ミレニアムの秘密の研究室   作:まったり愛好家

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みなさんは覚えているでしょうか?

アビドスに襲撃する前に、カタカタヘルメット団で会議をしている時、アビドスの情報をくれた、妙に賢い子のことを。

今回は、その子の回です。

覚えている方は、どうぞ楽しんで。

覚えていない方も、どうぞごゆっくり。


第六十四話 短編 影を追って

――アビドス襲撃が失敗してから、数日が経った。

 

日付の感覚は、もう曖昧だ。砂と埃にまみれた日々を送っていると、昨日と今日の境目なんて簡単に溶ける。朝なのか夕方なのかも、空の色で判断する程度だ。

 

今日も私は、ブラックマーケットの裏通りを歩いていた。

舗装の剥げた路面。割れたネオン管。軋む鉄骨。

鼻を突く油と砂と、どこか甘ったるい薬品の匂い。

 

いつもの光景。いつもの日常。

 

掲示板に貼られた依頼書を、指でなぞるように眺める。

「運び屋」「見張り」「嫌がらせ」

どれも安い。

 

一枚剥がしかけて、やめる。

今日は、あまりやる気が出ない。

 

腹が鳴った。

 

仕方なく、路地裏のコンビニに入る。

店内は冷房が効きすぎていて、汗をかいた首筋がひやりとする。

廃棄棚を覗き込み、値引きシールの貼られた弁当を一つ手に取った。

 

いつも通りだ。

チンピラの毎日なんて、こんなもの。

 

……こんなもの、のはずなのに。

 

レジを出た瞬間、胸の奥に、ずしりとした重さを感じた。

黒い靄が、心臓のあたりに溜まっているような感覚。

 

理由はわかっている。

 

アビドス襲撃が失敗したからじゃない。

そんなことは、今まで何度もあった。

 

問題は、あの人だ。

 

数日前。

カイザーから「追加戦力」が送られてきた、あの日。

 

私たちカタカタヘルメット団のアジトに現れたその人は、最初から場違いだった。

 

私よりも、二回りは小さな体格。

細い手足。私たちと同じヘルメット。

 

正直、最初は舐めていた。

 

「今回の襲撃のリーダーは、私だ」

 

そう言い切った声は、静かで、感情の起伏がなかった。

だからこそ、余計に腹が立った。

 

誰だよ、こいつ。

突然来て、何を偉そうに。

 

仲間の一人が噛みついた。

「冗談だろ? ここは――」

 

最後まで言い切る前に、そいつは吹っ飛んだ。

 

鈍い音。

床に転がるヘルメット。

何が起きたのか、理解するのに一拍遅れた。

 

次に反抗したやつも、その次も、同じだった。

拳一つ。銃も使わない。

ただ、圧倒的な力で、次々と叩き伏せていく。

 

恐怖を感じた。

心臓が縮み上がる、純粋な恐怖。

 

それでいて、動きは無駄がなくて、綺麗だった。

力を誇示するためだけの暴力じゃない。

「従え」と、理屈じゃなく身体に刻み込むやり方。

 

「異論はある?」

 

静かな問いかけ。

私達は、首を横に振るしかなかった。

 

それからだ。

 

一通り黙らせた後、その人は、態度を変えた。

まるで別人みたいに、穏やかに。

 

「作戦を立てる。情報を出して」

 

命令口調ではあるけれど、さっきまでの暴力が嘘みたいだった。

私たちの話を、遮らず、否定せず、ちゃんと聞いた。

 

そのとき、私がアビドスの情報を出した。

 

校門の警備。

生徒達の動き。

 

「……ありがとう。助かる」

 

そう言って、その人は私を見た。

 

ただそれだけなのに、胸の奥が熱くなった。

 

褒められた。

評価された。

 

初めてだった。

 

チンピラとして使い捨てにされるだけの私を、

「役に立つ」と、真正面から認めてくれた人。

 

作戦は決まった。

 

校門にあの人が向かい、ホシノを引きつける。

その隙に、私たちヘルメット団が側面から侵入し、制圧。

 

シンプルで、無茶で、でも、成功しそうに思えた。

 

――現実は、違った。

 

アビドスは、すでに察知していた。

 

側面に仕掛けられた地雷。

炸裂する衝撃。

吹き飛ぶ砂と悲鳴。

 

返り討ち。

 

混乱。撤退命令。

私たちは、逃げるしかなかった。

 

そのときだった。

 

振り返った先で、あの人が一人、校門前に立っていた。

 

背中が小さく見えた。

それなのに、不思議と、倒れる気がしなかった。

 

