理由は、全然短編じゃなく長いこと続いてるからです。
レイも、ミコトも、しばらくのあいだ沈黙したままだった。
部室にある機械類の低い駆動音だけが、やけに大きく聞こえる。
空調の風が紙を一枚、わずかに揺らした。
その沈黙の中で、二人の表情がゆっくりと変化していくのが、はっきりとわかった。
最初は「違和感」だったものが、「疑問」に変わり、やがて――「疑い」へと変質していく。
笑顔が消え、眉間に皺が寄り、視線が鋭くなる。
まるで、見てはいけないものに触れてしまった研究者のような目だった。
そして、沈黙を破ったのはレイだった。
「……サンゴちゃんは」
声は低く、しかし妙に落ち着いている。
「君の“双子”なんだよね……?」
その視線は、もはやフレンドリーな部長のものではなかった。
人当たりがよく、冗談を交えながら場を和ませる、あの鷹宮レイの目ではない。
それは、爆弾を前にした人間の目だ。
下手に触れれば、すべてが吹き飛ぶと理解した上で、なお目を離せない、そんな目。
レイがそう言ったのと、ほぼ同時だった。
久遠ミコトの視線も、完全に同じ色に変わった。
――ああ、これはもう誤魔化せない。
そう理解しながらも、私は肩をすくめて、いつも通りの調子で答えた。
「双子ですよー。少なくとも、私はそう思ってます」
冗談めかした口調。
まるで、天気の話でもするかのような軽さ。
当たり前のことを言っているだけだ、と言外に示すように。
しかし、その余裕こそが、二人の疑念を決定的なものにした。
レイは一瞬だけ目を伏せ、次に顔を上げたときには、完全に腹を括った表情になっていた。
「……そうかい」
短く、区切るように言う。
「じゃあ、質問を変えよう」
レイの視線が、まっすぐに私を射抜く。
「サンゴちゃんは、何歳だい?」
その問いには、もう探る色はなかった。
確認だ。
すでに答えは見えていて、それでも口に出させるための質問。
「……やだなあ」
私は、わざとらしく笑ってみせた。
「私たちは双子ですよ?同じ年齢に決まってるじゃないですか」
白々しい、と自分でも思うほどの言葉だった。
だが、それでも私は引かなかった。
否定し続ける。
最後まで。
――だが、その態度が、決定打だった。
ミコトが、一歩前に出る。
金属音が、部室に鋭く響いた。
彼女はすでに、銃を抜いていた。
「答えて」
声は低く、感情を極限まで抑え込んだものだった。
「……さもなくば、ここで制圧する」
銃口が、迷いなく私に向けられる。
その瞬間、私は悟った。
――ああ、もう無理だ。
ここまでだ。
これ以上、嘘を重ねても意味はない。
むしろ、状況を悪化させるだけだ。
私は、ふっと肩の力を抜いた。
張り詰めていた糸を、わざと切るように。
「えっとね」
軽く息を吐く。
「今が午前九時半だから……」
視線を天井に向け、少し考える素振りをしてから、はっきりと言った。
「サンゴの年齢は、十四時間ですね」
一瞬、時間が止まった。
次の瞬間。
レイとミコトの表情が、完全に変わった。
困惑ではない。
疑念でもない。
――怒りだ。
「……っ!」
サラが息を呑む音が聞こえた。
ようやく状況を理解したのだろう。彼女は口元を両手で覆い、青ざめている。
「な、なにが……」
ユリだけが、まだ理解しきれていなかった。
「なんすか⁉︎ 何が起こってるんすか⁉︎」
混乱した声で叫ぶ。
だが、答える者はいない。
「クローンだ……!」
レイが、低く、しかし震える声で吐き捨てた。
いつの間にか、彼女の手にも銃が握られていた。
「それも、まともな方法じゃない……!」
歯を食いしばりながら、言葉を続ける。
「魂が入っていない……!肉体だけのコピー品……!」
視線が、サンゴへと向けられる。
「人間と人形のキメラだ……!」
その声は、怒りだけではなかった。
恐怖と嫌悪、そして――強烈な拒絶。
「あー……」
私は頭をかきながら、乾いた笑いを漏らした。
「これは……まずいかな」
この瞬間、私は理解していた。
