ミレニアムの秘密の研究室   作:まったり愛好家

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第五十七話 あー?銃撃戦に頭脳?バカじゃないのか?弾幕はパワーだよ。 コハク過去編あり

私は、トリニティ自治区の中でも特に名の知れた銃器店の前に立っていた。

 

白を基調とした外観は、トリニティらしく清廉で、まるで礼拝堂か高級ブティックのようにも見える。しかし、ショーウィンドウ越しに並ぶ銃身や照準器、分解された内部構造の展示が、ここがれっきとした武器商人の店であることを雄弁に物語っていた。

 

「……ここ、か」

 

私は小さく呟き、扉に手をかける。

 

ここは、正義実現委員会がよく利用しているということで知られている店だ。

信頼性、整備性、アフターケア。どれを取っても一級品で、噂ではオーダーメイドの銃すら請け負っているらしい。

 

扉を開けると、控えめなベルの音が鳴った。

 

「いらっしゃいませ」

 

落ち着いた声が、すぐに返ってくる。

 

店内は思っていた以上に広く、整然としていた。銃器特有の油の匂いはあるものの、不快ではなく、むしろ整備の行き届いた工房のような印象を受ける。壁には用途別に銃が並び、ショーケースの中には精密に整えられた内部パーツや光学機器が収められている。

 

視線を巡らせると、確かに正義実現委員会のエンブレムが刻まれた専用ラックも見えた。

 

御用達、ということで、変な輩への牽制になるのだろう。

 

「……なるほど」

 

私は、軽く感心しながら歩き出す。

 

アサルトライフル、サブマシンガン、ショットガン。

一通り視線を流したあと、迷いなくスナイパーライフルのコーナーへと向かった。

 

ガラスケース越しに並ぶ銃は、どれも長く、重く、威圧感がある。

スリムなものから、いかにも対物用途といった無骨なものまで、選択肢は多い。

 

私は、一本一本をじっくりと見て回った。

 

条件は、はっきりしている。

 

・大口径

・長距離射程

・そして何より、構造が極力単純で、丈夫なもの

 

精密すぎる銃は、私には向かない。

多少乱暴に扱っても壊れず、当たればすべてを破壊できる火力。

それこそが、今の私に必要なものだ。

 

「……あ」

 

ふと、視線が一点で止まった。

 

ケースの奥、他の銃よりも一回り、いや二回りは異様に長いそれ。

 

重心は太く、ライフルというよりもバルカン砲を戦闘ヘリから取り外してそのまま置いているような感じだ。

 

説明プレートを読むまでもなく、私はその正体を理解していた。

 

アンツィオ20mm対物ライフル。

 

ボルトアクション式の、超大口径ライフル。

使用弾薬は20×102mm──冗談のようなサイズの弾丸を撃ち出す怪物だ。

 

「……やっぱりすごいな…圧すら感じる」

 

私は、思わず口元を緩めた。

 

一般流通している銃火器の中でも、最大口径クラス。

本来ならば、歩兵が扱うこと自体がおかしい代物である。

 

有効射程は最大で4〜5キロ。

適切な弾薬を使えば、戦車の装甲すら貫通する。

 

私の知っている生徒で、この銃を使っているのはただ一人。

正義実現委員会のスナイパー、静山マシロ。

 

彼女は、この銃をフルカスタムに近い状態で運用し、高台まで運び、数キロ先の標的を正確に撃ち抜く。

キヴォトスでも名の知れた狙撃手だ。

 

大抵の生徒は、一発で戦闘不能になる。

それも、2キロ、3キロという距離から。

 

これは、そういうことができる銃なのだ

 

「……至近距離で撃ちまくったらどうなるのか…」

 

私は、ケース越しに銃身を眺めながら、そんなことを考えた。

 

立ち回りで負けていても。

距離を取られていても。

 

この火力なら──火力の暴力で、すべてをねじ伏せられるかもしれない。

 

もちろん、この銃には最大の欠点がある。

 

重さだ。

 

カスタム次第で、50キロを悠に超える。

 

通常の生徒なら、持ち上げることすら難しい。

運搬も一苦労で、取り回しは最悪。

 