私たちは、逃げた。

 

それきりだ。

 

カイザーから連絡はない。

アビドスは、普段通りに借金返済に勤しんでいる。

 

あの人は、どうなったのだろう。

 

逃げ切れたのか。

捕まったのか。

それとも――。

 

考えたくない結末が、頭をよぎる。

 

私は、廃棄弁当の袋を握りしめながら、歩いていた。

足取りは定まらない。

視線も、宙を彷徨っている。

 

我ながら、チョロいと思う。

 

たった一度、褒められただけで。

たった数時間、一緒にいただけで。

 

でも、嫌な気分じゃない。

 

胸の奥の黒い靄は、消えないままだけれど。

それでも、私は今日も、フラフラと歩き続けていた。

 

そうやって、考え事に沈みながら歩いているうちに、いつの間にか景色が変わっていた。

 

砂の色が、微妙に違う。

建物の配置が、見覚えのある角度になる。

遠くに見える校舎のシルエットが、記憶と一致する。

 

――あ。

 

そこでようやく、私は自分がどこまで来てしまったのかを理解した。

 

アビドス。

あの学校の、すぐ近くだ。

 

胸の奥が、きゅっと縮む。

 

見たくもない。

思い出したくもない。

 

襲撃のときの光景が、勝手に脳裏に浮かび上がる。

砂を蹴散らして走ったこと。

爆音。

悲鳴。

撤退の合図。

 

そして――最後に見た、小さな背中。

 

「……最悪」

 

思わず、独り言が漏れた。

 

私は軽く舌打ちをして、足早に立ち去ろうとした。

せめて、校門の前を横切るだけ。

視界に入れずに、通り過ぎるだけだ。

 

そう思って、一歩踏み出した――その瞬間。

 

足が、止まった。

 

理由は、はっきりしない。

ただ、感覚が訴えてきた。

 

おかしい、と。

 

視線が、自然と地面に落ちる。

 

砂一面。

いつも通りの、乾いた砂。

……いや、違う。

 

色が、まだらだ。

 

乾いて固まった砂の中に、異質な染みが広がっている。

黒ずんでいて、ところどころ赤みを帯びている。

近づくにつれて、微かに鼻を刺す匂いがした。

 

生臭い。

 

「……なんだ、これ」

 

声が、少し掠れた。

 

しゃがみ込み、指先でそっと触れてみる。

砂と一緒に固まり、ざらりとした感触。

 

瞬間、理解が追いついた。

 

「……血?」

 

思わず、手を引っ込める。

 

量が、多すぎる。

明らかに、一箇所に集中している。

 

「……こんな……」

 

喉が、ひくりと鳴った。

 

一人の人間から、出る量なのか?

戦闘後の血痕だとしても、これは異常だ。

 

わからない。

わからないのに。

 

胸の奥が、ざわつく。

 

嫌な予感と、妙な好奇心が、同時に湧き上がってくる。

理性は「帰れ」と言っているのに、足は動かない。

 

私は、ゆっくりと立ち上がり、周囲を見渡した。

 

血痕は、ただ溜まっているだけじゃなかった。

放射状に、飛び散っている。

 

まるで――何かが、中心で炸裂したみたいに。

 

視線の先。

血痕の中心には、周囲より少し深く抉れた場所があった。

 

「……クレーター?」

 

砂がえぐれ、固まっている。

爆心地。

そんな言葉が、脳裏をよぎる。

 

背筋が、冷たくなる。

 

「……冗談、だろ」

 

ここで、誰かが。

爆発に、巻き込まれた?

 

さらに周囲を注意深く見ると、点々と、何かが転がっているのが目に入った。

 

金属片。

割れた部品。

焦げた布切れ。

 

私は、慎重に近づいた。

 

砂を踏む音が、やけに大きく響く。

心臓の鼓動が、耳の奥でうるさい。

 

一つ、二つと拾い上げていく。

 

銃身の一部。

装甲の破片。

バックルらしきもの。

 

どれも、砂と血で汚れている。

 

「……これ……」

 

私は、その中でも、比較的形を保っている大きめの破片を拾い上げた。

 

掌に乗せた瞬間、違和感が走る。

 

重さ。

質感。

作り。

 

「……どこかで……」

 

見たことがある。

 

記憶を、必死に辿る。

これは、ヘルメット団の装備じゃない。

 

私たちの武器は、もっと安物だ。

こんな精密で、高そうな部品を使っているやつなんて、いない。

 

「……じゃあ、誰の……?」

 

勘違いか?

気のせいか?

