俺は『ラスボス系ヒロイン』になりたくない   作:匿名

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第一話

 

 

 学校からの帰り道。茜色に染まった住宅街を、俺――黒井蓮は一人寂しく、とぼとぼと歩いていた。一見すれば、今の俺は帰宅部でボッチ野郎と思われるかもしれない。

 だが、言い訳させてほしい。俺の交友関係は決して広くはないが、それでも友人は二人もいる。断じて、ボッチではない。

 

 

 誰に対してか分からない言い訳をしながら、「今日の夕飯は何かな?」と下らないことを考えていた。そんなことを考えていたせいか、足元のアスファルトに出現した魔法陣に気づかず、それを思いっ切り踏み込んでしまう。

 

 

 その瞬間、魔法陣が強く発光した。

 

 

「えっ!? 何だよ、これっ!?」

 

 

 この段階でようやく魔法陣の存在を認識した俺は、驚きの声を上げる。だが、状況は俺の混乱を他所に次に進んでいく。

 

 

 魔法陣の輝きがより一層強くなり、視界全体が真っ白になり、聴覚まで機能しなくなった。

 

 

 どのくらいの時間が経ったのか。意識が飛んでいたような気もする。だが、麻痺していた五感が徐々に機能を取り戻していく。

 最初は聴覚だった。多くの人間がざわめく声と気配がした。

 

 

(……あれ? おかしいな? さっきまで、俺が歩いていた場所って、周りに他の人間はいたっけ?)

 

 

 そんな疑問が脳裏を過ぎるが、冷や汗が頬や背中を伝う。気持ちが悪い。気分が悪い。

 見たくないと内心思いつつも、俺は瞼をゆっくりと開ける。

 明るさに慣れて、視界のピントが合う。だけど、俺が見た光景は現代日本でお目にかかれる類ではなかった。

 

 

(……は? どこだよ、ここは!?)

 

 

 周りの住宅街や足元のアスファルトは消え失せて、代わりに大理石のような床の上に立っていた。

 前方には巨大な玉座。高い天井。どのくらいの芸術的価値がつくのか分からないステンドグラス。周囲を取り囲む鎧姿の兵士達や、その後ろに控えている修道服を纏った集団に、貴族らしき人々。

 

 

(――は? 何だよ、こいつら? 仮装パーティーか、何かか?)

 

 

 現実離れした光景に、思考が追いつかず。ハロウィンにはまだ早いだろう。そんな現実逃避をしていた。

 

 

 安定していたはずの視界が、またぐらつき始める。やばい、吐き気までしてきた。

 

 

 そんな俺を無視して、推定仮装パーティーの参加者は値踏みするような、期待するような視線を向けてくる。ただの男子高校生に一体何を求めているんだ? こいつらは?

 

 

「……やった! 遂に召喚魔法に成功したぞ!」

「あれが、異世界の勇者か。……しかし、まだ子供ではないか? 見目は良いが、服装も些か――」

 

 

 集団の誰かが言った『召喚魔法』や『異世界』、『勇者』という単語。もしも俺の置かれている状況が大掛かりなドッキリや撮影などでもなければ、連想されるものは一つ。

 

 

 ――異世界召喚。何かを倒す為に、俺が勇者として。

 

 

 そう考えれば、あの魔法陣や奇妙な集団についても一応の説明がつく。

 

 

(……ははは、何だよ、それ。ラノベ読み過ぎで、変な夢でも見てるのか?)

 

 

 乾いた笑みが浮かびそうになるが、それを何とか堪える。確かに夢としか思えない状況だが、だからと言って常識外れの行動を取って、異世界の住人達(?)の機嫌は損ねるのは得策ではないだろう。

 自分達に害のあるものだと認識されたら、殺される恐れがある。これが本当にただの悪夢ならそれでも良いのだが、現実の可能性もある上に、夢だとしても「夢の中で死んだら、現実世界でも――」な線もある。

 慎重に動かないと。

 

 

 既にいっぱいいっぱいだが、正確な状況を把握する為に集団に向けて声をかける。いきなり話しかけただけで、殺される心配はないよな?

