きよらかな王子さま   作:西風 そら

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図書室・Ⅰ

 

 

 

 ラツェット伯爵への正式な挨拶は、先に前伯爵に会ってワンクッションを挟んでいたお蔭で、滞りなく済ませる事が出来た。

 また『この貧弱な子供が使者だと?』的な問答を繰り返す覚悟をしていたルカだが、一族の頂点である翁が愛馬の前に乗せて登場させる事は、ガヴェインの指輪よりも効果があったようだ。

 

「いいな――、磨墨(するすみ)号で山を駆けて貰えるなんていいな――」

 とロッチにひたすら羨ましがられたが、身体中痛くてそれどころじゃない。

 

 

 挨拶の口上が終わると、次は個人的な事、ロッチの怪我について誠心誠意、詫びた。

 しかし、ロッチの父母と祖父、兄弟の他に、叔父叔母イトコハトコなどが覚えきれない程集まって、ロッチの服を剥いで縫い跡を見て「すっげえ――」と盛り上がるだけだった。っていうか、人数多っ!

 そしていつの間にか『素早いロープワーク』の講習になっている。切り替えが濁流のようで着いて行けない。

 

 男性はだいたいがロッチと同じ(とび)色の髪と瞳。女性はそれ以外の髪色も多いが、眉毛の形はみんな同じだ。

 

 気が付けばリリィが取り囲まれていた。

 

「綺麗な色の髪だな、藤色っていうの? やっぱ街の女の子は違うな」

「街のガッコ行ったらロッチみたいな奴でも君みたいな子と知り合える訳?」

「ロッチふざけんなよ、ちょっとこっち来い。一族の独身男子一同から話がある」

 

「ちょ、騎士さん、僕いいから、リリィ守ってあげて」

 屋敷に着いてから律儀にルカの後ろに着いていたミックとユーリに、収拾を頼む。が、

 

「ガヴェイン家の騎士殿、槍術は嗜まれるか? 一度手合わせを」

「うちの自慢の練兵場を是非見学して頂きたい」

「馬の鍛錬はどのようにされている? (とも)の張り具合が素晴らしいですな」

 こっちはおじさん連中に取り囲まれてしまった。

 護衛騎士の仕事は邸内では必要なしと家長が断じてくれたので、二人やっとゆっくり休めるみたい、良かったね、と思っていたら、何か訓練所へ引っ立てられて行った。お疲れ様……

 

 

 その後、やたらと広い食堂に案内され、全員揃って昼食を取った。来客があった時だけでなく、大テーブルでわいわいご飯を食べるのが通常みたいだ。

 石造りの武骨な屋敷は昔の砦をそのまま使っている名残だが、食堂はじめ一つ一つの部屋が大きいのは、親族一同集う機会が多いかららしい。

 

 ロッチは男ばかり六人兄弟の末っ子、上から二人は既婚者。イトコハトコには女の子もいるが、全員年上。

 ルカがボケッとしている隙に、いつの間にか女性ばかりの茶会の席に座らされ、山のようなパイが目の前に並べられていた。

 

「ひときれづつお味見して」

「はい?」

「誰の焼いたパイがお好みかしら」

「なぜ?」

「パイの味でお嫁さんを探していると聞いたわ」

「ガセですっ!」

 

 

 ***

 

 

「ガヴェイン侯爵家とは無縁なのにぃ、もうこの指輪外したいっ」

 リリィを真ん中にロッチと三人、やっと女性たちから解放されて廊下を歩くルカ。

 

「駄目駄目、滞在中は外さないようにってジーク様の言われてたろ。女の子連中だって、ただのレクリエーションだよ。みんな普段刺激が少ないから。ルカ可愛いし」

「可愛くないっ」

「ルカはモテると思っていたわ」

「モテてないっ、遊ばれてるだけっ」

「はいはい、着いたよ、ここが我が家の図書室」

 

 一階の長い廊下の突き当たり、少しの階段を上った中二階の場所に、ラツェットの図書室はあった。

 

 そう、この連休にロッチの故郷に行く計画を立てたのは、リリィがラツェット家の図書室を見たがったのが切っ掛けだった。

 元々シンプルなお子さま旅行だったのに、大袈裟になってしまったのは、ひとえに自分のせいだとルカは思う。何で自分の身辺はいつも厄介を呼び込んでこんなにややこしくなってしまうのだろう。

