ミレニアムの秘密の研究室   作:まったり愛好家

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年始まで、思ったよりも余裕があるのでコハクの過去を少し書いてみようと思います。

28話から29話の間の、不自然に飛んでいる、コハクの再生能力についてを書いています。


第四十話 コハク過去編

私は昔から、自分の頭の上に浮かぶそれが不思議でならなかった。

 

輪っか。

天使のものみたいな、淡く光る輪郭。

キヴォトスの生徒なら、誰の頭上にも当たり前のように浮いているもの。

 

それが私たちの力の源らしい、ということだけは知られている。

けれど、それ以上のことは、誰も詳しく知らない。

 

子どもの頃は、何も思わなかった。

だって、キヴォトスではそれが「普通」だったから。

生まれたときからそこにあって、みんな同じように持っていて、疑う理由なんてなかった。

 

けれど、成長するにつれて、少しずつ引っかかり始めた。

 

どうして、キヴォトスの生徒にはヘイローがあるのか。

どうして、銃弾を受けても「痛い」で済むのか。

どうして、外の世界の人たちよりも、明らかに力が強いのか。

 

誰かに聞いても、答えは返ってこなかった。

知らない、わからない、考えたことがない。

そればかりだった。

 

だから私は、自分で調べようと思った。

 

……とはいえ、最初は何をすればいいのかもわからなかった。

難しい理論も、専門的な機材も、何一つ持っていない。

 

それなら、まずは一番身近なものから。

――自分自身から、調べてみよう。

 

私は、どれくらい強いんだろう。

私は、どれくらい硬いんだろう。

 

そんな単純な疑問から始めて、少しずつ、自分の体を知っていった。

 

そして、気づいてしまった。

 

私は、傷の治りが他の人よりも早い。

それは、はっきりとわかるほどだった。

 

でも同時に、もう一つの事実も見えてきた。

 

私は、他の人よりも脆い。

 

その矛盾が、どうしても理解できなかった。

治癒力が高いのに、壊れやすい。

目に見えて違うほど、他人と私の回復の仕方は違っていた。

 

そこには、きっと理由がある。

そう思わずにはいられなかった。

 

体が脆いから?

でも、体の弱い人なら他にもいる。

けれど、その人たちは、私と同じじゃなかった。

 

じゃあ、なぜ私は違う?

 

考え続けて、行き着いた結論は、ひとつだった。

 

――ヘイローのせいなんじゃないか。

 

ヘイローは、人によって形が違う。

大きさも、歪みも、輝き方も、微妙に異なる。

 

もし、ヘイローの形によって個人の能力に違いがあるとしたら。

 

私たちの力が、皆それぞれ違っていても、おかしくはない。

 

そう思った。

 

だから私は、いろんな人に頼んで、自分のヘイローの形をスケッチしてもらった。

 

正面から、斜めから、角度を変えて。

線の太さや歪み、欠けている部分まで、できるだけ正確に。

 

それと同時に、質問も重ねた。

身体能力はどれくらいか。

成績は平均と比べてどうか。

銃の扱いは得意か、苦手か。

 

集められた情報は、それなりの量になった。

けれど、期待していたような明確な法則は、どこにも見つからなかった。

 

ヘイローの形と成績は無関係。

大きさと命中精度も一致しない。

歪みがあるから弱い、というわけでもない。

 

やっぱり、関係ないのか。

そう思いかけて――それでも、私は諦めきれなかった。

 

調べ続けるうちに、ふと、ある点が引っかかった。

 

身体能力が高い人は、銃も強い。

命中精度にばらつきはあっても、威力そのものは大体高かった。

 

完全な一致ではない。

例外もある。

それでも、全体を眺めると、無視できない傾向だった。

 

もしかして。

身体能力と、銃の威力は、比例しているんじゃないか?

