ミレニアムの秘密の研究室   作:まったり愛好家

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皆様、お久しぶりです!

今日からまた連載を開始いたします。どうぞよろしくお願いします。


第六十一話 救護騎士団来訪 コハク過去編あり

私は、コンビニの入口脇に設置されたゴミ箱に、プリンのカップとスプーンを丁寧に捨てた。

プラスチックが軽く触れ合う乾いた音がして、それで一連の食事が完全に終わったのだと実感する。

 

「……ふぅ」

 

小さく息を吐き、肩をすくめるようにして伸びをする。

背中と腰がゆっくりと伸び、体の中に溜まっていた緊張がほどけていくのがわかった。

義肢の関節も、違和感なくその動きに追従してくる。装着したばかりだというのに、もう体の一部として馴染みつつあるのが少し不思議だ。

 

そのまま歩き出し、私はトリニティ総合学園の敷地内へと足を踏み入れた。

 

敷地の外と内とでは、空気の質が明確に違う。

それを、私は前回の訪問ですでに理解していたが、改めて実感する。

 

まず目に入るのは、敷地全体を囲む水路だ。

幅はそれほど広くないが、どこまでも澄んだ水が静かに流れている。

落ち葉やゴミは一切見当たらず、水面には空の色がそのまま映り込んでいた。

 

管理が行き届いている、という一言では足りない。

まるで、この水路そのものが「ここは秩序ある場所だ」と無言で主張しているかのようだった。

 

水のせせらぎを横目に歩きながら、私は視線を上へと向ける。

 

視界に入るのは、トリニティの校舎群。

前回の来訪時、嫌というほど観察したはずの建物たちだ。

 

だが、時間帯が違うだけで、印象は驚くほど変わる。

 

真昼の強気な太陽光を真正面から浴びて、白を基調とした外壁はまぶしく輝いている。

装飾の施された窓枠や柱は、どこか洋館を思わせる優雅さを持ち、影の落ち方さえ計算されているように見えた。

 

「……相変わらず、見た目だけは一級品だな」

 

口に出した言葉は、自然と少し乾いたものになる。

 

美しい。

確かに、文句のつけようがないほどに美しい。

 

だが同時に、私は思う。

――ここで学校生活を送れと言われたら、たぶん断るだろう、と。

 

格式、規律、秩序。

それらが重なり合って作られたこの空気は、居心地がいい人間にとっては楽園なのだろう。

だが、私にとっては少しだけ、息が詰まる。

 

「まあ……合う合わないってやつだ」

 

誰に聞かせるでもなく、私はそう呟いた。

 

足取りは自然とゆっくりになる。

急ぐ理由はないし、約束の時間まではまだ余裕がある。

 

私は、そのまま救護騎士団の受付へ向かって歩き続けた。

 

道すがら、敷地内の様子を改めて観察する。

 

トリニティは、ミレニアムのような放任主義とはまるで違う。

あちらは自由という名の下に、各々が好き勝手に振る舞い、結果として奇抜な服装や危険な実験が日常風景になっている。

 

かといって、ゲヘナのように統制が取れていない混沌でもない。

銃声が飛び交い、爆発が起き、誰もそれを気にしない――あの空気とも、ここは正反対だ。

 

トリニティは、あくまで「学校」なのだ。

 

敷地内で銃声が聞こえないわけではない。

だが、その音はまばらで、しかも一定の方向からしか聞こえてこない。

 

「……演習場か」

 

私はすぐにそう判断した。

 

実戦訓練は行われている。

だが、それは管理された場所で、管理された形で行われている。

 

すれ違う生徒たちにも、自然と視線が向く。

 

誰も彼も、きちんとした制服を着ている。

スカート丈も常識的で、装飾過多な改造制服も見当たらない。

 

ミレニアムでよく見かける、

「それ、ほぼ露出狂では?」

と疑いたくなるような格好の生徒は、ここには一人もいなかった。

 

歩きながら、私はふと時刻を確認する。

 

――十二時ちょうど。

 

昼休みの時間帯らしく、校内の空気が少しだけ賑やかになる。

 

購買らしき建物の前には、すでに長い行列ができていた。

生徒たちが談笑しながら順番を待っており、どこか穏やかな雰囲気が漂っている。

 

そして、風に乗って運ばれてくる匂い。

 

「……いい匂いだな」

 

香ばしく、スパイスの効いた匂い。

私は思わず足を止め、その正体を探るように視線を向けた。

 

