トリニティからの帰路、私は早速、計画を実行に移す準備を始めた。と言っても、私一人の力で大々的に宣戦布告などできるはずもない。ここは大人の力を借りるしかない。現実的に、信頼できる協力者が必要だった。
机に座り、黒服さんに連絡を取る。
「〜ってことなんですけど、どうすればいいと思いますか?」
やはり、こういうときには経験者の知恵を借りるのが一番手っ取り早い。
「……そうですね……まずは調査の程、お疲れ様でした。一週間後の測定、楽しみにしています。それから、剣先ツルギの件ですが……正義実現委員会が動かざるを得ないくらい、大々的に広める必要があります。となると、やはりクロノススクールでしょうか。あそこなら、この手のネタには喜んで飛びつくでしょう」
「クロノスか……。確かに、クロノスなら記事にしてくれそうですけど……最近は新年度の始まりで、各地で事件が起きていますからね。三年生が不在になったことでの引き継ぎ問題や、新入生のやらかしなどで、記事ネタが溢れている状態です」
「なるほど……そういったネタが揃っている今では、実際に起きている事件の方が注目度が高く、記事にしてもらえない可能性もあるということですね。確かに一理あります」
「あと、美甘ネルに勝った云々も、あれは非公式試合の証拠なし情報ですから。高校一年生がふざけて言ってる、と取られてしまう可能性もあります。そうなると、記事化は絶望的ですね」
「そうですね……でも、真田利さんなら、なんとかなるかもしれませんよ?」
「本当ですか⁉︎ 流石黒服さん! 私にできないことを平然とやってのける……そこに痺れる!憧れるぅ〜!」
思わず口走る私に、黒服さんは微かに苦笑を浮かべる。
「クックック……一瞬、気が狂ったかと思いましたよ。私が言うのもなんですが、私のようなものに憧れるのは控えた方が良い。私はあなたたちを利用する悪い大人である、ということを理解しておくべきです」
「いいじゃないですか、悪い大人に憧れるくらい……。黒服さん、自分じゃわからないかもしれませんけど、結構いいキャラしてますよ?名悪役って感じで」
人型の異形でモデル体型、スーツをビシッと決めた上で、敬語で「私は悪い大人ですよ?」と宣言するその姿は、破壊力抜群だ。普通にかっこいいとしか言いようがない。
「はあ……そうですか……私はそういう類には疎いのです。話が逸れましたね。それで、計画ですが、協力するには一つ、頼まれごとを受けていただきたい」
「頼まれごと……ですか? まあいいですよ。私自身、予定が詰まっているわけではありませんので……あ、ただし一週間後の今日は鷲見セリナの測定があるのでいけませんが、それ以外なら」
「いえいえ、それほど時間のかかるものではありません。先ほど話に出た鷲見セリナの件で、同じような生徒がいないか駒を使って調査していたのですが、一人、気になる生徒が見つかりました」
「ほう……同じように神秘量に不一致が見られる生徒ですか?」
「はい。その生徒がミレミアムに在籍しています。調査をお願いしたいと思いまして。こちらの生徒です」
一之瀬アスナ――
学園:ミレミアムサイエンススクール
部活:Cleaning&Clearing
学年:三年生
年齢:十七歳
「またC&Cですか⁉︎ 美甘ネルにマークされているからやりにくいんですよね……」
「まあ、問題行動を起こすわけではないので、なんとかなるでしょう」
「わかりました。引き受けます」
「ありがとうございます。それでは作戦の概要を説明します。作戦と言っても単純です。私と締約しているカイザーコーポレーションに、クロノススクールへ少し“声掛け”をしてもらう。それだけです」
「おお〜……まさに大人のやり方。これなら確実に記事は作ってもらえるでしょう。何せ天下のカイザーですから。逆らえる人間なんてそうそういません」
「クックック……」
「クックックッ……って、黒服さんの笑い方がうつってる⁉︎」
クックックッと笑う女子高生……どう考えても、頭のどこかが少しおかしい。コハクは寝るまで、その笑い声が頭から離れなかった。
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翌朝、なぜかいつもより早く目覚めた。時計を見るとまだ五時。二度寝をしようかと思ったが、今寝ると起きるのが逆に大変になりそうなので、そのまま起きることにした。
朝風呂でも入ろうと部屋を出ると、リビングの灯りが既についている。
昨日、電気を切り忘れたのだろうか……勿体ないことをしたと思い、電気を消しに近づくと、目の前に黒服さんが立っていた。優雅にコーヒーを啜っている。
「おや?やけに早く起きましたね?」
「黒服さんこそ……どうしてこんな早い時間に?」
「ああ、私はいつもこの時間に起きていますよ。そもそも、睡眠自体あまり必要ないですから」
「いつもこの時間に……偉い……ふぁ〜……」
「クックックッ……随分眠そうですが。飲みますか?」
「いえ、遠慮します。こういう時には……えっと……ここにしまったはず……」
「……?」
「あ、ありました……」
「何ですか?それ」
「梅干し純です。フリーズドライの梅干しを錠剤のように固めたもので、これ一個食べれば眠気が吹き飛びます……いただきます……うおおおおお!すっぺー!」
「随分と古典的な方法ですね……」
「いやー、中学の修学旅行が百鬼夜行で、そのお土産として買ったのがきっかけでして。それ以来、口が寂しい時にはこれを噛むとスッキリするんです」
「確かに、たまに口をもごもごしてましたが、口内炎じゃなかったんですね」
「クックック……確かに口内炎いじりのように見えるかもしれませんね。今度からは気をつけます」
二人でしばし無言の時間が流れる。
「黒服さん」
「はい、なんでしょうか?」
「機械は人の心を理解できると思いますか?」
「唐突ですね……話題に困ったのでしょうが。私はできると思います」
「え? 黒服さんならできないと答えると思ってました。意外です」
「確かに、私は人心掌握や哲学に長けていますが、だからこそ、機械も人の心を理解できると思っています。キヴォトスにはロボット市民も多く、カイザーグループのトップもロボットです。彼らが人として生活できている以上、心の理解自体は可能だと考えています」
「確かに、ロボ市民たちは人間と同じように接し、表情や個性もあります。でもだからと言って心を理解しているとは言えないのでは?」
「と言いますと?」
「結局、人工知能は『こう言われたらこう返す』というテンプレートの集合体です。英語を知らない人に大量の英語テンプレートを渡せば、相手は英語を理解していると思うでしょう。それと同じです」
「しかし、人間の心の95%は外部行動やパターンから推定可能です。感情は生体反応・言語・行動・経験の組み合わせで説明できます。AIは膨大なデータからこれを統合し、人間より高精度に『今、何を感じているか』を予測できる可能性があります。完全な主観は無理でも、外から観測可能な『心の機能』は理解可能です。すると、結局人間もテンプレートで反応しているのではないか?」
「確……かに?」
「テンプレートが単なる定型文ではなく、状況・履歴・感情推定・個別の特徴を統合した高度な生成モデルになると、出力は人間の会話アルゴリズムとほぼ同じになります。要は、高度化したテンプレートは『理解』と区別できなくなるということです」
「なるほど……確かにその理論なら、人間とAIの違いはほとんどないように思えます……黒服さん、ちゃんと頭良かったんですね」
「確かに、普段はこういう会話はしませんからね。私は神秘を探究し、崇高へ至らんとする者ですので、相応の知識は備えています」
「なるほど……色彩とか上位存在に喧嘩売ってるくらいですから、そりゃそうか……」
その後は特に話題も尽き、いつも通りの時間にミレミアムへ向かう私だった。
黒服はこうゆう会話めっちゃ真面目に答えてくれそう