く手招きされ、私は一歩、部室の中へ足を踏み入れた。

 

 室内は、想像していたよりもずっとこじんまりとしていた。

 

 広大な実験施設や、無数のモニターが並ぶ空間を想像していたわけではないが、それでも拍子抜けするほど普通の部屋だ。

 

 おそらく、元は一般的な教室か、研究用の小部屋だったのだろう。

 そこに機材を詰め込み、無理やり研究室に仕立て上げたような印象を受ける。

 

 机の上にはノート、端末、ケーブル類。

 壁には数式やグラフが書き殴られたホワイトボード。

 床には、片付け途中らしい箱や機材が雑然と置かれている。

 

「……意外と、落ち着いた部室なんですね」

 

 思わず、正直な感想が口から漏れた。

 

「外から見た時も思いましたけど、思ったより……普通というか」

 

「あー、よく言われるよ」

 

 彼女は気にした様子もなく笑った。

 

「派手な設備があると、逆に目立つでしょ?ここはそういうの、嫌だからさ」

 

 部屋の奥には、他にも三人の生徒がいた。

 

 彼女たちは、珍しい来訪者である私を見て、それぞれ違った反応を見せる。

 警戒する者。

 興味深そうに観察する者。

 無言で様子を見る者。

 

 空気が、わずかに張り詰めた。

 

「さてと」

 

 最初に出迎えてくれた彼女が、くるりとこちらを振り返る。

 

「活動説明の前に……自己紹介でもしようかな?」

 

 そう言って、胸に手を当てる。

 

「私は、この感情制御アルゴリズム部の部長――鷹宮レイ」

 

 名前を告げる声は、妙に軽やかだ。

 

「意思決定の制御とか、感情の制御を主に研究してるよ」

 

 彼女はそう言って、手を差し出してきた。

 

 私は一瞬だけ逡巡し、それからその手を握る。

 

 握手は意外としっかりしていた。

 

「あー、自分は白波ユリっす」

 

 次に前に出てきたのは、やや気だるげな雰囲気の生徒だった。

 

「感情測定とか、数値化を担当してるっす。よろしくお願いしますっす」

 

 独特な語尾だが、態度は誠実だ。

 彼女とも、軽く握手を交わす。

 

「私は御影サラです」

 

 三人目の少女は、柔らかな微笑みを浮かべていた。

 

「感情制御と、自己決定の制御を研究しています」

 

 彼女は、両手で丁寧に私の手を包み込むように握った。

 その仕草からは、礼儀正しさと慎重さが感じられる。

 

「私は久遠ミコト」

 

 最後に名乗った少女は、落ち着いた声音だった。

 

「人間以外の生物の感情制御と、自我の研究をしてる」

 

 差し出された手は、予想以上に力強い。

 意志の強さが、そのまま伝わってくるようだった。

 

 四人の自己紹介が終わり、視線が一斉に私に向けられる。

 

 ――次は、私の番だ。

 

 私は軽く背筋を伸ばし、名乗る。

 

「真田利コハクです」

 

 一瞬、空気が静まる。

 

「神秘研究同好会の会長をしています」

 

 何人かの視線が、わずかに変わったのを感じる。

 

「研究内容は、神秘の制御、発現、変化についてですね」

 

 そう言って、もう一度、全員と順に握手を交わした。

 

「――じゃあ」

 

 鷹宮レイが、ぱん、と軽く手を打った。

 

「自己紹介も済んだことだし、早速君の用事を聞こうじゃないか」

 

 そう言いながら、部室の奥から椅子を引きずってくる。

 金属脚が床を擦る、耳に少し残る音。

 その仕草は雑だが、不思議と不快感はない。

 

「立ち話もなんだし、座って座って」

 

 促されるまま、私は差し出された椅子に腰を下ろした。

 背もたれは少しきしみ、長年使われてきたことがわかる。

 

 四人は半円を描くように私を囲む形で立ち、あるいは机にもたれかかっている。

 

「それで?」

 

 レイが顎に手を当て、興味深そうにこちらを見る。

 

「君は、ここに何を求めて来たんだい?」

 

 私は一瞬、言葉を選んだ。

 どこまで踏み込むべきか。

 どこまで伏せるべきか。

 

