ミレニアムの秘密の研究室   作:まったり愛好家

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第六十八話 コハク過去編 19

「人間が持ちうる感覚に止まるものではありません」

 

コピー体は、わずかに視線を伏せてから、そう前置きをした。

まるで、これから口にする言葉が、聞く者の理解を超えることを最初から知っているかのように。

 

「こうすればできます、という明確な手順は存在しません」

 

その声音は淡々としていたが、どこか重さを帯びていた。

説明というより、告解に近い。

 

「……だろうな」

 

私は椅子の背に体重を預け、天井を仰いだ。

 

「そもそも人間には、神秘のパラメーターを管理する機能なんて備わってない。

筋肉を意識的に動かすとか、呼吸を整えるとか、そういうレベルの話じゃない」

 

コピー体は小さく頷いた。

 

「はい。ですので、これといって確実な方法はありません」

 

一拍、間を置く。

その沈黙が、妙に長く感じられた。

 

「……ですが」

 

コピー体は、ゆっくりと顔を上げた。

 

「一つだけ、近しい感覚があります」

 

「それはなんだ?」

 

私は即座に問い返した。

逃げ道を作る前に、核心を聞いておきたかった。

 

コピー体は、まっすぐにこちらを見つめる。

その視線には、普段見せない強さがあった。

 

「あなが、強い恐怖心を感じたとき」

 

言いかけて、一瞬だけ言葉が詰まる。

 

「……自分の中から、何かが抜け落ちていくような感覚はありませんでしたか?」

 

私は眉をひそめた。

 

「中学に入学して間もない頃。

チンピラに腕を吹き飛ばされた時」

 

胸の奥が、ひくりと痛んだ。

 

「そして、先ほど。

外部から強制的に恐怖を流し込まれた時も」

 

その瞬間、記憶が鮮明によみがえる。

冷たい感覚。

思考が遠のき、輪郭が溶けていく感覚。

 

「……確かに、感じた」

 

私は低く答えた。

 

「自分が、自分でなくなっていくような……そんな感じだった」

 

コピー体は、静かに肯定した。

 

「それが、神秘の変化です」

 

「……は?」

 

思わず、間の抜けた声が出る。

 

「過度な恐怖によって、神秘の逆側面である『恐怖そのもの』が呼び起こされました」

 

コピー体は、机の上に置いた自分の手を見つめながら語る。

 

「そして、その結果、あなたの『生徒』というラベルが、剥がれかけたのです」

 

「……あ?」

 

私は顔をしかめた。

 

「何言ってるんだ。比喩か?

それとも、また何か専門用語か?」

 

「いいえ」

 

コピー体は首を横に振る。

 

「文字通りの意味です」

 

私の中で、警鐘が鳴った。

これは、軽く聞き流していい話じゃない。

 

コピー体は、語りを続ける。

 

「人間は、わからないものに恐怖を覚えます」

 

淡々とした声。

しかし、その内容は、どこか熱を帯びていた。

 

「暗闇。死。未知の存在。

それらは、理解できないがゆえに恐ろしい」

 

コピー体は、ゆっくりと言葉を積み重ねる。

 

「しかし人間は、恐怖に耐えられません。

だから、名前を与えます。意味を与えます」

 

私は、無意識に息を潜めていた。

 

「死、というわからない現象に対して。

死神、冥府、黄泉の国。

そういった物語を作り、人格を与え、理解した“つもり”になります」

 

コピー体は、わずかに口角を上げた。

それは、笑みと呼ぶにはあまりにも歪だった。

 

「『死の神の怒りを買ったから死んだ』

『運命に選ばれた』

そうやって、理解不能な出来事を、理解可能な物語に落とし込む」

 

「……」

 

「それらは、死の概念のほんの一部にすぎません」

 

コピー体の声が、わずかに高くなる。

 

「ですが、人間にとっては十分なのです。

何もわからないよりは、ずっとましだから」

 

私は、背中にじっとりと汗を感じていた。

 

「こうして、恐怖は“そのままの恐怖”ではなくなります」

 

コピー体は、はっきりと言った。

 

「恐怖は、神秘になります」

 