だが。

 

「……私なら問題なく扱える。はず」

 

私は、自分の身体能力を思い出す。

 

2メートル近い全長も、数十キロに及ぶ重量も、私にとっては致命的な問題ではない。

再生能力がある以上、反動によるダメージも無視できる。

 

さらに、このモデルは──

 

「Mag-Fed……」

 

五発装填のマガジン式。

一発ごとにボルトを操作する必要はあるが、単発式よりははるかに連射が効く。

 

外しても、次がある。

それだけで、私にとっては十分だ。

 

私は、店員を呼んだ。

 

「すみません。このアンツィオ、Mag-Fedモデルを見せてもらえますか?」

 

「かしこまりました」

 

落ち着いた所作で、ケースが開かれる。

金属同士が触れ合う、低く澄んだ音。

 

間近で見ると、圧迫感が段違いだった。

銃身は太く、無骨で、装飾はほとんどない。

まるで「破壊するためだけ」に存在しているような形状だ。

 

私は、ゆっくりと手を伸ばし、グリップに触れた。

 

「……重い」

 

正直な感想が、自然と口をついて出る。

 

だが、不思議と嫌な重さではない。

質量そのものが、信頼感になっている。

 

「これ、ください」

 

即決だった。

 

私は、銃を触って確信した。私はこの銃を使えば、今までよりも強くなれる。

 

「カスタムで…マッチグレードバレルもください」

 

ブレを抑制し、精度を上げるバレル。

狙撃の腕がない私にとって、精度は少しでも高い方がいい。

 

「かしこまりました。サプレッサーや三脚マウントは大丈夫ですか?セットで買うと安いですよ?」

 

「大丈夫です」

 

弾薬も、十分な数を注文する。

 

「銃本体とバレルで、220万円になります。弾薬は一発五千円です」

 

数字を聞いて、思わず笑いそうになった。

 

「……凄まじい値段ですね」

 

昨日までの私なら、間違いなく諦めていただろう。

 

だが、今は違う。

 

私は、迷いなくカードを差し出した。

 

黒服さんとの契約で得た、支援用のカード。

残高を気にする必要はない。

 

「こちらでお願いします」

 

「確かにお預かりします」

 

端末の音が鳴り、会計はあっさりと終わった。

 

その瞬間、胸の奥に、奇妙な高揚感が湧き上がってくる。

 

「……ふふ」

 

私は、思わずニッコニコになっていた。

 

その場で受け取れるとのことだったので、私はそのまま銃を受け取った。

ケースに収められているとはいえ、その存在感は圧倒的だ。

 

店を出て、ふとガラスに映る自分の姿を見る。

 

一際小さい私の体に、2メートル近い銃がアンバランスに担がれている。

どう見ても、不釣り合いだ。

 

けれど。

 

それが、自分が圧倒的な火力を手に入れた証のように思えて。

 

「悪くない…いや、素晴らしい!」

 

私は、そう呟きながら、ゆっくりと歩き出した。

 

私は、そのまま足を止めることなく、もう一つの用事を済ませるために進路を変えた。

トリニティ自治区の整然とした街並みを抜け、少し人通りの少ない通りへ入る。白を基調とした建物が並ぶこの地区の中で、そこだけは妙に異質な存在感を放っていた。

 

――カイザー・ウェポンズ。

 

重厚な外壁。無駄な装飾を削ぎ落とした直線的なデザイン。

企業ロゴは主張しすぎない位置に控えめに刻まれているが、その存在感は圧倒的で、知らず知らずのうちに視線を引き寄せられる。

 

ここは、カイザー社の系列の一つ。

表向きには、ジェットパック、ホバーブーツ、パワースーツといった「人体に装着する装備」を中心に、研究・開発・販売を行っている企業だ。

 

高品質。

高性能。

そして、高価格。

 

二年前、突如としてトリニティに現れたこの会社は、瞬く間に規模を拡大した。

最初は物珍しさからだったが、性能が噂を呼び、今では正義実現委員会や一部の富裕層、特殊部隊までもが顧客として名を連ねている。

 

