きよらかな王子さま   作:西風 そら

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席替え

 

 

 

 

 嵐のような混乱の中、脳震盪を起こすかってくらい謝り倒して、リリィを回収した後どうやって校舎まで辿り着いたか、ルカはあまり覚えていない。

 ロッチも同じだったようで、とにかくリリィをFクラスの教室まで送り届けて自分たちは階段を登り、Aクラスのそれぞれの席に崩れるようにへたり込んだ所ぐらいからは、何となく覚えている。

 

『ローザリンド・エクター・サフィール・バッフェルベル王太子殿下であらせられる。諸君にはクラスメイトとしてより良い切磋琢磨を期待する』

 侍従の大仰な宣言の後しずしずと教室に入って来た王子さまは、しかしやはり入った途端、大惨事を引き起こした。

 何人かがルカと同じに、目が眩んで一瞬意識が飛んだようで、止まるだけならまだしも倒れそうになる者もいる。しばらくすれば治まるのだが、最初から平気な者もいる。

 

 あれ一体何なんだとロッチにぼやいたら、彼いわく、『清らかのカタマリだからそりゃ当てられるだろ』だって。

 素直にそう処理して終わらせるのが彼の図太くて素敵な所だが、王族を暑気当たりみたいに言うのは他所ではやめておこうな。

 

(公式行事に出せなかった訳だ……)

 

 ルカは、最後列窓際の席から教室を見渡す。

 中央後方の席には王子さま。

 昨日は、『王子さまなのに一番前じゃないの?』と思ったが、着席してみると分かる。

 王子さまの背後から後頭部をずっと眺めているなんて不敬も不敬、やれと言われたって神経がもたない。

 頭を垂れて俯かざるを得ない、黒板を見られない。

 なる程よく観察すれば、最初から決められていた席順は、親が偉い者ほど後ろだ。

 席決めした担任、胃が痛かったろうな。

 

 王太子が後ろから見ているってだけで、みんなピシッと背筋を伸ばしてダラけている子なんていない。

 良いことなのかな? 放課後ヘトヘトになっていそうだけれど。

 

 今度は横目で王子さまを見る。

 まさに白金、プラチナの中のプラチナブロンド。雪のような肌の目の下にだけ挿す桃色は、花のグラデーションのようだ。瞳はキラキラと水底に沈められた宝石。

 一度見始めたら目が吸い寄せられて離せない。

(まずい、まずい)

 ルカは頑張って前の黒板に向いた。

 

 

 一限目が終わった時、

 ルカはロッチの所へ行って、サロンに提出する報告書を作ろうと思った。

 ロッチの席は廊下側の最後列。そこだけは扉の近くだから、上流の者に好ましくない。

 彼が充てられたのは、不法侵入者に対する盾的役割だろうか。まぁロッチ強いもんな。

 ちなみに廊下には王太子専属の白服近衛が立っている。

 

 席を立つ前に、机に影が差した。

 ロッチ? 目を上げて

 椅子から尻がピョンと跳ねた。

(なんでっ? 何で居るの!?)

 

「あなた……えっと、名は?」

「ラ、ランスロット・ハサウェイでしゅ」

 ――噛んだっ

 

「そうか。わたしはローザリンド・エクター・サフィール・バッフェルベル」

 ――知ってましゅっ

(間近で見ると睫毛ながっ!)

 

「ハサウェイ卿、あなたにお願いがあるのだけれど」

 ――なななんですかっ!?

(王子さまのお願いなら何でも聞くべきだろうけれど、一存で決められない事もあるよ、例えばリリィを紹介してくれとかっ)

 

「席を交代して貰えないだろうか。嫌なら断ってくれても構わないが」

 ――・・・・・・

 

「わたしは、真ん中ではない方が好きなのだ……」

 

 王子さまは、皆がチラチラこちらを注目している教室を見た。皆は慌てて目を逸らす。

 

 ふと……、王子さまは、自分が他人に与えるこの超常現象みたいな影響を、気にしていらっしゃるんだろうな、と思った。

 だから入学式も、最小限の出席だけに留めたのかもしれない。

 

 

 ***

 

 

「それで席、替わっちゃったの?」

 ロッチは超小声で話す。

 

