ミレニアムの秘密の研究室   作:まったり愛好家

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第四話 思ったよりクレバーな子かもしれない(ユウカ視点2)

十年近く前の年代を記した紙束を手に、私はミレミアムの資料保管庫の奥で部室の鍵を探していた。古い書類の紙は端が黄ばみ、触れるとふわりと粉を噴く。だが、鍵が見つからない。長いあいだ誰にも使われてこなかったせいか、棚にもラックにも備品にも、何一つとしてメモ書きや目印の札が残っていないのだ。

 

 ──もし今日、ノアが偶然別の仕事に呼ばれていなかったら。

 きっと私は、この薄暗い保管庫を何時間も彷徨っていたことだろう。

 

 鍵を見つけてくれたノアに礼を告げ、私はパソコンを立ち上げる。まずは旧・戦闘訓練場のデータを開き、念のため現在の使用団体が存在しないことを確認する。メンテナンス実績もゼロ、予定も空白。──使っていないのは間違いない。

 

 せっかくなので、あの新入生の情報も閲覧してみる。

 

 

◆生徒情報:真田利コハク

• 年齢:15歳

• 身長:135cm

• 所属:ミレミアム 高等部 一年

• 使用武器:トリプルアクションサンダー

 

 

 その武器名を見た瞬間、思わず声が漏れた。

 

「コハクちゃんっていうのね。使用武器は……え、ちょっと待って。何この銃……? 単発式の……じゅ、12.7×99mm弾⁉ なんてもの使ってるのよ……こんなの撃ってて腕、痛めないの?」

 

 画面に表示された図面を見る限り、その“ハンドガン”はほとんど対物ライフルの短縮型だ。そんなものを片手で扱うなんて、常識的に考えれば無茶もいいところだ。小柄な見た目からは想像もできない反動制御の技術か、もしくはとんでもなく頑丈な身体能力をしているのだろう。

 

 ──いや、今はそれを考える時間じゃない。

 

 自分に言い聞かせるように思考を切り替え、私はコハクの元へ向かった。

 

 

「確認がとれたわ。案内するから、ついてきて」

 

 そう告げると、彼女はぱぁっと花が咲いたみたいに笑い、「ありがとうございます!」と頭を下げる。

 

 ……可愛い。

 どうしようもなく可愛い。

 危うく抱きしめそうになり、理性を総動員して踏みとどまりながら、私は歩き出した。

 

 ミレミアムタワーを降り、目的地へ向かう途中。

 コハクは周囲をきょろきょろと見回しながら、設備に目を輝かせ、通り過ぎるドローンに手を伸ばしそうになっている。入学初日の私もきっと、こんな顔でミレミアムを歩いていたのだろう。懐かしさと、くすぐったい気持ちが胸に広がる。

 

 

 やがて、敷地の西端。

 一面に広がる手入れされた芝生の真ん中に、ぽつんと古びた倉庫のような建物が建っている。

 

 ──旧・戦闘訓練場への降下口だ。

 

 芝生はロボットが整備しているため、刈り揃えられ、枯れた部分もない。それだけに、長年手入れされなかった降下口の錆がやけに浮いて見えた。

 

 扉を開けて中に入る。埃が舞うかと思ったが、意外にも内部は薄く埃が積もっているだけで、階段も壁も比較的きれいなままだ。暗がりの奥はよく見えないが、崩落などの危険はなさそうだ。

 

 二人で階段を降り始める。

 

 階段は驚くほど急で、延々と続く。深度150メートル──地上30階建てのビルに相当する高さを降りているはずだが、感覚的にはもっと長い。

 

 最後の段に辿り着いたころには、足が鉛のように重くなっていた。

 

「つ、着いた……長かった〜〜!

 150メートルって言ったら、ビル30階分よ。そりゃ足も棒になるわ……」

 

 隣を見れば、コハクは地面にペタンと座り込み、靴を脱ぎたいのか足をぷらぷらと伸ばしている。小さな身体にはきつかっただろう。しばし休憩してから、厚い防弾扉に手をかける。

 

 重い扉を押し開けると、天井の照明が順に点灯し、奥の巨大な空間を照らし出した。

 

 

 ──息を呑む。

 

 ミレミアムの体育館どころではない。

 その何倍も広い地下空間が、まるで白砂漠のように埃で覆われている。

 吸い込む空気は粉っぽく、舌の奥にざらつきが残る。

 

 壁には銃弾痕が無数に刻まれ、焦げた煤がまだ残っていた。

 どこからか薬品の匂いまで漂ってきて、訓練所として酷使された過去をありありと物語っている。

 

 ──この状態では、まともに研究どころではない。

 

 隣を見る。

 

「これはすごい……!

