きよらかな王子さま   作:西風 そら

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中庭の小芝居・Ⅱ

 

 

 

 

<殿下のお心は既にブルー嬢にございますのよ。潔く身を引くべきですわ。低俗な意地悪などお見苦しくてよ>

 

「え?」

「え?」

「えええ?」

 

 ツカツカと歩いて来た銀髪麗しい令嬢に、舞台の一同は止まった。

 

「イサドラ?」

 マリサも、ぽかん。

 

<殿下のお心を繋ぎ止めておけなかった貴女の失態ですわ。いったい何年一緒にいらしたの?>

 

 全部アドリブなのに迫力満載。

「本物の悪役令嬢……」

 ケイト・べぺーが両手を胸で組んで、瞳をうるうるし始めた。

 なんか怖いので男性陣は距離を取る。

 

「何年一緒にいたって、相手が分からなくなる時はあるわ……」

 

 マリサ様が芝居に乗ってくれている?

 舞台側の四人も頑張って先を続けた。

 

<あなたは完璧過ぎて、側にいると息苦しいのだ。わたしにはこのブルー嬢のように心癒される存在が……あ、逃げないで>

「あばばば」

(リリィ、頑張って、次の流れ大事)

(殿下、サクサク行っちゃいましょう)

<うむ。マリサ・カンタベリィ嬢、その上にあなたはもう一つの罪を重ねているね>

<そ、そうよそうよ、私、聞いちゃったんばばばば>

<義姉さん、僕は知ってしまったんだ。貴女がクーデターを目論んでいる事を>

(あ――あ、ルカにフォローされちゃった)

 

「クーデター……」

 マリサが呆然と立ち尽くした。

 

 グダグダな展開からいきなりの物騒な核心に、呑気に見物していた男性陣も不意を突かれた。

「べぺー嬢?」

「し、知らない、私、こんな台詞書いてない……」

 怯えて真っ青な顔は、嘘は言っていない。

 

<現王太子に対抗して別な者を立てて推そうとする所業、クーデター以外の何物でもない。たとえ雑談の中だとしても捨て置く訳には行かぬ。これは反逆だ。何か反論はあるか>

 

「…………」

 マリサのグッと詰まる様子を、周囲の者は初めて見た。

 

 ダミアンは背筋を冷やした。

 そう、自分にとっては「またマリサが言ってる」程度だったが、王太子に言わせれば不快極まりない話じゃないか。

 アーサーに全くその気がない事を伝えるだけじゃ足りなかった、ルカにきっちり口止めしておかなければならなかったんだ。

 

 視界の端に銀が光って、舞台の隅にいたイサドラが中央へ進み出た。

 マリサを庇うように殿下と対峙し、深々と礼を取った。

<申し開きの機会を頂きとう存じます>

 

 マリサも慌ててスカートを広げて腰を落とした。

 

<聞こう。直ってよい>

 

 アドリブ対応に強い殿下。

 

<マリサはただ、パズルを組み直したかっただけなのでございます>

<パズルを>

<はい、どうしても想い人に届かぬパズル。

 仕方がありません。前王の姉が降嫁したカンタベリィ公爵家と、やはり王家の筋の想い人。血が近い上に双方優秀で家にとって重要な手駒であり、縁談からは真っ先に除外されるお互いだったのです。

 しかして唯一の例外を見付けてしまいました。どちらかがパズルの外へ……王位に付いた時にだけ、その法則は崩れるのだと。

 それを、想い人に、気付いて欲しかった、だけなのです>

 

 外野の男性陣は揺れた。

「え、ええ?」

「ちょ、まっ……嘘だろ、あのマリサが、それだけの為にあんな屁理屈を捏ねて、俺らを振り回していたのか?」

 

「芝居ですよね? これ、お芝居ですよね?」

 焦った声音を出しつつも、両手を頬に当てて何だか嬉しそうなケイト・べぺー。

 

 対して王太子側の役者たちは、動揺した素振りを見せず台詞を続ける。

 

<ははん、義姉さんは普段完璧なくせに、自分の事となるとてんで抜けているんだ>

<うん、自分の気持ちに素直になっとけばいいのに、『捻り過ぎて元分からん』になっているん……デスぞっ>

<それだけの為に、反逆罪とも取られかねない言動を重ねていたのか?>

 

「『それだけの為』……と、仰いますか……」

 静かに呟いて俯くマリサ。

 足元がパタリパタリと音を立て、丸い雫が靴を濡らす。

 

(ぇ)

(泣いた!)

(泣くの?)

(あわわわ)

(誰か何とかしてくれ)

(マリサって泣くんだ)

(泣くのは反則だろ……)

(尊い!)

 

 イサドラが大切な従姉妹の肩をそっと抱き締める。

<まったく、愛だの恋だのこの世から消えて無くなってしまえばいいのよ。そうすればマリサはこんなに苦しまなくて済むのに>

 

 

 

   ***

 

 

 

「べぺー嬢」

「は、はいっ」

 大公令息に名を呼ばれて、ケイトは跳ねた。

 

「僕の役処は何だ?」

 

 一瞬止まったケイトだが、すぐに察して慌てて答えた。

「昔、ヒロインに助けられた、竜族の頭領です」

「どういう設定の芝居なんだ」

「せめて隣国の王子だろ」

「巷で流行っているんですっ」

 

「台詞は?」

「上空から、<ふははは・・愚かな人の子らよ、我が最愛の(つがい)を迎えに来た>と」

「さっぱり分からん、本当に流行っているのか?」

「一部にだけじゃないのか?」

「もういい、アドリブで行く」

 

 アーサーが額を掌で押さえて首を振りながら、物凄く嫌そうに足を踏み出した。

 

 

<ローザリンド王太子殿下、神聖なる学園で、これは一体何の余興でございますかな>

 

(うわっ、腹黒令息モードで来たぁっ!)

