ミレニアムの秘密の研究室   作:まったり愛好家

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もう正月までの休み無くします。

コハクの過去編描きます。


第四十一話 コハク過去編 2

病院を退院してから、しばらくの間、私はほとんど外に出なかった。

 

学校にも顔を出さず、最低限の連絡だけを済ませると、残りの時間はすべて――自分の再生能力を調べることに費やした。

 

頭の中は、それでいっぱいだった。

 

どこまで再生するのか。

再生はどこから始まり、どんな順序で進むのか。

腕と脚で違いはあるのか。

内臓は? 骨は? 神経は?

そもそも、変わったのは再生能力だけなのか。

 

疑問は、尽きることがなかった。

 

私は、実験場所として、使われていない倉庫を借りた。

コンクリートの床。

剥がれかけた壁の塗装。

窓は小さく、昼でも薄暗い。

 

人の気配はなく、音も反響しない。

誰にも見られず、誰にも邪魔されず、集中できる。

 

そこに、簡易的な作業台と照明を設置し、医療器具とメモ帳を並べた。

その光景は、どう見ても異様だったと思う。

 

最初の頃は、ちゃんと局部麻酔を使っていた。

 

皮膚に注射針を刺し、薬液が広がるのを待つ。

感覚が鈍くなったのを確認してから、メスを入れる。

 

切開。

観察。

記録。

 

淡々とした作業だった。

 

血は出るが、恐怖はなかった。

むしろ、好奇心がそれを上回っていた。

 

「……やっぱり、皮膚より筋肉のほうが再生が早い」

 

独り言が、倉庫の中で虚しく響く。

メモ帳に走り書きしながら、私は時間を忘れていった。

 

来る日も来る日も、同じことの繰り返し。

体を切り、再生を観察し、書き留める。

 

外から見れば――

いや、考えなくてもわかる。

 

この光景は、明らかにこの世のものではなかった。

 

けれど、私にとっては、ただの研究だった。

 

問題は、麻酔だった。

 

高い。

思っていた以上に、消耗が激しい。

 

それに、完全に効くまで時間がかかるし、効き方にもムラがある。

時々、想定よりも痛みが残ることがあった。

 

私は次第に、麻酔の量を減らしていった。

 

――慣れればいい。

 

そう思ったのだ。

 

痛みは、情報だ。

再生の過程をより正確に知るためには、感覚があった方がいい。

そう、理屈をつけて。

 

だが、痛みは、そう簡単に慣れるものではなかった。

 

メスが皮膚を割く瞬間。

筋肉が切断される感触。

骨に当たる、嫌な抵抗。

 

「づ……あ“あ“……」

 

思わず声が漏れる。

喉が震え、視界が一瞬白くなる。

 

歯を食いしばり、息を荒くしながら、それでも手を止めなかった。

 

今思えば、この頃からだったのだと思う。

 

私の中で、何かが変わり始めたのは。

 

痛みや、体を切ることへの恐怖よりも。

それを上回る探究心が、前に出てきていた。

 

――知りたい。

 

その気持ちだけが、私を動かしていた。

 

自分の体だ。

誰にも迷惑はかけていない。

 

そう言い聞かせながら、倉庫の床を、少しずつ赤く染めていった。

 

乾いた血の匂いが、空気に染みつく。

拭いても、完全には消えない。

 

それでも、私は気にしなかった。

 

そして、ある日。

 

いつものように実験を終え、メモを整理していたときだった。

 

ふと、視界の端に違和感を覚えた。

 

作業台の上。

そこに置いてあったはずのもの。

 

私は、ゆっくりと顔を上げた。

 

――腕。

 

確かに、腕だった。

 

肘のあたりで切り落とし、観察用に台に乗せておいたもの。

それが、そこにある。

 

だが。

 

「……あれ?」

 

思わず、声が出た。

 

形が、違う。

 

ほんの少し。

けれど、確実に。

 

私は立ち上がり、台に近づいた。

ライトを当て、角度を変えて確認する。

 

見間違いでは、なかった。

 

肘で切り落としたはずの腕が――

肩の方向に、伸びている。

 

骨の輪郭。

筋肉の盛り上がり。

皮膚の張り。

 

それらが、確かに「増えて」いた。

 

私は、言葉を失った。

 

「……まさか」

 

喉が、ひくりと鳴る。

 

腕単体で、再生しようとした?

本体から切り離された状態で?