 しかし、ここまで来て曖昧なことを言っても意味がない。

 

「……そうですね」

 

 小さく息を吸い、吐いてから、私は口を開いた。

 

「この部の研究テーマにある、『意思決定の制御』と『感情の制御』の技術を使えば」

 

 四人の視線が、微妙に鋭くなる。

 

「――自我を持たない人間に、自我を芽生えさせることは可能ですか?」

 

 一瞬、空気が止まった。

 

 部屋の奥で鳴っていた機械の低い駆動音だけが、やけに大きく聞こえる。

 

 四人は、すぐには答えなかった。

 視線を逸らし、考え込む。

 それぞれが、頭の中で仮説を組み立てているのがわかる。

 

 最初に口を開いたのは、久遠ミコトだった。

 

「……正直に言うと、なんとも言えない」

 

 彼女は腕を組み、慎重な口調で続ける。

 

「その“人間”が、どういう経緯で自我を失っているのか。そもそも自我が存在していたのか。今、どういう状態なのか」

 

 一つ一つ、区切るように言葉を重ねる。

 

「それによって、話はまったく変わってくる」

 

 ――ごもっとも。

 

 私は内心で頷いた。

 

 科学的にも、倫理的にも、曖昧な問いすぎる。

 即答できるはずがない。

 

「ですよね……」

 

 苦笑しつつ、私は情報を補足することにした。

 

「えっと……」

 

 視線を少し落とし、整理する。

 

「他人の言葉は理解できます。指示にも従えるし、それに応じた行動も取れます」

 

 四人が、無言で続きを待っている。

 

「でも、自分で物事を決定できません。感情も見られない。喜びも、怒りも、恐怖も」

 

 言葉にしながら、改めてその異常さを実感する。

 

「……抜け殻、みたいな状態です。それが、先天的なものです」

 

 ミコトは顎に指を当て、目を伏せた。

 深く、長い沈黙。

 

 その間に、レイが口を挟む。

 

「ふぅん……」

 

 彼女は椅子に腰掛け、片足をぶらぶらと揺らしながら言った。

 

「抜け殻みたいな人間、しかも先天的。

 それに自我を芽生えさせたい、と」

 

 ちらりと、こちらを見る。

 

「……なぜだい?」

 

「なぜ、ですか?」

 

 聞き返すと、レイは肩をすくめた。

 

「いやね」

 

 軽い調子だが、目は鋭い。

 

「さっきの説明が妙に具体的だったからさ。理論の話っていうより、実例を見てる感じがして」

 

 彼女は少し身を乗り出す。

 

「もしかして、知り合いにそういう人がいて、その人のためにここに来たのかなって思ってね」

 

 ――鋭い。

 

 どうする?

 正直に話す?

 

 いや、無理だ。

 

 自分の肉体から切り出した腕を使って、

 自分とほぼ同一のコピー体を作っています。

 でも自我が芽生えなくて困ってるんです。

 

 そんなことを言ったら、研究者以前に人としてアウトだ。

 ヴァルキューレ案件か、精神科直行だろう。

 

 私は一瞬だけ逡巡し、そして――話を合わせることにした。

 

「……まあ」

 

 曖昧に微笑む。

 

「そんなところ、ですね」

 

 嘘ではない。

 だが、真実でもない。

 

 レイはその答えを聞いて、なぜか満足そうに頷いた。

 

「なるほどね」

 

 にこにこと、悪気のない笑顔。

 

 ――きっと、家族か、友人の話だと思っているのだろう。

 

 訂正はしない。

 する必要もない。

 

 その時だった。

 

「……一つ、考えられることがある」

 

 ミコトが顔を上げ、こちらを見た。

 

「その人間の状態を直接見ていないから断言はできないけど」

 

 慎重に前置きしながら、言葉を選ぶ。

 

「現時点で考えられるのは、三つ」

 

 指を一本ずつ立てる。

 

「一つ目。脳機能の障害」

 

 次に二本目。

 

「二つ目。自閉スペクトラムの極端なケース」

 

 そして三本目。

 

「三つ目。解離性障害の、極端な慢性状態」

 

 続けて、ミコトは淡々と説明する。

 

