きよらかな王子さま   作:西風 そら

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ブルー家ティーサロン

 

 

 

 

「ね、お父さんの魔法の聖書、もう一回見せて」

「そんな大仰な物じゃないってば。おまじない、ただのおまじないみたいな物だってお父さんは言ってた」

「今は光ってない……あの時は上着を透かすほど光って見えたのに」

 

 日曜日のブルー男爵邸。

 

 トムが見事に花を咲かせた初夏の木漏れ日の庭で、ロッチ、リリィ、ルカの明るい声がさざめく。

 ソフィー夫人は応接室の窓辺で、戻って来たその風景を愛しげに眺めて、珍しい来客、総髪の老紳士に身体を向けた。

 

「お久し振りでございます、ボワイエ総帥様。この度はリリシアやあの子たちの治療、まことにありがとうございました」

「こちらこそ、ご無沙汰致しております。ソフィー・ブルー夫人。宮廷三美人と言われた時代と変わらずお美しい」

「何をおっしゃいますやら」

 

「あの、お祖父様、あの……」

 祖父の後ろに控えているダミアンは、窓から見える風景が気になって仕方がない。

 

「子供たちに混ざりたいのか。挨拶の時くらいは行儀よくしていなさい」

「でも、あの、聖書が、あの、」

 

 夫人はニコニコしてダミアンに向く。

 

「ご自身が怪我をしているのに、医師が駆け付けるまで皆の応急処置をし続けて下さったと聞きました。本当にありがとうねえ。貴方は素晴らしい少年だわ。きっと将来は自身を誇れる者に成りましょう。今から楽しみですわねぇ、ラミエル」

 

 馴れないベタ誉めと、いきなり祖父のファーストネームを呼ぶ夫人に、目を白黒させるダミアン。

 

「む、むむ、ダミアン、行ってよいぞ。患者が無茶をしないよう見張って来なさい」

 何だか焦る祖父。

 ダミアンは素直に礼をして、部屋を出た。

 

 祖父がリリィの傷の経過を見るついでにブルー邸まで出向くと聞いて、同行を申し出た。

 悪ガキ三人の拠点で、たまに殿下も訪れるというブルー邸を見てみたかったのもある。

 

(ボワイエ家の総帥が自ら診てくれるなんて、凄い贅沢なんだぞ。あいつら分かっているのかなぁ)

 

 執事に案内されて庭へ行くと、三人の悪ガキがキャラキャラとお喋りに夢中。もう椅子にすら座っていない。

 

「聖書を失くした途端、あんな真っ黒い人たちが寄って来るんだもん。怖かったぁ」

「あの子爵子女たち?」

「うん。ルカが拾った聖書を届けてくれたでしょ。本当に本当に嬉しかった。後光が射して見えたよ」

「はは、まさか」

「天使かと思った」

「お迎え来ちゃダメじゃん」

「あはは」

 

「黒いっ人て?」

 

 突然テーブルから声を掛けられて、芝生でゴロゴロしていた三人は跳ね上がった。

 

「ダ、ダミアン様、いつからそこに」

「お茶一杯飲む間ぐらいだが。気付かなかったのか」

「あのあの、ロッチがまだ傷がひきつって、寝転がった方が楽だって」

 リリィはさすが女子だけに、恥ずかしそうにスカートの裾を直した。

 

「頬の傷痕はどうだ」

「はい、糸を抜いて一週間ですけれど、もう痕が何処だか分からないくらい。ダミアン様のお祖父様に縫って貰えるなんて運が良いって助手の方々に言われました。魔法の手だって」

 

「魔法などと、大袈裟だな」

 

「そんな事ないよ。俺だって、自分で見るのも嫌なくらいボロボロだったのを、本当に綺麗に修復してくれたもん。土地柄ケガは見慣れてるけど、こんなにきっちり治ってる傷痕見た事ないよ。親父たちに魔法って言っても信じるんじゃないかな」

「…………」

 

「ダミアン様、新しいお茶を淹れます」

 ルカが立って、茶葉を入れ換えてブルー家オリジナルのハーブティーを淹れた。

 柑橘の香りが周囲に満ちる。

 

「それで、さっきの『黒い』って?」

 

「あ、はい」

 リリィはスカートの草をはたいて椅子に腰かけ、テーブルに聖書を開いた。

 ダミアンは覗き込むが、本当に、古い、印刷の悪い、平凡な聖書にしか見えない。

 ロッチは寝転んだまま、ルカはその横に胡座。犬たちも来て傍らに伏せる。

 

「この聖書を受け取る時に、お父さんに色々教わりました。この世には、光る物、光らない物、あと黒く影をまとう物の三種類があるけれど、光と影、両方見える人は少ない。

 光が見える人はそこそこいて、もしかしたら人類すべてがそうかもしれない。

 影が見える人はとても少ないから、リリィに見える事があっても黙っていなさい、って。だからダミアン様も内緒でお願いします」

 

「あ、ああ……」

 あまりにヒョイヒョイ話してくれるので、ダミアンは拍子抜けしていた。

 

「光については話してもいいのか?」

「光っていると聞いて暗い気持ちになる人はいませんでしょう? でも影は逆ですもの。

 お父さんに言われた時はピンと来なかったけれど、大きくなったら分かるようになりました。影なんか見えたって良い事なんか何もないです」

 リリィの口調が沈んで途切れた。

 

(どんな風に見えるの?)

 と聞いてみたかったけれど、ダミアンは呑み込んだ。

 誰がどの程度黒いかなんて、確かに聞きたくないし、見えても言いたくない。

 その代わり、

「僕は光が見えないんだけれど、どうしてだと思う?」

 と聞いてみた。

 

 リリィはちょっと考えてから、

「ただの光の加減だと思いますよ」

 と答えた。

「鏡だって水面だって、角度によって光って見えたり見えなかったりするじゃないですか。その程度の違いだと思います」

 

(僕が清らかでは無いからじゃないのか……?)

 

 ダミアンが黙った所でロッチが聞いた。

「影がある人って、皆が皆、怖い?」

 

 リリィはニッコリ微笑んで、開いていた聖書パタンと閉じた。

「光も聖書も私に優しいけれど、それに頼りきりではいけないと、最近思うようになりました。

 ローザリンド殿下を見ていると、光も影もお構いなしに、グングン突き進んで行かれるのだもの。私も見習わなくてはと思います。

 だから、

 私、ロッチが好きだよ」

 

「えっ」

 

「ルカも好き」

「う、うん」

「ダミアン様も好きです」

「どうも……」

 

 

 

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