 

そんなこと、今まで一度も考えたことがなかった。

 

再生するのは、あくまで“私”だと。

私の体に付随して起こる現象だと。

 

でも、目の前の現実は、それを否定している。

 

私は、しばらくその腕を見つめ続けていた。

時間の感覚が、薄れていく。

 

困惑と、興奮と、得体の知れない恐怖が、胸の奥で混ざり合う。

 

――これは、見逃せない。

 

どういう条件で起こるのか。

どこまで再生するのか。

本当に「腕だけ」で完結するのか。

 

私は、どうにかして、この現象を突き止めようと決めた。

 

メモ帳を開き、新しいページをめくる。

ペン先が、わずかに震えていた。

 

それが、恐怖なのか。

それとも、期待なのか。

 

自分でも、もう、よくわからなかった。

 

私は、原因を探るために、同じことを何度も繰り返した。

 

腕の切断を、意図的に繰り返す。

 

ヘイローからの力――神秘を、腕に込めた状態で切り落とす。

あるいは、逆に、何も込めず、ただの肉体として切り落とす。

 

条件を変え、手順を揃え、結果を比較する。

 

それは、もはや「実験」だった。

 

最初のうちは、痛みを避けるために最低限の麻酔を使った。

だが、次第にそれも省略していった。

 

再生の量。

再生の速度。

再生が止まる地点。

 

それらを一つ一つ、丁寧に書き留めていく。

 

そして、徐々に、だが確実に、ある法則が浮かび上がってきた。

 

――ヘイローからの力を、神秘を、腕に込めた状態で切り落とすと、再生する量が増える。

 

それは、偶然ではなかった。

 

神秘を込めずに切り落とした腕は、肘から先程度までしか再生しない。

だが、神秘を込めれば込めるほど、再生は「上へ」と伸びていく。

 

肘。

肩。

胸郭の半分。

 

私は、再生途中のそれを見下ろしながら、静かに呟いた。

 

「……今の私だと、ここまで、か」

 

作業台の上には、腕から胴体の半分ほどまで再生した肉塊が横たわっていた。

呼吸はない。

心音もない。

だが、細胞は、確かに生きている。

 

ここが、限界?

 

一瞬、そう思った。

けれど、その考えはすぐに打ち消された。

 

――違う。

 

神秘が足りないだけだ。

 

そう結論づけた瞬間、胸の奥に、奇妙な高揚感が生まれた。

ならば、やるべきことは一つしかない。

 

私は、神秘のコントロールそのものを、鍛え始めた。

 

ヘイローに意識を集中し、流れを感じ取る。

強くする。

弱くする。

細く、鋭く、密度を上げる。

 

その感覚は、最初に腕が千切れた、あの日のものに近づいていった。

 

命の危機。

死の予感。

あのとき、私の中で何かが“外れた”感覚。

 

――あれを、再現できれば。

 

そう思った私は、ついに、強硬策を選んだ。

 

作業台の横で、私は一度、目を閉じる。

 

麻酔は、使わない。

 

ヘイローに意識を向け、神秘を、今までで一番強く、腕に流し込む。

腕が、じん、と熱を持つ。

皮膚の内側で、何かが脈打つのがわかる。

 

「……いける」

 

自分に言い聞かせるように、そう呟いてから。

 

私は、迷わず、刃を振るった。

 

痛い。

 

想像していた以上の痛みが、一気に押し寄せてきた。

 

痛い痛い痛い。

 

視界が、白く弾ける。

耳鳴りがして、床が傾く。

 

「き゚……うああ……」

 

喉から、意味をなさない声が漏れた。

膝が崩れ、私はその場に倒れ込む。

 

呼吸が、うまくできない。

全身が、拒絶反応を起こしている。

 

それでも。

 

あのときのような、はっきりとした“死の感覚”は、なかった。

 

意識は薄れていくが、完全には落ちない。

恐怖はある。

相変わらず、強烈に。

 

私は、床に伏したまま、必死に顔を上げた。

 

その瞬間。

 

切り落とした腕に、明らかな変化が起きているのが見えた。

 

――早い。

 

今までとは、比べ物にならない。

 

皮膚が伸び、筋肉が盛り上がり、骨格が組み上がっていく。

しかも、それは止まらない。

 

肩。

胸。

腹部。

 

再生は、迷うことなく進行していった。

 

「……嘘……」

 

掠れた声が、床に落ちる。

 

さらに。

 

今まで一度も起こらなかった変化が、始まった。

 

足が、形成され始めたのだ。

 

大腿骨。

脛骨。

筋繊維が絡み合い、皮膚がそれを覆っていく。

 

私は、息を呑んだまま、それを見つめ続けた。

 

そして。

 

最後に。

 

頭の再生が、始まった。

 

まず、頭蓋骨。

滑らかな曲線を描きながら、骨が形を取る。

 

次に、内部。

脳を包む構造が整い、神経が張り巡らされていく。

 

眼球が収まり、瞼が閉じる。

皮膚が張り、髪の毛が、ゆっくりと伸びていく。

 

それは、あまりにも――

 

静かで、正確だった。

 

まるで、最初から「完成図」が存在しているかのように。

 

再生が、終わった。

 

作業台の上に、静かに横たわるそれを、私は見つめた。

 

そこにあったのは。

 

紛れもなく――

私自身だった。

 

体格。

顔立ち。

髪の癖。

そして、頭上に浮かぶ、同じ形のヘイロー。

 

完全な、コピー体。

 

私は、床に座り込んだまま、ただそれを見つめ続けていた。

 

「……やった。やったぞ……」

 

声に出した瞬間、全身から一気に力が抜けた。

 

達成感と、それを上回る疲労が同時に押し寄せてきて、私はその場に崩れ落ちた。

冷たいコンクリートの感触が背中に伝わる。

天井の照明が、にじんで二重に見えた。

 