 

その考えが頭に浮かんだ瞬間、胸の奥が少しだけざわついた。

 

もし、それが本当なら。

もし、身体を鍛えることで、銃の威力が上がるのだとしたら。

 

――確かめる方法は、一つしかない。

 

私は、自分を実験台にすることにした。

 

体を鍛える。

限界まで。

結果が出るかどうか、確かめるために。

 

怪我の治りが早い私は、多少無茶をしても大きな問題にはならなかった。

筋肉が悲鳴を上げても、関節に負担がかかっても、休めばすぐに元に戻る。

 

その感覚は、どこか現実味がなくて。

自分の体が、自分のものじゃないみたいだった。

 

それでも、私は続けた。

 

走って、持ち上げて、撃って。

また走って、また撃って。

 

気づけば、息切れする距離は伸びていた。

持てる重さも増えていた。

反動に耐える感覚も、前よりずっと楽になっていた。

 

そうやって、少しずつ。

 

確実に。

 

私の身体能力は、上がっていった。

 

そうやって、私は順調に身体能力を強化していった。

そして、その過程で――忘れられない出来事が起きた。

 

中学に上がって、間もない頃だった。

 

新しい学校の周囲を覚えるついでに、いつものように走っていた。

体力作りのための、ただの朝のマラソン。

風が涼しくて、呼吸も整っていて、思っていたよりずっと長く走れていた。

 

その最中だった。

 

声をかけられた。

不躾で、低くて、明らかに善意ではない声。

 

振り向く前から、なんとなく察してしまう。

三人。

いかにも、という雰囲気の人たち。

 

思わず、心の中で「うわぁ……」と呟いていた。

 

十中八九、カツアゲ。

それか、行き場のない鬱憤のはけ口。

 

「金を支援してくれないか」

 

そういう言葉を使う時点で、断る余地なんて最初からない。

 

私は、お金を持っていない。

本当に、あまり持っていない。

 

それに。

たとえ少額でも、こういう相手に渡すのは、どうしても我慢ならなかった。

 

だから、言った。

はっきりと。

 

「お断りします」

 

その瞬間、空気が変わったのがわかった。

相手の顔に浮かぶ、不快そうな表情。

 

――ああ、やっぱり。

 

次の言葉も、動きも、予想通りだった。

 

服を掴まれて、持ち上げられる。

体が軽いせいで、抵抗する間もなく宙に浮いた。

 

首元が引っ張られて、痛みが走る。

足が地面から離れる感覚が、想像以上に怖い。

 

それでも。

 

ここで折れたくはなかった。

 

怖い。

正直、かなり怖い。

 

でも、それ以上に。

ここで引いたら、今まで積み重ねてきたものまで否定される気がした。

 

「出しません」

 

声は、思ったよりも落ち着いていた。

震えを必死に押し殺して、私はそう言った。

 

「あっそ。じゃあ仕方ねえな」

 

その一言で、全部が決まった気がした。

 

ああ、やっぱりそうなるよね。

最初から、話し合う気なんてなかったんだ。

 

銃を抜く動作が、やけにゆっくり見えた。

頭のどこかが、冷めたままそれを眺めていた。

 

抵抗はした。

本当に、必死に。

 

でも、体格差と人数の差はどうしようもない。

あっという間に押さえ込まれて、背中が壁に打ちつけられる。

 

息が詰まる。

腕を捻られ、服の内側に手を突っ込まれる。

 

――やめろ。

 

声に出す前に、財布が抜き取られていた。

 

全身が痛い。

どこが、というより、全部が痛かった。

 

それでも私は、目を逸らさなかった。

屈服だけは、したくなかった。

 

睨みつける私を見て、相手は満足そうに笑った。

ああ、理解してしまう。

 

もう、用は済んだ。

次は、遊びの時間だ。

 

頭を押さえつけられる。

銃弾の硬い感触が、体に何度も叩きつけられる。

 

鈍い痛みが、波みたいに広がっていく。

罵声が、耳の奥で反響する。

 

怖い。

さっきまで押し殺せていたはずの恐怖が、一気に溢れ出す。

 

それが、よほど面白かったんだろう。

 

対物ライフルを持ち出したとき、私は思った。

――あ、これは、まずい。

 