どうやら、カレーパンらしい。

 

揚げたてなのか、油とスパイスの香りが強く、食欲を刺激してくる。

昼時ということもあって、行列ができるのも納得だった。

 

「……今は、入らないな」

 

私は、自分の腹具合を正直に判断する。

 

さっき寿司とプリンを食べたばかりだ。

空腹感はまったくない。

 

だが、気になる匂いであることも事実だった。

 

「帰りに、余裕があったら寄ろう」

 

そう心に決め、私はその場を通り過ぎた。

 

再び歩き出し、少しして目的地が見えてくる。

 

救護騎士団の建物だ。

 

外観は、他の校舎と比べてやや実用性重視といった印象だが、それでも清潔感と格式は失われていない。

白を基調とした壁に、整然と並ぶ窓。

入口付近には、救護騎士団の紋章が控えめに掲げられている。

 

「……ここか」

 

私は、その建物の前で一度立ち止まり、軽く息を整えた。

 

約束の時間までは、まだ少しある。

向こうは向こうで、患者の対応や業務があるだろう。

 

急かす理由はない。

 

そう考えた私は、受付を通り過ぎ、近くに設置されている待合用の椅子へと向かった。

 

そして、静かに腰を下ろす。

 

椅子は硬すぎず、柔らかすぎず、長時間座っても問題なさそうな造りだった。

私はスマートフォンを取り出し、画面を点灯させる。

 

特に急ぎの用件があるわけではない。

ただ時間を潰すために、何となく画面を眺める。

 

「……さて」

 

小さく呟きながら、私は背もたれに体を預けた。

 

ここから先は、待つだけだ。

 

意外にも、そこから数分と経たないうちに、鷲見セリナは姿を現した。

 

廊下の向こうから、控えめながらも急ぎ気味な足音が近づいてくる。

その音に気づいて顔を上げると、白を基調とした救護騎士団の制服に身を包んだ少女が、小走りでこちらへ向かってきていた。

 

制服の着こなしは隙がなく、髪も丁寧に整えられている。

しかし、その足取りや視線の動きには、わずかな焦りが滲んでいた。

 

「……あっ」

 

私と目が合った瞬間、彼女は小さく声を漏らし、すぐに歩調を緩めた。

 

「もう、来ていたんですね。すみません……待たせてしまって」

 

そう言って、軽く息を整えながら私の前に立つ。

言葉と同時に、反射的に頭を下げる仕草が出てしまうあたり、癖なのだろう。

 

「いえ」

 

私は椅子から立ち上がり、軽く首を振った。

 

「こちらが予定より早く来ただけです。お気になさらず」

 

「……ありがとうございます」

 

鷲見セリナは、ほっとしたように小さく息を吐いた。

その表情には、相手を待たせてしまったかもしれないという不安が、はっきりと浮かんでいる。

 

礼儀正しい、というよりも、少し気を遣いすぎるきらいがある。

救護騎士団という組織柄か、それとも彼女自身の性格なのか。

 

「それでは……」

 

彼女は気持ちを切り替えるように、胸元の端末を取り出した。

 

「本日は、お忙しいところありがとうございます。

 コハクさんが、私の測定を担当してくださる、ということで……」

 

その言葉に、私は軽く頷く。

 

「ええ。こちらこそ、協力してもらえて助かります」

 

今回の用件は、あくまで私が“測定する側”だ。

鷲見セリナは、その被測定者という立場になる。

 

「本来であれば、医療データの取得は我々救護騎士団の仕事なのですが……」

 

彼女は言葉を選ぶように、一拍置いてから続けた。

 

「今回の件は、専門性が少し違うというか……

 身体そのものの構造や、反応速度、出力傾向など、戦闘寄りの測定が多くなると聞きまして」

 

「ええ。その認識で合っています」

 

私は淡々と答える。

 

「医療目的というより、身体性能の確認に近いですね。

 もちろん、侵襲的なことは一切しません」

 

「……はい」

 

その一言で、鷲見セリナの肩が、ほんのわずかに下がったのがわかった。

緊張していたのだろう。

 

「それで……」

 

彼女は、少しだけ言いにくそうに視線を逸らしながら口を開いた。

 

「測定に入る前に、ひとつ……確認といいますか、お願いがありまして」

 

「どうぞ」

 

私が促すと、彼女は小さく頷き、改めてこちらを見る。

 

「あの……今回、私が測定を受ける件について、救護騎士団として団長に報告をしました」

 

