きよらかな王子さま   作:西風 そら

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Fクラス・Ⅰ

 

 

 

 一年生専用の旧棟の玄関に、ルカとロッチは到着した。

 本日は新クラスのホームルームと設備案内のみだったので、昼前に生徒は捌けている。

 

 蔦の絡まる二階建て校舎は、一階がC~Fクラス、二階がA、Bクラス。

 二階はA、Bクラス以外の生徒は立ち入り不可で、机椅子のグレードからして差が付けられている。

 一クラスの人数はバラ付きがあって、十五~二十人、AB以外のクラス分けも忖度されている。家門レベルの動かせない派閥があるから当たり前、学校だって要らぬ衝突は作りたくない。

 そして平民などの『その他』は雑端に、裏玄関側のFクラスに放り込まれる。

 

「俺、自分はFかEクラスだと思っていたんだ。Aクラスに名前があって、何かの間違いじゃないかって焦ったもん」

「ほんと、ロッチは自己肯定感が低いな。間違いで王太子と同じクラスになれる訳ないだろ。二重三重に精査された結果だ。もっと自信持て」

「んん、そうだよな、ありがと、ルカ。寮に帰ったら家に手紙書こっと。親父びっくりするだろな」

「…………」

 

 喋っている間に、一階廊下を曲がって、一番奥のFクラスの手前まで来た。

 目当ての人物は探し物をしているというが、時間も経っているし、どうなんだろ……あれ? 二つある出入り口の前側の扉に、何か……

 

 

 ***

 

 

「それが身の程知らずだって言ってんだよ!!」

 

 突然の怒号に、少年二人はビクンと揺れた。

 教室の中からだ。

 

「あんたみたいなのがここに居る事自体間違ってんのよ」

「教室が臭くなるんだよ!」

 

 窓ガラス越しに、一人を取り囲む複数の背中が見える。

 ダン! と乱暴な音。

 身体の大きな男子学生が、机を土足で踏み付けて威嚇している。

 

 次の瞬間ロッチが教室に飛び込んだ。

 二歩で教室を横切って、三歩目で威嚇男に飛び掛かる。

 

(あ・・!)

 ルカは硬直していた自分に気付き、慌てて後に続いた。

(何をする? ロッチに加勢? 集団は男三人女二人、勝てるっちゃ勝てるけど……)

 下町育ちなので、その辺の貴族の子よりは喧嘩慣れしている。

(いや、乱闘は駄目だ。責任の所在が何処かへ行ってしまう。僕の役割は……)

 

 しかしルカが迷っている間に、ロッチが秒で一番大きな男子学生をうつ伏せにネジ倒し、残り二人の男子は向こう(ずね)に一発貰って悶えている。

 

(つっよ! ロッチつよっ!)

 

「きゃあああ!」

 女子学生二人が抱き合って、サイレンみたいな金切り声を上げた。

 いや、さっき他者を攻撃していた口で何その被害者ブリッ子。

 

「うるさいな、黙れよ」

 ロッチが、さっきまでの朴訥少年とは別人みたいな声を出す。赤みがかった(とび)色の瞳が獣みたいに光り、一緒に来たルカですら背筋が震えた。

 

 女子二人はヒィっと叫んで逃げようとするが、教室の前扉が開かない。

「何でよっ」

 

「そっちは外につっかえ棒をしてあったよ。自分たちでやったんじゃないの?」

 後扉の前に立って唯一の出口を塞ぎながら、ルカが言った。

「集団恐喝および暴行現場を目撃したので、現場保持しま――す。取り敢えず全員、クラスと名前を言って」

 

「お前何様だ、退けよ、ぶっ殺すぞ!」

 脛を押さえて涙目ながらも威嚇する男子。

 

「ハサウェイ侯爵家の者をぶっ殺して後がどうなるか分かっているのなら、どうぞ」

 小さい身体をそびやかせるルカに、学生たちは怯む。

 

「うわっ、貴族っぽい!」

 ロッチが、大柄な生徒に馬乗りなまま振り向いた。

「そんな台詞本当に言うんだ。ねぇ、俺も暴力をふるった側?」

 

「一応ね。でも僕が『目撃者』として君の正当性を証言する」

「分かった、オッケー、任せる」

 

(多分僕の役割はこっち。その為に、階級アドバンテージのある僕を、ロッチと組ませたんだ)

 ルカは頑張って、侯爵家に来てから鞭で叩かれながら修得させられた貴族のポーカーフェイスを保った。呪っていた権力だけれど、利用出来る物は利用する。

 

 恐喝をしていた五人は、渋々と名前を述べた。子爵家と男爵家、あと豪商の息子が一人。

 ふざけていただけなんて言い訳しているけれど、その判断はルカのする所ではない。

 

「おい、あんた、大丈夫か?」

 

 ロッチが馬乗りから退いたので、ルカからも、教室の隅の暗がりにうずくまる被害者が見えた。

(・・!!)