その言葉が、重く落ちる。

 

「それは、死そのものではありません。

死を元にして作られた“キャラクター”です」

 

コピー体は、両手を軽く広げた。

 

「そして、人間は、その恐怖由来のキャラクターに型をつくります。

秩序を与え、定義し、枠に収める」

 

私は、喉が渇くのを感じた。

 

「その結果として生まれるのが――」

 

コピー体は、私を見た。

 

「『生徒』という存在です」

 

言葉が、頭の中で反響する。

 

「……待て」

 

私は、額に手を当てた。

 

「つまり、お前の言いたいことをまとめると」

 

一つひとつ、確認するように言葉を並べる。

 

「人間が恐怖を理解しようとして、

恐怖から神を作って、

その神を元にして、

生徒という存在が形作られた、ってことか?」

 

「はい」

 

即答だった。

 

「そして、あなたの神秘に変化が見られたのは」

 

コピー体は、淡々と続ける。

 

「あなたが過度な恐怖に触れたことで、

あなたの原型となった“名もなき神々”の力が、漏れ出しているためだと考えられます」

 

「……名もなき神々、ね」

 

笑えなかった。

 

「したがって」

 

コピー体は、少し身を乗り出した。

 

「その力――神秘を制御したいのであれば」

 

声が、わずかにうわずる。

 

「恐怖を、ものにしなければなりません」

 

その瞬間、私は気づいた。

 

コピー体の様子が、明らかにおかしい。

声に熱がある。

目が、わずかに見開かれている。

 

「より濃く。より壮絶な恐怖を感じることで」

 

言葉が、流れるように続く。

 

「あなたの『生徒』としてのラベルを剥がし、

恐怖そのものへと足を踏み入れれば」

 

コピー体は、微笑んでいた。

 

「あなたは、神秘を制御できます」

 

ぞくり、と背筋が震えた。

 

その笑みは、喜びのものではない。

使命感。

あるいは、啓示を受けた者のそれ。

 

昨日までの、無感情なコピー体とは、まるで別物だった。

 

私は、それが――怖かった。

 

「……お前は」

 

声が、わずかに震えた。

 

「今言ったことに、一切の嘘も誤りもないと、誓えるか」

 

コピー体は、一瞬で表情を消した。

人形のように、無機質な顔。

 

「はい」

 

短い答え。

 

「……」

 

私は、深く息を吐いた。

 

「つまりこういうことか」

 

自分に言い聞かせるように、言葉を整理する。

 

「恐怖を、人間が無理やり理解しようとして、

色々な設定を作った結果、

恐怖は神秘となり、神となった」

 

コピー体は、黙って聞いている。

 

「そして、その神に『生徒』というラベルを貼り付けることで、

私たちが生まれた」

 

一拍、置く。

 

「お前の神秘が他と違うのは、

過度な恐怖によって、元ネタの神の力が漏れているから」

 

私は、乾いた笑いを漏らした。

 

「……バカみたいな話だな」

 

自分で言っていて、現実感がない。

 

「じゃあなんだ?」

 

私は、視線を落とした。

 

「私のこの再生能力は、神の力だとでも言うのか」

 

「はい」

 

コピー体は、迷いなく頷いた。

 

「……そうか」

 

私は、項垂れるように呟いた。

 

「神、か……

随分とスケールのでかい話になったな……」

 

頭が、重い。

 

「……オシリスとか。イザナギとか?」

 

思考が、勝手に神話へと向かう。

 

「イザナギは、死んでから戻ってきた。

オシリスは、再生と豊穣、死者蘇生……」

 

私は、苦笑した。

 

「……こっちの方が近いか?」

 

すぐに首を振る。

 

「いやいや。そんな大それた神なわけないだろ」

 

自嘲気味に言う。

 

「多分、木っ端みたいな、誰にも知られてない神だ」

 

そう結論づけた。

 

――いや。

 

そうであってほしい、という願望の方が大きかった。

 

私は、自分の手を、じっと見つめながら、

その考えから、しばらく抜け出せずにいた。

 

しばらくして、廊下の奥から、規則正しい足音が近づいてきた。

 

