アビドスに襲撃する前に、カタカタヘルメット団で会議をしている時、アビドスの情報をくれた、妙に賢い子のことを。
今回は、その子の回です。
覚えている方は、どうぞ楽しんで。
覚えていない方も、どうぞごゆっくり。
――アビドス襲撃が失敗してから、数日が経った。
日付の感覚は、もう曖昧だ。砂と埃にまみれた日々を送っていると、昨日と今日の境目なんて簡単に溶ける。朝なのか夕方なのかも、空の色で判断する程度だ。
今日も私は、ブラックマーケットの裏通りを歩いていた。
舗装の剥げた路面。割れたネオン管。軋む鉄骨。
鼻を突く油と砂と、どこか甘ったるい薬品の匂い。
いつもの光景。いつもの日常。
掲示板に貼られた依頼書を、指でなぞるように眺める。
「運び屋」「見張り」「嫌がらせ」
どれも安い。
一枚剥がしかけて、やめる。
今日は、あまりやる気が出ない。
腹が鳴った。
仕方なく、路地裏のコンビニに入る。
店内は冷房が効きすぎていて、汗をかいた首筋がひやりとする。
廃棄棚を覗き込み、値引きシールの貼られた弁当を一つ手に取った。
いつも通りだ。
チンピラの毎日なんて、こんなもの。
……こんなもの、のはずなのに。
レジを出た瞬間、胸の奥に、ずしりとした重さを感じた。
黒い靄が、心臓のあたりに溜まっているような感覚。
理由はわかっている。
アビドス襲撃が失敗したからじゃない。
そんなことは、今まで何度もあった。
問題は、あの人だ。
数日前。
カイザーから「追加戦力」が送られてきた、あの日。
私たちカタカタヘルメット団のアジトに現れたその人は、最初から場違いだった。
私よりも、二回りは小さな体格。
細い手足。私たちと同じヘルメット。
正直、最初は舐めていた。
「今回の襲撃のリーダーは、私だ」
そう言い切った声は、静かで、感情の起伏がなかった。
だからこそ、余計に腹が立った。
誰だよ、こいつ。
突然来て、何を偉そうに。
仲間の一人が噛みついた。
「冗談だろ? ここは――」
最後まで言い切る前に、そいつは吹っ飛んだ。
鈍い音。
床に転がるヘルメット。
何が起きたのか、理解するのに一拍遅れた。
次に反抗したやつも、その次も、同じだった。
拳一つ。銃も使わない。
ただ、圧倒的な力で、次々と叩き伏せていく。
恐怖を感じた。
心臓が縮み上がる、純粋な恐怖。
それでいて、動きは無駄がなくて、綺麗だった。
力を誇示するためだけの暴力じゃない。
「従え」と、理屈じゃなく身体に刻み込むやり方。
「異論はある?」
静かな問いかけ。
私達は、首を横に振るしかなかった。
それからだ。
一通り黙らせた後、その人は、態度を変えた。
まるで別人みたいに、穏やかに。
「作戦を立てる。情報を出して」
命令口調ではあるけれど、さっきまでの暴力が嘘みたいだった。
私たちの話を、遮らず、否定せず、ちゃんと聞いた。
そのとき、私がアビドスの情報を出した。
校門の警備。
生徒達の動き。
「……ありがとう。助かる」
そう言って、その人は私を見た。
ただそれだけなのに、胸の奥が熱くなった。
褒められた。
評価された。
初めてだった。
チンピラとして使い捨てにされるだけの私を、
「役に立つ」と、真正面から認めてくれた人。
作戦は決まった。
校門にあの人が向かい、ホシノを引きつける。
その隙に、私たちヘルメット団が側面から侵入し、制圧。
シンプルで、無茶で、でも、成功しそうに思えた。
――現実は、違った。
アビドスは、すでに察知していた。
側面に仕掛けられた地雷。
炸裂する衝撃。
吹き飛ぶ砂と悲鳴。
返り討ち。
混乱。撤退命令。
私たちは、逃げるしかなかった。
そのときだった。
振り返った先で、あの人が一人、校門前に立っていた。
背中が小さく見えた。
それなのに、不思議と、倒れる気がしなかった。
私たちは、逃げた。