「もし脳機能の障害なら、正直、私たちの出る幕じゃない。医者に見せた方がいい。私たちも脳に関する技術は多少あるけど、専門家には敵わない」

 

 理路整然とした口調。

 

「自閉スペクトラム症なら、感情制御のアプローチで何かできる可能性はある。ただし、精神状態は比較的安定していることが多い」

 

 一呼吸。

 

「解離性の極端な慢性状態なら……」

 

 少しだけ、声が柔らぐ。

 

「こんな研究室に来るより、カウンセリングを受けたり、誰かが傍にいてあげる方がいいかもしれない」

 

 ――真面目だ。

 

 思っていた以上に、真剣で、誠実な回答だった。

 

 私は内心で舌を巻く。

 

 どうだろう。

 

 脳機能障害……

 一番それっぽいが、脳の構造は私と同じはずだ。

 コピー体だから。

 

 残り二つは精神障害。

 だが、そもそも“精神”が芽生えていない。

 

 ――該当しない。

 

 つまり、人間基準の診断では測れない可能性が高い。

 

 私は黙り込み、考え込んだ。

 

 その様子を見ていたのだろう。

 白波ユリが、控えめに声をかけてきた。

 

「……その方を」

 

 少しだけ視線を逸らしつつ。

 

「ここに連れてくることは、できないんですか?」

 

 確かに、それが一番早い。

 

 だが――

 

 私と同じ顔。

 同じ声。

 同じ作り。

 

 ほぼ同一人物を連れて歩くリスクは、あまりにも高い。

 

 そもそも、外に出すこと自体が危険だ。

 

 ……でも。

 

 長年の課題だ。

 ここで何か糸口が掴めるなら。

 

 私は小さく息を吐いた。

 

「……連れては、来られます」

 

 慎重に言う。

 

「ただ、それでも……いいんですか?」

 

 レイは即答だった。

 

「もちろん」

 

 楽しそうに、目を輝かせる。

 

「私としても、すごく興味がある」

 

 研究者の顔だ。

 

「……そういうことなら」

 

 私は覚悟を決める。

 

「わかりました。連れてきてみます」

 

 胸の奥で、何かが静かに膨らんでいく。

 

 もし、ここで何かが変われば。

 コピー体に“自我”が芽生えれば。

 

 神秘の研究は、間違いなく次の段階に進む。

 

 私は、期待に胸を膨らませた。

 

 ――この選択が、どんな結果をもたらすのか。

 

 その時は期待で頭がいっぱいだった。

 

短編 ホシノ視点8

「そうしたいのは山々なんだけどさ」

 

 私は肩をすくめ、軽く息を吐いた。

 

「この子が通してくれないんだよねー」

 

 そう言って、親指で目の前の襲撃者を指し示す。

 

 その仕草に反応して、シロコちゃんの視線が一段と鋭くなった。

 銃口がわずかに持ち上がり、迷いのない動きで相手を捉える。

 

「……では、倒してしまいましょうか」

 

 淡々とした声音。

 だが、その裏にははっきりとした敵意があった。

 

 その直後、校舎の方から重い足音が近づいてくる。

 乾いた砂を踏みしめる、少しゆったりとした歩調。

 

「ホシノちゃん、どうやら揉めてるみたいだねぇ」

 

 現れたのはノノミちゃんだった。

 両手で抱えるように持ったミニガンは、すでに相手へ向けられている。

 

「これは……少々まずいか?」

 

 目の前の子が、低く呟いた。

 

 シロコちゃんとノノミちゃん。

 その二人が揃ったことで、戦力差はもはや比較にもならないほど開いていた。

 

 さすがに状況を理解したのか、その声には明らかな焦りが滲んでいる。

 一歩、また一歩と後退し、瓦礫の影へ身を滑り込ませる。

 

 崩れたコンクリートの隙間から、最小限だけ身体を出し、こちらを警戒するその姿。

 

 ……小さい。

 

 体格のせいもあってか、まるで追い詰められた猫のようだった。

 背中を丸め、逃げ道を探るような、必死で警戒心を張り巡らせた様子。

 

 そんなことを考えられるくらいには、こちらの状況には余裕があった。

 