「……なるほど」

 

「その際、やはり少し……いえ、かなり警戒されまして」

 

苦笑いとも困り顔とも取れる、曖昧な表情。

 

「外部の人間に、団員の身体データを取らせる、というのが気になったみたいで……」

 

「まあ、当然でしょうね」

 

私がそう言うと、彼女は申し訳なさそうに肩をすくめる。

 

「それで……」

 

少し言い淀んでから、続けた。

 

「団長が、測定に同行することになりました。

 その……もしご迷惑でなければ、ですが……」

 

「いえいえ」

 

私はすぐに首を振る。

 

「むしろ、その方がいいです」

 

「……え?」

 

予想外だったのか、鷲見セリナは目を瞬かせた。

 

「こちらとしても、団長の立ち会いがあれば、後から余計な誤解が生まれません。

 測定内容についても、その場で説明できますし」

 

「……ありがとうございます」

 

彼女は、心底ほっとした様子で頭を下げた。

 

どうやら、本当に気に病んでいたらしい。

 

――それにしても。

 

やはり、この人は少し卑屈すぎる。

 

測定される側であるとはいえ、ここまで遠慮がちになる必要はない。

真面目すぎる、と言った方が正確か。

 

「団長は、もうすぐこちらに来ると思います」

 

「わかりました。それまでは、ここで待ちましょう」

 

そう言って、私たちは受付近くの椅子に並んで腰を下ろした。

 

しばしの沈黙。

救護騎士団の建物らしく、消毒液の匂いと、どこか落ち着いた空気が漂っている。

 

「……あの」

 

沈黙に耐えかねたように、鷲見セリナが口を開いた。

 

「団長のこと、事前に聞いていますか?」

 

「ええ。多少は」

 

私が答えると、彼女は少し複雑そうな表情を浮かべた。

 

「礼儀正しくて、優しくて……それでいて、とても厳しい方です」

 

「厳しい、ですか」

 

「はい。特に、団員の安全に関わることには」

 

その言葉には、尊敬と畏怖が入り混じっている。

 

蒼森ミネ。

救護騎士団の団長。

 

私にとっては、調べるまでもなく名前が出てくる人物だ。

 

救護騎士としての信念に一途で、実直。

しかし、それゆえに一般的な常識や倫理、時には規則すらも超えて行動する。

 

怪我人を救うためなら、まず元凶を排除する。

「怪我の治療よりも、原因の除去を優先すべし」という思想を極端な形で体現した存在。

 

戦闘で怪我人が出るなら、最初から戦闘不能にすればいい。

 

その考え方は、救護という枠を超え、もはや戦術思想に近い。

 

盾とショットガンを手に、最前線へ突っ込む。

自らが“無力化”した敵の治療を、後方の団員に任せる。

 

それが、救護騎士団の基本戦術のひとつになっている、という話もある。

 

戦闘能力も高い。

私と同等、あるいはそれ以上と評される身体能力。

 

救護騎士団が、というよりも――

 

トリニティは、キヴォトス全体で見ても、戦力層が異様に厚い。

 

救護騎士団の暴走機関車、高機動、高耐久の蒼森ミネ。

 

正義実現委員会の会長、わたしと同じ再生能力持ちでバランスの取れた剣先ツルギ。

副会長、高精度の、前線にもでるスナイパー羽川ハスミ。

単発火力キヴォトス一とも言われる、静山マシロ。

 

パテル分派の首長、わたしを凌駕する身体能力の美園ミカ。

フィリウス分派の首長、膨大な財力による大量の兵器を持った桐藤ナギサ。

 

私の知る限りでも、指折りの存在が揃っている。

 

ミレニアムはC&C程度。

ゲヘナは数は多いが、まともな柱は限られている。

 

政治的に三つの派閥が常に競争し続けるトリニティだからこそ、

武力という面でも、自然と突出したのかもしれない。

 

私は、そんなことを考えながら、静かに時間を確認した。

 

――そろそろ、来る頃だ。

 

救護騎士団の団長、蒼森ミネが。

 

 

コハク過去編 14

 

 

わたしは、何が何だかわからないまま、その場に座り尽くしていた。

 

床は冷たく、ところどころがざらついていて、金属片や細かな破片が肌に当たる感触がある。だが、その不快さを意識する余裕すらなかった。視界に入ってくるものすべてが現実味を欠いていて、まるで誰かの悪夢の中に放り込まれたような感覚だった。