 そちらは想定していなかったらしいルカとロッチは、物凄く慌てている。

 リリィは怯えて真っ白。うん、慣れていないとそうなるよね。

 

<見ての通りだ。一人の公爵令嬢の、恋の相談に乗っている>

(強引に持って行った!)

(頑張れ殿下!)

 

<ほほぉ・・>

 

<自分でも愚かと思える言動を繰り返し、意中の相手に気付いて欲しかったようだ>

<気付いていなかったとお思いか>

<気付いておられた?>

 

<薄くではありますが。しかし気付かない素振りをするのも貴族の嗜み。お互い稀有な家柄。生まれた時から国の、家の、領民よりの恩恵を受けて生かされております。彼の方の為の駒になるのは当然。幸せは定められた道の中で見つければよい>

 

 殿下の後ろのルカが、凄く嫌そうな顔をしている。

 侯爵家で突貫教育を受けた際、ムチと共に繰り返し刷り込まれた文言なのだろう。

 

「い、一ヶ所、抜けています」

 思いもよらない声はリリィの震える口から。

「『国』の前に、『神様』が入ります。みんなが平等に神様の恩恵を受けて幸せになっていいんです」

 

 アーサーは目を見開いてリリィに近寄った。

 

「父君の教えですか?」

「いえ、教会でよく言われる言葉です」

「ふむ」

 更に近寄って顔を覗き込む。

 ルカとロッチが慌てて両側に張り付いた。

 

「君は、(きよ)い」

 言ってアーサーはすぐに離れた。

<君『たち』のような者にはずっと清いままでいて欲しい。清らかな者は周囲を幸せにしてくれる。時には穢れた者も救われる。

 だから、世の中には『穢れ』を一手に引き受ける側が必要だ>

 そしてイサドラと抱き合っているマリサの肩に手を置いた。

<君はこちら側だ。僕らは同志。誇りを持って>

<はい……>

<マリサってば、こんな黒い魔王のどこがいいのよ>

「全部よ」

 

(これは太刀打ち出来ないだろう)

 ダミアンは役者陣を見渡した。

 殿下もロッチもリリィももう台詞は出て来ない。ルカも不満足な顔だが動けない。

 

 当たり前、この人を誰だと思っているんだ。

 普段人当たりが良くて頼もしいお兄さんポジションだけれど、あの曲者宰相と王弟に子供の頃から揉まれて、お腹真っ黒に育てられているんだぞ。一年生ヒヨコの画策になんか乗せられるか。文字通り役者が違う。

(ちょっと面白かったけど)

 

 その時、凄く分かりにくく、一年生たちが目配せし合ったのだが、他の者には気付けなかった。

 

 一年生たちは潔くマリサに謝り、マリサも「貴方たちの戯れに混ぜて貰えて少し嬉しかった」と寛大に許して解散となった。

 

 

 アーサーは、階段でマリサとイサドラに追い付いた。

 振り向いた二人は、『言い伏せられた敗者』の顔はしていない。

 マリサなんかさっき泣いたのが嘘のように、スンと澄ましている。

 

「君らの種蒔きか?」

「何の事かしら」

「ルカは、橋の崩落事件の直後は、死んだような目をしていた」

「そうね、頭を使えば気も紛れるだろうと、ダミアンが事務仕事に連れて来たりしていたんだけれど」

「事務仕事じゃ足りなかったみたい。あの子は、もっと夢中で画策出来る何かを欲しがっていたの」

「だから与えてあげただけ」

 

「はあ……まぁ、生き生きしていたよな。悪い事を企てさせるとあんなにも輝くとは。驚いた才能だよ、君の可愛い『義弟』」

「あんな『義弟』が家にいたら毎日が楽しいでしょうね」

「はは」

 

 イサドラがわざと歩を遅らせて、アーサーの肩越しに小さく囁く。

「マリサの気持ちは嘘じゃないわよ」

「…………」

「アーサー」

「……うん、分かってはいる……」

 

 

 

 それで終わりだと思ったら大間違いな事を、サロンメンバーは翌日に知る事となる。

 

 

 婚約破棄ごっこの舞台は木が生い茂って通路から見えない中庭の奥だった。ルカたちは一応、忍んで演じた体だ。

 

 中庭の角にケイト・ベペーを立たせていたのはルカたちだが、本人には何も告げていない。「よかったら見物していてね」程度だ。

 しかし彼女がいたら、サロンメンバーの誰かしらが事情を聞きに近寄る。

 サロンメンバーは目立つ。

 元々中庭付近は昼休みは人通りが少ないが、それでもまったく無い訳ではない。

 いつもは通りすぎるだけの通行人が、「何だろ?」と足を止める。

 そして殿下のよく通る声。

 他の声は途切れ途切れだが、何だか凄い単語は聞き取れる。

 

『あのマリサ・カンタベリィが、王太子殿下に糾弾されて婚約破棄されたらしいよ』

『婚約ってしてたっけ?』

『そこへ、あのアーサー・ストラスフォードが颯爽と現れて、マリサ嬢を庇ったんだって』

『王太子相手に全然退いていなかったって』

『何その胸熱展開』

『どなたか、もっと詳しく供給して下さる方はいらっしゃいませんの!?』

 

 

 最初から最後まできちんと見聞きしていれば、ただの戯れの寸劇だと分かる。だが途切れ途切れの不確かな情報は、不足分を勝手に補完されて、面白い部分だけが増幅される。

 

『禁断の三角関係の争いの末、アーサー・ストラスフォードが王太子殿下に決闘を挑んで、マリサ・カンタベリィを勝ち取った!』

 

 だいたいそんな所に収まった。

 

 

 

 

 

 

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