十年近く前の年代を記した紙束を手に、私はミレミアムの資料保管庫の奥で部室の鍵を探していた。古い書類の紙は端が黄ばみ、触れるとふわりと粉を噴く。だが、鍵が見つからない。長いあいだ誰にも使われてこなかったせいか、棚にもラックにも備品にも、何一つとしてメモ書きや目印の札が残っていないのだ。
──もし今日、ノアが偶然別の仕事に呼ばれていなかったら。
きっと私は、この薄暗い保管庫を何時間も彷徨っていたことだろう。
鍵を見つけてくれたノアに礼を告げ、私はパソコンを立ち上げる。まずは旧・戦闘訓練場のデータを開き、念のため現在の使用団体が存在しないことを確認する。メンテナンス実績もゼロ、予定も空白。──使っていないのは間違いない。
せっかくなので、あの新入生の情報も閲覧してみる。
⸻
◆生徒情報:真田利コハク
• 年齢:15歳
• 身長:135cm
• 所属:ミレミアム 高等部 一年
• 使用武器:トリプルアクションサンダー
⸻
その武器名を見た瞬間、思わず声が漏れた。
「コハクちゃんっていうのね。使用武器は……え、ちょっと待って。何この銃……? 単発式の……じゅ、12.7×99mm弾⁉ なんてもの使ってるのよ……こんなの撃ってて腕、痛めないの?」
画面に表示された図面を見る限り、その“ハンドガン”はほとんど対物ライフルの短縮型だ。そんなものを片手で扱うなんて、常識的に考えれば無茶もいいところだ。小柄な見た目からは想像もできない反動制御の技術か、もしくはとんでもなく頑丈な身体能力をしているのだろう。
──いや、今はそれを考える時間じゃない。
自分に言い聞かせるように思考を切り替え、私はコハクの元へ向かった。
⸻
「確認がとれたわ。案内するから、ついてきて」
そう告げると、彼女はぱぁっと花が咲いたみたいに笑い、「ありがとうございます!」と頭を下げる。
……可愛い。
どうしようもなく可愛い。
危うく抱きしめそうになり、理性を総動員して踏みとどまりながら、私は歩き出した。
ミレミアムタワーを降り、目的地へ向かう途中。
コハクは周囲をきょろきょろと見回しながら、設備に目を輝かせ、通り過ぎるドローンに手を伸ばしそうになっている。入学初日の私もきっと、こんな顔でミレミアムを歩いていたのだろう。懐かしさと、くすぐったい気持ちが胸に広がる。
⸻
やがて、敷地の西端。
一面に広がる手入れされた芝生の真ん中に、ぽつんと古びた倉庫のような建物が建っている。
──旧・戦闘訓練場への降下口だ。
芝生はロボットが整備しているため、刈り揃えられ、枯れた部分もない。それだけに、長年手入れされなかった降下口の錆がやけに浮いて見えた。
扉を開けて中に入る。埃が舞うかと思ったが、意外にも内部は薄く埃が積もっているだけで、階段も壁も比較的きれいなままだ。暗がりの奥はよく見えないが、崩落などの危険はなさそうだ。
二人で階段を降り始める。
階段は驚くほど急で、延々と続く。深度150メートル──地上30階建てのビルに相当する高さを降りているはずだが、感覚的にはもっと長い。
最後の段に辿り着いたころには、足が鉛のように重くなっていた。
「つ、着いた……長かった〜〜!
150メートルって言ったら、ビル30階分よ。そりゃ足も棒になるわ……」
隣を見れば、コハクは地面にペタンと座り込み、靴を脱ぎたいのか足をぷらぷらと伸ばしている。小さな身体にはきつかっただろう。しばし休憩してから、厚い防弾扉に手をかける。
重い扉を押し開けると、天井の照明が順に点灯し、奥の巨大な空間を照らし出した。
⸻
──息を呑む。
ミレミアムの体育館どころではない。
その何倍も広い地下空間が、まるで白砂漠のように埃で覆われている。
吸い込む空気は粉っぽく、舌の奥にざらつきが残る。
壁には銃弾痕が無数に刻まれ、焦げた煤がまだ残っていた。
どこからか薬品の匂いまで漂ってきて、訓練所として酷使された過去をありありと物語っている。
──この状態では、まともに研究どころではない。
隣を見る。
「これはすごい……!
