ボール至上主義への反逆 ― 捕獲を拒んだ青年は、世界に新たな組織を築く   作:ハラカナ

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シンオウに分かれる灯

 アリウスの視界に、新しい風景が広がっていた。

 背に感じる空気が、濃く、重たい。少しだけ鉄の匂いも混じっている。

 ――ホウエンとは違う風だ。

 鳥ポケモンたちの背を降りた瞬間、その変化がはっきりと分かった。

 

「ありがとう。ここまで運んでくれたんだね」

 

 空へ向かってそう声を送ると、彼らは静かに羽ばたき、遠くへ消えていった。

 別れの声は聞こえない。ただ、確かに――“次も呼んで”という気配だけを残して。

 “移動”には慣れた。

 けれど、“誰かのために降り立つ”という覚悟は、旅を重ねても薄れなかった。

 シンオウ地方。

 その広さはカントーともホウエンとも違う。

 建物も人の気配も少なく、夜より深い静けさが大地に染みついている。

 そして――弱く、揺らぐ声が海の奥から響いていた。

 

『……さわがしい……まえとはちがう……』

『こわい……でも……おかしい……』

 

 シンオウの海ポケモンたちが、不規則な声を漏らす。

 アリウスは目を閉じ、耳を澄ませた。

 聞き慣れた“不安”とも違う。まるで――どこかを指し示しているような。

 

「アリウス、聞こえてるんだね?」

 

 隣に立つリラが、少しだけ息を吸い込んで言った。

 服の袖を握るその手には、緊張がじっとり染みついている。

 

「ああ。でも……ここだけじゃない。陸からも聞こえる。海と陸、両方から揺れがある」

「それって……」

 

 リラが言いかけたところで、重い足音が背後から近づいた。

 振り返ると、アオギリ、ウシオ、フヨウ、イズミの三人が立っていた。

 アオギリがタオルを首にかけながら言う。

 

「ここ……人の足音が少ねぇな。お前さん、シンオウのどの辺に降り立ったつもりだ?」

 

 アリウスは風の流れを一つ吸い込んで、答えた。

 

「わざと人が少ない場所を選んだよ。俺たち全員で降りたら……驚かせてしまう可能性があるから」

 

 アオギリが頷く。

 ウシオはきょろきょろと周りを見回していた。

 

「アニィ、なんつーか……この場所、空気重くねぇっすか?」

 

 イズミが代わりに答えた。

 

「感情の流れ……でしょうね。この土地には、波の跡とは違う、古い揺らぎが残っている感じがする」

 

 その言葉にアリウスは目を細めた。

 “古い揺らぎ”――まさにその通りだった。

 

『……ほそくこえが……きえていく……』

『……まえのこ……しってるひと……どこ……』

 

 ポケモンたちの声は、なぜか“最初”を求め続けている。

 そして、その揺れの方向は……一つだけ強く脈打っていた。

 ――もりのようかん。

 その名が頭をよぎった瞬間、フヨウが険しい顔をした。

 

「やっぱり……あそこ、呼んでるんだ。私にも少しだけ伝わってた。声は小さいんだけど……迷ってる感じがするの」

 

 リラが心配そうに言う。

 

「フヨウ……君が行くには危険かもしれない」

 

 ここでリラがふとアオギリたちを見回し、目を細めた。

 

「……それと、もう一つだけ。服装の問題があるね」

 

 アオギリ、ウシオ、イズミが同時に振り返る。

 リラは迷わず続けた。

 

「元アクア団だってことは、外見だけでバレる。その服装のままだと……“捕まえてくれ”って言ってるようなものだよ」

 

 アオギリの眉がわずかに動き、ウシオは首飾りを摘んだ。

 

「それとフヨウ。……君も少し寒そうだ」

 

 フヨウは瞬きしてから、自分の肩をさすった。

 リラが静かに言う。

 

「ここはホウエンじゃない。冷たい風がじわじわ体力を奪う。調査するなら、動ける服が必要だよ」

 

