ミレニアムの秘密の研究室   作:まったり愛好家

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描いてて、だんだんコピー体ちゃんが可愛く思えてきた…どうすばいいんだ…この子。


第三十八話 一人と一体で 短編あり

 朝が来た。

 

 それも、妙にすっきりとした、気持ちのいい朝だった。

 

 カーテンの隙間から差し込む光は柔らかく、空気はひんやりとしている。

 昨夜の疲労や、風呂場に残っていたはずの鉄の匂いも、もう感じられない。

 

 どれくらい気持ちがいいかというと――

 

 コピー体が、私の顔の上に自分の顔を乗せたまま寝ていても、

 即座に蹴り飛ばさずに済むくらいには。

 

「……重いんだけど」

 

 そう呟きながら、私は自分と寸分違わぬ顔を、手の甲で横へ押しやった。

 コピー体は抵抗も見せず、ただ指示に従うように転がっていく。

 

 目は開いている。

 だが、そこに眠気も、目覚めのぼんやりとした揺らぎもない。

 

 ただ、起動しているだけだ。

 

 私はため息を一つつき、ベッドから起き上がった。

 床の冷たさが足裏に伝わり、意識が完全に現実へ引き戻される。

 

 リビングへ向かうと、案の定の光景が広がっていた。

 

 黒服さんが、いつものようにテーブルの向こうに座り、

 いつものようにコーヒーを飲んでいる。

 

 スーツ姿は寸分の乱れもなく、湯気の立つカップを手にした姿は、

 もはやこの家の風景の一部と化していた。

 

「おはようございます」

 

 私が言うと、

 

「おはようございます」

 

 彼はまったく同じ調子で返してくる。

 

 朝も昼も夜も、見かけるたびにコーヒーを飲んでいる気がする。

 体に悪そうだが、それを指摘するほどの仲でもない。

 

 特別な話はしない。

 他愛のない雑談を少しだけ交わし、私はコンタクトを受け取った。

 

 指先に乗せ、目に装着する。

 

 瞬きをした瞬間、世界が切り替わる。

 

 視界が一気に立体化し、奥行きが生まれる。

 見えていないはずの角度、死角の情報まで、意識の裏側に流れ込んでくる。

 

 録画を開始。

 

 これも最初の頃は、本当に苦労した。

 距離感を誤り、壁に肩をぶつけ、段差を踏み外し、

 慣れるまでに何度も失敗した。

 

 今では、呼吸をするのと同じくらい自然だ。

 

 朝食を済ませ、部屋に戻る。

 壁の時計を確認すると、まだ出発までは余裕があった。

 

「着替えて」

 

 コピー体にそう指示し、制服を手渡す。

 私が着ているものと、まったく同じ制服だ。

 

 コピー体は、迷いのない動きで着替えを始める。

 服を脱ぐ動作も、袖を通す動作も、どこか正確すぎて人形めいている。

 

 私はその様子を横目に見ながら、部屋の隅に置いてあったケースを開いた。

 

 中に収められているのは、私の愛銃――トリプルアクションサンダー。

 

 手に取った瞬間、ずしりとした重みが掌に伝わる。

 

 この銃は、私の体重のおよそ六分の一。

 数字だけ聞けば異常だが、キヴォトスでは珍しくもない。

 

 それでも、初めて持った時の重さは忘れられない。

 「これは人を殺すための道具だ」と、はっきり主張する質量だった。

 

 私は床にシートを広げ、その上に銃を置いた。

 

 ――手入れを始める。

 

 まず最初にするのは、確認だ。

 

 薬室に弾が入っていないか。

 

 視覚でも、触覚でも、確実に「空」であることを確認する。

 ここを疎かにするほど、私は愚かじゃない。

 

 確認が終わると、次は分解。

 

 慣れた手つきでパーツを外していく。

 金属同士が擦れる、乾いた音が静かな部屋に響く。

 

 トリガー周辺。

 スライド。

 ボルト。

 シリンダー。

 

 可動部位には、古いガンオイルと微細な汚れが溜まっている。

 それらを、布で一つ一つ拭き取っていく。

 

 布が黒く染まる。

 金属の地が、少しずつ本来の色を取り戻す。

 

 私は急がない。

 

 急ぐ必要はないし、急ぐべきでもない。

 