 真っ白なのはチョークの粉か? 花瓶が転がって切り花が散らばり、髪から滴が垂れている。

 本当におふざけなんてレベルじゃないだろ。

 でもこの子の風体も酷い。

 色味の薄い制服は見るからにブカブカで、それが余計にボロ雑巾感をかもしている。

 そのボロ雑巾が、粉かぶりの髪の下の目を上げて輝かせた。

 

「お父さんの聖書!!」

 

 絞るように求める声。

 ルカは自分の持っていた聖書を思い出して掲げた。

 

「君の落とし物?」

「はい」

 

 ロッチが驚愕の顔になっているが、ルカだってそうだ。

 え、治療師殿の遺児って女の子? 

 友達にならなきゃならないのって、女子かよ、聞いてないよ!

 確かにサロンの人たちは男子とは言わなかったけれど、でも最初に呼ばれた七人の中に女子生徒も居ただろ? 

 

 ロッチが立って、扉を守るルカの所まで来て聖書を受け取った。

 見合わせた顔は口をへの字に曲げて情けなさそう。

 そうだよな、いきなり見ず知らずの女子と友達になれって……

 

「あ、あ、ありがとう」

 古ぼけた小さな聖書を抱き締めて、ボロ雑巾女子はうずくまったまま震えている。

 亡き父の形見。探したんだろうな、放課後残ってあちこち這い回って。

 そして、生徒の捌けた頃合いを見計らって現れた恐喝集団に絡まれた……と。

 

「貴族の持ち物じゃなさそうだったからこっちの教室に来てみたけれど、正解だったね」

 適当を言うルカに、ロッチも肩を竦めながら頷いた。

 

「ふん、何であんたがそれを持っているのよ、盗んだんじゃない? さすが汚らわしい庶子ね!」

 子爵家女子の突然の言葉に、一同揺れた。

「思い出したわ、お母様が言っていらした。ハサウェイ侯爵家に引き取られたのは下賤な場所で育った汚らわしい庶子だって。今年の学園は男爵家を名乗った孤児院育ちもいるし、持ち物に気を付けなさいって」

 

 ロッチは困ったように目を泳がせるが、当のルカは表情を変えずビクともしていない。

 

「だから?」

 そういうのは聞き飽きた。

 引き取られたのはもう十一か月も前だから、耳敏い婦人連中の間にはとっくに噂が回っているんだろう。それくらい承知だ、知ってる。

 

「僕の出自がどうであろうと、今現在侯爵家に連なる者である事実は揺るがない。公正な裁きの場でもそんなゴシップを捲し立てて申し開きをするつもりか? 君の両親が恥をかくぞ」

 

「うぐ……」

 子爵家女子と、尻馬に乗ろうとしていたその他の者も黙った。

 

「この聖書はただの拾得物。拾ったの。えっと……どこに落ちていたんだっけか、ロッチ」

「へっ?」

 急に振られて慌てるロッチ。

「え――と、中央棟……じゃなくて、この校舎の……玄関ロビーの……」

「ベンチの下」

「へ、あ、そ、そうかな、うん、そうだそうだ」

 

「ほら嘘つき。そんな所にある訳ないわ。窓から外庭の茂みに向かって投げたんだか……」

 子爵家女子はあっと口を閉じたが遅かった。

 

「はい、窃盗も追加――」

「うわあ、こんなお馬鹿もいるんじゃ本当、今年の学園は気を付けなきゃだなっ」

 

「私、言ってない、何も言ってないわ。あんたたちも聞いていないって証言しなさいよっ」

 子爵家女子に命令されて、他の四人は慌てて頷く。

「ほらこれで多数決よ。庶子に暴力現行犯二人の証言と、どっちが信用されるかしら」

 

「わ、私も証言します」

 掠れているけれど勇気を振り絞った声が、ボロ雑巾から聞こえた。

 

「てめえ、誰が喋っていいって……」

 豪商男子が言い掛けた所で、つっかえ棒の掛かっていた筈の前扉がガラッと開いた。

 ルカとロッチは思わず身構えて、そして口をポカンと開いた。

 

「私も証言者になれますね。朝の鷄のようなけたたましいお声が、廊下一杯に響いておりましたもの」

 逆光に凛と立つ、輝く銀髪のイサドラ。

 

 

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