――彼女たちは、もう敵になり得る。
そしてそれは、当然の反応でもあった。
自分のコピー体を、何の説明もなく、一般の生徒たちの前に連れてきた。
研究者とはいえ、倫理も常識もある人間たちだ。
無謀だった。
軽率だった。
「コハクちゃん……!」
レイが、ほとんど叫ぶように言う。
「答えて!サンゴちゃんは……なんなの⁉︎」
その声には、怒りだけでなく、どこか必死さが混じっていた。
サラも、震える手で銃を構えている。
ユリも、ようやく事態を理解したのか、慌てて銃に手を伸ばそうとしていた。
銃口が、いくつも私に向けられる。
部室の空気は、完全に凍りついていた。
私は、その中心に立ったまま、静かに息を吸った。
そして、サンゴは――
ただ、何の表情も浮かべずに、そこに立っていた。
「サンゴが何か、って……」
私は両手を軽く広げ、肩をすくめた。
銃口がこちらに向けられているという現実を、まるで背景の小道具のように扱いながら。
「今、自分で言ってたじゃないですか。コピーですよ、コピー。正真正銘、私のコピー品です」
わざと明るく、冗談めかした調子で言う。
空気を和らげるため――ではない。
単純に、私にとってはそれが「事実」であり、それ以上でもそれ以下でもなかったからだ。
四人の反応は様々だった。
レイは唇を強く結び、サラは青白い顔のまま銃を握りしめ、ユリは混乱と恐怖の入り混じった視線を行き場なく彷徨わせている。
ミコトだけが、感情を押し殺したような鋭い目で、私を射抜いていた。
「……そうですねー」
私は少し考えるふりをしてから、話を続ける。
「テセウスの船のパラドックスって、知ってますか?」
その問いかけに、誰も答えない。
しかし否定もされない。
私は構わず続けた。
「ギリシャ神話に出てくる英雄テセウスが、アテネに持ち帰った船があるんです。木造船で、長い年月をかけて朽ちていく。そのたびに、傷んだ木材を新しいものに取り替えていった」
私は指で空中に船の形をなぞるようにジェスチャーをする。
「で、最終的にどうなったかっていうと……元の部品は一つも残っていない。それでも、その船は『テセウスの船』と呼べるのか、っていう哲学の問いですね」
少し間を置き、サンゴの方へ視線をやる。
「簡単に言えば、私が最初のテセウスの船。サンゴは、新しいテセウスの船です」
レイたちは黙って聞いていた。
遮ろうとする者はいない。
困惑と警戒が混ざった沈黙が、部室を重く包み込む。
「……うーん、わかりにくかったですかね?」
私は首をかしげ、今度は少し楽しそうに続ける。
「じゃあ、別の例えでいきましょうか。プラナリアっていう生き物がいるのは知ってます?」
ホワイトボードの前で講義をする教師のような口調になっている自分に、内心で少し笑った。
「プラナリアはですね、体を切っても再生するんです。それも、中途半端な再生じゃなくて。真っ二つに切ると、二匹のプラナリアになる。切り離された破片から、それぞれ完全な個体が生まれるんですよ」
私は両手を使って、何かを分ける仕草をする。
「サンゴは、切り離された私から再生した“私”です。オリジナルとコピー、って言い方もできますけど……私からすれば、そこまで大きな違いはない」
その説明をする私の声は、どこか弾んでいた。
まるで、難しいテストで良い点を取ったことを親に報告する子供のように。
あるいは、自分の楽曲の歌詞の意味を聞かれたアーティストのように。
その様子が、レイの逆鱗に触れた。
「……もういい!」
突然、怒号が部室に響き渡る。
「それ以上、喋るな!」
レイは一歩踏み出し、銃を強く握り直した。
その腕は、わずかに震えている。
「君は……君は、なんとも思わないのか!」
声が裏返りそうになるのを、必死に抑えているのがわかった。
「倫理から外れたその行動に!人間のコピーという大罪を犯した、その罪に!」
まるで映画のワンシーンだ。
感情を爆発させた正義の側の人間が、銃を構えて悪を糾弾する。
そんな構図。
「なんとも思わないか、って……」