 フヨウの目が丸くなり、少しだけ笑った。

 

「そっか……じゃあ、服くらい何処かで買わないとね」

 

 リラの指摘は、叱責ではなかった。

 “これから動く仲間だからこそ、失いたくない”

 その意思が、言葉の奥に隠れていた。

 そして――その揺れの奥にあったものが、再びアリウスの胸を打った。

 もりのようかん。

 “呼んでいるもの”は、きっと一つだけじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風が一度だけ向きを変えた。

 それは“選別”を促すような、冷たい流れだった。

 その瞬間、アリウスの胸にも“確かな境界線”が浮かんだ。

 もりのようかんへ向かう“声”は強まっていた。

 けれど――同時に、別の気配も浮き上がっていた。

 それに気づいたようにアオギリが腕を組んで言った。

 

「アリウス。お前さんにはもう一つ、目的があるよな? たしか……バトルキャッスルの嬢さんを迎えに行くんだろう」

 

 アリウスは静かに頷いた。

 

「……カトレア。たしかに、会いに行くべきだと思ってる」

 

 その時、ウシオの声が割り込んできた。

 

「じゃあよ、分ければいいじゃねぇか。オレっちたちは、もりのようかんの方に行く。そっちの道はこっちが背負うっすよ」

 

 イズミも頷き、言う。

 

「アオギリ様が再び動き出せたのは、アリウス様のおかげです。それにこの土地の揺れを止めるためなら、私たちも動けます。……任せてください」

 

 そこでリラが前に出て、はっきりと言った。

 

「じゃあ整理しよう。もりのようかんへ行くのはアオギリ、フヨウ、ウシオ。……僕とアリウス、それにイズミはカトレアの方へ。少人数の方が動きやすいし、目立たないからね」

 

 ウシオは首飾りを直し、アオギリは腕を組んだまま静かに頷く。

 フヨウは山の気配を感じるように目を閉じる。

 ――言葉はなかった。

 それでも止まる気配は、どこにもなかった。

 広い大地に、細い風が吹き抜けていく。

 その風を受けながら、アリウスは一つ息を吐いた。

 ――これが、旅の重さかもしれない。

 目の前では、もう六人ではなかった。

 六人の“意思”が、形になろうとしていた。

 

「じゃあ……分かれよう。俺たちはカトレアを迎えに行く。そして――ここで別れた道が、また一つになるように」

 

 フヨウが微笑む。

 

「うん。収束するなら、私たちの選び方も間違ってないってことだよね?」

 

 リラは小さく頷いた。

 アオギリは背を向け、それでも言った。

 

「お前さん。間違えんなよ」

 

 アリウスの胸に、熱い火が灯る。

 その火を確かめるように――静かに答えた。

 

「俺たちは、もう止まらない。……止まらせない」

 

 風が変わる。

 街の影が見え始める。

 シンオウの大地に、静かな朝日が差し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アオギリ、フヨウ、ウシオの三人が森の気配へ向かって歩き出したあと――アリウスの視界に広がったのは、静けさだけが濃く残る大地だった。

 

『……わかれても……きえるな……』

『……まよったら……よびあえば……』

 

 海の奥からわずかに届いた声が、三人の背を押した。

 まるで、“分かれることを恐れるな”と告げられているように。

 アリウスはその声にわずかに頷き、前を向いた。

 今日は“別れの始まり”じゃない。

 “再び交わる道を選んだ瞬間”だ――そう思えた。

 横に立つリラが、深く息を吸い込んだ。

 

「……シンオウの空気って、本当に重たいね」

「それでも“切り裂ける道”はあるはずだよ」

 

 アリウスの声は穏やかだった。

 イズミはフードを直しながら歩き出す。

 以前より落ち着いた服装だが、彼女の目の奥は研ぎ澄まされていた。

 