人間の完全なコピー体。

 

それが今、目の前にあるという事実が、まだ現実として頭に定着していなかった。

けれど間違いなく、それは私の人生の中で成し遂げたことの中でも、飛び抜けて大きな出来事だった。

 

しばらく、そのまま動けずにいた。

呼吸を整え、心臓の鼓動が落ち着くのを待つ。

 

やがて、私はゆっくりと体を起こした。

 

視線の先。

作業台の上。

 

そこに横たわっている「それ」を、改めて観察する。

 

――私だ。

 

同じ顔。

同じ肌の色。

同じ骨格、同じ体つき。

 

髪の生え方、睫毛の長さ、指の形に至るまで、何一つ違いがない。

鏡を見るよりも、むしろ現実感が薄い。

 

まるで、誰かが私を三次元コピー機にかけて、そのまま出力したみたいだった。

 

そして。

 

私は、ある一点に気づいて、息を止めた。

 

胸板が、上下している。

 

ゆっくりと。

規則正しく。

一定のリズムで。

 

「……」

 

それは、紛れもなく――呼吸だった。

 

裸の私と同じ姿をした少女が、倉庫の作業台の上で横たわり、静かに息をしている。

白い肌が、わずかに上下するたび、倉庫の空気が揺れるような気がした。

 

光景は、あまりにも非現実的だった。

 

どこか、SF映画のワンシーンみたいで。

現実味が、致命的に欠けている。

 

「……もしかして、これ……生きてる?」

 

思わず、声が漏れた。

 

呼吸があるということは。

酸素を取り込み、二酸化炭素を吐き出しているということ。

 

つまり、肺が機能している。

心臓が動いている。

内臓も、神経も、すべてが稼働している。

 

――生命だ。

 

その瞬間、私の脳裏を、一つの言葉が横切った。

 

人クローン生産禁止条約。

 

胸の奥が、ひやりと冷える。

 

「……まずいな」

 

小さく呟いた声が、倉庫に吸い込まれていく。

 

正直に言えば。

ここまでうまくいくとは、思っていなかった。

 

成功すること自体に意識を向けすぎて、その先のことを、何一つ考えていなかったのだ。

 

これが発覚したらどうなる?

誰かに見つかったら?

そもそも、この存在を、どう扱えばいい?

 

思考が、一気に追いつかなくなる。

 

「……とりあえず、意識の確認、かな」

 

自分に言い聞かせるように、そう呟いた。

 

私は作業台に近づき、コピー体の肩に手を伸ばす。

触れた感触は、温かい。

私自身と、何も変わらない体温。

 

軽く揺すってみる。

 

「……ねえ」

 

反応は、ない。

 

肩を、もう少し強く揺すった。

 

「ねえ、聞こえる?」

 

それでも、まぶたは閉じたままだ。

 

今度は、肩を叩く。

 

ぺし、ぺし、と軽い音が倉庫に響く。

 

「……うーん」

 

何も起きない。

 

私は一度、手を止めて考えた。

このまま裸でいるのは、さすがにまずい。

 

自分でも何を気にしているのかわからなかったが、直感的にそう思った。

 

私は、自分が着ていた白衣を脱ぎ、それをコピー体に被せた。

サイズは当然ぴったりで、違和感がない。

 

それから、再び声をかける。

 

「……ねえ!」

 

少し大きな声で呼びかける。

 

「聞こえてる!?」

 

倉庫の中で、私の声だけが反響する。

返事は、ない。

 

「はあ……」

 

思わず、ため息が漏れた。

 

「起きないのかな〜……起きてくれよ〜……」

 

半ば独り言みたいに、そう言った。

 

その、直後だった。

 

ガサリ。

 

布が擦れる、小さな音。

 

私は、ぴくりと反応して、視線を戻した。

 

コピー体の指が、わずかに動いている。

 

次の瞬間。

 

閉じていた瞼が、ゆっくりと開いた。

 

「……っ!?」

 

心臓が、跳ね上がる。

 

コピー体は、少しぼんやりとした動きで上体を起こした。

白衣が肩からずり落ち、鎖骨が覗く。

 

その顔が、私を見る。

 

――私の顔で。

 

「うわーっ! 起きた!!」

 

ここ最近で、一番大きな声が出た。

 

驚きで、思わず後ずさる。

足がもつれて、危うく転びそうになる。

 

なんで!?

なんで今起きた!?

 

私が「起きて」って言ったから?

それがトリガーだった?

 

思考が、完全に追いつかない。

 

コピー体は、私を見つめたまま、きょとんとした表情を浮かべている。

まるで、自分がどこにいるのか、わかっていないみたいだった。

 

私は、心臓を押さえながら、必死に呼吸を整える。

 

「……ちょ、ちょっと待って……」

 

声が、震えていた。

 

理解不能な状況。

想定外の事態。

 

私は、軽いパニックに陥っていた。

 

目の前には、目を覚ました“私”がいる。

 

その事実だけが、重く、静かに、倉庫の空気を支配していた。




コハクがプラナリアに成った瞬間やね。
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