どんな設備を置こうとしても、場所が足りないなんてことになりませんね!」
いや、もっと他に見るべきところがあるでしょうが……!
思わず頭を抱えたくなる。
「確かに広さは十分だけど、現実から目を背けないの。設備の前にまず掃除よ。たぶん、まともに使えるようにするだけで一ヶ月はかかると思うわ」
「これ……どうすればいいと思いますか?」
その問いを投げられ、私は肩をすくめた。
「私? そうね……C&Cに依頼したら? あの人たち、メイドだし、掃除は本業でしょう?」
C&C──今や何でも屋みたいに便利に使われているが、もともとの仕事は家事全般だ。
「いや、それも考えたんですけどね……私、お金ないんですよ」
「あぁ、そうだったわね。お金がないからここを選んだんだっけ。C&Cは基本有料だから……どうにか稼がないと。でも、あなたがめちゃくちゃ強かったら別なんだけど」
何気なく言ったその一言に、コハクの肩がぴくりと動いた。
「今……なんて言いました?」
「どうにかしてお金を稼がないと、って言ったわよ?」
「違います。その後です」
「あぁ。あなたがめちゃめちゃ強かったら良かったんだけど、って言ったやつね。それがどうかしたの?」
「“めちゃめちゃ強かったらどうにかなる”って聞こえたんですけど」
「まあ……ね。C&Cの部長、強い子が好きなのよ。めちゃくちゃ強ければ、戦闘訓練とか模擬戦の相手をしてあげるだけで、無償で色々引き受けてくれるかも」
「それです! それなら、どうにかなるんじゃないですか?」
「えぇ……いやいや無理でしょ……。C&C部長に匹敵する強さなんて……」
「私、どういう印象持たれてるかわかんないですけど──強いですよ、ちゃんと」
「ほんとに? あんまりそうは見えないんだけど……」
さっきの階段でもしんどそうにしていたのに。そんな子がネルクラスと張り合えるとは到底思えない。
「ほんとですって。何なら、“耐久力だけならキヴォトス一”の自信ありますよ」
「キヴォトスいち……?」
大きく出たな、と内心で苦笑する。
けれど、彼女は真顔だった。
「それ本気? 本当に本気で言ってるの?」
「はい。本気ですよ」
「……そう。なら、一度戦ってみる? 強さがわかるかもしれないし」
「そうですね。じゃあ、そこらへんからどうでしょうか」
「え、ほんとにやるの? 冗談じゃなくて……?」
完全に戦う気だ。
この子、こんなに好戦的だったの? と驚きつつも、私は頷く。
「じゃあ、そのくらい距離空ければ大丈夫ね。急だけど……お互い怪我しないように」
「わかりました。では──行きます」
宣言と同時。
私はサブマシンガンを構えようとして──気づいた。
コハクは、銃を抜かずに、そのまま全力疾走でこちらに突っ込んできていた。
「んなっ⁉」
丸腰で突撃してくるとは思わず、一瞬判断が遅れる。だが射線を向け、発砲。
一発目は軽々と回避された。
二発目は──避けずに腕をクロスして受け止めた。
後退して距離を取るつもりかと思いきや、次の瞬間。
コハクは、被弾したまま笑顔で、正面から突っ込んできた。
「ちょ、普通止まるか引くでしょそこは! なんで銃も持たずに突っ込んでくるのよ!」
──さっきまでの可愛さは一体どこへ。
今の彼女は、弾丸を浴びてなお笑うバーサーカーだ。
あまりの変貌に怯む暇もなく、彼女は懐から例の銃──トリプルアクションサンダーを引き抜いた。
12.7×99mm弾。対物ライフル級の弾。
当たれば即アウト。
私は即座に計算し、高密度・低範囲の防御バリアを展開する。
一発耐えれば、こっちの勝ちだ。
そう思った瞬間──
バキィンッ!!
鋭い破砕音とともに、バリアが粉々に砕け散った。
心臓が跳ね、背筋に冷たいものが走る。
衝撃だけで腕の骨がきしむ。
……冗談じゃない。
私は、目の前の小さな一年生を見て、戦慄した。