きよらかな王子さま   作:西風 そら

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岩山・Ⅰ

 

 

 

 という訳で、ルカは今、ごろごろ瓦礫だらけの岩山を登っている。

 ――何が「という訳」だ??

 

「ルカ、ほら、見えて来たよ!」

 

 リリィ元気だな。元々力もスタミナもある方だもんな。

 

「ルカ、平気か? ちょっと休む?」

 

 気遣ってくれるロッチありがとう。

 でも

 

「きゃあ、水平線が端までくっきり見える」

「運が良いわね。ほらほら、あれが隣国の港」

「ダミアン様も来れば良かったのに」

 

 三人娘が平気の平座で跳び跳ねる横で一人だけヘコたれているなんて、カッコ悪いこと出来る訳ない。

 

「ルカって妙な所で意地張るよな」

 

 ロッチに手を引かれてヨレヨレの足で岩を登る。

 

 

『隣国を遠景に見られる場所がある』

 

 それを聞いてリリィが珍しく、「行きたい」と声に出した。彼女は普段あまり積極的に希望を言わない。よほど、自分のルーツかもしれない隣国を見てみたいのだろう。

 

 で、出立の前日に皆でその場所に登る事にしたのだ。メンバーはルカ、ロッチ、リリィに、従姉妹三人娘、それと護衛騎士のミックとユーリの八名。

 

 初日にルカが連れられた山より尾根伝いに少し登った場所だという。馬では途中迄しか行けず、最後の岩山登りは徒歩。

 少しって言ったのに、ぜんぜん少しじゃない。思いっきり登山じゃん。

 

 

「隣国との国境ってどの辺りですか?」

「あちらの山陵の尾根よ。所々に白い物見台が見えるでしょう? 治安が良くないので私たちは接近禁止なの。ロッチは行っているわよね」

「まぁね、でもルカやリリィは近付けたくないよ。こっちの山と違って人間に荒らされた跡が凄いから」

 

「治安ってどういう風に悪いの?」

 街の貧民区を知っているルカは、そちらを想像しながら聞いた。

 

「後ろから普通に首斬られて身ぐるみ剥がされる」

「ひ」

「大勢でいても、もっと大勢に囲まれたりな。あと、収穫期はこっちまで下りて来ようとするから、鳴子を張って、巡回を厳しくしなきゃならない」

 

 恐ろしい言葉に、リリィが青くなって胸を押さえている。

 

「わざわざ山を越えて犯罪をしに来るのは、違う国だから?」

 ルカの質問に、ロッチは眉をしかめて答えた。

「あいつらレベルじゃ関係ない。山一個越えたこっちが裕福だから狩り場にしてる、ってだけだよ」

 

 ルカは、井戸底の者が手の届くちょっと上の者を狙う下町を思い出した。狙うのはちょっと上の者で、井戸その物には目を向けない。

 だからいつまでたっても井戸の壁しか見えない。

 

「裕福なの? ラツェット領は、兵隊さんの他は畑をやっている農家さんばかりで、そんなに贅沢をしているようには見えないわ。山の向こうは土地が痩せているのかしら」

 

 まだ顔色の悪いリリィの質問には、ニーナたち三人娘が答えた。

 

「同じに川が流れる、似たような地形よ。海に直結している分、その気になれば発展も出来る土地」

「農業も産業も、それらを管理する政治の枠組みも、あちらの国は一回焼いて更地にしてしまったからね」

「当たり前に畑が実って収穫している風景が、裕福に見えるらしいの」

「そうなの……」

 

 いうて、革命が起こって帝国が、選挙で為政者を選ぶ共和国になってから、四分の三世紀が経つのだが。

 人って何も変えず去年と同じ事をしていたら、永遠にその年を繰り返すのかもしれない。

 

「大昔は……曾お祖母様の親くらいの世代は、交流もしていたのよ。ラツェット領は元々あちらの一部だったし、親戚もいたし。でもあまりに負担にしかならないから、一時期に完全に絶ってしまったんだって」