カツ、カツ、と硬質な音。

このビル特有の、無機質な床材を踏む音だ。

 

その音を聞いた瞬間、私は現実に引き戻された。

さっきまで頭の中を埋め尽くしていた、神だの恐怖だのという得体の知れない概念が、急に現実の重みを伴ってのしかかってくる。

 

扉が開く。

 

「おや、二人とも随分と難しい顔をしていますね」

 

黒服さんが、部屋に入ってきた。

片手にはタブレット、もう片方の手には何も持っていない。

区切りがついたのだろうか、ネクタイを少し緩めている。

 

私は、その姿を見た途端、胸の奥がざわついた。

 

――言わなきゃ。

 

そう思った瞬間には、もう口が動いていた。

 

「く、黒服さん……!」

 

自分でも驚くほど、声が上ずっていた。

 

黒服さんは一瞬だけ目を瞬かせ、私の様子を観察するように視線を向ける。

 

「どうしました? そんなに慌てて」

 

私は椅子から立ち上がり、机を挟んだまま、身を乗り出した。

 

「い、今……コピー体から聞いた話なんですけど……!」

 

そこから先は、ほとんど早口だった。

 

神秘と恐怖の関係。

恐怖から神が生まれ、生徒という存在が形作られたこと。

生徒のラベル。

剥がれかけた自分。

再生能力が神の力である可能性。

 

頭の中にあったものを、整理もせず、そのまま吐き出した。

言葉はところどころで詰まり、説明は支離滅裂だったと思う。

 

それでも、黒服さんは口を挟まず、黙って聞いていた。

 

やがて私が一通り話し終え、息を整えるために言葉を切ると。

 

黒服さんは、ほんの一瞬だけ考えるように視線を伏せた後、くるりと背を向けた。

 

そして、何事もなかったかのように、キッチンの方へ歩いていく。

 

「……?」

 

私は、拍子抜けしたようにその背中を見送った。

 

黒服さんは戸棚を開け、コーヒー豆の入った容器を取り出す。

手慣れた動作でミルを用意し、豆を計量する。

 

ガリ、ガリ、と豆を挽く音が、やけに大きく響いた。

 

その一連の動作をしながら、黒服さんは、ごく自然な調子で一言。

 

「知っていますよ?」

 

その言葉が、私の耳に届くまで、少し時間がかかった。

 

「……え?」

 

思考が、止まる。

 

「え……? し、知ってる……?」

 

私は、呆然としたまま、そう聞き返していた。

 

黒服さんは、何事もなかったかのようにドリッパーをセットし、お湯を沸かし始める。

 

「ええ。今あなたが話したことは、概ね事実です」

 

まるで、「今日は雨が降っていますね」とでも言うかのような口調だった。

 

私は、頭が真っ白になった。

 

「……じゃ、じゃあ……」

 

言葉がうまく出てこない。

 

「それを……知った上で……?」

 

黒服さんは、コーヒー粉にお湯を注ぎながら、淡々と答える。

 

「それを知った上で、私たちは神秘の研究をしています」

 

ぽた、ぽた、とコーヒーが落ちる音。

その穏やかなリズムが、逆に現実感を奪っていく。

 

「言ったでしょう?」

 

黒服さんは、ちらりとこちらを見た。

 

「崇高に至るための研究だと」

 

私は、思わず唾を飲み込んだ。

 

「……崇高、って」

 

黒服さんは、カップを二つ用意しながら続ける。

 

「崇高とは何か」

 

一拍。

 

「『神秘を完全に恐怖へと塗り替えた生徒』のことです」

 

その言葉は、はっきりと、迷いなく発せられた。

 

「いわば、元ネタとなった神を、完全顕現させた状態」

 

コーヒーの香りが、部屋に広がる。

不思議と、落ち着く香りだった。

 

「生徒としての枠組みを壊し」

 

黒服さんは、カップにコーヒーを注ぐ。

 

「神でもなく、恐怖でもないものへと変貌した存在」

 

カップが、テーブルに置かれる。

 

「それこそが、我々の求める“先”です」

 

私は、背筋が冷えるのを感じた。

 

コピー体が語ったことと、寸分違わない。

それどころか、より踏み込んだ内容だった。

 

