きよらかな王子さま   作:西風 そら

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踊り場にて

 

 

 

「おめでとう、三人とも素晴らしい成績で、わたくしは誇らしさに胸がはちきれそうだわ。今日はお祝いよ、沢山食べて頂戴ね」

 

 ブルー男爵邸、日曜日の昼下がり。

 ソフィー前男爵夫人が開いてくれた『試験明けお疲れパーティー』で、ジェフさん渾身の料理が並ぶ。

「ありがとうございまっす! ソフィー夫人!」

 素直に満面の笑みのロッチ。入学前の事前判定の順位を五十も上げての二十五位。

「ルカ先生のお陰だよ――」

 

「ロッチの元々の能力だよ」

 一方のルカは、今一つ元気が無い。

 首席を取れなかった。

 二位だって凄いじゃんと周囲は言ってくれるけれど、駄目なんだ。

 首席と二位では印象が違う。

 

 その後会ったダミアンに、『首席なんか一問も間違えなきゃ簡単に取れるだろうがこの(たわ)け』と無茶を言われてしまった。

 いや無茶じゃない。首席の学生は、全科目満点だった。

 

 一点の滲みも無い、清廉純白のローザリンド王太子殿下。

 

 人混みの後ろから掲示板を一瞥し、サロンの人間に囲まれながらサッと居なくなってしまった。

(あの方がいる限り、これからずっと首席を阻止され続けるのか……?)

 

「ルカ、二位だって、三位の人には大差を付けて、十分目立っているわ」

 慰めるリリィはもっと元気が無い。

 彼女はなんと九位だった。事前判定のドン尻からだ。

 テキストを作ってくれたルカに応えようと、邸に帰ってから連日明け方まで、彼女なりに頑張ったのだ。

 大喜びしてもいい筈なのに……

 しかし、ケイトが十位だった。

 

 掲示板の前で女子二人固まって、お互い何の声も掛けられないでいた。

 基準ははっきりしないが、Bクラスに上がれるのは順位一桁を取った下位クラス生徒と言われている。

 誰のせいでもない。リリィはただ精一杯頑張っただけ。

 ――でもこんな事ってある!?

 

 

   ***

 

 

 週明け、試験結果のざわめきも落ち着いて、気持ち新たな週の始まり。

 

 早い時間に登校したリリィが、コソコソと教員棟への渡り廊下を歩く。

 

「おはよう、リリィ」

 

 知った高い声に、藤色の三つ編みがピョンと跳ねた。

 

「ルカ……」

 

「教員室に用?」

「はい……」

「採点の間違い箇所を申告しに?」

「その、間違っているのに加点されている部分があって……」

「本当に?」

 

 リリィの手には、折り畳まれた答案用紙。

 

「席順一桁なんて、必要な人が取ればいいじゃないですか。私は数番下がった所で何も変わらないもの」

「バレるよ」

「跡が残らないように上手く直したつもり」

「分かってないなぁ。リリィは注目されてるの。平民の、大して教育を受けていない筈の君が短期間でこんなに成績を上げたんだ。当然そのまま流さず、複数人数で時間を掛けて答案用紙をチェックしたに決まってるだろ」

「…………」

 

「バレて明るみに出たら、ケイト嬢がどれだけショックを受けると思っているんだ」

「ショック……」

「ああ、僕だったら……もしも殿下が僕に気遣って試験に手を抜かれたら、滅茶苦茶ショックだもん」

「そう……なの?」

「うん、情けなくて消えてしまいたくなる」

「そんなに?」

「そんなにだよ」

「…………」

 

「教室に戻ろ」

「うん……」

 

 

 ***

 

 

 リリィを教室に送って階段を上ると、踊り場にイサドラがいた。

 

「あら、ルカ、おはよう」

「何をやっているんですか、一年生の棟で」

「道に迷いましたの」

「しらじらしいです」

 

「放っておいてあげれば良かったのに」

「点数を減らす目的でも、不正は不正です」

「貴方、そんなに良い子ちゃんだったかしら?」

「他の奴なら放っておきますよ、リリィは駄目です」

「あらそう?」

「リリィには清らかでいて欲しいんでしょ!」

 

 ルカはイサドラに一礼して、階段を駆け上がろうとした。

 その手首を、イサドラがハッシと捕らえる。

 ――!?

 

 イサドラに触れられたのは初めてだ。

 そのまま引っ張られて、今まで近寄った事のない距離まで詰められた。

 甘い、水仙みたいな香り。

 

「せっかちね、サロンからの伝言を持って来てあげたのに」

「そ、そちらを先に言って下さいよ……」

 

 こんな階段の踊り場で、誰か通りかかったらどうするの……と思ったが、階段の上と下、会話が聞こえない位置に、学校警備員と違う、深い青色服の警備員がいる。イサドラ様専属っ?