 

そう思おうとしたのに、胸のざわつきは消えなかった。

 

ふと、別のことに気づく。

 

「……サイズが……」

 

装備のサイズが、小さい。

 

銃のグリップも、防具の幅も。

明らかに、持ち主は小柄だ。

 

それこそ――

 

「……私より……」

 

言葉が、途中で止まる。

 

脳裏に、あの姿が浮かんだ。

 

小さな体。

無駄のない動き。

静かな声。

 

――二回りくらい、小さくて。

 

「……いや……」

 

首を振る。

否定したい。

そんなはずがない。

 

でも、指先が震え始めているのを、止められなかった。

 

私は、周囲に散らばる装備を、夢中で集め始めた。

一つ、また一つ。

 

銃の一部。

防具の欠片。

見覚えのある形状。

 

「……やっぱり……」

 

喉が、詰まる。

 

「……この装備……」

 

手にした銃の破片を、強く握りしめる。

 

「……この銃は……」

 

確信が、形になっていく。

 

あの日。

撤退のとき。

校門前に立っていた、あの人。

 

殿を務めていた――

 

「……あの人の……!」

 

声にならない声が、胸の奥で弾けた。

 

頭が、真っ白になる。

 

怒りなのか。

悲しみなのか。

焦りなのか。

 

わからない。

 

ただ、感情がごちゃ混ぜになって、一気に流れ込んできた。

胸が苦しい。

息が、うまくできない。

 

私は、装備の欠片を抱えたまま、その場に立ち尽くしていた。

 

私は、どうすればいいのだろうか。

 

その問いが、頭の中で何度も反響する。

砂漠に吹く乾いた風の音よりも、ずっとしつこく。

 

あの人が、死んだと決まったわけじゃない。

理屈の上では、そうだ。

 

キヴォトスの生徒は頑丈だ。

銃弾を浴びても立ち上がる。

爆発に巻き込まれても、意外と生きている。

 

それは、私自身が何度も見てきた光景だ。

 

――それでも。

 

脳裏に浮かぶのは、あの校門前の光景だ。

砂に染み込んだ、乾ききった血。

飛び散った装備の破片。

中心にぽっかりと口を開けた、あのクレーター。

 

どう見ても、普通じゃない。

 

「……あの大きさ……」

 

無意識に呟いてしまう。

 

あれは、即席爆薬や手榴弾なんてレベルじゃない。

下手をすれば、ミサイルでも直撃したんじゃないか、そう思わせるほどの規模。

 

爆心地に、まともな形で人が残るとは考えにくい。

 

装備が、あそこまで吹き飛ぶ理由も説明がつく。

血の量も。

 

だから――

 

「……無事だって考える方が、無理か……」

 

そう結論づけた瞬間、胸の奥がひどく重くなった。

 

カイザーに行くべきか。

 

一瞬、その選択肢が頭をよぎる。

 

けれど、すぐに首を振った。

 

取り合ってもらえるわけがない。

そもそも、私みたいな末端のチンピラが、いまさら何を聞きに行くというのか。

 

「追加戦力がどうなったか」

そんな質問をしたところで、返ってくるのは冷たい一言だろう。

 

――失敗した。

――処理された。

 

それだけだ。

 

それ以上でも、それ以下でもない。

 

探す、という選択肢もある。

 

でも、どうやって?

 

あの人はヘルメットを被っていた。

顔も知らない。

名前も知らない。

 

知っているのは、声と、背丈と、戦い方くらいだ。

 

そんな情報で、何を探せばいい?

 

砂漠を、ひたすら歩き回れと?

 

「……無理だな」

 

自嘲気味に、息を吐く。

 

残る手がかりは――

 

「……アビドス、か」

 

言葉にした瞬間、胸がまたざわついた。

 

あの人の最後を、直接見た可能性があるのは、アビドスの生徒たちだけだ。

校門前で、あの人と対峙したのは、確かに彼女たちだった。

 

なら、何か知っているかもしれない。

どうなったのか。

生きているのか、死んだのか。

 

たとえ、ほんの一言でもいい。

「生きてたよ」でも、「死んだ」でも。

 

――それを知りたい。

 

でも、問題がある。

 

私一人で行ったところで、怪しまれないだろうか?