 

 

「あ、あの……ここは一体……!?」

 

 

 声帯を震わせた――のだが、自分の口から出た声に違和感を感じる。俺の声って、こんなに高かったけ? 女性のもののように聞こえるのは、気のせいだよな?

 

 

 もう異世界召喚という理不尽に巻き込まれいるかもしれないというのに、これ以上の厄介事は勘弁だぞ!?

 

 

 突然黙ってしまった俺のことを、どういう風に解釈したのか、玉座の方から一人の少女が立ち上がり、人の波をかき分けて、俺の方へとゆっくりと近づいてきた。

 

 

 少女が俺と二メートル程の距離までやって来た。少女の全体像を初めて、認識させられる。

 豊かな金髪を結い上げ、白と青のドレスを纏ったその姿は、まさに絵本に出てくるお姫様そのものだった。

 

 

「ようこそ、異世界の勇者様。私はこの国の王女、セリア=アルトリウス。今は亡き国王である父に代わり、この国を代表して貴方をこの世界にお招きした者です」

 

 

 少女――セリアの透き通るような声に対する感動や、「やっぱり異世界召喚かぁ……」と諦めの気持ちが到来する中。俺は今すぐにでも確認しなければならない質問をした。

 

 

「……なあ、今の俺って男に見えるか?」

 

 

 セリアは俺の質問の意図を理解できなかったのか、首を若干不思議そうに傾けながらも、こう答えた。

 

 

「……? 何を仰っているのですか。どこからどう見ても――貴女は女性にしか見えませんが」

 

 

 今の俺は少女にしか見えない。この国の王女を名乗るセリアに言われた衝撃発言に、頭がまたくらっとしそうになる。

 彼女の表情は、冗談を言っているようには見えない。覆しようのない現実なのだろう。

 

 

 確かに、先ほどから違和感はずっと感じていた。男よりも高く、澄んだ声。それに視点も、いつもより低い。元々の身長も決して高い方でもなかったが、それでも一六五センチはあった。性別の変化に伴い、背丈が縮んでしまった。

 

 

 そして、肉体の異変はこれだけに留まらない。指先に触れた自分の頬は――驚くほどに柔らかく、滑らかだった。男の、粗い感触の肌ではない。もちもち、ぷにぷにだ。

 心の不安が少しだけ和らぐ。だが、その事実が余計に性差を感じられて傷つく。そんな悪循環だ。

 

 

 やっぱり俺の性別は変わった。その現実を受け入れる他ないらしい。まあ異世界召喚されている時点で、常識に囚われるのはよそう。

 

 

 そう心の中で結論づけて、今度こそ元男子高校生でしかない俺が異世界召喚されたのかを把握する為に、セリアに再度質問をしようとした時。

 突き刺さる視線を感じた。召喚当初の値踏みするようなものから、少しだけ込められている色が変わった気がする。

 より粘っこくなったような――。

 

 

 彼らの視線をたどってみる。頭を下の方に向けてみると、その答えが分かった。混乱や吐き気のせいで周りを見る余裕がなかったが、ようやく自分の服装の異様さに気づいた。

 

 

 着ているのはいつもの学生服。だが――シャツはだぶだぶで肩が落ち、袖が手首を隠して余っている。ズボンは腰骨に合わず、ベルトがなければずり落ちてしまいそうだ。

 

 

 つまり、服だけが男のまま。体は明らかに小柄で華奢な女に変わっている。

 女の身体に、男物の制服。アンバランスさが際立っていて、余計に人目を引いていたのだ。

 

 

 恥ずかしさと恐怖が同時に胸を締めつけた。思わず、ぎゅっと目を閉じてしまう。その反応はまるで心も、体に引っ張られているかのようだった。

 