 動く部分は、動くからこそ、丁寧に扱う。

 ここが鈍れば、引き金の感触が変わる。

 感触が変われば、判断が遅れる。

 

 すべては連なっている。

 

 古い油を完全に拭き取ったあと、新しいガンオイルを用意する。

 布に少量を染み込ませ、それで金属をなぞる。

 

 塗るのではなく、行き渡らせる。

 

 過剰は禁物だ。

 油は多すぎれば逆に動きを阻害する。

 

 次はバレル。

 

 馬鹿みたいに太いバレルの内部に、

 少量のガンオイルを染み込ませたクリーニングロッドを差し込む。

 

 ゆっくりと、一定の速度で通す。

 内部を傷つけないよう、慎重に。

 

 何度か往復させたあと、今度は乾いた布で乾拭きする。

 余分な油が残っていないか、光にかざして確認する。

 

 ――問題なし。

 

 すべてのパーツを元に戻し、組み立てる。

 最後に、軽く動作確認。

 

 引き金の感触。

 戻り。

 抵抗。

 

 どれも、いつも通り。

 

 私は小さく息を吐き、満足して銃をケースに戻した。

 

 作業中にガンオイルで汚れたパジャマを洗濯機に放り込み、

 自分も制服に着替える。

 

 布が肌に触れた瞬間、気持ちが切り替わる。

 

 時計を見る。

 

 ――ちょうど、出発の時間。

 

「行くよ」

 

 コピー体にそう告げる。

 

 コピー体は無言で立ち上がり、私の後ろについた。

 

 私は鍵を手に取り、玄関を出る。

 

 朝の光が、世界をくっきりと照らしていた。

 

ーー

 

 いつもは一人で登校している。

 

 それが当たり前で、それ以外の形を特に想像したこともなかった。

 だから今、隣……正確には、半歩後ろにもう一人自分がいるという状況が、どうにも落ち着かない。

 

 不思議な気分だった。

 

 とはいえ、並んで歩いているからといって、会話があるわけでもない。

 

 そもそも、こちらから指示を出さない限り、コピー体は一切発言しない。

 挨拶もしなければ、独り言も言わない。

 視線を動かすことすら最低限だ。

 

 私が歩けば歩く。

 私が止まれば止まる。

 私が右に曲がれば、同じタイミングで曲がる。

 

 足音まで揃っているのが、なんとも言えず気味が悪い。

 

 振り返ると、コピー体はいつも通り無表情で、私を見ていた。

 いや、正確には「私の背中の位置」を見ている。

 

 目は開いている。

 焦点も合っている。

 

 だが、その奥には何もない。

 

「……」

 

 試しに、少しだけ歩調を変えてみる。

 

 一歩、二歩、三歩。

 

 コピー体も、まったく同じタイミングで歩幅を調整する。

 反応速度に遅れはない。

 むしろ、私自身よりも正確だ。

 

「……ほんと、ペットみたいだな」

 

 思わず、そんな感想が浮かんだ。

 

 忠実で、静かで、命令に逆らわない。

 自我がないという点を除けば、確かにそういう存在に近い。

 

 いや、ペットに失礼か。

 

 ペットには感情がある。

 喜びも、警戒も、甘えもある。

 

 それに比べれば、こいつは……。

 

 考えがそこで止まる。

 

 これ以上掘り下げると、気分が沈みそうだった。

 

 バス停に着く。

 

 朝の空気はまだ冷たく、アスファルトの上には夜の名残が薄く残っている。

 すでに何人かの生徒が並んでおり、皆それぞれ眠そうな顔でスマホを見ていたり、ぼんやり空を眺めていたりした。

 

 私は列の最後尾につき、コピー体に「止まれ」と短く指示する。

 

 コピー体はその場で静止した。

 まるで、そこに固定されたオブジェのようだ。

 

 券売機の前に進み、二人分のチケットを購入する。

 指先で操作しながら、ふと背中に視線を感じた。

 

「……え?」

 

 近くを通りがかった生徒が、足を止めてこちらを見ている。

 

「すご……」

 

 小さく、しかしはっきりとした声。

 

 私は視線だけをそちらに向ける。

 その生徒は、私とコピー体を見比べて、言葉を失っていた。

 

 まあ、無理もない。

 

 双子だと思われているのだろう。

 それ自体は、ミレニアムでは珍しくもない。

 

