きよらかな王子さま   作:西風 そら

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山んぼちゃ

 

 

 部屋でゆっくり夕食を取り、小沢で蛍が見られると聞いて、リリィとロッチは出掛けてしまった。

「元気だなぁ」

 まだ本調子ではないルカは、宿主に勧められ、ランタンを持って屋外の湯治場へ出た。

 岩を組んで整えられた半天然の湯溜まりが何ヵ所かあり、仕切り板に衣服を掛けて肩まで沈んでいると、身体中の疲れが溶けて行く。

 

(これはハマるかもしれない。万年肩凝りのダミアン様も連れて来てあげたいなぁ)

 

 なんて考えながら鼻まで沈んでいると、背後の岩の裏から流暢な王都言葉が聞こえて来た。

 

「何故我々があのような土木仕事をやらねばならぬ」

 

 あああ、折角の極楽湯なのに……

 

塹壕(ざんごう)堀りの訓練だと思えばよかろう」

 年長の騎士さんは寛容みたい。

 

「我々は誇り高きガヴェイン閣下の騎士である」

 若い騎士さん声大きいよ、押さえようよ。

 

「今の任務で仕えているのはあの子供たちだ。もっと言うと、ガヴェインの家紋の指輪を持つ、使者という名目のあの(すず)色の髪の子供がメインの主人だ」

「それだ。あの子供は何者なのだ? 聞けば取り潰されて消滅した家の子供で、何の肩書きも無いというではないか。要するに平民。平民だぞ、平民の子供を護衛。

 あぁ、それにしてもこんな片田舎で土民と共に石運びさせられたなど、父や兄たちに知られたくない、消えてしまいたい」

「分かった分かった」

 

 若い騎士さんの方、相当お酒入ってるみたい。身体によくないから早く上がった方がいいよ。

 

「そもそも、ガヴェインで長旅用の馬車を出すと言ったのに、何故断る? 意味が分からぬ」

「まぁ、それはあるな。自家用馬車なら道中規則正しく宿にも泊まれ、あの子供も体調を壊さずに済んだであろうに、何でわざわざ民間の夜行馬車に? とは思った」

 

 うわぁ、まだ続くのか。

 ルカの方がのぼせて来た。

 

(しようがない、静かに移動して湯煙に紛れて逃げよっと)

 

 湯の中でソロリと後ずさったが、背後で何かにぶつかった。あれ、こんなに狭かったっけ? 振り向くと、何となく誰かいる。

 ・・人の来る気配なんて、なかったと……思う……?

 湯煙が流れると、

 ランタンを逆光に黒く浮かび上がる、巨大な毛むくじゃら! 高い所に光る二つの目!

 

「くっ、くまっ?」

 

「熊だって!?」

 二人の騎士が岩の向こうで立ち上がった。

「あわわわ」

 ザッパンと盛大な水音。多分湯船の中でコケたんだろう。

「人がいるのか? 無事か? 返事をしろ!」

 年長騎士さんは片手でマントを半身に掛けながら、もう片手に抜き身の剣を握っている。

 早っ、さすが騎士。

 

「熊ではない、粗忽者めが。他の湯治客もいるのだ、静かにせんか」

 

 熊が喋った? ではなくて、ただの毛深いおじさんでした。すみません。

(でも大きい、そして胸筋凄い、腕も僕の胴くらいある。こんなほぼ熊みたいな人間、いるんだ)

 

 しっかり剣を持っていた方の騎士さん、ルカを迷惑そうな目で見た後、「失礼致しました」と熊おじさんに丁寧に謝った。

 若い方の騎士さんは湯船から這い上がりながら「人騒がせな」とぼやいている。

 ルカはおじさんに「ごめんなさい」と湯の中で頭を下げた。ぷくぷく。

 

 熊おじさんはよく見ると身体中にゴッツイ古傷が沢山あって、そして「お主らは騎士か」と迫力ある目で二人を睨んだ。

 

 湯船でコケた方は罰悪く返事が出来なくて、剣を構えられた方は少し誇らしげに「はい」と答えた。

 しかしおじさんに、「向いていない、今すぐ別の道を見つけた方がよい」と言われてしまった。

 

「なっ、なにゆえですかっ」

「漏れ聞こえた話によると、お主たちが護衛するのはこちらの錫色の髪の子供か」

「はい……」

「簡単に背後に着かせて貰った。わしが熊でも人さらいでも刺客でも、お主らの任務は終わりじゃの」

「…………」

「でも、今日はもう休みだって……」

 

 ギョロリとした目が睨んで、若い騎士さん黙らされる。

 おじさんの言い分は分かるんだけど、立派な大人が素っ裸でお説教されるの、こちらも居たたまれなくなるからやめて。

 

「子供、お主もだ」

「ひゃ?」

「騎士が赤の他人の前で恥をかくのは、主人であるお主の不手際である。何故しっかり管理しておらぬ。何じゃ、二人揃って休みを与えるとは。護衛という仕事を舐めておるのか」

 

 とばっちり酷い。

 でも確かにそうっちゃそうなのだ。

 彼らはルカに仕えてこんな田舎まで来て土木作業でヘトヘトになった挙げ句、見知らぬ他人に素っ裸で叱られている。

 

「あ、じゃあですね、取りあえず座りましょう」

 ルカは湯船の中で座り直して背筋を伸ばした。

「あなたはそっち、あなたはそこ」

 

「なにゆえですか……」

 声変わりしていない幼い声で言われ、年長騎士は憮然とした。

 

「だって落ち着かないですから、そんな裸で突っ立っていられると。でもそちらの若い方は湯船は駄目です。相当お酒入っていますよね、危ないです」

 

 騎士たちはいぶかしみながらも命令通りの場所に座った。年長騎士は腹までの湯船、若い騎士は足湯程度の場所で、熊おじさんを交えて車座の形になった。

 

