「イロハの髪ってダニめっちゃいそうだよね」
テェメーーー‼︎一線越えたなあ“あ”あ“ーー‼︎
情報収集のため、私はトリニティ総合学院にやってきた。普段、自治区に足を踏み入れることはあっても、こうして学校の敷地内に足を踏み入れるのは初めてだ。周囲の風景、建物の造形、植え込みのひとつひとつが、これまで見たことのない目新しい光景として映り、自然と歩調を遅めてしまう。
トリニティの敷地は、外界と水路で隔てられている。三六〇度、校舎を囲むように張り巡らされた水面は、日光を受けてキラキラと反射し、まるで学院が湖の上に浮かんでいるかのようだ。
他の学校のキャンパスとは、金の掛け方の桁が違うことが、一目でわかる。
お嬢様学校というよりも、むしろ一つの芸術作品だ。
建物は、古びたレンガと透明感のあるガラスを巧みに組み合わせ、長い歴史の重みを感じさせると同時に、現代的な洗練さを同居させている。外観の端正さと、整然と手入れされた庭園の緑のコントラストが、訪れる者の心に静謐さと緊張感を同時に刻み込む。
門をくぐり、正面の建物を仰ぐ。古典的なアーチ状の窓が規則正しく並び、光を柔らかく内部へと取り込み、その活動を外に穏やかに透かしている。学び舎としての威厳と、どこか招かれたような温かさが同居していることに、思わず息を呑む。
歩を進めるたび、石畳のひんやりとした感触が足裏に伝わり、木々のざわめきと混ざり合う。建物全体が生きて呼吸しているかのようで、周囲の空気までもが重厚な歴史と時間を帯びているように感じられた。
中庭に回ると、窓ガラスに映る光と影の模様が小さな物語を語るかのように揺れ、訪問者の心を自然に静める。その静寂の中で、同時に好奇心が刺激される。
トリニティの建物は単なる構造物ではなく、時間と記憶、学びの息吹を内包した存在なのだと、肌で感じることができる。
要するに言いたいのは、こんな詩的な表現でしか描けないほど、神秘的で重厚な歴史の香りが建物から溢れているということだ。少なくとも、普通の学校として使うにはもったいなさすぎる。
しかし、これ以上建物を見て回っていると、完全にトリニティ観光になってしまう。思考を切り替え、私は救護騎士団の部室へと足を運ぶことにした。
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部室の扉の前に立つと、外の静けさとは微妙に違う空気が漂っていた。重厚な木製の扉を押し開けると、室内には温かみのある灯りが広がり……いや、違う。つい詩的な感想を思わず口にしそうになったが、ここは観光ではない。気を引き締める。
どうやらトリニティは私の性に合わないらしい。どこに行っても立派でノスタルジックな建物が並び、落ち着く暇もない。油断すれば、いつの間にか優雅に紅茶を嗜んでしまいそうだ。
早々に切り上げるため、少し早足で騎士団の受付へ向かう。カウンターを見ると、誰もいない。呼び鈴の類もなさそうなので、声を張って呼んでみた。
「すいません、少しよろしいですか?」
奥から、メガネをかけた女の子が小走りで現れた。
「はいはい、今行きます……すいませんね、少し怪我人が多くて、奥で処置してたんですよ」
奥の扉の向こうをちらりと見ると、ベッドがいくつも並び、そこには横たわる生徒たちがそれぞれ包帯やガーゼを身に着けていた。どうやら最近、少し大きめの抗争があったらしい。
「こちらこそ……すいませんね、忙しいところに来ちゃって。もしよろしければ待ちますよ。急ぎの用事ではないので」
「いえ、大丈夫ですよ。別に急患がいるわけでもないですし、ほとんどの処置は終わりました。今回はどういったご用件でしょうか?」
「鷲見セリナという生徒を探していまして……救護騎士団にいると聞いたので、尋ねに来ました」
「ああ、セリナさんのお客さんですね。わかりました。少し確認しますので、そこの椅子にかけてお待ちください。少しお時間をいただくかもしれません」
奥に歩き去る彼女を見送りながら、ふと思う。ここ、まるで本物の病院のようだ。数日前にゲヘナの救急医学部を訪れたことがあるが、あちらは生徒が運営している“保健室のような医務室”という印象だった。
しかしトリニティの救護騎士団は規模も設備も本格的で、ミレミアムの医学病棟と遜色ないクオリティだ。
