ボール至上主義への反逆 ― 捕獲を拒んだ青年は、世界に新たな組織を築く   作:ハラカナ

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リラの決意、アオギリの迷い

 ホウエンの朝は、潮の匂いから始まる。

 アリウスは砂浜を渡る風の中で、深く息を吸った。

 海鳥たちの声が高く響き、波の音が絶えず足元へ寄せては返していく。

 隣ではリラが砂を蹴りながら歩いていた。

 いつもの無表情に見えて、その横顔はどこか晴れやかだった。

 

「本当に来ちゃったね。君の“見せたい世界”ってやつ」

「見せるっていうほど大げさじゃないさ。ただ――ほら」

 

 アリウスが指を向けた先。

 そこには、砂浜に座り込むワカシャモと、寄り添うように立つミズゴロウの姿があった。

 戦っていたわけではない。

 ただ、傷ついた仲間を慰めるように、静かに寄り添っていた。

 

「……バトルじゃないんだ」

 

 リラの口調は驚きというより、どこか安堵に近かった。

 

「ホウエンでは珍しくない光景らしい。野生同士の争いの後、こうして“寄り添う時間”を持つポケモンは多いって」

「……そっか。僕、勝つことしか考えてなかったんだなって思ったよ。こういう瞬間、全然見てなかった」

 

 リラは手のひらを見つめた。

 その指先は、何千回とボールを握ってきた証のように硬くなっている。

 アリウスは砂浜に座り、海へ視線を向けた。

 

「君の戦い方を否定する気はない。ポケモンと共に強さを求めるのも一つの絆だ」

「でも?」

「でも――“勝つことだけ”が絆じゃないのも、確かだ」

 

 リラは返事をしなかった。

 ただ、波打ち際に目を落とし、静かに頷いた。

 それが“答え”のように思えた。

 そして数日間。

 アリウスはホウエンの自然、ポケモンたちの生活、ボールに頼らない触れ合いをリラに見せ続けた。

 泣き出しそうなほど表情を崩した日もあった。

 ただ前より柔らかく笑う日もあった。

 少しずつ、リラの心に根を張った迷いが、別の形に変わっていった。

 そして――。

 

「……決めたよ。アリウス。僕、フロンティアを離れる」

「本当に?」

「“修行”って名目だけどね。みんなには強くなるためって説明する。……強くなりたいのは本当だし」

 

 リラの手の中で、エーフィが静かに尻尾を揺らした。

 その目は、主人の選択を肯定しているようだった。

 

「君がそう決めたなら、俺は嬉しいよ」

「……ありがと。君となら、変われる気がする」

 

 そしてリラは、荷物からポケナビを取り出した。

 アリウスが問いかけるように視線を向けると、リラは頷く。

 画面の向こうから、フロンティア本部の声が返ってきた。

 

『リラさん? 急な連絡ですね。どうされました?』

「修行に出たいんだ。長めのやつ。心の方を鍛える修行だよ。戻ってくる気はある。だけど……今じゃない」

『あなたがそう言うなら理由は問わない。フロンティアブレーンとしての“修行休暇”を認めます』

 

 短いやり取りだったが、その声にはリラへの信頼が滲んでいた。

 通話を切ると、リラは深く息を吐く。

 

「これで、ちゃんとした立場で歩ける。君の隣にいる理由を、僕も胸張って言えるよ」

 

 アリウスはただ頷いた。

 それ以上の言葉は不要だった。

 リラの正式加入。

 それはアリウスにとっても、初めて“仲間”と呼べる存在ができた瞬間だった。

 次の目的地――シンオウ。

 そこでカトレアと呼ばれる少女が、強さの答えを探しているらしい。

 リラはその話を聞くと、興味深そうに眉を上げた。

 

「へぇ、カトレアか……会ってみたいかも」

「向こうでも、君が見るべきものはあるはずだよ」

「分かんないけど……なんか楽しみだな、そういうの」

 

 そんな会話をしていた矢先だった。

 

「ねぇアリウス。ひとつ気になる噂があるんだけど」

 

 リラが海を指さした。

 アリウスは風向きが変わったことに気づく。

 鼻をくすぐる潮の匂いが、どこか重い。

 

「海のポケモンがね、“前の事件の男”の名前を口にしてる。アオギリっていうらしいんだけど……」

「……アオギリ?」

 

 アリウスは立ち止まった。

 その名は、リラの口からだけではなかった。

 アリウスの周囲へ集まってきた水辺のポケモンたち――ミズゴロウ、ペリッパー、ホエルコ。

 そのどれもが、真剣な目で同じ名を告げた。

 

