今日からまた連載を開始いたします。どうぞよろしくお願いします。
私は、コンビニの入口脇に設置されたゴミ箱に、プリンのカップとスプーンを丁寧に捨てた。
プラスチックが軽く触れ合う乾いた音がして、それで一連の食事が完全に終わったのだと実感する。
「……ふぅ」
小さく息を吐き、肩をすくめるようにして伸びをする。
背中と腰がゆっくりと伸び、体の中に溜まっていた緊張がほどけていくのがわかった。
義肢の関節も、違和感なくその動きに追従してくる。装着したばかりだというのに、もう体の一部として馴染みつつあるのが少し不思議だ。
そのまま歩き出し、私はトリニティ総合学園の敷地内へと足を踏み入れた。
敷地の外と内とでは、空気の質が明確に違う。
それを、私は前回の訪問ですでに理解していたが、改めて実感する。
まず目に入るのは、敷地全体を囲む水路だ。
幅はそれほど広くないが、どこまでも澄んだ水が静かに流れている。
落ち葉やゴミは一切見当たらず、水面には空の色がそのまま映り込んでいた。
管理が行き届いている、という一言では足りない。
まるで、この水路そのものが「ここは秩序ある場所だ」と無言で主張しているかのようだった。
水のせせらぎを横目に歩きながら、私は視線を上へと向ける。
視界に入るのは、トリニティの校舎群。
前回の来訪時、嫌というほど観察したはずの建物たちだ。
だが、時間帯が違うだけで、印象は驚くほど変わる。
真昼の強気な太陽光を真正面から浴びて、白を基調とした外壁はまぶしく輝いている。
装飾の施された窓枠や柱は、どこか洋館を思わせる優雅さを持ち、影の落ち方さえ計算されているように見えた。
「……相変わらず、見た目だけは一級品だな」
口に出した言葉は、自然と少し乾いたものになる。
美しい。
確かに、文句のつけようがないほどに美しい。
だが同時に、私は思う。
――ここで学校生活を送れと言われたら、たぶん断るだろう、と。
格式、規律、秩序。
それらが重なり合って作られたこの空気は、居心地がいい人間にとっては楽園なのだろう。
だが、私にとっては少しだけ、息が詰まる。
「まあ……合う合わないってやつだ」
誰に聞かせるでもなく、私はそう呟いた。
足取りは自然とゆっくりになる。
急ぐ理由はないし、約束の時間まではまだ余裕がある。
私は、そのまま救護騎士団の受付へ向かって歩き続けた。
道すがら、敷地内の様子を改めて観察する。
トリニティは、ミレニアムのような放任主義とはまるで違う。
あちらは自由という名の下に、各々が好き勝手に振る舞い、結果として奇抜な服装や危険な実験が日常風景になっている。
かといって、ゲヘナのように統制が取れていない混沌でもない。
銃声が飛び交い、爆発が起き、誰もそれを気にしない――あの空気とも、ここは正反対だ。
トリニティは、あくまで「学校」なのだ。
敷地内で銃声が聞こえないわけではない。
だが、その音はまばらで、しかも一定の方向からしか聞こえてこない。
「……演習場か」
私はすぐにそう判断した。
実戦訓練は行われている。
だが、それは管理された場所で、管理された形で行われている。
すれ違う生徒たちにも、自然と視線が向く。
誰も彼も、きちんとした制服を着ている。
スカート丈も常識的で、装飾過多な改造制服も見当たらない。
ミレニアムでよく見かける、
「それ、ほぼ露出狂では?」
と疑いたくなるような格好の生徒は、ここには一人もいなかった。
歩きながら、私はふと時刻を確認する。
――十二時ちょうど。
昼休みの時間帯らしく、校内の空気が少しだけ賑やかになる。
購買らしき建物の前には、すでに長い行列ができていた。
生徒たちが談笑しながら順番を待っており、どこか穏やかな雰囲気が漂っている。
そして、風に乗って運ばれてくる匂い。
「……いい匂いだな」
香ばしく、スパイスの効いた匂い。
私は思わず足を止め、その正体を探るように視線を向けた。
どうやら、カレーパンらしい。
揚げたてなのか、油とスパイスの香りが強く、食欲を刺激してくる。