 だが――

 

 似すぎている。

 

 服装は同じ制服。

 身長も同じ。

 体格も、肩幅も、立ち姿も。

 

 髪の分け目、跳ね具合、前髪の長さ。

 全部、同じ。

 

 コピーなのだから、当たり前なのだが。

 

 私はチケットを受け取り、コピー体に一枚渡す。

 

「持ってて」

 

 コピー体は無言でそれを受け取った。

 指先の動きまで、無駄がない。

 

 バスが到着し、列が動き出す。

 

 乗車時にも、視線は途切れなかった。

 

 ちらり。

 じっと。

 二度見。

 

 明確な敵意はない。

 あるのは、ただ純粋な驚きだ。

 

 席に座ると、向かいの生徒が、あからさまにこちらを見てくる。

 

 やはり目立つか…と思っていると。

 

「ちっちゃ…」

 

 そう小さく呟くのが聞こえた。

 

 そっちだったか…

 

 私は小さく息を吐き、窓の外に視線を向けた。

 

 バスが走り出し、街並みが流れていく。

 

 ミレニアムに到着する頃には、周囲の視線にも慣れてきていた。

 

 というより、気にしないようにしていた。

 

 敷地に足を踏み入れると、空気が少し変わる。

 整備された道、均一な建物、機械音の混じる静けさ。

 

 時間帯が早いせいか、人影はまだ少ない。

 

 見かけるのは、朝練をしている運動部の生徒たち。

 掛け声と、規則正しい足音が、遠くから響いてくる。

 

 それから、セミナーの生徒たち。

 

 眠そうな顔をしているが、手には資料や端末。

 どうやら、今日も仕事が山積みらしい。

 

 さらに、人気のない一角では、エンジニア部の生徒が野外実験をしていた。

 人の少ない朝方を狙って、堂々と怪しげな装置を展開している。

 

 火花が散り、小さな爆音が鳴る。

 だが、誰も気にしない。

 

 それが、ミレニアムだ。

 

 コピー体は、相変わらず私の後ろを歩いている。

 

 歩幅も、速度も、完全に一致。

 

 すれ違う生徒の中には、足を止めてこちらを見る者もいた。

 中には、何か言いたそうに口を開きかけて、やめる者もいる。

 

 双子。

 そう思われている。

 

 だが、きっとどこかで引っかかっているのだろう。

 

 双子にしては、似すぎている。

 

 私は歩きながら、ふと考える。

 

 今日、感情制御アルゴリズム部で何が起こるのか。

 このコピー体に、何か変化が起きるのか。

 

 それとも、何も起きないまま終わるのか。

 

 期待と不安が、同時に胸の中にある。

 

 ミレニアムは、ゆっくりと目を覚ましつつあった。

 

 人が増え、音が増え、世界が動き出す。

 

 その流れの中で、私とコピー体は、静かに前へ進んでいた。

 

 ――今日という日が、ただの一日で終わるのか。

 それとも、何かが変わる日になるのか。

 

 それは、まだ誰にもわからない。

 

ーーー

ホシノ視点 11

 

「ホシノ先輩」

 

 横合いから、私を呼ぶ声がした。

 

 振り返ると、砂を蹴散らしながら走ってくるセリカちゃんの姿があった。少し息が上がっている。戦闘の余韻と焦りが、そのまま表情に滲んでいた。

 

「カタカタヘルメット団には……逃げられた。ごめん」

 

 その言葉は、悔しさと申し訳なさが混じった声だった。

 

 私は一瞬だけ目を閉じ、状況を整理する。

 やはり、という感想しか出てこない。

 

 カタカタヘルメット団は、今まで何度もアビドスを襲撃してきたが、決定的な壊滅に追い込めたことは一度もない。

 彼らの逃げ足だけは、なぜか一級品なのだ。

 

「仕方ないよー」

 

 私は苦笑して、セリカちゃんに歩み寄った。

 

「あいつら、いっつも逃げ足だけは早いんだもん。セリカちゃんのせいじゃないよ」

 

 そう言って、近づいてきた彼女の肩を、慰めるようにポンポンと軽く叩く。

 セリカちゃんは少しだけ目を伏せ、それから小さく頷いた。

 

 そのやり取りを見ていた白髪の少女が、静かに口を開いた。

 

「……ということは」

 