それきりだ。
カイザーから連絡はない。
アビドスは、普段通りに借金返済に勤しんでいる。
あの人は、どうなったのだろう。
逃げ切れたのか。
捕まったのか。
それとも――。
考えたくない結末が、頭をよぎる。
私は、廃棄弁当の袋を握りしめながら、歩いていた。
足取りは定まらない。
視線も、宙を彷徨っている。
我ながら、チョロいと思う。
たった一度、褒められただけで。
たった数時間、一緒にいただけで。
でも、嫌な気分じゃない。
胸の奥の黒い靄は、消えないままだけれど。
それでも、私は今日も、フラフラと歩き続けていた。
そうやって、考え事に沈みながら歩いているうちに、いつの間にか景色が変わっていた。
砂の色が、微妙に違う。
建物の配置が、見覚えのある角度になる。
遠くに見える校舎のシルエットが、記憶と一致する。
――あ。
そこでようやく、私は自分がどこまで来てしまったのかを理解した。
アビドス。
あの学校の、すぐ近くだ。
胸の奥が、きゅっと縮む。
見たくもない。
思い出したくもない。
襲撃のときの光景が、勝手に脳裏に浮かび上がる。
砂を蹴散らして走ったこと。
爆音。
悲鳴。
撤退の合図。
そして――最後に見た、小さな背中。
「……最悪」
思わず、独り言が漏れた。
私は軽く舌打ちをして、足早に立ち去ろうとした。
せめて、校門の前を横切るだけ。
視界に入れずに、通り過ぎるだけだ。
そう思って、一歩踏み出した――その瞬間。
足が、止まった。
理由は、はっきりしない。
ただ、感覚が訴えてきた。
おかしい、と。
視線が、自然と地面に落ちる。
砂一面。
いつも通りの、乾いた砂。
……いや、違う。
色が、まだらだ。
乾いて固まった砂の中に、異質な染みが広がっている。
黒ずんでいて、ところどころ赤みを帯びている。
近づくにつれて、微かに鼻を刺す匂いがした。
生臭い。
「……なんだ、これ」
声が、少し掠れた。
しゃがみ込み、指先でそっと触れてみる。
砂と一緒に固まり、ざらりとした感触。
瞬間、理解が追いついた。
「……血?」
思わず、手を引っ込める。
量が、多すぎる。
明らかに、一箇所に集中している。
「……こんな……」
喉が、ひくりと鳴った。
一人の人間から、出る量なのか?
戦闘後の血痕だとしても、これは異常だ。
わからない。
わからないのに。
胸の奥が、ざわつく。
嫌な予感と、妙な好奇心が、同時に湧き上がってくる。
理性は「帰れ」と言っているのに、足は動かない。
私は、ゆっくりと立ち上がり、周囲を見渡した。
血痕は、ただ溜まっているだけじゃなかった。
放射状に、飛び散っている。
まるで――何かが、中心で炸裂したみたいに。
視線の先。
血痕の中心には、周囲より少し深く抉れた場所があった。
「……クレーター?」
砂がえぐれ、固まっている。
爆心地。
そんな言葉が、脳裏をよぎる。
背筋が、冷たくなる。
「……冗談、だろ」
ここで、誰かが。
爆発に、巻き込まれた?
さらに周囲を注意深く見ると、点々と、何かが転がっているのが目に入った。
金属片。
割れた部品。
焦げた布切れ。
私は、慎重に近づいた。
砂を踏む音が、やけに大きく響く。
心臓の鼓動が、耳の奥でうるさい。
一つ、二つと拾い上げていく。
銃身の一部。
装甲の破片。
バックルらしきもの。
どれも、砂と血で汚れている。
「……これ……」
私は、その中でも、比較的形を保っている大きめの破片を拾い上げた。
掌に乗せた瞬間、違和感が走る。
重さ。
質感。
作り。
「……どこかで……」
見たことがある。
記憶を、必死に辿る。
これは、ヘルメット団の装備じゃない。
私たちの武器は、もっと安物だ。
こんな精密で、高そうな部品を使っているやつなんて、いない。
「……じゃあ、誰の……?」
勘違いか?
気のせいか?