今、最も勢いに乗っている企業の一つ。

――それが、世間一般の評価だ。

 

だが。

 

「……まあ、裏側を知っていると、あまり素直に感心はできないな」

 

私は、建物を見上げながら小さく呟いた。

 

この会社の実態は、表の顔とは比べ物にならないほど歪んでいる。

 

人体に装着する装備でありながら、あれほどまでに人体に最適化され、極限まで性能を引き出せている理由。

それは、机上の理論やシミュレーションだけでは到底たどり着けない領域だ。

 

答えは単純で、そして最悪だった。

 

度重なる人体実験。

 

ただし、その事実は一切、外部に漏れていない。

被害届も出ていない。

騒動もない。

そもそも――被害者が存在しない。

 

理由は、私自身がよく知っている。

 

人体実験に使われている人間とは、私のコピー体だからだ。

 

二年前から、私はカイザー社に対して、一定数のコピー体を提供している。

人間とまったく同じ構造を持ち、感情の揺らぎが少なく、反抗せず、命令に忠実。

身体能力は高く、多少の傷であれば短時間で再生する。

 

実験体としては、あまりにも都合が良すぎる存在。

 

そのコピー体を、文字通り「好きなだけ」使った結果が、今のカイザー・ウェポンズの製品群だ。

人体工学に基づき、骨格、筋肉、神経の負担を極限まで抑え、それでいて人間の限界を軽々と超える装備。

 

倫理的に見れば、間違いなくアウト。

だが、実験に使われているのは「私のコピー体」であり、被害を訴える者はいない。

 

――だから、問題にならない。

 

「……やってること相当まずいよな、本当に」

 

私は、そう思いながらも、この企業の恩恵を存分に受けている自分を否定できなかった。

 

そして今回、私がここに来た理由もまた、その「歪み」の上に成り立っている。

 

とある装備を、受け取りに来たのだ。

 

私は、自動ドアの前で立ち止まり、懐からカードを取り出す。

カイザー社発行の会員カード。

一般会員とは明確にデザインの違う、黒地に銀のラインが入ったものだ。

 

センサーにかざすと、低い電子音が鳴った。

 

一瞬の間。

 

そして、ロック解除の音とともに、扉が静かに開く。

 

中へ足を踏み入れた瞬間、空気が変わる。

外よりもわずかに低い室温。

清掃が行き届いた床。

金属とオゾンが混じったような、独特の匂い。

 

受付カウンターにいた女性が、こちらを見るなり、わずかに目を見開いた。

 

「……失礼いたしました」

 

すぐに姿勢を正し、丁寧に一礼する。

 

「真田利コハク様ですね」

 

「はい」

 

私がそう答えると、受付の女性は一瞬だけ端末に視線を落とし、すぐにカウンターから出てきた。

 

その表情には、明確な緊張と敬意が混じっている。

 

「お求めの装備は、すでに準備が整っております。こちらへどうぞ」

 

そう言って、彼女は私の隣に立ち、案内を開始した。

 

私は、この会社では超VIP扱いだ。

それも当然で、二年前から提供してきたコピー体の数と、それによって得られた研究成果を考えれば、むしろ破格の待遇と言っていい。

 

事前に連絡を入れれば、専用の部屋が用意され、装備の試着や調整を誰にも邪魔されずに行える。

今回も、その権利を行使している。

 

通路を進むにつれ、一般客用のエリアからどんどん離れていく。

ガラス越しに見える研究室。

忙しなく動く技術者たち。

そして、厳重なセキュリティゲート。

 

それらをいくつも通過し、ようやく目的の部屋に辿り着いた。

 

「こちらになります」

 

案内された扉は、外観からして他とは違っていた。

重厚な素材。

静音性を重視した構造。

 

扉が開くと、そこはまさに金持ちの客室といった趣の空間だった。

 

深く沈み込むソファ。

艶のある木製のテーブル。

壁には、抽象的な芸術作品が飾られている。

一つ一つが、見ただけで高級品だとわかる。

 

「……相変わらず、無駄に豪華だね…いいっていってるのに…」

 

私は小さく呟きながら、勧められた椅子に腰を下ろした。

 