『アオギリ……海を変えようとした人……』

『でも、あの人の心は……黒くなかった……』

『海の仲間のためだった……でも、やり方が痛かった……』

 

 アリウスは目を伏せた。

 ポケモンの声は、人間の噂よりずっと正直だ。

 

「リラ、その男は今どこに?」

「分からない。でも……ホウエンから消えたって話。一人になって海を見てるって噂もあるけど……噂止まりだよ」

 

 しかし、アリウスはもう決めていた。

 

「行こう。アオギリに会う」

「……やっぱりそう来ると思ったよ。君らしいね」

 

 リラは苦笑しながらも、その目には迷いはなかった。

 “海を変えようとした男”

 その理想の根に何があるのか。

 アリウスは知りたかった。

 ポケモンがあれほど真剣に語る理由を。

 そんなアリウスを感じたのか、海ポケモンたちの声は、ただ一言だった。

 

『……あの人は、海のもっと向こう……』

『……誰も来ない小さな島……』

 

 アリウスとリラは顔を見合わせる。

 リラが言っていた“海を見てひとりでいるらしい”という噂と一致していた。

 

「本島じゃないんだね」

「うん。ポケモンたちの声だと……かなり遠い」

 

 言い終わるより早く、上空からオオスバメとペリッパーが舞い降りた。

 

『……運ぶよ……風に乗ればすぐ……』

 

 アリウスは小さく息を吐いた。

 

「案内してくれるってことだね。ありがとう」

 

 リラが苦笑しながら肩を竦めた。

 

「君って本当にさ……ポケモンには全力で信頼されるよね」

 

 海風が吹き、二人は鳥ポケモンの背に乗って、“ホウエンの外れの孤島”へ向かった。

 鳥ポケモンたちは小島の白い砂浜にゆっくり降り立ち、アリウスとリラが足を地につけた瞬間、翼を広げて再び空へ舞い上がった。

 アリウスは空を見上げ、軽く手を振った。

 

「ありがとう。君たちのおかげで来れた」

 

 ペリッパーが一声、低く心地良い声を返し、オオスバメは翼で“風を運ぶ”ようにひと払いして飛び去った。

 リラがアリウスの横顔をちらりと見る。

 

……本当に、どのポケモンとも自然に通じ合ってる。

 

 その静かな感動のまま、二人は奥へと歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 入江へ向かう道は、潮の満ち引きで形を変える。

 アリウスとリラは、波の合間を縫うように岩場を進んでいた。

 

「にしても……君って本当に迷いないよね」

 

 前を歩くリラが言う。

 振り返りもしないのに、声だけは軽かった。

 

「迷ってるよ。でも、聞いてしまった以上は動かなきゃいけない気がしてる」

「ポケモンの声が、でしょ?」

「うん。あの震え方は――ただの恐怖じゃない」

 

 アリウスは周囲の気配に耳を澄ませた。

 海風の音、砕ける波、飛び交う海ポケモンたちの声。

 そのすべての奥に、かすかに“揺れている心”が混ざっていた。

 

『……こっち……まっすぐ……』

 

 岩場の影から現れたトドグラーが、短く鳴いて方向を示した。

 続いて、複数のマリルリが波間で跳ね、同じ方角を指し示す。

 

「アリウス。ポケモンたち、まるで案内してるみたいだよ?」

「うん。たぶん……彼らもアオギリに会ってほしいんだ」

 

 リラは顔をしかめる。

 

「自分たちを危険に巻き込んだ相手なのに?」

「それでも、海の仲間を想った“心”だけは覚えてる。……だから迷ってるんだよ」

 

 リラは言葉を失った。

 アリウスの背中を見つめながら、静かに息を吐いた。

 その先の崖沿いの道は狭く、足元には荒波が激しくぶつかっていた。

 時折、潮が飛び散り、肌に冷たく刺さる。

 

「ねぇ、アリウス」

 

 リラがふいに口を開く。

 

「ひとつだけ、聞いていい?」

「なんだい?」

「アオギリを仲間にしようとしてる……わけじゃないよね?」

 

 アリウスは即答しなかった。

 その沈黙が逆に答えを示していた。

 

「……理想が似ているなら、救えるかもしれない」

「救える?」

「誰だって、間違った選択をすることはある。でも、心の奥にある想いが本物なら……立ち直れる」

 

 リラは足を止める。

 夕日の色が揺れる瞳に落ちていた。

 

「……僕も、救われた側か」

「俺はただ“本当の気持ち”を見ただけだよ。君は自分で選んだ。今もね」

 