威力の強さは、知識として知っていた。

それを、至近距離で。

体の脆い、自分に。

 

引き金が引かれる。

 

次の瞬間、世界が壊れた。

 

衝撃。

痛い、という言葉では足りない。

何かが、根こそぎ持っていかれる感覚。

 

自分の中から、大切な何かが抜け落ちていく。

 

私は、呆然と自分の腕を見た。

 

そこで、ようやく理解した。

 

――腕が、千切れていた。

 

一瞬、何が起きたのか理解できなかった。

 

現実感が、まるで追いついてこない。

でも、遅れてやってきた感覚が、それを否定させてくれなかった。

 

腕のあった場所が、熱くて、冷たくて、何もない。

失われたはずの手の感覚だけが、幻肢みたいに残っている。

足元に落ちる血の音が、やけに大きく聞こえた。

 

――現実だ。

 

否応なく、そう突きつけられる。

 

チンピラたちは、何か喚きながら逃げていった。

言葉の内容は、もう覚えていない。

ただ、三人分の足音が遠ざかっていくのだけが、やけに鮮明だった。

 

私は、その場から動けなかった。

 

痛みと恐怖で、体が言うことを聞かない。

息をするのも、ひどく苦しい。

 

はっきりと、「死」という言葉が頭に浮かんだ。

ああ、これがそうなんだ、と妙に納得してしまう。

 

そのときだった。

 

自分のヘイローが、視界の端でチカチカと点滅し始めた。

まるで、警告灯みたいに。

 

意識が、底へ引きずられていく。

このまま落ちたら、もう戻ってこない気がした。

 

私は、完全にパニックになった。

 

痛い。

痛い痛い痛い。

 

死にたくない。

死にたくない死にたくない死にたくない。

 

思考が、悲鳴に塗り潰される。

 

その瞬間、恐怖が体を支配するのと同時に、奇妙な感覚が現れ始めた。

 

ヘイローを起点にして、何かが動き出す。

体の内側を、書き換えられていくような感覚。

 

骨も、肉も、血も。

全部が、別の配置に組み替えられていくような感覚。

 

自分が、自分でなくなっていく。

そんな感覚が、はっきりとわかった。

 

怖い。

 

何が起きているのか、まったくわからない。

理解できないことばかりが、立て続けに起こる。

 

でも――

 

次第に、痛みが引いていった。

 

さっきまで、すべてを塗り潰していた激痛が、嘘みたいに薄れていく。

失われたはずの腕にも、なぜか感覚が戻ってくる。

 

それは、まるで時間を逆に辿っているみたいだった。

さっきまでの出来事を、巻き戻しているような感覚。

 

朦朧とした意識の中で、私は自分の腕を見た。

 

そこには――

確かに、再生を始めている私の腕があった。

 

意味がわからない。

理解が、まったく追いつかない。

 

自分の知っている世界のルールから、完全に外れている。

 

それでも。

 

腕が元に戻りつつあるという事実だけが、強烈な安堵として胸に広がった。

 

その安心感に、張り詰めていた意識が、ぷつりと切れた。

 

そして、私はそのまま、深い闇へと落ちていった。

 

ーー

 

目を覚ましたとき、最初に感じたのは、消毒液の匂いだった。

 

鼻の奥にツンと残る、少しだけ刺激的な匂い。

それが、夢の中の出来事ではなく、現実に戻ってきたのだと静かに教えてくれる。

 

視界は、白一色だった。

天井、カーテン、シーツ、壁。

すべてが同じ色調で統一されていて、どこか現実感が薄い。

 

……ああ。

 

私は、病院のベッドの上にいた。

 

ゆっくりと瞬きをすると、視界が少しずつはっきりしてくる。

天井の小さなひび割れ。

蛍光灯のカバーに付いた、取れかけのシール跡。

カーテン越しに聞こえる、遠くの話し声と足音。

 

それらが、一つずつ輪郭を持って認識されていく。

 

不思議だった。

まるで、世界の解像度が一段階上がったような感覚。

 