昼時ということもあって、行列ができるのも納得だった。
「……今は、入らないな」
私は、自分の腹具合を正直に判断する。
さっき寿司とプリンを食べたばかりだ。
空腹感はまったくない。
だが、気になる匂いであることも事実だった。
「帰りに、余裕があったら寄ろう」
そう心に決め、私はその場を通り過ぎた。
再び歩き出し、少しして目的地が見えてくる。
救護騎士団の建物だ。
外観は、他の校舎と比べてやや実用性重視といった印象だが、それでも清潔感と格式は失われていない。
白を基調とした壁に、整然と並ぶ窓。
入口付近には、救護騎士団の紋章が控えめに掲げられている。
「……ここか」
私は、その建物の前で一度立ち止まり、軽く息を整えた。
約束の時間までは、まだ少しある。
向こうは向こうで、患者の対応や業務があるだろう。
急かす理由はない。
そう考えた私は、受付を通り過ぎ、近くに設置されている待合用の椅子へと向かった。
そして、静かに腰を下ろす。
椅子は硬すぎず、柔らかすぎず、長時間座っても問題なさそうな造りだった。
私はスマートフォンを取り出し、画面を点灯させる。
特に急ぎの用件があるわけではない。
ただ時間を潰すために、何となく画面を眺める。
「……さて」
小さく呟きながら、私は背もたれに体を預けた。
ここから先は、待つだけだ。
意外にも、そこから数分と経たないうちに、鷲見セリナは姿を現した。
廊下の向こうから、控えめながらも急ぎ気味な足音が近づいてくる。
その音に気づいて顔を上げると、白を基調とした救護騎士団の制服に身を包んだ少女が、小走りでこちらへ向かってきていた。
制服の着こなしは隙がなく、髪も丁寧に整えられている。
しかし、その足取りや視線の動きには、わずかな焦りが滲んでいた。
「……あっ」
私と目が合った瞬間、彼女は小さく声を漏らし、すぐに歩調を緩めた。
「もう、来ていたんですね。すみません……待たせてしまって」
そう言って、軽く息を整えながら私の前に立つ。
言葉と同時に、反射的に頭を下げる仕草が出てしまうあたり、癖なのだろう。
「いえ」
私は椅子から立ち上がり、軽く首を振った。
「こちらが予定より早く来ただけです。お気になさらず」
「……ありがとうございます」
鷲見セリナは、ほっとしたように小さく息を吐いた。
その表情には、相手を待たせてしまったかもしれないという不安が、はっきりと浮かんでいる。
礼儀正しい、というよりも、少し気を遣いすぎるきらいがある。
救護騎士団という組織柄か、それとも彼女自身の性格なのか。
「それでは……」
彼女は気持ちを切り替えるように、胸元の端末を取り出した。
「本日は、お忙しいところありがとうございます。
コハクさんが、私の測定を担当してくださる、ということで……」
その言葉に、私は軽く頷く。
「ええ。こちらこそ、協力してもらえて助かります」
今回の用件は、あくまで私が“測定する側”だ。
鷲見セリナは、その被測定者という立場になる。
「本来であれば、医療データの取得は我々救護騎士団の仕事なのですが……」
彼女は言葉を選ぶように、一拍置いてから続けた。
「今回の件は、専門性が少し違うというか……
身体そのものの構造や、反応速度、出力傾向など、戦闘寄りの測定が多くなると聞きまして」
「ええ。その認識で合っています」
私は淡々と答える。
「医療目的というより、身体性能の確認に近いですね。
もちろん、侵襲的なことは一切しません」
「……はい」
その一言で、鷲見セリナの肩が、ほんのわずかに下がったのがわかった。
緊張していたのだろう。
「それで……」
彼女は、少しだけ言いにくそうに視線を逸らしながら口を開いた。
「測定に入る前に、ひとつ……確認といいますか、お願いがありまして」
「どうぞ」
私が促すと、彼女は小さく頷き、改めてこちらを見る。
「あの……今回、私が測定を受ける件について、救護騎士団として団長に報告をしました」
「……なるほど」