 どんな設備を置こうとしても、場所が足りないなんてことになりませんね!」

 

 いや、もっと他に見るべきところがあるでしょうが……!

 思わず頭を抱えたくなる。

 

「確かに広さは十分だけど、現実から目を背けないの。設備の前にまず掃除よ。たぶん、まともに使えるようにするだけで一ヶ月はかかると思うわ」

 

「これ……どうすればいいと思いますか?」

 

 その問いを投げられ、私は肩をすくめた。

 

「私? そうね……C&Cに依頼したら? あの人たち、メイドだし、掃除は本業でしょう?」

 

 C&C──今や何でも屋みたいに便利に使われているが、もともとの仕事は家事全般だ。

 

「いや、それも考えたんですけどね……私、お金ないんですよ」

 

「あぁ、そうだったわね。お金がないからここを選んだんだっけ。C&Cは基本有料だから……どうにか稼がないと。でも、あなたがめちゃくちゃ強かったら別なんだけど」

 

 何気なく言ったその一言に、コハクの肩がぴくりと動いた。

 

「今……なんて言いました?」

 

「どうにかしてお金を稼がないと、って言ったわよ?」

 

「違います。その後です」

 

「あぁ。あなたがめちゃめちゃ強かったら良かったんだけど、って言ったやつね。それがどうかしたの?」

 

「“めちゃめちゃ強かったらどうにかなる”って聞こえたんですけど」

 

「まあ……ね。C&Cの部長、強い子が好きなのよ。めちゃくちゃ強ければ、戦闘訓練とか模擬戦の相手をしてあげるだけで、無償で色々引き受けてくれるかも」

 

「それです! それなら、どうにかなるんじゃないですか?」

 

「えぇ……いやいや無理でしょ……。C&C部長に匹敵する強さなんて……」

 

「私、どういう印象持たれてるかわかんないですけど──強いですよ、ちゃんと」

 

「ほんとに? あんまりそうは見えないんだけど……」

 

 さっきの階段でもしんどそうにしていたのに。そんな子がネルクラスと張り合えるとは到底思えない。

 

「ほんとですって。何なら、“耐久力だけならキヴォトス一”の自信ありますよ」

 

「キヴォトスいち……?」

 

 大きく出たな、と内心で苦笑する。

 けれど、彼女は真顔だった。

 

「それ本気? 本当に本気で言ってるの?」

 

「はい。本気ですよ」

 

「……そう。なら、一度戦ってみる? 強さがわかるかもしれないし」

 

「そうですね。じゃあ、そこらへんからどうでしょうか」

 

「え、ほんとにやるの? 冗談じゃなくて……?」

 

 完全に戦う気だ。

 この子、こんなに好戦的だったの? と驚きつつも、私は頷く。

 

「じゃあ、そのくらい距離空ければ大丈夫ね。急だけど……お互い怪我しないように」

 

「わかりました。では──行きます」

 

 宣言と同時。

 私はサブマシンガンを構えようとして──気づいた。

 

 コハクは、銃を抜かずに、そのまま全力疾走でこちらに突っ込んできていた。

 

「んなっ⁉」

 

 丸腰で突撃してくるとは思わず、一瞬判断が遅れる。だが射線を向け、発砲。

 

 一発目は軽々と回避された。

 二発目は──避けずに腕をクロスして受け止めた。

 

 後退して距離を取るつもりかと思いきや、次の瞬間。

 

 コハクは、被弾したまま笑顔で、正面から突っ込んできた。

 

「ちょ、普通止まるか引くでしょそこは! なんで銃も持たずに突っ込んでくるのよ!」

 

 ──さっきまでの可愛さは一体どこへ。

 

 今の彼女は、弾丸を浴びてなお笑うバーサーカーだ。

 あまりの変貌に怯む暇もなく、彼女は懐から例の銃──トリプルアクションサンダーを引き抜いた。

 

 12.7×99mm弾。対物ライフル級の弾。

 当たれば即アウト。

 

 私は即座に計算し、高密度・低範囲の防御バリアを展開する。

 一発耐えれば、こっちの勝ちだ。

 

 そう思った瞬間──

 

バキィンッ!!

 

 鋭い破砕音とともに、バリアが粉々に砕け散った。

 

 心臓が跳ね、背筋に冷たいものが走る。

 衝撃だけで腕の骨がきしむ。

 

 ……冗談じゃない。

 

 私は、目の前の小さな一年生を見て、戦慄した。

 

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