 

怪しまれるどころか、即敵認定だろう。

私はカタカタヘルメット団だ。

襲撃側だ。

 

見つかった瞬間、銃を向けられてもおかしくない。

下手をすれば、話を聞く前に撃たれて終わりだ。

 

それでも。

 

「……それでも、だ」

 

私は、あの人に何が起きたのかを知りたい。

 

まだ、ありがとうも言っていない。

 

あの日、初めてだった。

誰かが、私の話をちゃんと聞いてくれたのは。

私を、役に立つと言ってくれたのは。

 

だから――

 

私は、拳をぎゅっと握りしめた。

爪が掌に食い込むほど、強く。

 

そして、覚悟を決める。

 

アビドスの敷地に、足を踏み入れた。

 

校門をくぐると、空気が変わる。

音が、少ない。

砂の音すら、どこか鈍く感じる。

 

校舎の配置は、襲撃のときに叩き込んだ。

あの人が指示を出すために、事前に確認させたからだ。

 

「……確か……この建物……」

 

視線を巡らせながら、足を進める。

 

校舎は、相変わらずだった。

壁はひび割れ、外壁の塗装は剥げている。

窓ガラスは、割れたまま放置されているものも多い。

 

中にまで、砂が入り込んでいる。

廊下の隅には、うっすらと砂が積もっている。

 

まるで、廃墟だ。

 

「……ほんと、よくこんな学校……」

 

思わず、独り言が漏れる。

 

こんな場所を、命をかけて守り続ける理由が、私にはわからない。

借金まみれで、設備もボロボロで。

 

それでも、あの人は――

ここを、真正面から攻めると言った。

 

ホシノを、引きずり出すために。

 

その記憶が、胸をちくりと刺す。

 

私は、目当ての教室の前に立った。

 

アビドス生が集まる場所。

 

扉の前で、足を止める。

 

耳を澄ます。

 

……何も聞こえない。

 

人の気配も、声もない。

おそらく、五人とも外に出ているのだろう。

 

借金返済のためのバイトか、依頼か。

 

「……好都合、なのか……?」

 

自分でも、よくわからない。

 

ひとまず、中を見てみよう。

何か、手がかりがあるかもしれない。

 

私は、ゆっくりと手を伸ばし、扉に触れた。

 

そのとき。

 

「――ここで何してるの」

 

低く、静かな声。

 

同時に、後頭部に、冷たい感触が当てられる。

 

金属。

はっきりとした、銃口の感触。

 

一瞬で、全身の血が冷えた。

 

呼吸が、止まる。

 

私は、ゆっくりと息を吐きながら、動きを止めた。

 

声を聞いた瞬間、背筋に冷たいものが走った。

 

低く、それでいて芯のある声。

間違えようがない。

 

――小鳥遊ホシノ。

 

最悪の相手だ、と思った。

 

アビドスの中で、いちばん話が通じなさそうな相手。

いちばん、この学校に思い入れがある相手。

いちばん、襲撃者に対して容赦をしないであろう相手。

 

銃口が、後頭部にぴたりと押し当てられる。

冷たい金属の感触が、頭蓋を通して脳に直接触れてくるようで、思わず喉が鳴った。

 

撃たれるかもしれない。

今ここで、何の前触れもなく。

 

そう理解した瞬間、体が勝手に反応した。

 

私は、ゆっくりと、しかしはっきりわかるように両手を挙げた。

指を開き、武器を持っていないことを示す。

 

抵抗する気はない。

勝てるはずなんて、最初から思っていない。

 

「……ちょっと、人探しを」

 

声が震えないように、必死で抑えながら言った。

 

背後で、気配がわずかに揺れる。

 

「人探し?」

 

気だるそうな、けれど油断のない声。

 

「アビドスで、かくれんぼでもしてたの」

 

くすりと笑う気配がした、その直後。

 

ぐい、と力が加わり、銃口がより強く私の頭に押し付けられた。

 

冗談めかした口調とは裏腹に、圧は本気だ。

一歩間違えれば、引き金が引かれる。

 

「違う」

 

私は、歯を食いしばりながら答えた。

 

「そんなことしてる暇があったら、爆弾仕掛けてとっくに退散してる。本当に、人探しだ」

 

心臓が、耳の奥でどくどくと鳴っている。

怖い。

正直に言えば、足が震えそうだ。

 

「……」

 

少しの沈黙。

 

その間も、銃口は離れない。

 

「……誰を探してるの」

 

意外だった。

 

もっと高圧的に詰められるか、即座に撃たれるか、そのどちらかだと思っていた。

なのに、返ってきたのは、思ったより落ち着いた問い。

 

機嫌が良かったのか。

それとも、単に様子を見ているだけなのか。

 

どちらにせよ、今はチャンスだ。

 

「この前、アビドスを私たちが襲撃した時」

 

私は、できるだけ簡潔に、しかし誤魔化さずに言葉を選んだ。

 