「だって、『駄目なら他をあたるから気にせずともよい』って、ロッチの方を見るんだよ。駄目だろ、王子さまが出入り口の横とかっ」

 

 二人は、逆光の窓辺で涼やかに外を眺める王子さまをチラと見た。

 

「余計に絵になって、破壊力が増しちまわないか?」

「ご本人が、端っこが落ち着くって仰るんだから」

 それで確かに前の方の生徒は、真後ろからの圧が軽減されて、心なしかホッとしている。

 

 真ん中は真ん中が好きな人間が座ればいいんだよと、ルカは視線だけで横を示した。

 かつての王子さま席には、サロンに呼ばれた時の真ん中男子が座っている。某侯爵家の三人兄弟の真ん中らしい。

 彼は、教室の最高位席にいきなり見下していた庶子が移って来たので、不機嫌に睨み付けて来た。

 『変わります?』と聞いたらあっさり交代してくれて、お陰でルカはロッチの隣になれた。報告書が捗って助かる。

 

 

 昼休み。

 書き上がった報告書を持って、ルカとロッチは中央棟へ駆けた。

 とっととサロンの用事を済ませて、中庭に行くのだ。

 だって今日のランチは……!

 

『ソフィーお婆様が、三人で召し上がれってお弁当を持たせてくれました。私もジェフに教えて貰ってちょっとだけ手伝いました』

 

 朝、教室の別れ際に、リリィが恥ずかしそうにバスケットを掲げた。

 

 女子とランチ!

 そんなイベント学園生活で発生すると思っていなかった二人は、俄然、報告書に力を入れた。

 完璧に仕上げて行って、サロンで時間を食わないようにしないと!

 

 

   ***

 

 

 「ふぅん、……よし」

 

 息急ききってノックしたサロン、しかして在室していたのはダミアン一人だった。

 彼は緊張する二人の前で、力作の報告書を一瞥し、あっさり及第点をくれた。

 

「あの、他のサロンの皆さんはいらっしゃらないのですか?」

 お説教が無いのは嬉しいのだが、ちょっと拍子抜け。

 

「サロンメンバーだって普通に学生だ。授業が終わるのも君たちと同じ時間。彼らが君たちみたいに昼の鐘と共に全力で走って来ると思うか?」

 

 あ、それはそう……

 

「ダミアン様はサボ……」

「空き時間だったのですかっ?」

 滑らせそうになるロッチの口をルカが押さえる。

 

「僕はある程度の自由が与えられている」

 ダミアンはムスっとしながら答えた。

「学園の普通科で習う事は、入学前に全て修了させている。学籍は二年生だが、今はこの階に研究室を貰い、隣の棟の高等学院の講義を受講しに行っている」

 

「ほへ……」

 高等学院は、貴族学園を卒業した後に、もっと勉強したい者が通う施設だ。

 審査は厳しいが学費は国から補助が出る。

 純粋な勉強ガチ勢だけの施設なので、社交だの交流だのシチ面倒くさい駆け引きだのは存在しない。

 人生のレールが敷かれている貴族嫡子には関わりのない場所だが、家柄や経済状況、兄弟格差のハンデにあえいでいる者にとっては、能力で挽回出来る有り難い場所なのだ。

 埋もれた才能を掬い上げたい専門機関にとっても有用で、卒業生の就職率は高い。

 

「報告書は確かに受け取ったから、メンバーに共有しておく。引き続き頑張るように……」

 ダミアンが終わらせようとしているのに、ルカが何故か目の前にズイと迫っていた。

「何か?」

 

「あ、あの……学園って、スキップで早く卒業出来る物なんですか!?」

「ルカ?」

 いきなり関係ない所に食い付く相棒に、戸惑うロッチ。

 

「誰でも簡単に出来るみたいに言わないで欲しい」

 

「すみません。簡単じゃないとは思います。でも、死ぬ気で頑張って勉強したら、四年かけなくても卒業資格が貰えるんですか?」

「…………」

「僕、急ぎたいんです」

 

「あ……」

 ロッチが横から聞いた。

「おふくろさんの為?」

 

「母親? ルカの母親か?」

 目を見張るダミアン。

 

「ルカのおふくろさんは入院していて、早く一人前になって会いに行きたい、って」

 