私は少し考え込むように視線を落とした。
「そりゃあ、最初はありましたよ?怖いとか、やっちゃいけないとか、後戻りできないとか」
指でこめかみを軽く叩く。
「でも……あれ?私、なんで今、こんなに何とも思ってないんだろ」
本当に不思議だった。
自分でも理由がはっきりしない。
胸の奥にあるはずの罪悪感や恐怖が、ひどく薄い。
まるで、遠い昔に置き忘れてきたみたいに。
「まあ、多分……周りの影響ですかね」
私は苦笑する。
「碌でもない大人が多い環境で育ったもので」
頭の中に、カイザー理事の顔と、黒服の男の姿が浮かぶ。
ああ、きっとあの人たちの影響だ。
そう結論づけると、妙に納得がいった。
「ふざけるな!」
今度は、ミコトが叫んだ。
彼女の声は、怒りで震えている。
「お前は……お前は、環境なんかでこうなったんじゃない!」
一歩、また一歩と近づいてくる。
「環境のせいで!こんな所業ができるものか!」
……さて、どうしたものか。
私は、内心でため息をついた。
ここまできたら、弁明は無理だ。
そもそも、誤解もない。
事実を、そのまま突きつけているだけなのだから。
口封じ――という選択肢が、一瞬頭をよぎる。
だが、すぐに否定する。
四人同時の失踪なんて、さすがに問題が大きすぎる。
私だって、そこまで無責任じゃない。
何か、他に……。
ワンアイデア。
最適解。
「……あ」
ふと、思いつく。
私は、視線を横に向けた。
「ねえ、サンゴ」
銃を向けられているこの状況で、私はコピー体に話しかけた。
「この状況の最適解って、何かある?」
サンゴは、即座に答えた。
感情の揺らぎのない、澄んだ声で。
「私を生み出した経緯と、心を植え付けたい理由を正直に話した上で」
淡々と、しかし論理的に続ける。
「四人を研究の監視役として任命し、コハク様の研究施設に対する監視権を与えるのが、最も問題が少ないと考えます」
……なるほど。
全部、話してしまえばいい。
隠すのをやめて、大義のためだと示せばいい。
私は、小さく頷いた。
「そっか……」
そして、四人に向き直る。
「えっとですね」
ゆっくりと、椅子に腰を下ろし直す。
背もたれに体重を預け、深く息を吸う。
「こうなった理由を、順を追って話しますと……」
私は、そう言って、話し始めた。
ーーー
ホシノ視点 16
「あなたの在り方は結構好きですよ」
その言葉は、乾いた風の音に溶けることなく、はっきりと私の胸の奥に届いた。
砂埃をかぶった壁の向こう、体育館の裏手に広がる空は相変わらず白く霞んでいて、太陽は高い位置にあるはずなのに、どこか夕暮れ前のような色をしていた。光はあるのに、温度が足りない。そんなちぐはぐな世界の中で、その一言だけが不思議とあたたかかった。
胸の奥に溜まっていた、名前のつかない重さ。ずっと、息をするたびに肺の内側にまとわりついていた靄のようなものが、少しだけ薄くなるのを感じた。
――ああ、そうか。
私は、気づいてしまった。
自分はずっと、肯定されることを恐れていたのだと。
責められること、拒絶されることには慣れていた。期待されないことにも、失望されることにも。だからこそ、自分の在り方そのものを「好きだ」と言われることが、どこか現実味のないものに思えていた。
しかもそれが、私の事情を知った上で、だ。
契約の影。黒服の男。アビドスの未来。逃げ続けてきた責任と、抱え込んできた覚悟。その全部をひっくるめた私を見た上で、肯定されるなんて、思ってもいなかった。
「……ありがとうね」
声を出した瞬間、自分でも驚くほど喉が乾いていることに気づいた。言葉が、少しだけ掠れる。
私は無意識のうちに苦笑していた。照れ隠しのつもりだったけれど、きっと、今の私はあまり上手に笑えていない。
「でも、私も君のこと結構好きだな」
そう続けながら、視線を落とす。コハクちゃんの足元で、風に転がされて小石が音を立てた。
「セリカちゃんを励ましてくれたし、無茶もするけど根は優しいし……」