体を起こそうとして、私は一度動きを止めた。

 

――軽い。

 

驚くほど、体が軽かった。

長時間眠った後の重さも、怪我をした後の鈍さもない。

 

それどころか。

 

自分の体が、今まで以上にはっきりと「わかる」。

 

血管の中を流れる血の感触。

筋肉が、どの方向にどれだけ張っているか。

神経が、どんな経路で情報を伝えているのか。

 

そんなもの、普通は意識できるはずがない。

なのに私は、それらを“知っている”というより、“感じ取っている”ようだった。

 

細胞一つ一つが、そこに存在していると主張している。

それらが集まって、私という形を作っているのが、手に取るようにわかる。

 

私は、ゆっくりと右腕――失われたはずの腕――を持ち上げた。

 

白いシーツの上で、包帯が巻かれている。

けれど、その下にある感触は、確かに“自分の腕”だった。

 

恐る恐る、指先に意識を向ける。

動かそうと、思う。

 

……動く。

 

指が、確かに動いた。

 

思わず、息を呑んだ。

 

包帯の隙間から見える部分は、まだ途中だった。

肘のあたりまで、皮膚も筋肉も再生している。

色は少し薄くて、出来たてのものみたいに不安定だけれど、それでも――

 

確実に、再生している。

 

「……ほんとに……」

 

声が、掠れていた。

自分の声なのに、どこか遠くから聞こえるみたいだった。

 

私は、無意識のうちに、頭上の感覚に意識を向けていた。

 

そこにある。

いつもと同じように、私のヘイローが浮かんでいる。

 

けれど、今はそれが、ただの“輪っか”には見えなかった。

 

そこから、何かが流れている。

細くて、でも確かな流れ。

 

私は、直感的に理解していた。

 

――これを、使えばいい。

 

どうやって力を込めるのか。

そんな疑問すら、最初から存在しなかった。

 

まるで、生まれたときから知っていた動作みたいに。

あるいは、ずっと忘れていただけのものを、思い出したみたいに。

 

私は、静かに息を吸い、吐く。

胸の奥を落ち着かせて、ヘイローに意識を集中させた。

 

すると。

 

頭上から、温かい何かが、すっと体の中に流れ込んでくる。

 

怖くはなかった。

むしろ、ひどく懐かしい感覚だった。

 

その力を、私は腕へと導く。

 

包帯の下で、何かが動いた。

 

骨が、正しい位置を探して組み上がっていく感覚。

筋肉が、繊維を伸ばしながら絡み合っていく感覚。

血管と神経が、迷いなく接続されていく感覚。

 

それらすべてが、はっきりと“わかる”。

 

痛みは、ない。

代わりにあるのは、奇妙な充足感だった。

 

まるで、壊れていた機械が、本来の設計図通りに修復されていくのを眺めているような。

しかも、その設計図が、自分の中にある。

 

包帯の内側で、再生は加速していった。

 

みるみるうちに、欠けていた部分が埋まり、形が整っていく。

肘の先、前腕、手首。

指の一本一本まで、正確に。

 

私は、息をするのも忘れて、その過程を感じ続けていた。

 

そして。

 

再生が、終わった。

 

私は、そっと包帯の上から腕を撫でる。

そこには、確かな感触があった。

 

冷たさも、温かさも。

布のざらつきも。

自分の皮膚の感触も。

 

私は、ゆっくりと手を握り、開いた。

違和感は、ない。

 

――成功した。

 

その事実が、じわじわと胸に広がっていく。

 

私は、理解してしまった。

 

自分の再生能力は、偶然でも、暴走でもなかった。

ヘイローを起点として、自分の体を“再構築”する力。

 

そして私は、それを――

意識的に、制御できる。

 

再生能力を制御する術を、私は確かに手に入れたのだ。

 

病室の静けさの中で、私は自分の腕を見つめ続けていた。

まだ少しだけ、新しい体の感覚に戸惑いながら。

それでも確かに、自分のものになったその力を、静かに噛み締めて。

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