「アリウス様。……私は、“判断したあなた”を見たいと思っています」

「見ていいさ。俺も、イズミの判断力に頼ることになるかもしれないからね」

 

 イズミはわずかに目を伏せた。

 それは、礼でも服従でもない。

 “互いを見定めながら歩く覚悟”の色だった。

 ファイトエリアの影が見え始めた。

 人の気配――ポケモンの気配――混ざり合う熱が、ゆっくりと近づいてくる。

 その瞬間――誰かの視線がこちらを射抜いた。

 ただの通行人ではない。

 訓練された“見張りの目”だった。

 リラが一歩前に出た。

 表情は変えず、静かに――けれど力強く名を名乗る。

 

「フロンティアブレーンのリラ。通行申請はこちらで済ませてあるはずだよ」

 

 男の眉が跳ねた。

 

「し、失礼しました……ただ、そこにいる――」

 

 視線がゆっくりアリウスへと向く。

 “あの名”だけで空気が変質する。

 それは――非難ではなく“警戒”。

 だが、その空気にあらがうように、リラが言った。

 

「私が責任を持ちます。この人の同行は正式なものです」

 

 “フロンティアブレーン”という肩書が、少しだけ道を開いた。

 だが――完全な信頼には至らない。

 受付の男は、わずかに声を低くした。

 

「……カトレア様にはすでに連絡しましたが、“その者とは会わない”との返答です」

 

 リラは微笑む。

 拒まれたことを、まるで予定通りのように。

 

「それで構わない。ただ――話だけはさせてほしい」

 

 男は迷ったが、最後に頷き、案内役を呼んだ。

 アリウスはそれを見て――胸の奥に、冷たい風を感じた。 

 

『……会えない……ということは――』

 

 “簡単に踏み込む資格はない”という声だ。

 そして、その言葉は正しかった。

 胸の奥で、アリウスは静かに思う。 

 

『この距離感が……いずれ“本当の接触”になればいい』

 

 案内役に導かれ、三人はバトルフロンティアの施設へ足を踏み入れる。

 受付、検査、同意書――

 リラとイズミは慣れた手付きでこなすが、アリウスには馴染みがない。

 それを横目にイズミは指先だけでボールペンを回しながら、静かな笑みを浮かべた。

 “潜り込む時は、堂々とね。これ、基本ですので”

 それはアオギリ以外には滅多に見せなかった、元幹部の顔だった。

 受付の係員は三人を警戒する様子はなく、淡々と書類を処理していく。

 それでも一歩ずつ進むごとに、旅とは違う種類の緊張感が確かに積み重なっていった。

 途中――リラがアリウスの足を止めた。

 

「ここから先は――本当に、私が話す。君は情を出しすぎない方がいい」

 

 その声は優しく、それでいて強かった。

 “守るための忠告”だった。

 アリウスはわずかに笑う。

 

「信用してる。……頼むよ、リラ」

 

 相談用の待合室。

 静けさの中、壁の向こうにはカトレアがいる。

 アリウスは目を閉じ、ひたすら耳を澄ませた。 

 

『……あたま……うるさい……』

『……しってるこえ……ちがう……』

『……なにか……へん……』

 

 声は聞こえる。けれど、輪郭は曖昧だった。

 それは、“名前を呼ぶ声”ではない。

 “遠くからの疑問”として――アリウスの胸に触れてきた。

 リラとカトレアの声が、扉の向こうで交差する。

 その会話は長くない。

 だが――空気の重さだけは、確かに変わっていった。

 足音が近づく。

 扉が、音もなく開いた。

 現れたのは、気品を纏いながらも――瞳に迷いを宿した少女。

 バトルキャッスルの経営者――カトレア。

 

「――噂は確かめるものだと思うの。だから、アタクシはアナタを見に来た。けれど――名前はまだ呼ばない」

 

 その言葉を聞いた瞬間――アリウスの胸に、“旅とは違う熱”が流れ込んできた。

 これは勧誘の始まりではない。

 評価の始まりだった。

 

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