そう思おうとしたのに、胸のざわつきは消えなかった。
ふと、別のことに気づく。
「……サイズが……」
装備のサイズが、小さい。
銃のグリップも、防具の幅も。
明らかに、持ち主は小柄だ。
それこそ――
「……私より……」
言葉が、途中で止まる。
脳裏に、あの姿が浮かんだ。
小さな体。
無駄のない動き。
静かな声。
――二回りくらい、小さくて。
「……いや……」
首を振る。
否定したい。
そんなはずがない。
でも、指先が震え始めているのを、止められなかった。
私は、周囲に散らばる装備を、夢中で集め始めた。
一つ、また一つ。
銃の一部。
防具の欠片。
見覚えのある形状。
「……やっぱり……」
喉が、詰まる。
「……この装備……」
手にした銃の破片を、強く握りしめる。
「……この銃は……」
確信が、形になっていく。
あの日。
撤退のとき。
校門前に立っていた、あの人。
殿を務めていた――
「……あの人の……!」
声にならない声が、胸の奥で弾けた。
頭が、真っ白になる。
怒りなのか。
悲しみなのか。
焦りなのか。
わからない。
ただ、感情がごちゃ混ぜになって、一気に流れ込んできた。
胸が苦しい。
息が、うまくできない。
私は、装備の欠片を抱えたまま、その場に立ち尽くしていた。
私は、どうすればいいのだろうか。
その問いが、頭の中で何度も反響する。
砂漠に吹く乾いた風の音よりも、ずっとしつこく。
あの人が、死んだと決まったわけじゃない。
理屈の上では、そうだ。
キヴォトスの生徒は頑丈だ。
銃弾を浴びても立ち上がる。
爆発に巻き込まれても、意外と生きている。
それは、私自身が何度も見てきた光景だ。
――それでも。
脳裏に浮かぶのは、あの校門前の光景だ。
砂に染み込んだ、乾ききった血。
飛び散った装備の破片。
中心にぽっかりと口を開けた、あのクレーター。
どう見ても、普通じゃない。
「……あの大きさ……」
無意識に呟いてしまう。
あれは、即席爆薬や手榴弾なんてレベルじゃない。
下手をすれば、ミサイルでも直撃したんじゃないか、そう思わせるほどの規模。
爆心地に、まともな形で人が残るとは考えにくい。
装備が、あそこまで吹き飛ぶ理由も説明がつく。
血の量も。
だから――
「……無事だって考える方が、無理か……」
そう結論づけた瞬間、胸の奥がひどく重くなった。
カイザーに行くべきか。
一瞬、その選択肢が頭をよぎる。
けれど、すぐに首を振った。
取り合ってもらえるわけがない。
そもそも、私みたいな末端のチンピラが、いまさら何を聞きに行くというのか。
「追加戦力がどうなったか」
そんな質問をしたところで、返ってくるのは冷たい一言だろう。
――失敗した。
――処理された。
それだけだ。
それ以上でも、それ以下でもない。
探す、という選択肢もある。
でも、どうやって?
あの人はヘルメットを被っていた。
顔も知らない。
名前も知らない。
知っているのは、声と、背丈と、戦い方くらいだ。
そんな情報で、何を探せばいい?
砂漠を、ひたすら歩き回れと?
「……無理だな」
自嘲気味に、息を吐く。
残る手がかりは――
「……アビドス、か」
言葉にした瞬間、胸がまたざわついた。
あの人の最後を、直接見た可能性があるのは、アビドスの生徒たちだけだ。
校門前で、あの人と対峙したのは、確かに彼女たちだった。
なら、何か知っているかもしれない。
どうなったのか。
生きているのか、死んだのか。
たとえ、ほんの一言でもいい。
「生きてたよ」でも、「死んだ」でも。
――それを知りたい。
でも、問題がある。
私一人で行ったところで、怪しまれないだろうか?