 

わからない。

本当に、何一つとしてわからない。

 

わたしの意識が途切れている間に、一体ここで何が起きたというのだろう。

自分の記憶は、恐怖に押し潰され、白く塗り潰されたところで途切れている。その先が、ぽっかりと欠けている。

 

頭を押さえる。

指先が微かに震えているのが、自分でもわかった。

 

「……」

 

息を吸おうとして、空気が肺に入る感覚が遅れてやってくる。

落ち着け、と頭では思うのに、体が言うことを聞かない。

 

わたしは、少しパニック気味になりながら、よろよろと立ち上がった。

足に力が入らず、思わず膝が笑う。転ばないよう、近くの壁に手をつくと、そこはひどく熱を持っていた。焼け焦げた金属の匂いが、鼻の奥を刺す。

 

ゆっくりと、周囲を見回す。

 

――ロボットの残骸。

――残骸。

――残骸。

 

視界の端から端まで、それしかない。

 

かつて整然と並んでいたであろう装置や機械は、原型を留めないほどに破壊され、引き裂かれ、叩き潰されていた。外装は歪み、フレームはむき出しになり、関節部分はねじ切られたように曲がっている。配線が内臓のように垂れ下がり、ところどころで焦げた跡が黒く残っていた。

 

火薬の匂いと、鉄の匂い。

それが混ざり合って、重たい空気となって漂っている。

 

耳を澄ませても、聞こえるのは、どこかで微かに鳴っている警告音の残骸と、天井から落ちる水滴の音だけだ。

動くものは、何一つ見当たらない。

 

「……わたし、どれくらい……」

 

意識を失っていたのだろう。

この惨状を見る限り、ほんの数秒や数分で起きた出来事とは思えない。

こんな、辺り一面が戦場のようになった空間で、わたしはずっと気を失っていたのか。

 

そう考えると、背筋がひやりと冷えた。

 

自分がここに無事に立っていること自体が、異常に思えてくる。

服を見ると、確かにあちこちが裂け、焼け、汚れている。袖はぼろぼろで、裾には乾いた血の跡のようなものすらこびりついている。

 

――血?

誰の?

 

そこまで考えたところで、ふいに、機械音が耳に入った。

 

低く、一定の回転音。

視線を上げると、ロボットの残骸の向こうから、小型のドローンがゆっくりと姿を現した。天井近くを滑るように飛び、こちらの様子をうかがうように距離を保っている。

 

ドローンの下面には、小さなスピーカーが取り付けられていた。

 

「……」

 

次の瞬間、そこから声が流れてきた。

 

「わたしの声が聞こえましたら、手をあげてください」

 

聞き慣れた声。

黒服さんの声だった。

 

その事実に、胸の奥が少しだけ緩む。

少なくとも、知っている人物が、生きてここにいる。

 

わたしは、言われたとおりに、ゆっくりと手をあげた。

指が、ちゃんと動く。それだけで、なぜか安心してしまう自分がいた。

 

「結構。どうやら意識が戻ったらしいですね」

 

ドローンは、そう言いながら、少しずつこちらへ近づいてくる。プロペラの風が、頬に当たった。

 

「えっと……黒服さん、ですよね?」

 

わたしは、ドローンを見上げながら、慎重に声を出した。

 

「はい。代理ですが」

 

「……何が、あったんですか。これ」

 

わたしは、周囲を指差しながら、率直な疑問をぶつけた。

言葉を選ぶ余裕など、もうなかった。

 

「ふむ……」

 

一拍、間が空く。

 

「覚えてはいないのですか。これは、あなたがやったんですよ?」

 

ドローン越しに聞こえてきた声は、どこか呆れたようで、同時に、深いため息を含んでいるようにも聞こえた。

 

「……え?」

 

頭が、追いつかない。

 

「……わたしが……?」

 

「ええ」

 

「どういう、ことですか……?」

 

思わぬ返答に、わたしは余計に混乱した。

冗談にしては、状況があまりにも酷すぎる。

 

ドローンは、少しだけ高度を下げ、安定した位置で停止した。

 

「あなたに恐怖を流し込んで、数秒ほどしたところで、突然あなたのヘイローが消えました」

 

黒服さんは、淡々と語り始める。

 

「最初は、意識を失ったのだと思ったのです。ですから、装置を止め、様子を見ようとしました」

 

わたしは、無言で頷く。

そのあたりまでは、断片的に記憶がある。

 