「一人、残った小柄な人がいただろ?校門前で、あんた……いや、あんたたちを引きつけてた人だ。その人だ。何か、知らないか」

 

言い終えた瞬間、背後の空気が、わずかに変わった。

 

銃口の圧が、ほんの少しだけ緩む。

 

「……その子は」

 

小鳥遊ホシノの声が、わずかに沈んだ。

 

「逃げたよ」

 

短い言葉。

それなのに、どこか力がなかった。

 

「……逃げた?」

 

私は、思わず聞き返していた。

 

頭の中で、校門前の光景がフラッシュバックする。

砂に染み込んだ血。

放射状に飛び散った赤黒い跡。

爆心地のクレーター。

 

「……それじゃあ、校門にあった血の跡はなんだ」

 

言葉が、止まらなくなった。

 

「クレーターはなんだ。散らばってた装備はなんだ!?あれ、全部、あの人のだった!逃げた?そんなわけがあるか!」

 

感情が、堰を切ったように溢れ出す。

 

「血の量、見たのか!?あれだけ出てて、装備だって吹き飛んでて!無事なわけがないだろ!」

 

私は、完全に冷静さを失っていた。

 

銃口を向けられていることも、頭から抜け落ちている。

 

「何か隠してるな!」

 

思わず、振り返って小鳥遊ホシノの方を向き、怒鳴った。

 

「答えろ!あの人は、どうなったんだ!」

 

至近距離で、視線がぶつかる。

 

小鳥遊ホシノは、私を射抜くような目で見ていた。

普段の、眠たげで気の抜けた雰囲気はない。

 

そこにあったのは、鋭く、深い、警戒と――怒りにも似た何か。

 

「……君は」

 

静かな声。

 

「君は、あの子のなんなのかな?」

 

問いかけられた瞬間、胸の奥がひくりと痛んだ。

 

私は、言葉を選ぶ。

 

「……何でもないよ」

 

少し間を置いて、答えた。

 

「知り合いですらない。ただの、襲撃を一緒にしただけのチンピラだ」

 

それ以上でも、それ以下でもない。

事実だ。

 

小鳥遊ホシノは、ふっと小さく息を吐いた。

 

「……そう」

 

短い溜息。

 

「なら、なおさらだね」

 

銃を構えたまま、彼女は言った。

 

「あの子は逃げた。無事に。私から言えるのは、それだけ」

 

視線が、わずかに逸らされる。

 

「これ以上は、私の口からは言えない」

 

そして、きっぱりと。

 

「わかったら、帰って」

 

「……なんだよ、それ……」

 

私は、歯噛みしながら呟いた。

 

「言えないって……やっぱり、何か隠して――」

 

――ドンッ!!

 

乾いた、耳を裂くような音。

 

衝撃が、空気を叩き割った。

 

散弾が、私の横をかすめていく。

壁に叩きつけられ、砂埃が舞い上がる。

 

一瞬、遅れて、恐怖が全身を貫いた。

 

「……帰れって言ったのが」

 

小鳥遊ホシノの声は、低く、冷たかった。

 

「聞こえなかったのかな?」

 

冗談でも、脅しでもない。

そこにあったのは、確かな殺意。

 

これ以上食い下がれば、本当に撃たれる。

そう、本能が告げていた。

 

私は、ゆっくりと、後ずさる。

 

視線を逸らさず、両手を上げたまま、一歩、また一歩。

 

「……悪かった」

 

掠れた声で、そう言っていた。

 

それ以上、言葉は出なかった。

 

背を向け、私はその場を離れる。

 

校舎を出るまで、心臓の音がうるさくて仕方がなかった。

生きた心地がしない。

 

一瞬、本気で死ぬかと思った。

 

それでも――

 

収穫は、あった。

 

あの人は、生きている。

少なくとも、小鳥遊ホシノはそう言った。

 

なぜ、あんな言い方だったのか。

なぜ、装備が血の跡の中に残されていたのか。

なぜ、彼女の声が、あんなに覇気を失っていたのか。

 

わからないことは、山ほどある。

 

けれど。

 

「……生きてるなら、それでいいか……」

 

アビドスを出て、砂の上を歩きながら、私は空を見上げた。

 

重くのしかかっていたものが、ほんの少しだけ軽くなった気がした。

 

アジトへ戻る足取りは、来たときよりも、少しだけ軽かった。




この子、本編に出そうか迷っている。

元々は、コハクの友人枠で書いてたんですが、そのポジションには鷹宮レイ達が収まっているので用済み。となると、助手とかですかね?

この子を本編に出すか

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