怪しまれるどころか、即敵認定だろう。
私はカタカタヘルメット団だ。
襲撃側だ。
見つかった瞬間、銃を向けられてもおかしくない。
下手をすれば、話を聞く前に撃たれて終わりだ。
それでも。
「……それでも、だ」
私は、あの人に何が起きたのかを知りたい。
まだ、ありがとうも言っていない。
あの日、初めてだった。
誰かが、私の話をちゃんと聞いてくれたのは。
私を、役に立つと言ってくれたのは。
だから――
私は、拳をぎゅっと握りしめた。
爪が掌に食い込むほど、強く。
そして、覚悟を決める。
アビドスの敷地に、足を踏み入れた。
校門をくぐると、空気が変わる。
音が、少ない。
砂の音すら、どこか鈍く感じる。
校舎の配置は、襲撃のときに叩き込んだ。
あの人が指示を出すために、事前に確認させたからだ。
「……確か……この建物……」
視線を巡らせながら、足を進める。
校舎は、相変わらずだった。
壁はひび割れ、外壁の塗装は剥げている。
窓ガラスは、割れたまま放置されているものも多い。
中にまで、砂が入り込んでいる。
廊下の隅には、うっすらと砂が積もっている。
まるで、廃墟だ。
「……ほんと、よくこんな学校……」
思わず、独り言が漏れる。
こんな場所を、命をかけて守り続ける理由が、私にはわからない。
借金まみれで、設備もボロボロで。
それでも、あの人は――
ここを、真正面から攻めると言った。
ホシノを、引きずり出すために。
その記憶が、胸をちくりと刺す。
私は、目当ての教室の前に立った。
アビドス生が集まる場所。
扉の前で、足を止める。
耳を澄ます。
……何も聞こえない。
人の気配も、声もない。
おそらく、五人とも外に出ているのだろう。
借金返済のためのバイトか、依頼か。
「……好都合、なのか……?」
自分でも、よくわからない。
ひとまず、中を見てみよう。
何か、手がかりがあるかもしれない。
私は、ゆっくりと手を伸ばし、扉に触れた。
そのとき。
「――ここで何してるの」
低く、静かな声。
同時に、後頭部に、冷たい感触が当てられる。
金属。
はっきりとした、銃口の感触。
一瞬で、全身の血が冷えた。
呼吸が、止まる。
私は、ゆっくりと息を吐きながら、動きを止めた。
声を聞いた瞬間、背筋に冷たいものが走った。
低く、それでいて芯のある声。
間違えようがない。
――小鳥遊ホシノ。
最悪の相手だ、と思った。
アビドスの中で、いちばん話が通じなさそうな相手。
いちばん、この学校に思い入れがある相手。
いちばん、襲撃者に対して容赦をしないであろう相手。
銃口が、後頭部にぴたりと押し当てられる。
冷たい金属の感触が、頭蓋を通して脳に直接触れてくるようで、思わず喉が鳴った。
撃たれるかもしれない。
今ここで、何の前触れもなく。
そう理解した瞬間、体が勝手に反応した。
私は、ゆっくりと、しかしはっきりわかるように両手を挙げた。
指を開き、武器を持っていないことを示す。
抵抗する気はない。
勝てるはずなんて、最初から思っていない。
「……ちょっと、人探しを」
声が震えないように、必死で抑えながら言った。
背後で、気配がわずかに揺れる。
「人探し?」
気だるそうな、けれど油断のない声。
「アビドスで、かくれんぼでもしてたの」
くすりと笑う気配がした、その直後。
ぐい、と力が加わり、銃口がより強く私の頭に押し付けられた。
冗談めかした口調とは裏腹に、圧は本気だ。
一歩間違えれば、引き金が引かれる。
「違う」
私は、歯を食いしばりながら答えた。
「そんなことしてる暇があったら、爆弾仕掛けてとっくに退散してる。本当に、人探しだ」
心臓が、耳の奥でどくどくと鳴っている。
怖い。
正直に言えば、足が震えそうだ。
「……」
少しの沈黙。
その間も、銃口は離れない。
「……誰を探してるの」
意外だった。
もっと高圧的に詰められるか、即座に撃たれるか、そのどちらかだと思っていた。
なのに、返ってきたのは、思ったより落ち着いた問い。
機嫌が良かったのか。
それとも、単に様子を見ているだけなのか。