カイザー理事は、私が質素でいいといった私専用の部屋を、富豪の客室みたいにした。

 

『一応我が社の幹部クラスだろう。形だけでももてなさないと私の顔が立たんのだ。我慢しろ』とのこと。

 

柔らかすぎず、硬すぎない。

身体を自然な姿勢に保つよう設計されているのが、一瞬でわかる。

 

「装備の最終チェックを行っておりますので、少々お待ちください」

 

「わかりました」

 

受付の女性は、再度一礼して部屋を出ていった。

 

静寂が、部屋を満たす。

 

私は、背もたれに体を預け、天井を見上げた。

 

私は、どこまで行くつもりなのだろう、と。柄でもないことを考えてしまう。

 

コピー体を提供し、企業を裏から支え、火力を求め、装備を整え。

すべては、神秘のため

そして、自分の「異常」を理解するため。

 

しかし、今の自分は一般から逸脱し、自ら望んだとはいえ大人に縛られている。

 

「……まあ、今さら後戻りはでないか」

 

私は、そう独りごちて、目を閉じた。

 

やがて、この部屋に、私が受け取るべき装備が運び込まれてくる。

それまでの間、私は静かに、その時を待った。

 

ーーー

コハク過去編 10

 

私は、黒服さんが端末に向かい、私の身体データを次々と入力していく様子を、黙って眺めていた。

 

巨大なスクリーンには、先ほど測定された数値が並び、グラフ化され、別の何かと比較されているらしい。線が交差し、色が変わり、私の理解を超えた計算が、静かに進んでいく。

 

その間、私の頭の中では、ひとつの疑問がぐるぐると回り続けていた。

 

――私の神秘の特性は、再生能力のはずだ。

 

それはもう疑いようがない。

腕がちぎれても、体が壊れても、私は元に戻る。しかも異常な速度で。

 

だが、先ほど測定された数値はどうだ。

握力、脚力、持久力、反応速度。どれも「再生」とは直接関係がないように見える。

 

(神秘の特性って……ひとつじゃないの?)

 

あるいは、神秘というのは「再生」というラベルで括れるほど単純なものではなく、もっと広範囲に、もっと根本的に、私の存在そのものを書き換えているのかもしれない。

 

(それとも……)

 

私は自分の手を見つめる。

もともと、こういう才能があった?

神秘はそれを引き出しただけ?

 

考えても、答えは出ない。

出るはずもない。情報が、圧倒的に足りないのだから。

 

やがて、キーボードを打つ音が止んだ。

黒服さんが、ゆっくりとこちらを振り向く。

 

「身体検査は、これで終了です」

 

その声は、先ほどまでと同じく穏やかで、事務的だった。

 

「では、次の検査に移りましょうか。次は――あなたの神秘、そのものの検査です」

 

胸の奥が、微かに高鳴る。

恐怖ではない。期待だ。

 

黒服さんは、私に近づき、視線でついてくるよう促す。

私は素直に頷き、彼の後を追った。

 

案内されたのは、研究室の隅に設けられた一角だった。

床が一段低くなっており、そこには大浴場の浴槽を思わせる、広く浅い窪みがある。内部は金属で覆われ、縁には無数のセンサーとケーブルが這っていた。

 

見た瞬間に分かる。

ここは「何かを壊す」ための場所だ。

 

「ここで、あなたの神秘がどのような性質を持つのか、より正確に検査します」

 

黒服さんは淡々と説明する。

 

「切断、熱傷などを伴いますが……構いませんね?」

 

その言葉は、疑問形ではあったが、確認ではなかった。

宣告に近い。

 

――拒否権は、最初から存在していない。

 

けれど、不思議なことに、私はその事実に何の反発も覚えなかった。

むしろ、当然だとすら感じていた。

 

今の私は、正常な判断力から少し外れた場所にいる。

自制心も、痛みへの忌避も、どこか遠くに置き忘れてきたような感覚だ。

 

「はい、構いません」

 

自分の口から、即座に言葉が出た。

迷いはなかった。

 

