凛と起つ〜祠を壊した少女と長髪無精ヒゲ退魔師オジさん〜 作:卯月幾哉
――何やってるんだろう、私。
ごろごろと折れて転がる丸太を跳び越えて走りながら、
彼女は今、岡部
譲悟に対して「逃げない」と言い放った凛だったが、客観的に見れば逃げる方が賢いだろう、とは思っていた。
また、円香は凛をいじめていた張本人だ。そんな相手をわざわざ助けに行くなんて、ばかげている。凛の中でそんな思いもないわけではなかった。
ただし、譲悟は凛たちを「
『――「こうありたい」と思える自分でいられるように、努力しなさい』
かつて亡き父に言われたその言葉が、凛の脳裏に
その言葉は今も変わらず、凛が行動を選ぶ際の指針となっていた。
――私はクラスメートを見捨ててでも、わずかな生の可能性にしがみつくようなクズになりたいのか? ――否。
――私は化け物に殺されかかったとき、ベソベソ泣きながら何もせずに膝を抱えて死にたいのか? ――断じて、否!
自問自答を繰り返し、少女の
「……――いた!」
木々の間にのっそりと動くブルドーザーのような赤黒い巨体を発見し、凛は思わず声を上げてしまった。
凛は慌てて口元を押さえ、化け物に聞き取られていなかったことに
それから凛が気配を殺して木々の
「――いやあああぁぁぁっっっっ!!」
クラスメート――
その間、凛が利き手を振りかぶって全力で投げた小石は、巨大蟹の頭部から突き出た右の目玉を直撃した。
こちらを振り返った化け物に対し、凛は木の棒を真っ直ぐに向け、気勢を上げる。
「――カニの化け物! 食べるなら私からにしなさい!」
†
一方、その頃。
凛を見送った譲悟は、気を取り直してスマートフォンで応援要請の連絡をしながら、今後の行動方針について思案していた。
(……動く必要はねぇな。怪異の妖気は見逃しようがないし、エサであるこいつらの元に帰って来るのはほぼ確実だ)
譲悟は改めてその結論を確認しながらも、何か引っ掛かるものを感じていた。
「……なぁ、おっちゃん」
「……」
ふと、譲悟の思考にノイズが混ざる。その元凶が眼下の名も知らぬ女子中学生であることは明らかだったが、譲悟は努めて彼女の存在を無視した。
譲悟は残り少なくなった煙草を
譲悟から見て――いや、誰の目から見ても――、彼女の行動は常軌を逸していた。
『クラスメートの様子を見てきます。今ごろ一人で怖い思いをしてるでしょうから』
そう言って、黒髪の小柄な少女は
(――覚悟ガンギマリじゃねぇか)
死地に向かうことは明らかだったろうに、少女の足取りには迷いも
譲悟のような
何か、特殊な過去を持っているのかもしれない。譲悟はそんな風に想像した。
「……おっちゃん。この泡、取ってくれん?」
「……」
(ブルブル震えて怯えるだけなら見捨てるつもりだったが……)
譲悟は凛から、出会ったときに
『ベソベソ泣きながら何もせず膝を抱えて死ぬか、生き
しかし、彼女は十分に覚悟を示してみせた、とも考えられた。
ここで、譲悟はある事実に思い至る。
(――そういえば、あのガキ、俺の足に普通についてきてたな)
息も絶え絶えな様子ではあったが、確かに凛は譲悟の走る後にぴたりとついて来ていた。
これは普通にできることではない。なぜなら、譲悟は
「……おっちゃん、聞いとる?」
「――ァチィッ!!」
「ひぃっ!」
赤泡に囚われた少女――
「……な、なんなん、急に? さっきからブツクサ言っとったと思ったら……」
「あ、あぁ。悪いな……」
譲悟の大声に驚いた瑠璃亜が戸惑いがちに文句を言うと、気もそぞろになっていた譲悟はつい悪びれた様子を見せた。
このとき、取り落とした煙草の火を見た譲悟の脳裏に、化け物の居場所へ向かう直前の凛の表情が
――少女の瞳は、まるで青い炎を宿しているかのようだった。
「…………ククッ……」
「おっちゃん、どしたん?」
急に肩を震わせて笑い出した譲悟を見て、瑠璃亜は
(――間違いねぇ。あのガキも
譲悟は煙草の火を踏み消し、再び左手で黒革のアタッシェケースを拾い上げる。
「ちょっ、どこ行くん?」
慌ててそう訊ねた瑠璃亜に対し、譲悟はおざなりな返事を返す。
「――気が変わった。俺もあいつらの様子を見てくる」
「え? じゃあ、あーしらは?」
瑠璃亜のその問いに対する答えはなかった。
譲悟は二人の少女をその場に残したまま、凛の走った後を追って全速力で駆け出した。