どちらにせよ、今はチャンスだ。
「この前、アビドスを私たちが襲撃した時」
私は、できるだけ簡潔に、しかし誤魔化さずに言葉を選んだ。
「一人、残った小柄な人がいただろ?校門前で、あんた……いや、あんたたちを引きつけてた人だ。その人だ。何か、知らないか」
言い終えた瞬間、背後の空気が、わずかに変わった。
銃口の圧が、ほんの少しだけ緩む。
「……その子は」
小鳥遊ホシノの声が、わずかに沈んだ。
「逃げたよ」
短い言葉。
それなのに、どこか力がなかった。
「……逃げた?」
私は、思わず聞き返していた。
頭の中で、校門前の光景がフラッシュバックする。
砂に染み込んだ血。
放射状に飛び散った赤黒い跡。
爆心地のクレーター。
「……それじゃあ、校門にあった血の跡はなんだ」
言葉が、止まらなくなった。
「クレーターはなんだ。散らばってた装備はなんだ!?あれ、全部、あの人のだった!逃げた?そんなわけがあるか!」
感情が、堰を切ったように溢れ出す。
「血の量、見たのか!?あれだけ出てて、装備だって吹き飛んでて!無事なわけがないだろ!」
私は、完全に冷静さを失っていた。
銃口を向けられていることも、頭から抜け落ちている。
「何か隠してるな!」
思わず、振り返って小鳥遊ホシノの方を向き、怒鳴った。
「答えろ!あの人は、どうなったんだ!」
至近距離で、視線がぶつかる。
小鳥遊ホシノは、私を射抜くような目で見ていた。
普段の、眠たげで気の抜けた雰囲気はない。
そこにあったのは、鋭く、深い、警戒と――怒りにも似た何か。
「……君は」
静かな声。
「君は、あの子のなんなのかな?」
問いかけられた瞬間、胸の奥がひくりと痛んだ。
私は、言葉を選ぶ。
「……何でもないよ」
少し間を置いて、答えた。
「知り合いですらない。ただの、襲撃を一緒にしただけのチンピラだ」
それ以上でも、それ以下でもない。
事実だ。
小鳥遊ホシノは、ふっと小さく息を吐いた。
「……そう」
短い溜息。
「なら、なおさらだね」
銃を構えたまま、彼女は言った。
「あの子は逃げた。無事に。私から言えるのは、それだけ」
視線が、わずかに逸らされる。
「これ以上は、私の口からは言えない」
そして、きっぱりと。
「わかったら、帰って」
「……なんだよ、それ……」
私は、歯噛みしながら呟いた。
「言えないって……やっぱり、何か隠して――」
――ドンッ!!
乾いた、耳を裂くような音。
衝撃が、空気を叩き割った。
散弾が、私の横をかすめていく。
壁に叩きつけられ、砂埃が舞い上がる。
一瞬、遅れて、恐怖が全身を貫いた。
「……帰れって言ったのが」
小鳥遊ホシノの声は、低く、冷たかった。
「聞こえなかったのかな?」
冗談でも、脅しでもない。
そこにあったのは、確かな殺意。
これ以上食い下がれば、本当に撃たれる。
そう、本能が告げていた。
私は、ゆっくりと、後ずさる。
視線を逸らさず、両手を上げたまま、一歩、また一歩。
「……悪かった」
掠れた声で、そう言っていた。
それ以上、言葉は出なかった。
背を向け、私はその場を離れる。
校舎を出るまで、心臓の音がうるさくて仕方がなかった。
生きた心地がしない。
一瞬、本気で死ぬかと思った。
それでも――
収穫は、あった。
あの人は、生きている。
少なくとも、小鳥遊ホシノはそう言った。
なぜ、あんな言い方だったのか。
なぜ、装備が血の跡の中に残されていたのか。
なぜ、彼女の声が、あんなに覇気を失っていたのか。
わからないことは、山ほどある。
けれど。
「……生きてるなら、それでいいか……」
アビドスを出て、砂の上を歩きながら、私は空を見上げた。
重くのしかかっていたものが、ほんの少しだけ軽くなった気がした。
アジトへ戻る足取りは、来たときよりも、少しだけ軽かった。
この子、本編に出そうか迷っている。
元々は、コハクの友人枠で書いてたんですが、そのポジションには鷹宮レイ達が収まっているので用済み。となると、助手とかですかね?
この子を本編に出すか
-
出してほしい
-
出さなくていい