その返答を聞いた黒服さんは、ほんの一瞬だけ、口元を緩めた。

にこり、と。

それは、研究者が被験体の同意を得た時の、純粋な喜びの笑みに見えた。

 

「では、まずはこちらに」

 

指し示されたのは、窪みの中央に設置された装置だった。

一見すると、電気椅子を思わせる。だが、より複雑で、より無機質だ。

 

私は、その上に座るよう促される。

 

腰を下ろした瞬間、金属製のアームが動き出した。

両腕、両脚、胸部、腹部、そして首と頭部。

逃げ場がないほど、徹底的に固定される。

 

「……念入りですね」

 

軽口のつもりで言ったが、声は少しだけ震えていた。

 

「ええ。あなたが動いてしまうと、正確なデータが取れませんから」

 

黒服さんは、私の首元に近づき、何かを取り出した。

細い注射器。

 

「最初は、基本的な確認から行います。意識の有無による再生能力の差異を調べます」

 

そう言って、躊躇なく、私の首筋に針を刺した。

 

一瞬、チクリとした感覚。

次の瞬間、首から下の感覚が、すとんと落ちた。

 

(……速っ)

 

麻酔にしては、あまりにも即効性が高すぎる。

考える暇もなく、体が自分のものではなくなる。

 

(これ、普通の麻酔じゃないよね……)

 

そんな疑念が浮かぶが、もう遅い。

私は、首から下を動かすことも、感じることもできなくなっていた。

 

その間にも、装置は動き出す。

 

視界の端で、機械的なアームが伸びるのが見えた。

先端には、回転する刃。チェーンソーに似た形状。

 

次の瞬間、私の右腕の肘から先が、切断された。

 

感覚はない。

だが、視覚情報だけは、容赦なく脳に届く。

 

血が噴き出し、床に広がる。

赤い液体が金属面を伝い、溜まっていく。

 

(……よく考えたら)

 

ぼんやりと、そんな思考が浮かんだ。

 

(なんで、こんな装置が普通に置いてあるんだろ)

 

私のために作られた?

いや、それはさすがにおかしい。

 

――考えるのは、やめよう。

 

私は意識を切り替え、神秘を腕に集中させた。

 

コンタクト越しに見える世界が、変化する。

私の体を包んでいた黒い波が、右腕の断面に向かって集まっていく。

 

沸騰する水のように、神秘が泡立ち、渦を巻く。

 

(……こういう動きをするんだ)

 

観測できるからこそ、分かる。

神秘が使われる瞬間、その流れは明確に変わる。

 

数秒。

本当に、それだけの時間で、腕は元に戻った。

 

「……約三・五秒」

 

黒服さんの声が響く。

 

「意識がある状態での再生時間です。では次に、意識を失った状態で測定します」

 

そう言いながら、彼は端末とは別の、小さなリモコンを手に取った。

 

「意識を落とすって……麻酔、ですか?」

 

私は、首から上だけを動かし、尋ねた。

 

「いいえ」

 

即答だった。

 

「麻酔では、覚醒までに時間がかかりすぎます。今回は、もっと単純な方法を使います」

 

嫌な予感が、遅れて胸を刺す。

 

「単純って……」

 

言い終わる前に、視界の端で、別のアームが動いた。

 

ゆっくりと、確実に、私の首へ。

 

「ちょっと、それ……」

 

次の瞬間、首に圧迫感が走る。

 

締め上げられている。

呼吸が、できない。

 

「――――」

 

声にならない音が、喉から漏れた。

 

視界が暗くなり、耳鳴りがする。

酸素が足りない。意識が、遠のいていく。

 

それでも、不思議なことに。

恐怖心は、湧いてこなかった。

 

ただ、ぼんやりと。

 

(……なんだか、頭がお湯に浸かった綿毛でできてるみたいだ)

 

そんなことを、考えていた。




コハクが気絶しかかってる時の、頭がお湯に浸かった綿毛でできてるみたいって感覚、自分の動脈を圧迫して仕入れた感覚なので、めっちゃリアルなはずです。

まじでふわふわします。あと鼻血出ます。

漫画とかアニメの、頭がふわふわするって表現は正しかったんだなって思いました。
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