きよらかな王子さま   作:西風 そら

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お見舞い

 

 

 

「ロッチ」

 

 ずっと待ってた声がした。

 

 

 学園付属病院、夕暮れのベンチ。

 いい加減入院飽きたと駄々を捏ねると、夕方ちょっとの時間、院内公園の散歩を許して貰えた。

 本当は抜糸まで絶対安静なのにとか、何でそんなに元気なんだよ新薬の治験に協力してくれとか、知らないよ。こっちは早く退院して会いに行きたい奴がいるのっ。

 あいつが見舞いに来られないなんて、きっと俺よりよっぽど重症なんだ。早く早く治して、俺は平気だぜって言いに行ってやらなくちゃ。

 

 でも向こうから来てくれたっ!

 

 

「ぇえと、ラツェット卿? ロッチさま? 僕もう貴族じゃないみたいなので」

「そ……そ、そんなのどっちでもいいよ。ルカの好きな呼び方で……」 

「ごめ……」

 

「ルカ――――!!」

 

 走って行って飛び付くと、軽々と吹っ飛んだ。どっちが怪我人だ。

 

 

 

「ごめん、お見舞い来られなくて」

「そうだぞ、待ってたぞ、すっごい待ってたぞ。リリィもリンド殿下もサロンの人たちも来てくれたけど、ルカからしか得られない回復成分があるんだからなっ」

「ごめん……」

「まったく、ボワイエ先生が脅すから、俺、焦っちゃったじゃないか」

「ボワイエ先生……ダミアン様の家の?」

 

「んん、そういえばこの病院ボワイエ先生だらけだった。最初に俺を診てくれたのがダミアン様の叔父さんで、縫ってくれたのが親父さんとおじいちゃん、豪華三点セット。見る? ハムみたくなってるよ」

「……ロッチ……」

 

「脅して行ったのは叔母さんって人。黒髪をピシッとひっつめた綺麗系の。ルカの主治医だって言ってた」

「あ、うん……」

「『大人になるまでルカには会えない覚悟もしておいて』って。ビビったよ、大人って幾つからだよ、もう会えたよ、何だったんだよ、ああ――ホッとした」

「そんな事を言ったんだ……」

 

 一見これまで通りに見えるルカは、よく見ると頬がこけて目の下の隈が消えていない。ボワイエ家に身を寄せているというが、最初の数日は突然パニックを起こしたり、食事も摂れなかったらしい。

 

『母親が亡くなった記憶が飛んでしまった原因は、発見された直後に侯爵家に薬をかがされ拉致されて、悼む時間も与えられず貴族教育を優先させられたから。

 そして今度は母親が亡くなった事実を突き付けられてドン底な所に、休む間も無く友達が自分のせいで目の前で、次々血を流して命の危険に曝されて行ったのよ。

 本人は自覚がないかもしれないけれど、立派な心的外傷(PTSD)を患っているの。怪我と違ってはっきりとした治し方が無い病気。時間をかけて本人の中で薄れさせて行くしかないのよ』

 女医さんはこう言っていたけれど、会えたじゃん、向こうから会いに来てくれたじゃん。なあ、ルカ。

 

「今日、サロンへ行った。リハビリ兼ねて、書類仕事のお手伝い」

「おう、ご苦労さん」

「ダミアン様の補佐だから余計な口をきいちゃいけない決まりだったんだけど。その中でイサドラ様とマリサ様が、不自然な雑談を始めたの。たぶん僕に聞かせる為の」

「ふむ?」

「僕一人で考えても分かんないから、ロッチの意見を聞きたい」

 

 ロッチは、まじまじと隣に座るルカを見た。懐かしい、いつもの理知的な光に満ちた目のルカだ。

 

「よっしゃ任せとけ。話して」

 

 

 病院に来たついでに手の傷の消毒をして痛み止めを貰い、ダミアンが中庭に戻ると、夕陽に染まったベンチに座る二人を見た。こちらに気付かず夢中で会話をしている。

 ふっと、毎日見下ろしては甘やかな気持ちになっていた学園中庭を思い出した。

 

 

   ***

 

 

 自宅謹慎組に登校許可が下りた。

 

 橋の崩落事故は、『たまたま他所から来た六人の大人が橋の危険性を知らずに渡り』『巻き添えで落ちそうになった学生を友人たちが助けて怪我をした』だけだという事で収められた。

 個々の保護者には王妃直筆の書状が届いたが、子供たちは見せて貰えなかった。

 

「『殿下がかなり庇って下さったらしい』と、ジーク先輩が言っていた」

 

 一足先に登校を開始していたダミアンに、ルカは朝の馬車の中で告げられた。

 

 ルカは皆より数日遅れての登校で、ボワイエ家預かりから学校寮に戻る事になっている。主治医は難しい顔をしたが、定期的に診療に通う約束で許可を出してくれた。

 

「許可頂けてありがたかったです」

「そんなに僕と一緒の登下校が嫌なのか」

「そんなこと……いや、それもちょっとありますけれど」

「叩き出すぞ」

 

 おまけにルカは、事情聴取で学長室へ行った際、『奨学生』の申請を勝手に出してしまっていた。

 

「卒業したら返す奴だろ。そりゃ多少の補助は出るが、ここは学費が高いからキツイぞ。……そんなにボワイエは嫌か?」

 

「逆ですよ。ハサウェイ侯爵家にいた頃はどうでもよかったけれど、迷惑を掛けたくない家を保護者に据えたくないんです」

「……トラブルを起こすのが前提みたいだな?」

「僕、性格悪いんですよ」

 

 安全装置(母親)が無くなったらどう転ぶか、これからのこの子は想像が付かない……これは主治医の叔母も言っていた。

 ダミアンはぎゅっと腕組みをして唸る。

 

「頑固だと思っていたけれど本当に頑固だな」

「はい」

「僕は君に投資する価値があると思っているのだが」

「買い被りですよ。ああ、校門に入りましたね」

「いや、はっきり言おう。他の家に取り込まれない内に君を確保しておきたい。本家が嫌なら、寄り子でも書生でも……」

「だから僕は迷惑をかけるんですってば」

 

 馬車が止まって、ルカは鞄を抱えて先に飛び出した。

 ダミアンが後からゆっくり降りると、そこにはロッチ、リリィ、そして何とローザリンド殿下が立っていた(驚くべき事に侍従も近衛もクビにならずそのまんま)。

 ダミアンにも挨拶をするが、明らかにルカの出迎えだ。

 全員、目配せしながら不気味に口の端を上げている。

 

「おい? まさか早速何かやらかすつもりじゃないだろうな? よせ、とりあえず殿下を巻き込むな! ステイ! やめてくれ!」

 

 慌てるダミアンの前に、白い殿下が立って涼やかに言う。

「安心して欲しい、ボワイエ卿。わたしは今回は巻き込まれる立場に無い。何せ今回はわたしが主役なのだ」

「は……?」

 

 殿下が見やる方向にはソバカスのロッチがいて、いつもは喉やかな顔に、不敵な陰を落としている。

 

 

 

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