「これから説明します」

「は?」

「路線馬車を使った理由です。知りたがっていたでしょう?」

「いや……」

「『報連相』が大事だってガヴェイン卿に叱られた事があります。確かに足りていませんでした」

 

 ガヴェインの名を出されて、拒絶出来なくなる二人。

 

「あ、おじさんは付き合う事ないですよ。年配の方の長湯は身体に毒です」

「心配無用じゃ。構わず始めよ」

 傷痕だらけの男性は口端を上げて、興味深気に生っ白い子供を見た。

 

「ガヴェイン家の申し出を断って、路線馬車を使ったのには、おおまかに三つの理由があります」

 言いながらルカは二人の騎士を見渡す。どうせ大した理由は無いんだろって顔だ。

 

「僕が貴族じゃないからです。そちらの方が三回も仰ったように平民です。今は保留になっているらしいけれど、多分これから平民になると思います。

 そんな僕が、貴族の旅の仕方を覚えても意味がありません。平民の旅の仕方、地理路線図や切符の買い方など、教えてくれる友人と旅が出来るこの機会に、しっかり経験学習しておかないと、この先友人の家へ訪ねて行きたくなった時、困るじゃないですか」

 

「…………」

 話の中くらいから、年長騎士の方が、ルカへ目を向け始めた。

 

「二つ目の理由。上位貴族の馬車で安全に旅出来るとなると……着いて来たがる方がいらっしゃるからです」

 二人の騎士は分かっていない風に首を傾げた。

 

「迷惑な友人なのか?」

 熊おじさんが口を挟んで来た。

 

「いえ、とても素晴らしい友人ですが、周囲が……ああ――、一番大変な思いをするのは、着いた先のお(いえ)だと思います」

「ほぉ? 子供の来客が一人増えるくらい、大した負担ではないと思うぞ?」

「えっとですね、護衛が増えます。二人なんて物ではなくて」

「む?」

「どのくらいになるんだろ? 学校やリリィんちには三人着いて来るけれど、こんな遠くまでの旅となると…… ねぇ、何人くらいになる物なんですか?」

 

 いきなりルカに振られて、年長騎士は目を丸くした。

「そう聞かれても……」

「白い服の騎士さんです」

「しろ……」

 白い服は特定の近衛しか着ていない。

 

「近衛の他に、小隊半分と言った所かの」

 熊おじさんの方が先に答えた。

 

「そう、その小隊半分と侍従と召し使いが数名付きます。先方にめっちゃ負担ですよね。僕ら、その友人が居た方が楽しいけれど、常に周囲の迷惑を考えなくちゃなりません」

 

「迷惑と言ってしまうか」

「別な言い方をしても一緒ですから」

「だが友人なのだな」

「僕の身分がどうなっても一生涯尊重していたいです」

「その友人の件に関しては、お主らが心を砕かずとも、周囲の大人やご父母が何とかされるのではないか?」

「それが、あっま甘なんですよ、あそこの親!」

 

 男性も目を丸くしたが、うっすらと察し始めていた年長騎士も目を剥いた。

 

「ありとあらゆる親バカ発動してますから。これは止めるだろって事、気が付いたら許してますから。叔父二人も頼りになるかと思っていたら曲者で、むしろ煽って来ますから。

 今回、路線馬車で計画を押し進めたのも、どちらかというとそちらの方々に対する予防線でした。

 実はご本人は、自らの影響を割と自覚していらっしゃるんです。一所懸命我慢していらっしゃる所に、行ける可能性を見せる方が残酷じゃないですか。

 最初から参加不可能な行程なら、笑って『行ってらっしゃい』と言って貰えるんです」

 

「ふむ、なる程な」

 熊おじさんが大きく頷いた。

「どうだ、納得したか」

 

 年長騎士は神妙に頷き、「して、三つ目は」と聞いて来た。

 

「行軍の訓練ですって」

「は……?」

「騎士の任務に、終日休みなしに監視や追跡をするケースがあるんですってね。夜行馬車で行くんなら見習いどもの訓練になるだろって、ジーク様が旅程を組んだんです。勝手ですよね、こっちだってちょっとは休みたかったのに」

 

 彼は目を見開いて、それから脱力して俯いた。

「それ……言ってくれれば良かったのに……」

 

「すみません。話してもいいのかどうか分からなかったので」

「は……」

「訓練だと分かって行軍するのと、知らないで同じ行軍するのと、どっちがジーク様の本意かなぁと考えて、話さない方を選んでしまいました。

 それに、僕の知っている騎士ってその白い服の近衛さんと、どこかの伯爵家の青い服の護衛さんだけなんですけれど、両方とも『話し掛けられても困る』オーラが凄いんですよ。なので基本、護衛騎士の方ってあんまり話し掛ける物ではないと思っていました」

「…………」

 

「ふむ、間違いではないが」

 熊おじさんが代わって応える。

「長い旅をするような時はある程度の意思の共有はしておいた方がよい」

 

「ご教示ありがとうございます」

 言ってルカは頭を下げた。ぷくぷく。

 

 プクプク ブクブク  プク ……

 

 ザパアッ

 すっかりのぼせて沈んでしまった子供を、男性が抱え上げた。

 

「あっ、私が」

「よい、お前はそちらの連れを運んでやれ」

 見ると困った相棒は、早い段階から岩にもたれ掛かってグウグウといびきをかいている。

「いやしかし」

 さっき主から目を離した失態を指摘された所……

 

「あれっ?」

 足音がして、向こうの小橋に、ロッチとリリィが現れた。緑の蛍を髪に付けた少年は、すっとんきょうな声を上げる。

 

「何でこんな所にいるの? 祖父(じい)ちゃん」

 

 

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