 リラは微笑んだ。

 その笑みは、海風に溶けるように柔らかかった。

 崖を抜けると、急に風が途切れた。

 そこだけがぽっかりと静まり返ったような、小さな入江だった。

 浅瀬には、トサキントの群れが円を描きながら泳ぎ、奥の大岩には、波しぶきの跡が白く残っている。

 リラが囁く。

 

「……ここが、ポケモンたちが言ってた場所?」

「みたいだね。気配がある。人の……でも普通じゃない」

 

 アリウスは一歩踏み出した。

 それと同時に、海の表面がわずかに揺れる。

 入江の静けさの中で、その揺れは大きな“呼吸”のように聞こえた。

 

『……彼は……まだ海を愛してる……』

 

 近くのドククラゲが、か細く声を寄せてきた。

 アリウスの胸が締めつけられた。

 

「海を愛してるのに、迷ってる……?」

『……そう……海も……彼を嫌っていない……』

 

 そこまで聞いたところで、リラが小声で言った。

 

「あのさ、アリウス。僕ひとつ思ったんだけど」

「?」

「君って、結構……危なっかしいよね」

「え?」

「迷ってる人を見ると、手を伸ばしちゃうタイプでしょ。……サトシって子と同じ匂いがする」

 

 アリウスは苦笑した。

 

「そうかもしれない。でも俺は、助けたいと思う気持ちに嘘をつきたくないんだ」

 

 リラは肩をすくめる。

 

「……まぁ、そこが君の“強さ”なんだろうね。見てて心配になるけど」

 

 その時だった。

 入江の奥から、重い気配が押し寄せてきた。

 潮がわずかに逆流し、波のリズムが変わる。

 

「来るよ、リラ」

「……うん」

 

 アリウスの視線は、入江奥の岩場に向けられた。

 誰かの“気配”が確かに立っている。

 でもその存在は、怒りでも恐怖でもなかった。

 ただ――ひどく、さみしい。

 波が引き、岩の影が姿を見せた。

 そして、アリウスが求めていた男の足音がゆっくりと、その静かな入江に響きはじめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこからともなく湿った風が吹き抜ける。

 海そのものが息を潜めているような、重たい静けさだった。

 その静寂の中で、アリウスは足を止めた。

 

「……いる」

 

 リラも気づいたのか、小さくうなずくだけで声を出さない。

 岩場の向こうから、ゆっくりと姿が現れた。

 青いコート、荒れた海風にも揺らがない鋭い眼差し。

 アクア団――その元首領、アオギリだった。

 海だけを見つめた横顔には、かつての破壊の狂気はなかった。

 ただし、燃え尽きた炎の残り火のように、どこか痛ましい迷いが宿っていた。

 アオギリは二人に気づくと、首を傾げた。

 

「……子供か。何の用だ?」

 

 リラの視線がわずかに揺れる。

 アリウスはまっすぐ答えた。

 

「君に会いに来た。海が、君を呼んでいたから」

「海が呼んだ、だと?」

 

 アオギリの目が細くなる。

 アリウスは一歩、前へ。

 恐れでも敵意でもない、まっすぐな動きだった。

 

「この島にいる“気配”を、海のポケモンたちが教えてくれた。怒りはもうない。でも、迷っている……その声が聞こえた」

 

 アオギリの瞳が揺れた。

 ほんの一瞬、海風の色が変わったように感じた。

 

「……迷いだと?」

「君の理想は、海を愛した結果だった。やり方は間違っていた。でも、“根っこ”は本物だ」

 

 リラもその言葉に息を呑む。

 アリウスは続けた。

 

「海の仲間たちは、君のことを憎んでいなかった。彼らは……もう一度、君が真っ直ぐ立つことを望んでいる」

 

 アオギリはわずかに顔をそむける。

 

「私に……もう一度、何ができると言う?」

 

 その声は低く、荒れていた。

 しかし、どこか弱さを隠せていなかった。

 アリウスは迷わず言う。

 

「世界は“捕まえること”ばかりを求めてる。弱ったポケモンをボールに閉じ込めて、気持ちを知らないまま戦わせるのが当たり前だ」

 

 アオギリの表情が動く。

 リラも黙って耳を傾けていた。

 アリウスは続ける。

 

「でも、ポケモンにも意思がある。傷ついた時、閉じこもる場所としてボールを選ぶこともある。それを“利用する”ようになった世界が、どこか歪んでいるんだ」

 

 アオギリの拳がゆっくり握られる。

 潮風が重たく揺れた。

 

「……歪んでいる、か。お前さんも同じものを見たのか」

「海も森も空も、ポケモンの声は同じだったよ。“支配ではなく寄り添ってほしい”って」

 

 アオギリは目を閉じた。

 海の音だけが流れ続ける。

 やがて、彼は大きな息を吐き、長い間凝り固まっていた何かを手放すように肩を落とした。

 