「そうなのか? ルカ」

「はい、ロッチの言う通りです。ハサウェイ侯爵と約束したんです。侯爵家としての振る舞いを身に付けて、学園で優秀な成績を取り続けたら、母さんを一流の病院に入れて入院費を出してくれる、卒業したら迎えに行ってもいいって」

「侯爵が……」

 

「僕、拉致されて侯爵家に連れて来られた時、滅茶苦茶抵抗したんだ。大暴れして自分も怪我してボロボロになって、それでも解放して貰えないからハンストして、何日か後に、侯爵がやっと約束してくれた。契約書も作って貰いました」

 

「へぇ、やるな、ルカ」

「本妻とボンボンたちは嫌がらせして来るけどね。あいつら図体だけでブヨブヨな癖に」

「でかい奴相手には、いかに先制して急所に一撃入れられるかだ」

「そうなの? 蹴って来たら?」

「軸足のスネを狙うんだよ」

 

 ルカとロッチが盛り上がっている横、ダミアンは片手で口を覆って、考え込んでいる。

 

「ダミアン様?」

「あ、ああ……今の話をしたのはロッチだけか? 他のクラスメイトは?」

「? ……ロッチと、あと、その場にリリィもいました?」

「二人だけ?」

「はい、言い広めるような事ではありませんので」

 

 ダミアンは何だか安堵したように肩を下ろした。

 

「では、その話はけして他ではしないように。リリシア嬢にも口止めを頼んでおいてくれ」

「は……い……?」

「特にサロンメンバーの前では絶対に言うな」

「えっ!?」

 

 ルカとロッチは目を見開いてダミアンを見た。

 

「イサドラ様にも、ですか?」

「ああ」

「理由……って、聞いてもいいですか?」

「君の不利になる」

「…………」

 

 常に能面か睨むかの二択だった人の表情に、何らかの感情が入り込んでいる。

 二人は素直に頷いた。

 

「それとさっきの、スキップ卒業の件だが」

「あ、はいっ」

「僕の家……ボワイエ伯爵家が、優秀な医師治療師を多く輩出しているから認められている、我が家の子弟限定の特別扱いだ。

 高等学院の医療研究所にも家門の者が大勢勤めているし。まぁいわゆる、家の力、だな」

 

 なんだあ……と、ルカよりがっかりするロッチ。

 ダミアンは静かにファイルを繰る。

 

「ルカ、君は入学前の事前判定で、学年三位だったね」

 

 マジ!? と、ルカから一歩引くロッチ。

 

「侯爵家に入って十か月で、貴族の子がたっぷり時間を掛けて培った物を追い抜いたのか」

「侯爵に本気を示したかったんです」

 

「では次の試験は学年トップだ」

「え? 僕がですか? いや前回だけでも精一杯で……」

「引き取られたばかりの庶子が首席を維持し続ければ、それだけで話題になる。スキップ卒業をさせるぐらい権力のある組織に目を付けて貰える可能性はある」

「可能性、ですか……」

「チャンスは貪欲に掴みに行くのだろう?」

「……はい」

「仕事もサボるなよ」

 

 

 ***

 

 

 サロンを出て、中央棟の階段を下るルカとロッチ。

 

「話を長引かせてごめん」

 

「いいよ、俺にも実になった話だし」

「ロッチもスキップ進級を狙うの?」

「俺の読み書き能力を知ってそれを言うのか? そんな大それた野望は抱かないよ。ただ、貴族って一口に言っても、身分の上にアグラかいてる奴ばっかりじゃないんだなって」

「そうだね……」

 

「リリィがお腹空かせてるぞ、早く行ってやらなくちゃ」

 

 二人は中央棟を飛び出して、待ち合わせ場所の中庭へ走った。

 昨日横切った時、偶然ベストな場所を見つけていたのだ。

 周囲を灌木で囲まれた、平らな芝生。

 昼休みは食堂のカフェテリアや、べンチテーブルのある噴水広場が人気で、椅子の無い中庭には人は来ない。

 でも僕らは芝生の地面で十分。

 

 繁みを入って行くと、灌木の向こうにリリィの藤色の三つ編みが見えた。

 

「リリィ……」

 

 駆け寄りかけて、二人はその形のまま固まった。

 芝生に広げられた敷布。

 何でそこに純白の王子さまがいるんだよおぉお!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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