 

(今後は、ロッチはともかくリリィは絶対に巻き込まないようにしなくては。場合によっては距離を取る事も必要になるかもしれない。……寂しいけれど)

 

 そんな事を考えながら、ロッチが開けてくれた両開きの大扉を押して図書室へ入る。

 

「大きい……」

 

 ハサウェイ侯爵家にも図書室はあったが、比べ物にならない。下手したら学園図書館に準拠するかもしれない量の蔵書が、見上げるような本棚にびっしりと詰まっている。

 

「ごめんロッチ。脳筋な家って言ってたから、こんなに凄い図書室、予想していなかった」

「脳筋だから、『整理整頓して要らない物は廃棄』って出来なかったんじゃないかな。まぁ田舎で土地だけはあるし」

 事務方の者が持ち回りで管理をしていて、子供は鍵を貰わないと入れない規則になっているらしい。

 

「事務方の人っているんだ」

「兼業だよ。本業兵士の中で、やや読み書きの達者な人」

「専門じゃないの……?」

「うん。図書室自体使う人少ないし」

 

「ま……窓っ、窓開こう、風通してっ」

 

 ルカが大慌てで数ヵ所ある窓を開き、カビ臭い棚の間に何年かぶりに乾いた空気が流れた。

 開いた窓から、広い空と教会の鐘塔(しょうとう)が見える。年月を蓄えた窓枠に似合う景色だと思った。

 

 入り口に一番近い窓辺に丸いラグが敷かれ、低いイスと可愛い棚に子供向けの絵本がまとめられてある。どこかの代の他所から嫁いだ夫人が設えたのだろうか。棚はお父さんが作ったのかもしれない。

 

 絵本はほとんどが旧帝国の文字で書かれた物だった。

 

 

 ***

 

 

「リリィ、あったよ、耳の聞こえない仔馬の絵本」

「ありがとう」

 ロッチに手渡され、古い本を慎重に開くリリィ。

 

「読めるの?」

「帝国の文字、勉強して来たから、ちょっとだけ読める」

「凄いね」

 

 旧帝国語は、今はほとんど使われない。知識として学校で習うだけだ。

 帝国だった場所は今は共和国で、だいたいの土地が大陸共通言語になっている。ルカたちの王国の言葉は大陸共通言語をベースにしているので、昔と違って会話に困らない。

 

「多分このお話だわ。お父さんが話してくれた……毎晩楽しみだった、寝る前、お祈りしたあと」

 リリィは心一杯に目を閉じて、絵本を胸に抱いた。

 

「他の絵本も見ていい?」

「勿論。ルカも旧帝国語の授業取っていただろ。首席殿に読んで貰えばいい。おーい、ルカ」

 

「なにっ?」

 奥の書架から、口鼻を布で覆ったルカがホウキとハタキを持って顔を出した。

「僕、今、それどころじゃないからっ。ホコリは仕方がないとして、本にクモの巣張ってるのが許せないっ」

 

「ああ――・・ごめん」

「ロッチのせいじゃないけどねっ」

「私も手伝おうか? ルカ」

「とんでもない。リリィはやっと第一目的に辿り着けたんだから、僕の事は全っ然気にしないで本に集中してっ」

「は、はい……」

 

「どうぞ、これ発掘して来たよ」

 ルカが外装を拭きながらぶ厚い本を手渡す。

「帝国語から王国語に訳す辞書。差し当たって分からない単語はそれで調べながら読むといい」

「わ、ありがとう」

「帝国で出版された物だから、かなり違訳があるけどね。それはそれで面白いよ」

 

「そうなんだ? そんなに違う?」

 ロッチも興味深気に覗き込む。

 

「帝国の文化で書いてあるから、『神』→『裁定者』、『魔法』→『呪い』って感じで、僕らのニュアンスとちょっと違う」

「へえ~~」

 

「それよりロッチ、この後、灌漑(かんがい)の問い合わせで何通か手紙を書くんだけれど、ここの図書室の事を書いてもいい許可って、誰に取ればいいのかな? 伯爵様? 大伯爵様?」

「親父か祖父ちゃんのどちらかでいいと思うけど……何を書くの?」

 

「学園図書館の閉架室に8巻と10巻しか無いような帝国出版大陸史が全12巻揃ってたりするのっ!」

「ふ、ふぅん……」

 

 

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