きよらかな王子さま   作:西風 そら

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中庭の小芝居・Ⅰ

 

 

 

 放課後午睡時、いつものサロン。

 初夏の風が心地よく開け放された窓から入って来る。

 久し振りに中庭にいつもの四人が見え、心穏やかになっているサロンメンバー。

 彼らは大人しく勉強会をしているように見える。

 

「相変わらず眩しいわね、あの子たちの空間」

「殿下じゃないけど、混じりたくなる気持ち、分かるぜ」

「僕らが混ざる訳に行かないけれどね」

 

 殿下警護の近衛Cは、サロン窓に陣取っているが、サロンメンバーが覗きに来た時は脇に引いて空けてくれる。仕える者の矜持で、彼らがどんな会話をしていても、表情も変えず置物に徹している。

 

 ダミアンは黙ってイサドラの淹れてくれたお茶を飲んでいる。

 

 朝、殿下には、『今回はわたしが主役なのだ』と嬉しそうに言われた。

 余計に駄目でしょうっ! とは面と向かっては言えず、別れ際にルカの肩を掴んで『分かってるな、頼むぞ、本当に頼む』と懇願するのみだった。

 

 何でこんなに気苦労を背負い込むようになってしまったんだろう? サロンで事務仕事さえこなしていればあとは悠々自適に研究に没頭出来る日々だった筈なのに。

『僕は迷惑をかけるんです』……ルカの声が頭に甦って来た。

 

 

「あれ、マリサは?」

「さっき、王太子の侍従が呼びに来て、下りて行ったけれど」

 

 ダミアンは顔を上げた。

 物凄く嫌な予感がする。

 

 

 ***

 

 

<よく来たな、マリサ・カンタベリィ嬢!>

 

 突然、開け放された窓から、王太子のよく通る声が聞こえて来た。

 ほんっとあの声は為政者向けだよな、と呟きつつ、ジークが窓から上半身を乗り出す。

 

<わたし、ローザリンド・エクター・サフィール・バッフェルベルの名において、あなたとの婚約破棄を宣言する!!>

 

 近衛Cですらその場で揺れた。

 

 気の毒なのはアーサーで、ちょうど紅茶を口に含んだ所だったので、ぶへっと盛大に吹き出して、綺麗にプレスが掛かった制服を台無しにしてしまった。

 

 イサドラとダミアンは慌てて窓辺に寄ってジークの後ろから覗く。

 中庭のいつもの場所で、マリサに対峙して距離を置き、スックと立つ王太子。その背後の左右にルカとロッチ。殿下の肘のはじっこに空気ぶら下がりをしているリリィ。

 

 ダミアンは弾かれたように部屋を飛び出して階段を駆け下りた。途中でジークに抜かれ、ハイヒールのイサドラにも追い抜かれた。悔しい。

 

 

「え……私、殿下の婚約者だったのですか?」

 

 アンバーの瞳をパチクリさせるマリサ。

 ……だよね。

 

<今更すがり付いても遅い! 私の心はもうあなたには無い!>

(殿下、ここ台本では『貴様』になってますよ)

(そんな非情な言葉は使えぬ。多少の変更は許せ)

 こそこそ話す声もマリサに丸聞こえ。

 

<最近の義姉さんはどうにかしている。昔、僕が引き取られた時に『今日から家族よ』と言ってくれた優しい義姉さんに戻って下さい!>

 

「ルカはいつ私の義弟になったの? そんな過去記憶に無いわ」

 

<キサマがブルー嬢にシットして教科書を破くなどのイヤがらせをしていたのはメイハクなのダ>

 

「教科書を破損したのなら庶務課に行けば新品と交換してくれるわ。あとあまりにも棒よ」

 

 

「ロッチは明らかなキャストミスね」

 呟きながらイサドラは、庭の片隅で青くなってガクガク震えている女生徒に、背後から話し掛けた。

 

「ひっ!?」

 赤毛のケイト・べぺーだ。

「わ、私、まさか王太子殿下が演じられるなんて知らずに脚本を……」

 

「貴女が書いたの? 確かにあの中にああいうセンスがある者はいなさそうだけれど」

 

「な、何かの余興にでも使うのかと。私、恋物語が好きで、劇や戯曲を沢山観ているからって、リリィに頼まれて……」

「どういうオーダーで?」

「ヒロインが……『可哀想なヒロインが追い詰められて、白馬の王子様が思わず助けに入りたくなるようなシチュエイション』を、って……」

「…………」

 

 イサドラに追い付いたダミアンも呆れ果て、後ろで一緒に溜め息を吐いた。

 ルカは『ヒロインに歪んだ愛を持つ猫被り義弟』で、ロッチは『正義感が暴走した単細胞な騎士団長子息』らしい。あとリリィは『王子さまを誘惑して舌を出す悪女』。

 

「ルカはともかくリリィにその役処は無理だろう」

「そうね、ルカはともかく他のキャストは無理があるわね」

「ルカはともかく騎士団長の息子は本物がここに居るだろうが。俺が交代に行ってやろうか?」

 

<あなたがブルー嬢に紅茶を浴びせ噴水に突き落とし階段で転ばせ馬車に細工した悪行は既に白日の元に曝されている。証人がいるのだ。貴族令嬢らしく潔く罪を認めたまえ>

 

「凄い、あんな長台詞を一度も噛まずに!」

「さすが王太子殿下は何事もそつなくこなされるわね」

「馬車に細工するのは洒落になんねぇぞ」

 

<これで大太子殿下に捨てられ貴族界から閉め出された義姉さんは、僕だけを頼るようになる、ククク>

(ルカ、そこ、心の声)

(あっ、そうか)

 

「義弟サイテーだな」

 

 ままごと感満載だが、王太子殿下が主催っぽいだけに、その場から動けず困惑するマリサ。

 そうこうする内に、衣服を整えたアーサーが下りて来た。

 

「今どうなっているの?」

「マリサ様が、マリサ様有責で婚約破棄されようとしている所です」

「そいつは大変だな。しかしマリサ相手に有責に持って行くのは難しいのではないか?」

「無いこと無いことデッチ上げてますから」

「あら、いよいよリリィの台詞みたいよ」

 

<ひ、ひどいですぅ、いぢ、いぢ、わる、やべで、あばばば>

 

「だめだこりゃ」

「見ていられないわ。べぺー嬢、ここの台詞はどういうの?」

「は、はい、<殿下のお心が私にあるからって酷いです。意地悪をやめて下さい>です」

「その台詞はブルー嬢にはハードルが高かろう」

「分かったわ」

 

 イサドラが凛と胸を張って、銀の髪をひと振りして歩き出した。

 

 ――え・・?

 

 

 

 

 

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