「その際、やはり少し……いえ、かなり警戒されまして」
苦笑いとも困り顔とも取れる、曖昧な表情。
「外部の人間に、団員の身体データを取らせる、というのが気になったみたいで……」
「まあ、当然でしょうね」
私がそう言うと、彼女は申し訳なさそうに肩をすくめる。
「それで……」
少し言い淀んでから、続けた。
「団長が、測定に同行することになりました。
その……もしご迷惑でなければ、ですが……」
「いえいえ」
私はすぐに首を振る。
「むしろ、その方がいいです」
「……え?」
予想外だったのか、鷲見セリナは目を瞬かせた。
「こちらとしても、団長の立ち会いがあれば、後から余計な誤解が生まれません。
測定内容についても、その場で説明できますし」
「……ありがとうございます」
彼女は、心底ほっとした様子で頭を下げた。
どうやら、本当に気に病んでいたらしい。
――それにしても。
やはり、この人は少し卑屈すぎる。
測定される側であるとはいえ、ここまで遠慮がちになる必要はない。
真面目すぎる、と言った方が正確か。
「団長は、もうすぐこちらに来ると思います」
「わかりました。それまでは、ここで待ちましょう」
そう言って、私たちは受付近くの椅子に並んで腰を下ろした。
しばしの沈黙。
救護騎士団の建物らしく、消毒液の匂いと、どこか落ち着いた空気が漂っている。
「……あの」
沈黙に耐えかねたように、鷲見セリナが口を開いた。
「団長のこと、事前に聞いていますか?」
「ええ。多少は」
私が答えると、彼女は少し複雑そうな表情を浮かべた。
「礼儀正しくて、優しくて……それでいて、とても厳しい方です」
「厳しい、ですか」
「はい。特に、団員の安全に関わることには」
その言葉には、尊敬と畏怖が入り混じっている。
蒼森ミネ。
救護騎士団の団長。
私にとっては、調べるまでもなく名前が出てくる人物だ。
救護騎士としての信念に一途で、実直。
しかし、それゆえに一般的な常識や倫理、時には規則すらも超えて行動する。
怪我人を救うためなら、まず元凶を排除する。
「怪我の治療よりも、原因の除去を優先すべし」という思想を極端な形で体現した存在。
戦闘で怪我人が出るなら、最初から戦闘不能にすればいい。
その考え方は、救護という枠を超え、もはや戦術思想に近い。
盾とショットガンを手に、最前線へ突っ込む。
自らが“無力化”した敵の治療を、後方の団員に任せる。
それが、救護騎士団の基本戦術のひとつになっている、という話もある。
戦闘能力も高い。
私と同等、あるいはそれ以上と評される身体能力。
救護騎士団が、というよりも――
トリニティは、キヴォトス全体で見ても、戦力層が異様に厚い。
救護騎士団の暴走機関車、高機動、高耐久の蒼森ミネ。
正義実現委員会の会長、わたしと同じ再生能力持ちでバランスの取れた剣先ツルギ。
副会長、高精度の、前線にもでるスナイパー羽川ハスミ。
単発火力キヴォトス一とも言われる、静山マシロ。
パテル分派の首長、わたしを凌駕する身体能力の美園ミカ。
フィリウス分派の首長、膨大な財力による大量の兵器を持った桐藤ナギサ。
私の知る限りでも、指折りの存在が揃っている。
ミレニアムはC&C程度。
ゲヘナは数は多いが、まともな柱は限られている。
政治的に三つの派閥が常に競争し続けるトリニティだからこそ、
武力という面でも、自然と突出したのかもしれない。
私は、そんなことを考えながら、静かに時間を確認した。
――そろそろ、来る頃だ。
救護騎士団の団長、蒼森ミネが。
コハク過去編 14
わたしは、何が何だかわからないまま、その場に座り尽くしていた。
床は冷たく、ところどころがざらついていて、金属片や細かな破片が肌に当たる感触がある。だが、その不快さを意識する余裕すらなかった。視界に入ってくるものすべてが現実味を欠いていて、まるで誰かの悪夢の中に放り込まれたような感覚だった。
わからない。
本当に、何一つとしてわからない。
わたしの意識が途切れている間に、一体ここで何が起きたというのだろう。