一つひとつ、思い返すように言葉を選ぶ。
「だからさ。君が辛そうなら、助けになりたいって思うんだ」
それは、綺麗事でも義務感でもなかった。ただの事実だった。
放っておけない。関わらないなんて、もうできない。そういう種類の感情だ。
コハクちゃんは、一瞬だけ目を伏せた。長い睫毛が影を落とし、その表情がわずかに曇る。
「それは、ありがとうございます」
丁寧な言い方だった。感謝を拒絶しているわけではない。でも、どこか一線を引くような響きがあった。
「でも、だとしても言いません」
きっぱりと、しかし柔らかく。
「これは、私の秘密にも関係しているので」
秘密。
その言葉が、砂の上に落ちたように重く響いた。
秘密――。
それは、彼女の異常な回復能力と無関係ではないのだろう。血が消え、肉が塞がり、死の淵から何事もなかったかのように戻ってくる、その在り方。
そして、その秘密が「対価」と結びついているという事実。
黒服の男は、必ずそういうところを突いてくる。価値のあるもの、代替のきかないものを要求する。身体、記憶、立場、あるいは――存在そのもの。
「秘密、ね」
私は息を吐いた。胸の奥に、かすかな痛みが走る。
「まだ私は、そこまで信用できないかな」
声は、思ったよりも静かだった。責めるつもりはなかった。ただ、少しだけ残念だった。それを隠す気力も、今はなかった。
砂漠の風が吹き抜け、制服の裾を揺らす。乾いた布が脚に擦れる感触がやけに生々しい。
「そうではないですけど……」
コハクちゃんは困ったように言った。眉をわずかに寄せ、言葉を探すように口を開いたまま、しばらく黙り込む。
その沈黙が、長く感じられた。
彼女は視線を彷徨わせ、ひび割れたコンクリートの壁を見たり、雑草の先端を見たり、そしてまた私の方を見たりする。その一つひとつが、迷いをそのまま形にしたようだった。
「信用していない、というより……」
言いかけて、止まる。
言葉にしてしまえば、戻れなくなる。そんな躊躇いが、はっきりと伝わってくる。
私は、何も言わずに待った。急かすつもりはなかった。今の彼女に必要なのは、選ぶ時間だ。
心臓の鼓動が、やけに大きく聞こえる。風の音と混じって、自分の中と外の境界が曖昧になる。
――もし、ここで踏み込めば。
きっと、私は止まらなくなる。
彼女の秘密を知り、契約の対価を知り、黒服の男に再び向き合うことになるだろう。アビドスの問題だけでなく、彼女自身の人生にまで、深く関わることになる。
それが正しいのかどうかは、わからない。
ただ、関わらずにいられない自分がいることだけは、はっきりしていた。
コハクちゃんは、ゆっくりと息を吸い、吐いた。その仕草は、小さくても確かな決意の準備のように見えた。
それでも、最後の一歩は踏み出さない。
その境界線が、今の私たちの距離だった。
乾いた空気の中で、二人分の影が地面に伸びている。重なりそうで、重ならない。
私はその影をぼんやりと眺めながら、言葉にしなかった思いを胸の内に沈めた。
――好きだと言われたこと。
――助けたいと思ってしまったこと。
――それでも、踏み込めない秘密があるということ。
その全部が、今この瞬間、確かにここにあった。
「小鳥遊ホシノさん」
その呼び方は、さっきまでとは明らかに違っていた。
名前を呼ばれた瞬間、胸の奥で何かが小さく鳴った。いつもは軽口で呼ばれることの多い私の名前を、苗字付きで、しかもこんな改まった調子で呼ばれることなんて、そうそうない。
振り返ると、コハクちゃんは背筋を伸ばして立っていた。けれど、その姿勢はどこか不自然で、無理に整えたような硬さがある。視線はまっすぐこちらを向いているのに、目の奥だけが落ち着かず、居場所を探すように揺れていた。
さっきまでの、少し皮肉めいた落ち着きや、どこか達観したような雰囲気とは違う。今の彼女は、気まずさとためらいを、隠そうともせずに抱え込んでいるように見えた。
「何かな? 改まって」