「……なら、お前さんは、私に何を望む」

「君の力を貸してほしい。理想の形は違っても、“ポケモンを想う心”は同じだから」

「私が……お前さんに従うとでも?」

 

 アリウスは首を振った。

 

「違う。並んで歩いてほしい。支配するためじゃない。世界を正すために」

 

 アオギリの目が、大きく開かれる。

 驚き――ではなく、理解の光が宿っていた。

 沈黙。

 海の音がふたたびゆっくりと戻ってくる。

 最後にアオギリは、かすれた声で言った。

 

「……お前さんは、不思議なやつだな」

「よく言われるよ」

 

 アリウスが笑うと、リラもつられて笑った。

 アオギリはその二人を見て、静かに背中を向ける。

 

「少し……考えさせろ。私はまだ、世界に手を伸ばす資格があるのか分からん」

「いいよ。それで充分だ」

 

 アリウスの返事は、海風のように優しかった。

 アオギリは、海へ視線を戻した。

 その横顔からは、もう絶望の影は消えていた。

 リラがアリウスへ囁く。

 

「……君、本当にすごいよ。危なっかしいけど、すごい」

 

 アリウスは肩をすくめた。

 

「俺じゃないよ。海の声さ」

 

 海鳥の影が空に消えていき、孤島にふたたび静けさが戻った。

 そして――アオギリの心に、ほんの小さな灯がともったことをアリウスは確かに感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼らが砂浜へ戻る途中、アリウスがふと足を止めた。

 リラも同じく、空気の変化に気づく。

 ひんやりとした風。

 夕陽の色を奪うような、薄い影。

 

「……ゴーストの気配だね」

 

 リラの声は低かった。

 アリウスは目を細めた。

 

「おくりびやまの方向だ」

 

 リラは驚いたように眉を上げる。

 

「どうして分かるの?」

「さっきから……あの山の方から、呼ばれてる。怖がってる声じゃない。誰かを待ってる声だ」

 

 リラは息を呑んだ。 

 

「誰かって……」

「フヨウ、だろうな」

 

 アリウスは迷いなく言った。

 リラが問いかける。

 

「……君、どうしてフヨウの名前を知ってるの?」

 

 アリウスは海の向こうを見ながら答えた。

 

「おくりびやまのポケモンたちが呼んでたんだ。“フヨウ、また来た”って。

 姿は見たことない。でも……たぶん、あれは彼女のことだよ」

 

 リラはその名を聞いて、納得するように頷く。

 

「おくりびやまで育った子だよね。ゴーストタイプと心まで通じ合えるって聞いたことがある」

 

 アリウスは再び歩き出した。

 

「ポケモンの意思を聞ける人間を、世界がほっとくわけない。だからこそ……フヨウも、きっと何かに気づいてる」

 

 リラが横に並びながら問いかけた。

 

「何に?」

「世界の歪みだよ。捕まえることが当たり前になりすぎて、寄り添う気持ちが薄れていく――その“違和感”にな」

 

 海から吹く風の温度が、少し冷たくなる。

 おくりびやまは、ホウエンでも特に“死と記憶”の色が強い場所だ。

 その山のふもとで、フヨウがポケモンと何を感じているのか。

 アリウスには、遠くからでもぼんやり伝わってきていた。

 

「フヨウは……多分、寂しいんだと思う」

 

 アリウスは静かに言った。

 リラが言葉を失う。

 アリウスは続けた。

 

「みんな彼女の力だけを見て、遠巻きにしてる。でも、ゴーストたちは知ってるんだよ。彼女が本当は、誰よりも“寄り添う心”を持ってるって」

 

 夕陽が山の向こうへ沈んでいく。

 影が伸び、風が止まり、

 不思議と世界が“彼らをそこへ向かわせようとしている”ようだった。

 リラが小さく息を吸い込む。

 

「アオギリの次は……フヨウか。世界は、君に何を見せようとしてるんだろうね」

 

 アリウスは答えない。

 ただ一つだけ確かなのは――この先に出会う少女の心にもまた、“迷い”があるということだった。

 

 




 タグにはオリジナル展開とありますが、リラに問わず、納得のいくキャラを加入させていく予定です。
 今回の話でもアオギリが登場しましたが、アニメやゲームで登場した敵側のキャラは、個人的には敵なりの考えがあるから主人公側とぶつかるのだと思います。(中には世界征服を目的とした者もいますが、それはそれでそのキャラの個性があって面白い)
 なので、加入メンバーは公式設定の敵味方問わずにいきます。
 次回は金曜の夜投稿予定です。
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