「ところが、その直後です。あなたのヘイローが、再び灯りました」

 

「……」

 

「意識を取り戻したのかと思い、状態を確認しようと近づいた、その瞬間」

 

ドローンのスピーカーから、わずかにノイズが走った。

 

「あなたは――正確には、あなたの体は、自らの腕を引きちぎって拘束具から脱出し、わたしに襲いかかってきました」

 

「……ええっ⁉」

 

思わず、声が裏返った。

 

「ほ、本当ですか⁉」

 

信じられない。

自分の体が、自分の意思とは無関係に、そんな行動をとったなんて。

 

「ええ。本当です」

 

黒服さんの声は、相変わらず冷静だった。

 

「幸い、安全機構が作動しました。わたしとあなたの間に、即座に防衛用ロボットが割り込んできたため、直接の被害はありませんでした」

 

「……」

 

「その後、わたしは即座に避難しました。あなたは――増援として投入されたロボットたちと、約三十分ほど、戦い続けていました」

 

三十分。

 

その言葉が、重く胸に落ちる。

 

「……三十分……」

 

わたしは、呆然と呟いた。

 

「で、でも……」

 

自分の体を見下ろす。

確かに、服はぼろぼろだ。肌にも、無数の小さな傷跡がある。

 

「……確かに、服、ボロボロですね……」

 

声が、かすれる。

 

「なんで……そんなことに……」

 

「凄まじかったですよ」

 

黒服さんは、少しだけ声のトーンを変えた。

 

「それこそ、“鬼気迫る”とは、ああいう状態を指すのだと思います」

 

淡々とした語り口の中に、わずかな感情が混じる。

 

「あなたは、一切の感情を感じさせない表情でした。恐怖も、怒りも、躊躇もない。ただ、効率だけを追求した動きでした」

 

「……」

 

「丸腰にもかかわらず、武装したロボットに劣らぬ戦闘能力。傷を負っても即座に再生し、そのまま突っ込んでいく。まるで――」

 

一瞬、言葉が途切れる。

 

「――“機械”のようでした」

 

「……そう、ですか……」

 

それ以上、言葉が出てこなかった。

 

自分が、そんな存在になっていたという事実を、どう受け止めればいいのかわからない。

恐ろしいはずなのに、どこか遠い出来事のようにも感じている。

 

「これは、あくまでわたしの推測ですが」

 

黒服さんは、そう前置きしてから、続けた。

 

ドローンの向こうで、小さく咳払いが聞こえた。

 

「あなたは、意識を失う直前、こう思ったのではありませんか。――助けてくれ、と」

 

「……え?」

 

一瞬、言葉に詰まる。

 

「……あ、はい……思いました……」

 

確かに。

あの恐怖の中で、わたしは、誰かに、何かに、助けを求めていた。

 

「それが、関係している可能性があります」

 

黒服さんの声が、少しだけ低くなる。

 

「あなたの意識を失った肉体は、一時的に、コピー体と同じような状態になっていたのかもしれません」

 

「……」

 

「その状態で、あなたの“助けてほしい”という願いが、指令として受け取られた。結果、自らの安全を確保するため、外敵を排除する行動に出た――そう考えることもできます」

 

わたしは、しばらく黙り込んだまま、その言葉を噛みしめた。

 

「あ……なるほど……」

 

確かに、理屈としては、通っている気がする。

神秘が、命令として作用するなら。

 

「……あり得る……んですかね……?」

 

「現時点では、断言できません」

 

黒服さんは、即座にそう返した。

 

「ですが、少なくとも、あなたは“まともな状態”ではありませんでした」

 

その一言が、やけに重く響いた。

 

「……いやぁ……」

 

わたしは、乾いた笑いを漏らす。

 

「すごいことに、なりましたね……」

 

まさか、自分の知らないところで、自分が暴れていたなんて。

コピー体、あるいはそれに近い何か。

 

それが、自分の中から現れた。

 

コピー体と言っていいのかどうかは、正直わからない。

防衛機能の暴走かもしれないし、神秘が極限状態で生み出した、別の在り方なのかもしれない。

 

ただ一つ確かなのは、

それが、わたし由来の“何か”であるということだけだ。

 

おそらく本質としては、どれも同じなのだろう。

神秘から生まれ、神秘に動かされた存在。

 

わたしは、改めて、破壊された実験室を見渡した。

 

そして、自分自身の内側に、言いようのない違和感が芽生えているのを、静かに感じ取っていた。

 

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