 声は落ち着いているが、その奥に焦りが隠れているのがわかる。

 

「私が時間稼ぎをする意味も、無くなったわけですが……」

 

 赤い瞳が、こちらをじっと見据える。

 

「見逃してもらえますかね?」

 

 どうやら、ヘルメット団が完全に撤退したと知り、自分もこの場を離れようとしているらしい。

 

 私は、即座に首を横に振った。

 

「ダメだねー」

 

 語尾は軽いが、声に迷いはない。

 

「そっちにも事情があるとは思うんだけど、とりあえず拘束させてもらうかな」

 

 簡単に逃がすわけにはいかない。

 聞きたいことは、あまりにも多すぎた。

 

「え?」

 

 すぐ横で、セリカちゃんが混乱した声を上げる。

 

「これ、どういう状況……? あの子って、電車で励ましてくれた子だよね?」

 

 ようやく、目の前の少女と、記憶の中の“優しい子”が一致したのだろう。

 同時に、彼女が今回の襲撃者であることにも気づいてしまったらしい。

 

 セリカちゃんの視線が、行き場を失って揺れる。

 

「衝撃の展開すぎて……ちょっと、ついていけませんねー」

 

 ノノミちゃんは、目を丸くしたまま、完全に思考が止まっている様子だった。

 

「……よくわからないけど」

 

 その横で、シロコちゃんはすでに割り切っていた。

 一旦疑問を脇に置き、銃を構え直す。

 

「抵抗するなら、撃つ」

 

 短く、明確な警告。

 

 その言葉を受けて、場の空気が一段と張り詰める。

 

 白髪の少女はというと――。

 自分の正体が完全に露見し、さらにセリカちゃんという“想定外の存在”まで現れたことで、どう振る舞えばいいのかわからなくなったようだった。

 

 視線が泳ぎ、指先が微かに震える。

 思考が高速で回転しているのが、はっきりと伝わってくる。

 

 だが、その迷いは長くは続かなかった。

 

 少女は、ふっと小さく息を吐き、何かを断ち切ったような表情になる。

 

「……かくなるうえは……」

 

 その声は低く、覚悟を帯びていた。

 

 彼女はしゃがみ込み、地面に置いていたゴーグルを拾い上げる。

 指先で側面を探り、ためらいなくボタンを一つ押した。

 

 ――ピッ。

 

 小さな電子音。

 

 私は眉をひそめた。

 

(あのゴーグルで、何かするつもりなのかな?)

 

 だが、こちらには人数の有利がある。

 シロコちゃん、ノノミちゃん、セリカちゃん、そして私。

 多少の奇策程度では、簡単にひっくり返される戦力差ではない。

 

 その余裕が、ほんの一瞬、判断を鈍らせた。

 

「何かするつもりです……!」

 

 ノノミちゃんが、緊張した声で叫ぶ。

 

「ホシノ先輩、警戒してください!」

 

 その声で、はっと我に返る。

 

 ――油断していた。

 

 私は即座に姿勢を低くし、警戒を最大限に引き上げる。

 

「何するつもりか知らないけどさ」

 

 一歩、踏み出しながら言いかける。

 

「大人しく降参――」

 

 その言葉が、最後まで口から出ることはなかった。

 

 目の前の少女が、戦闘服のポケットに次々と手を入れ始めたからだ。

 

 ――手榴弾。

 ――C4。

 ――そして、最初に校門へ撃ち込まれた、バズーカの弾。

 

 それらを、迷いなく取り出して地面に並べていく。

 

 その瞬間。

 

 ――理解した。

 

 彼女が、何をしようとしているのかを。

 

「――っ!!」

 

 私は、考えるより先に走り出していた。

 

 砂を蹴り、全力で距離を詰める。

 だが、ここからでは遠い。

 あまりにも遠い。

 

 それでも、止まるわけにはいかなかった。

 

 筋肉が悲鳴を上げ、肺が焼けるように痛む。

 それでも、足を止めない。

 

 間に合って……!

 

 ただ、その一念だけで疾走する。

 

 だが、願いは――。

 

 少女は、静かに手榴弾を手に取り。

 

 ためらいなく。

 

 ピンを一本、抜いた。




いよいよ次回はコハクが自爆します‼︎イエーイ‼︎

ホシノ視点でコハクの自爆を描くのが本当に本当に待ち遠しかった…
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