「あなたを、我々ゲマトリアの一員とした理由も、そこにあります」

 

黒服さんは、ようやく私の方を向いた。

 

「あなたの進む先に、崇高が見えた」

 

その目は、どこまでも静かで、確信に満ちていた。

 

「私たちと同じ道を進む同志として」

 

少しだけ、声に熱がこもる。

 

「あなたに、声をかけました」

 

私は、何も言えなかった。

 

世界の裏側を、いきなり全部見せられたような気分だった。

 

黒服さんは、私の沈黙を気にする様子もなく、コーヒーを一口飲む。

 

「さて」

 

カップを置き、こちらを見る。

 

「あなたは、今言った事柄を知った上で」

 

一瞬の間。

 

「それでも、神秘の研究を続けますか?」

 

その問いは、静かだった。

だが、逃げ場はなかった。

 

「それとも」

 

黒服さんは、ほんのわずかに首を傾ける。

 

「禁忌だと。

触れてはならないものだと考え、ここで手を引きますか?」

 

部屋が、静まり返る。

 

私は、視線を落とし、膝の上で拳を握った。

 

「……」

 

神秘。

それは、もっと穏やかなものだと思っていた。

 

未知のエネルギー。

新種の自然現象。

科学で解明できる、少し不思議な力。

 

私は、そんな感覚で、ここまで来た。

 

だが、現実は違った。

 

世界の成り立ち。

恐怖。

神。

存在のラベル。

 

そんなものに、足を突っ込んでいたなんて。

 

私は、まだ十二歳だ。

 

この年齢で、こんなものを探究し続けたら、いずれ――

辿り着いてしまうのだろう。

 

崇高とやらに。

 

一瞬、怖くなった。

 

この道の先で、自分が何になるのか、想像もつかない。

 

――それでも。

 

胸の奥で、別の感情がうずいた。

 

知りたい。

理解したい。

突き詰めたい。

 

底が見えないからこそ、惹かれる。

 

私の、このどうしようもない探究心を満たせるものは、きっと。

 

こういう、底のない道だけだ。

 

私は、顔を上げた。

 

黒服さんの目を、まっすぐに見る。

 

「……研究を、続けます」

 

声は、思ったよりもはっきりしていた。

 

「私は、神秘を知りたい」

 

自分でも驚くほど、迷いはなかった。

 

「素晴らしい」

 

黒服さんの声が、わずかに明るくなる。

 

「そう言ってくれると、思っていましたよ」

 

その表情は、どこか嬉しそうだった。

 

「では改めて」

 

黒服さんは、軽く頭を下げる。

 

「ようこそ、ゲマトリアへ」

 

その言葉が、胸に落ちる。

 

「ともに、崇高を目指す者として」

 

静かに、しかし確かに。

 

「恐怖を。

神を。

解明しましょう」

 

私は、ここ最近で一番の笑顔で、力強く頷いた。

 

「はい!」

 

その答えに、迷いはなかった。




ふう…いやー書いた書いた。書きたいこと書き終わると気持ちがいいですね!

今回、神秘の成り立ちだとかそう言ったものは、アニメ漫画掲示板で通説となっているものの中から、私が気に入ったものを採用して作ったものですので、公式設定とかではありません。

また、会話の中でオシリス神だとか大国神だとかって出てきましたよね?

その中で、オシリス神がコハクの元ネタです。

オシリスとは、エジプトの神であり、聖地アビドスに祀られる神です。

そう、アビドスですよアビドス。

そして、死んだオシリスの体の破片を、ホルス神が掘り起こし、ホルスの目をささげて甦らせたという逸話があります。

もう、わかりましたね?

そうです。ホルスとは小鳥遊ホシノ『暁のホルス』

それによって助け出される、コハク『オシリス』

という構図が完成します。

いいですね〜。

ホシノがオッドアイなのは、ホルスが目を捧げたことで片目だけになったことを暗示しているらしいのですが…さてさて、どちらの目を捧げさせましょうか?

楽しみですねー。

ちなみに、コハクがプラナリア見たく分裂してるのはオシリスがバラバラになって死んだことによるものです。
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