私は、なるべくいつも通りの調子で首を傾げた。軽く、冗談めかすように。そうしないと、この空気に呑まれてしまいそうだったから。
乾いた風が、体育館裏の壁に沿って吹き抜ける。砂が足元を擦り、カラカラと乾いた音を立てた。その音がやけに大きく感じられて、沈黙の隙間を無理やり埋めているみたいだった。
コハクちゃんは、一歩、後ろに下がった。
その距離はほんのわずかで、手を伸ばせば届く範囲のままだったけれど、それでもはっきりとした「退き」の意思を含んでいた。距離以上に、心の方が遠ざかるような感覚。
「私を助けようとしてくれるのは、すごく嬉しいんですけど……」
言葉を選ぶように、慎重に区切りながら話す。その声は静かで、感情を抑え込んでいるのがよく分かった。
「私には、私の事情があるので。ここらで、失礼したいんですよね」
そう言って、体を少しかがめる。
逃げるための姿勢だ。いつでも走り出せるように、重心を落とした、無駄のない動き。戦場で身につけた癖なのだろう。無意識に出てくるところが、余計に胸を締めつけた。
「……シロコちゃんたちにも、説明しないと」
私も、反射的に腰を落とした。追いかけるためではなく、引き留めるためでもなく、ただ「一緒に動こう」としてしまっただけだ。それくらい、この距離が崩れるのが怖かった。
頭の中では、すでに次の行動を考えていた。どう伝えるか、どこまで話すか、どうやってみんなを納得させるか。勝手に、勝手にだ。
「言えるわけないじゃないですか」
その声は、ぴしゃりと空気を切った。
「あなた、あの人たちまで巻き込んだら、いよいよ“私を助けるモード”になるでしょ」
淡々としているのに、妙に的確だった。図星だったから、何も言い返せなかった。
全くもって、その通りだと思う。
私は、目を伏せた。砂に汚れたコンクリートのひび割れが視界に入る。そこから生えた細い雑草が、風に揺れていた。こんな場所でも、生きようとするものは生きようとする。その姿が、今のコハクちゃんと重なって見えた。
顔をしかめる。眉間に力が入るのを、自分でもはっきりと感じた。
「そうかもね」
短く、肯定した。否定できなかったし、する気もなかった。
「なので、ダメです」
コハクちゃんは、はっきりと言った。
「これ以上、私を助けようとしないでください」
助けようとしないでください。
その言葉は、鋭い刃物みたいに、まっすぐ胸に突き刺さった。痛みは遅れてやってきて、じわじわと広がっていく。息をするたびに、少しずつ、深く。
「そんな言い方されちゃうと……ねえ?」
自分でも驚くほど、声が震えた。喉の奥が熱くなって、無理に笑おうとした分だけ、余計に滲んでしまう。
泣くつもりなんてなかった。ただ、必死に抑えていたものが、ほんの少しだけ表に出てしまっただけだ。
「何度も言っていますが、これは私の問題です」
コハクちゃんの声は、変わらない。揺れていない。だからこそ、その強さが際立つ。
「あなたたちは、自分たちの問題を優先してください」
その言葉の裏に、どれだけの覚悟が詰まっているのか、分かってしまうのが辛かった。
本当に、優しい。
そして、強い。
自分のことを後回しにして、他人が傷つかないように距離を取る。巻き込まれるくらいなら、孤独を選ぶ。そんなやり方を、当たり前のように選べてしまう。
私は、ゆっくりと顔を上げた。
乾いた空気が、目に染みる。風が吹くたびに、砂が舞い、視界が一瞬だけ白くなる。その一瞬が、やけに長く感じられた。
「こうやって関わっちゃったんだから、それは難しいねー」
諭すように、できるだけ穏やかに言った。
説得でも反論でもない。ただの事実として、そう口にした。
もう、ここまで来てしまった。出会って、話して、知ってしまった。見ないふりなんて、できるはずがない。
私は、彼女をまっすぐに見つめた。
砂埃の向こうで、二人の影が揺れている。その距離は、さっきよりも少しだけ、遠くなった気がした。それでも、完全に離れてはいない。その中途半端さが、今の私たちそのものだった。
風の音だけが、変わらず吹き続けていた。