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窓の外を眺めていると、後ろから声がかかった。
「今日はどうされました?診察ですか?」
突然の声に驚き振り向くと、そこには鷲見セリナが立っていた。
「あ、あの……えっと……」
「すいません、どうやらセリナさん、ここにはいないみたいで……あれ? 何でいるんですか?」
「えっと……呼ばれたような気がしたので……?」
「何でセリナさんが分かってないんですか……まあいいです。お客さんですね」
「え? お客さん、私にですか?」
「はい。そちらの方が、セリナさんを訪ねて救護騎士団まで来たのです」
「あ、そうだったんですね。わざわざ……本日はどういったご用件で?」
うーん、これはどう答えるか……。
素直に「あなたの神秘が変なので調査したい」と言うわけにはいかない。怪しまれるし、警戒される。
「あー……そうですね、インタビューのようなものでしょうか」
「インタビューですか? なぜ私に?」
事前に準備しておくべきだった。だが、今更悩むよりも、多少の誤魔化しで正直に言った方が怪しまれずに済むだろう。
「いや、正確には……調査の方が正しいですね。私は、ミレミアム神秘研究同好会の会長をしています。その活動の一環として、キヴォトス中の生徒の神秘を計測しているのですが、鷲見セリナさんの神秘が他より高いことが分かり、調査に来たというわけです」
「神秘……ですか。よくわかりませんが、その計測に協力してほしい、ということですか?」
「はい。具体的には、身体能力測定、学力調査、得意なことや戦闘能力の測定……といった内容です」
「なるほど……わかりました」
「もちろん、無報酬というわけではありません。ご希望があれば、可能な限りは用意します(黒服さん経由で)」
「そうですね……今すぐでは難しいですが、時間がある時なら大丈夫です」
「本当ですか⁉︎ ありがとうございます。こんな条件でも了承していただけるとは……」
「まあ、人の助けになることが救護騎士団の仕事ですし」
「立派な心がけです。助かります。では日時ですが、意見はありますか?」
「こちらで決められるのですか? では一週間後のお昼過ぎ……はどうでしょう」
「少し待ってください……大丈夫です。ではそこにしましょう。集合地点は?」
「ここで大丈夫です。待つ場所もありますし、起きられた時には受付に伝えてもらえますし」
「わかりました。一週間後のお昼過ぎ、ここで待ち合わせですね。ありがとうございます」
「いえいえ、大丈夫です。活動、頑張ってください」
「はい。では、またよろしくお願いします」
「はい、おd…お気をつけて〜」
思ったよりもスムーズに進んだ。もっと突っ込んだ説明を求められるかと思っていたが……恐ろしく人が良い。
もしこれがキヴォトス外の学校だったら、初対面で“初恋キラー”になりかねない。
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さて、鷲見セリナとは運良く会えたが……剣先ツルギはどうするか。
正義実現委員会のトップは、そう簡単には会えない。美甘ネルほどフットワークも軽くないだろう。仕事の性質も、何でも屋と治安維持組織は違う。
とりあえず行ってみるしかない。案外どうにかなるかもしれない。
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……結論。
「無理です」
「ですよね〜」
一応、正義実現委員会の部室で確認してみたが、やはり会うことはできなかった。研究目的であることを伝えても、トリニティはキヴォトス最大規模の自治区を持ち、日夜飛び回る彼らには、名もなき研究者のために手間を割く暇はないという。
――そりゃそうだ。無理に頼むより、こちらで策を練る方が現実的だ。
しかし、ふと思う。名もなき研究者ではなく、“実績のある者”なら……?
初見殺しとはいえ、美甘ネルには勝った。その実績を盾に、剣先ツルギに挑戦状を出せば、決闘形式で戦闘データを収集できるかもしれない。
ここでできることはもうない。帰宅しつつ、次の計画を練るのが得策だろう。
短編集作りました。よかったら見てみてください。