「痩せ地での麦の実らせ方が分からないなら聞けばいいのに、『ずるい』しか言わないんだって、あっちの人たち」

 

(おぉう、辛辣だな)

 でも仕方がない。交流のあった前世代のそういう言葉を聞いて育ち、今現在も父や男兄弟が日々危険な防衛を強いられている。

 僕らは平和な王国に住んでいるつもりだったけれど、ここの人たちにとってはそうじゃない。

 

 ルカは急に、自分の『使者』という立場を思い出した。帰ったらジーク様に、出来ればガヴェイン侯に、見聞きして来た事をしっかり伝えなくては、と思った。

 

「今、王国の偉い人たちは、共和国の事をどう思っているの?」

 ニーナが聞いて来た。

 

「仲が、悪くはないよな、ルカ?」

 

「うん。国同士の大きな取引はしていないけれど、祭事に招いたり招かれたり程度の交流を保っている」

 隣国なのに大きな貿易が無いのは、向こうの産業が弱々(よわよわ)過ぎて、でも帝国時代のプライドがそこここに残っていて、付き合い辛いせいらしい。

 

 ニーナには不満足な答えだったようで黙ってしまった。

 言ってロッチはまだ貴族学園の一年生。何が出来る立場でもない。

 今回、灌漑工事を招き、図書室の発掘でラツェット家の文化的価値を引き上げた『使者(ルカ)』を連れて来ただけで、大貢献だったのだ。

 

「ロッチ、まめに手紙出してるけど、王太子と友達になった事も書いてるよね?」

 と聞けば、『二輪馬車を一緒に制作してくれる友達がいて、もうめっちゃ面白い奴で~~』みたいな手紙は書いたけれど、そういえば王太子とは書いていないかも……だとか。うん。

 そりゃ、『何でも経験しておけ』程度の返事になるよな。まぁ、王太子殿下が模型製作が趣味のひきこもりとか、他所であんまり言わない方がいいし。

 

 しかして今後ラツェット領で『子弟を貴族学園にやる事』に興味が抱かれているらしい。

 

「教育って大事よね」

「文字が読めるだけで全然違うものね」

 ラツェット領では、読み書き計算も含める兵務訓練を、全領民に義務付けている。ラツェット翁が伯爵に就任したばかりの頃に取り決めたのだが、お陰で今写本のバイトで小遣い稼ぎが出来ると、ニーナたちは喜んでいる。

 

「女の子も兵務の訓練をやるの?」

「やったわよ、えい、やあ、とお! って。ジヨアナは薙刀を持たせたらその辺の男の子より強いわよ」

「うそよ、うそ、ダミアン様に言わないでね」

 

 まったくラツェット一族の女の子たちは元気だ。

 貴族学園でブロークンな方だったリリィが一番上品に見える。

 

「見て! 大きい船が入ってる」

「本当だわ、綺麗な帆ねぇ」

 

 女の子たちが港の見える山頂ではしゃいでいる後ろ。

 へこたれるルカは、横に立っているロッチにそっと言った。

 

「ラツェット大伯爵は凄いな」

「うん、祖父ちゃんは凄いんだ。何十年も先の事を見越して動いてる。ガッコ行く前はあんまり分かんなかったけど」

「ラツェット家こそ貴族中の貴族だ」

「そこまで言う?」

「本当にそう思うよ」

「じゃあ来いよ」

「…………」

 

「嘘だよ、ルカは何者でもない方がいい」

「ごめん」

「ジーク様や他の家の人たちがルカを誘いたがるの分かるよ。ぜったい意地やノリで誘ってるんじゃないよ、誘いたくなるんだよ」

 

「僕は……」

「平凡に穏やかに暮らして感謝祭に嫁さんとパイ食べて祝うんだろ?」

「うん」

 

 

 

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