自分の記憶は、恐怖に押し潰され、白く塗り潰されたところで途切れている。その先が、ぽっかりと欠けている。
頭を押さえる。
指先が微かに震えているのが、自分でもわかった。
「……」
息を吸おうとして、空気が肺に入る感覚が遅れてやってくる。
落ち着け、と頭では思うのに、体が言うことを聞かない。
わたしは、少しパニック気味になりながら、よろよろと立ち上がった。
足に力が入らず、思わず膝が笑う。転ばないよう、近くの壁に手をつくと、そこはひどく熱を持っていた。焼け焦げた金属の匂いが、鼻の奥を刺す。
ゆっくりと、周囲を見回す。
――ロボットの残骸。
――残骸。
――残骸。
視界の端から端まで、それしかない。
かつて整然と並んでいたであろう装置や機械は、原型を留めないほどに破壊され、引き裂かれ、叩き潰されていた。外装は歪み、フレームはむき出しになり、関節部分はねじ切られたように曲がっている。配線が内臓のように垂れ下がり、ところどころで焦げた跡が黒く残っていた。
火薬の匂いと、鉄の匂い。
それが混ざり合って、重たい空気となって漂っている。
耳を澄ませても、聞こえるのは、どこかで微かに鳴っている警告音の残骸と、天井から落ちる水滴の音だけだ。
動くものは、何一つ見当たらない。
「……わたし、どれくらい……」
意識を失っていたのだろう。
この惨状を見る限り、ほんの数秒や数分で起きた出来事とは思えない。
こんな、辺り一面が戦場のようになった空間で、わたしはずっと気を失っていたのか。
そう考えると、背筋がひやりと冷えた。
自分がここに無事に立っていること自体が、異常に思えてくる。
服を見ると、確かにあちこちが裂け、焼け、汚れている。袖はぼろぼろで、裾には乾いた血の跡のようなものすらこびりついている。
――血?
誰の?
そこまで考えたところで、ふいに、機械音が耳に入った。
低く、一定の回転音。
視線を上げると、ロボットの残骸の向こうから、小型のドローンがゆっくりと姿を現した。天井近くを滑るように飛び、こちらの様子をうかがうように距離を保っている。
ドローンの下面には、小さなスピーカーが取り付けられていた。
「……」
次の瞬間、そこから声が流れてきた。
「わたしの声が聞こえましたら、手をあげてください」
聞き慣れた声。
黒服さんの声だった。
その事実に、胸の奥が少しだけ緩む。
少なくとも、知っている人物が、生きてここにいる。
わたしは、言われたとおりに、ゆっくりと手をあげた。
指が、ちゃんと動く。それだけで、なぜか安心してしまう自分がいた。
「結構。どうやら意識が戻ったらしいですね」
ドローンは、そう言いながら、少しずつこちらへ近づいてくる。プロペラの風が、頬に当たった。
「えっと……黒服さん、ですよね?」
わたしは、ドローンを見上げながら、慎重に声を出した。
「はい。代理ですが」
「……何が、あったんですか。これ」
わたしは、周囲を指差しながら、率直な疑問をぶつけた。
言葉を選ぶ余裕など、もうなかった。
「ふむ……」
一拍、間が空く。
「覚えてはいないのですか。これは、あなたがやったんですよ?」
ドローン越しに聞こえてきた声は、どこか呆れたようで、同時に、深いため息を含んでいるようにも聞こえた。
「……え?」
頭が、追いつかない。
「……わたしが……?」
「ええ」
「どういう、ことですか……?」
思わぬ返答に、わたしは余計に混乱した。
冗談にしては、状況があまりにも酷すぎる。
ドローンは、少しだけ高度を下げ、安定した位置で停止した。
「あなたに恐怖を流し込んで、数秒ほどしたところで、突然あなたのヘイローが消えました」
黒服さんは、淡々と語り始める。
「最初は、意識を失ったのだと思ったのです。ですから、装置を止め、様子を見ようとしました」
わたしは、無言で頷く。
そのあたりまでは、断片的に記憶がある。
「ところが、その直後です。あなたのヘイローが、再び灯りました」
「……」