 

「今日から、ローザリンド王太子殿下の行動が変わるわ」

 

「はい、どんな風にですか」

 

「貴方たちとランチを共にしたがると思う。応じて差し上げて欲しいの」

 

「えっ」

 それって今までと真逆じゃ……

 

「あと、貴方たちと一緒にブルー男爵邸に行きたがると思う。それも承知して、段取りをして差し上げて」

 

「男爵邸ですよ! 王族を迎えるノウハウなんかある訳ないじゃないですか。皆さん困りまくりますよ!」

 

「だから間に入って調整役をするのが侯爵家の貴方でしょう?」

「はい……(うへぇ)」

「心配しなくても、ブルー前男爵夫人は王妃殿下と懇意よ。まったく知らない相手にリリシアを預けたりはしないでしょう?」

「あ……(確かに)」

 

 それにしてもサロンは、王太子がリリィに近寄り過ぎるのを阻止したいんじゃなかったっけ?

 

「仕方がないのよ、約束してしまったのよね、王妃様が、殿下と」

「約束、ですか?」

「ずっと、リリシアや貴方たちと友達になりたいって訴えていらしたの。それをご両親やサロンは、『調査が済むまでお待ち下さい』って引き伸ばしていたのだけれど……」

 

 ああ見えて殿下はずっと、言い付けを守って良い子で我慢していたらしい。

 その様があまりにいじらしく、王妃様が折れてしまったと。

『試験で良い成績を取ったら、その子たちとランチをしてもいい』と。

 

「はあ……」

 王妃~~ その辺の母親みたいなムーヴはやめて下さい、王妃でしょ。

 

「そうしたら、『ブルーさんちに行って、貴方たちと同じに大きな犬と遊びたい』とも仰って。それはさすがに駄目だとサロンでお止めしたんだけれど、やっぱりあまりに訴えられるので……」

 とうとうアーサーが、『全科目満点を取るような快挙があれば』と、口走ってしまったという。

 

「…………」

「まさか本当に達成してしまうとは、誰も思わなかったのよ」

 

「約束の仕方が安易ですよ! 優秀な方なんでしょうに」

「そんな事ないわよ。確かに優秀ではいらっしゃるけれど、うっかりミスが多くて、入学時の学力はAクラスの真ん中ぐらいだったのよ。だから……」

 

 イサドラは肩をちょっと上げて、諦めのジェスチャーをした。

 

「よほど貴方たちの輪に入りたかったのでしょう……」

 

 

 校舎の外にざわめきがして、生徒が登校して来る時間になったようだ。

 この階段は二つある内の奥で、あまり使われないのだが、いつまでも塞いでいる訳に行かない。

 ルカは最後に肝心の事を訴えた。

 

「それでイサドラ様は僕だけに、『殿下が恋愛感情を育てぬよう阻止しろ』と言いに来たんですか。無理ですからね、初恋の相手なんでしょう? 人の恋心なんか僕にはどうにも出来ないです。能力的に無理がある事は引き受けられません」

 

 イサドラは少し目を見開いて、ルカをじっと見た。

 

「言うようになったじゃない」

「せ、責任の問題ですから」

「じゃあ、私は責任から離れて、貴方に打ち明けたい事があるんだけれど」

「うぇ?」

 

 イサドラにまた顔を近付けられて、ルカは心臓が喉元まで上がった。

 

「信じても信じなくてもいい事よ。……殿下が登校した最初の日、停車場であった事を覚えている?」

「は、はい、……リリィがダンスの真似事をして、よろめいて殿下にぶつかりました」

「貴方にはよろめいたように見えたの? ロッチも?」

「え?」

 

「私には違う風に見えた」

「!?」

 何だよそれ。まさかリリィが王子さまの気を引きたくてわざとやったとでも言うのか?

 それこそ恋愛脳の妄想じゃないの?

 

「恋愛脳とか思っているでしょ」

 ――ご明察

「サロンの他のメンバーにも聞いてみたわ。

 アーサーは『言われてみればそんな気もする』、

 マリサは『ステップと逆の方向へ身体が振れるから変だとは思った』、

 ダミアンは『イサドラ様の言う通りだ』、まぁあの子の証言は当てにならないわね。

 そしてジークは」

「……はい」

「私と一緒だったわ。『コンマ何秒か身体が浮いて、見えない力で殿下の方へ引っ張られた』……」

 

 ――・・!!・・

 

「これが今、サロンがリリシア・ブルーを軽視出来ていない理由よ」

「・・リリィは・・」

「彼女はきっと何も知らないんだと思う。彼女自身は、控え目できちんと弁えた女子生徒なんでしょう。

 でもね、余命幾ばくもない父親が、愛娘の先行きを慮って、自分の不思議の力を何も残して行かない筈がない…… 無責任にもこんなお伽噺を、私は思い浮かべてしまったの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




挿し絵:ぬりえⅠ

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