 だが、それと同時に――胸の奥に、言葉にできない違和感が生まれる。

 

 強烈な既視感。

 デジャヴにも似た、嫌な感覚。

 

 ――まただ。

 

 戦闘中にも、何度か感じたこの感覚。

 なぜだか、この子には「初めて会った」という気がしない。

 

 大事な何かを、決定的な何かを、私は見落としている。

 そんな気がしてならなかった。

 

 状況は完全にこちらが優勢。

 だからこそ、この違和感の正体を確かめたくなった。

 

「ねえ」

 

 私は銃を下ろさないまま、声だけを少し柔らかくした。

 

「この戦力差じゃさすがに勝てないでしょ?」

 

 一歩、距離を詰める。

 

「だからさ、一旦話し合ってみない? 君、たぶん雇われだろうし。案外、和解できるかもよ?」

 

 その言葉に、瓦礫の陰から一瞬だけ視線が鋭くなる。

 

 そして、意外にもその子は身を隠したままではなく、瓦礫から半身を出して答えた。

 

「……和解?」

 

 声音には、警戒と困惑が入り混じっている。

 

「学校を襲撃してきたやつと、和解したいのか?」

 

 まあ、そう思うよね。

 急に和解なんて言われたら、誰だって疑う。

 

「ホシノ先輩」

 

 すぐさま、シロコちゃんが口を挟んだ。

 

「和解なんかせずに、倒してしまおう。学校を襲ってきたやつに、情けはいらない」

 

 銃を構えたまま、微動だにしない。

 その態度には一切の迷いがなかった。

 

 ……シロコちゃんからすれば、当然の判断だ。

 目の前の相手は、ただの襲撃者でしかない。

 

「まあまあ」

 

 私は片手を軽く上げて制す。

 

「でもさー、この子にも何か理由があると思うんだよー。それを聞かずに倒しちゃうのは、ちょっとね」

 

 せっかく余裕がある。

 それに、この違和感を放置したまま終わらせたくなかった。

 

 瓦礫の陰から、低い声が返ってくる。

 

「……いやに優しいんだな」

 

 疑念を隠さない声音。

 

「事前情報では、向かってくる奴には容赦がないとされていたが……心変わりでもしたか?」

 

 やっぱり、調べている。

 

「いやー」

 

 私は苦笑しながら答える。

 

「普段は問答無用なんだけどさ。君、すごく小さいじゃん?」

 

 ちらりと、その体格を見る。

 

「だから、ちょっとだけ気が引けるんだよねー」

 

 これは、半分本音だった。

 ここまで小さい子を、複数人で囲んで叩くのは、正直絵面が悪い。

 

「……それだけか?」

 

 相手の声が、さらに鋭くなる。

 

「身長が小さいだけで、攻撃の手を緩めるのか? とてもそうとは思えん。何を企んでいる」

 

「わかっちゃうかー」

 

 私は小さく笑った。

 

「そうだよね。事前に調べてるんだもんね」

 

 この子は、おそらく私が一年生だった頃の情報も持っている。

 だから、今の私の態度が不自然に見えるのだろう。

 

「まあ、答えなくてもいいんだけど……」

 

 一拍置く。

 

「いや、やっぱ答えては欲しいんだけど」

 

 私は、ほぼ確信を持って問いかけた。

 

「君さ」

 

 一歩、前に出る。

 

「私と、初対面じゃないよね?」

 

 その瞬間――。

 

「ッ‼︎」

 

 明らかな動揺が走った。

 ヘルメットに覆われて表情は見えないが、それでもはっきりわかる。

 

 身体が強張り、呼吸が一瞬だけ乱れた。

 

 ――やっぱり。

 

 当たりだ。

 

「その反応……」

 

 私は静かに続ける。

 

「やっぱり、私の気のせいじゃないよね?」

 

 そう問いかけると、相手は一瞬で立て直した。

 肩の力を抜き、何事もなかったかのように声色を変える。

 

 ――だが、遅い。

 

 もう、確信は揺るがなかった。





【挿絵表示】


コハクの見た目のイメージ画を作ってみました。

私は絵を描けないので、立ち絵改変ですが、見苦しくないようには調整できたと思います。
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