 

 そんな俺の様子に内心を察してくれたのか、セリアが慌てた風に大声で周りの人間に命令を飛ばした。

 

 

「――皆、視線を逸らしなさい! ……彼? 彼女は我が国をお救いなされる勇者様です。そのように品位を傷つける真似、許しません!」

 

 

 場の空気が一瞬で張り詰めて、ざわめきは収まり、見られる気配は格段に少なくなった。セリアは一歩、俺の前に進み出て、声を和らげる。

 

 

「……申し訳ありません、勇者様。数々のご無礼を。すぐに別室にて、侍女に相応しい衣を用意させますので。行きましょう」

「そ、それは有り難いけど、できれば詳しい説明を……!」

「失礼しました! ただいつまでも勇者様にそのような格好をさせる訳にはいきませんので、移動中に説明させて頂いても?」

「……ああ、ならそれで頼む」

 

 

 俺はセリアに腕を引かれながら、玉座の間っぽい場所から連れ出された。彼女の優しさが、心地良い温もりとなって伝わってきた。

 

 

 

 

 俺は移動中に、セリアから簡単にであるが話を聞き、少しは事情を把握することができた。

 

 

 ――北の大地に封印されているという魔王。しかし、その封印もここ数年で綻びが見え始め、そう遠くない未来に復活してしまう。

 来たるべき厄災に備えて、古からのしきたりに基づき異世界の勇者()を召喚。何れ蘇る魔王を討伐してもらい、その褒美として一国の姫との婚約が約束される――という話らしい。

 

 

 よくある話(テンプレ)だと思いつつも、話の流れ的にその姫ってもしかして――。

 

 

 そんな俺の疑問よりも先んじて、セリアは答える。

 

 

「――はい。勇者様が考えている通り、魔王討伐の暁には私との婚約が褒賞として与えられて、この国の王となる権利も得られるという話だったのですが……まさか勇者様が女性の方とは想定していませんでした。でも、大丈夫です。たとえ女性の方であっても、一生懸命尽くさせて頂きますので、どうか魔王を倒してもらえませんか?」

「え、まあ……婚約とかそういう問題は置いておくとして、魔王討伐は構わないぞ?」

「ありがとうございます! 勇者様!」

 

 

 俺の手を取り、満面の笑みを浮かべるセリア。肉体が少女になっていたとしても、元々は男子高校生。美少女からのお願いには弱いのだ。――それ以外にも、現状この異世界で信頼できそうなのは、セリアだけ。彼女に見捨てられたら、どうしたら良いのかさっぱりだ。だから、本当はやりたくない魔王討伐とやらも、「やる」と答えるしかない。

 それにあの広間にいた連中はぶしつけな視線の件もあり、生理的に受け付けない。 

 

 

「それにしても、そのお召し物もとってもお似合いですよ、勇者様!」

「……ああ、ありがとう」

 

 

 話題はふと切り替わり、侍女達によって着替えさせられた俺の衣装について。目の前の姿見には、元の俺とは似ても似つかない、淡いペールブルー色のワンピースドレス姿の黒髪の少女。少女()の顔に浮かぶ表情は、この世の全てに疲れきった社畜のよう。

 

 

 セリアや侍女達は手放しで褒めてくれるが、その度に自己が解離しそうになり、気が狂いそうだ。

 

 

 そして俺を余計に憂鬱な気分にしているのは、ほんの少し前から視界の端にちらつく『文字群』。しかも周りの反応的に、見えているのは俺だけらしい。

 

 

『【固有スキル】『ラスボス系ヒロイン』を取得しました。

 

 

『ラスボス系ヒロイン』:スキル詳細

・禁忌・暗黒魔法が使用可能になる。

 

 

デメリット

・性別の強制変更

 

・スキルを使用する度に、正気度の喪失

 

・スキル取得後から十年以内に、今いる世界を滅ぼさないと必ず死亡する』

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