「意識を取り戻したのかと思い、状態を確認しようと近づいた、その瞬間」
ドローンのスピーカーから、わずかにノイズが走った。
「あなたは――正確には、あなたの体は、自らの腕を引きちぎって拘束具から脱出し、わたしに襲いかかってきました」
「……ええっ⁉」
思わず、声が裏返った。
「ほ、本当ですか⁉」
信じられない。
自分の体が、自分の意思とは無関係に、そんな行動をとったなんて。
「ええ。本当です」
黒服さんの声は、相変わらず冷静だった。
「幸い、安全機構が作動しました。わたしとあなたの間に、即座に防衛用ロボットが割り込んできたため、直接の被害はありませんでした」
「……」
「その後、わたしは即座に避難しました。あなたは――増援として投入されたロボットたちと、約三十分ほど、戦い続けていました」
三十分。
その言葉が、重く胸に落ちる。
「……三十分……」
わたしは、呆然と呟いた。
「で、でも……」
自分の体を見下ろす。
確かに、服はぼろぼろだ。肌にも、無数の小さな傷跡がある。
「……確かに、服、ボロボロですね……」
声が、かすれる。
「なんで……そんなことに……」
「凄まじかったですよ」
黒服さんは、少しだけ声のトーンを変えた。
「それこそ、“鬼気迫る”とは、ああいう状態を指すのだと思います」
淡々とした語り口の中に、わずかな感情が混じる。
「あなたは、一切の感情を感じさせない表情でした。恐怖も、怒りも、躊躇もない。ただ、効率だけを追求した動きでした」
「……」
「丸腰にもかかわらず、武装したロボットに劣らぬ戦闘能力。傷を負っても即座に再生し、そのまま突っ込んでいく。まるで――」
一瞬、言葉が途切れる。
「――“機械”のようでした」
「……そう、ですか……」
それ以上、言葉が出てこなかった。
自分が、そんな存在になっていたという事実を、どう受け止めればいいのかわからない。
恐ろしいはずなのに、どこか遠い出来事のようにも感じている。
「これは、あくまでわたしの推測ですが」
黒服さんは、そう前置きしてから、続けた。
ドローンの向こうで、小さく咳払いが聞こえた。
「あなたは、意識を失う直前、こう思ったのではありませんか。――助けてくれ、と」
「……え?」
一瞬、言葉に詰まる。
「……あ、はい……思いました……」
確かに。
あの恐怖の中で、わたしは、誰かに、何かに、助けを求めていた。
「それが、関係している可能性があります」
黒服さんの声が、少しだけ低くなる。
「あなたの意識を失った肉体は、一時的に、コピー体と同じような状態になっていたのかもしれません」
「……」
「その状態で、あなたの“助けてほしい”という願いが、指令として受け取られた。結果、自らの安全を確保するため、外敵を排除する行動に出た――そう考えることもできます」
わたしは、しばらく黙り込んだまま、その言葉を噛みしめた。
「あ……なるほど……」
確かに、理屈としては、通っている気がする。
神秘が、命令として作用するなら。
「……あり得る……んですかね……?」
「現時点では、断言できません」
黒服さんは、即座にそう返した。
「ですが、少なくとも、あなたは“まともな状態”ではありませんでした」
その一言が、やけに重く響いた。
「……いやぁ……」
わたしは、乾いた笑いを漏らす。
「すごいことに、なりましたね……」
まさか、自分の知らないところで、自分が暴れていたなんて。
コピー体、あるいはそれに近い何か。
それが、自分の中から現れた。
コピー体と言っていいのかどうかは、正直わからない。
防衛機能の暴走かもしれないし、神秘が極限状態で生み出した、別の在り方なのかもしれない。
ただ一つ確かなのは、
それが、わたし由来の“何か”であるということだけだ。
おそらく本質としては、どれも同じなのだろう。
神秘から生まれ、神秘に動かされた存在。
わたしは、改めて、破壊された実験室を見渡した。
そして、自分自身の内側に、言いようのない違和感が芽生えているのを、静かに感じ取っていた。