きよらかな王子さま   作:西風 そら

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岩山・Ⅱ

 

 

 

 山脈がぐるりと囲む天然の砦の地、ラツェット領。

 それを見渡せる山の頂に立つ。

 

 今居るのは自国に近い方の頂で、隣国を一目見たいというリリィの希望で、従姉妹や騎士たち八人で登って来た。

 他にもっとよく見える場所もあるが、国境に近すぎると危険なので、女の子たちを連れて来られるギリギリの場所だ。

 

「リリィ、何してるの?」

 

 エイミの声に見上げると、岩山の一番高い場所に立ったリリィが、指を胸で組んで、隣国の方を向いて祈りを捧げている。

 空を背景に、風になびく三つ編みの輪郭が逆光に光って、ルカは一瞬、絵のようだと思ってしまった。

 

「……何を祈っているのよ」

「神様のご加護がありますようにと」

「よしてよあんな連中に」

 

「あちらの人たちが幸せになってくれたら、ロッチが危ない目に遭わないで済むのになぁ、って思ったら、つい」

 

「…………」

 ルカの隣で相棒がこれ以上ない程に目を見開いた。

 ガヴェイン家の二人の騎士も、何だか呆然と彼女を見上げている。

 

 女の子たちの方がストレートだった。

 

「なるほど、それはそうね」

「じゃあ私もお祈りしましょう」

「私も」

「どうかその地で幸せになって、もうこちらへ来ないで下さい」

「とっとと自分たちで幸せになって、うちの父様や兄様たちを危ない目に遭わせるのをやめて頂戴。何かある度に、待っている方も気が狂いそうになるのよ」

「私たちの子や子孫を危ない事から無縁にさせて」

 

 祈りの内容はそれぞれだが、女の子四人が岩山に立って一心に祈りを捧げるシルエットは、とても敬虔に見えた。

 

「リリィは優しいなぁ」

 ロッチがポツンと言った。

「そうだね」

 ルカは、普段からリリィはとても賢い娘だと思っていた。

 でもその賢さは、勉強が出来るとか頭の回転が早いとか、そういうのとは全く違う種類の賢さではないか、と思った。

 

 

 ***

 

 

 ――パキ

 

 枝を踏む微かな音。

 ルカにも聞こえたけれど

 多分音がする前にもう、ロッチは隣から消えていた。

 

 ガザ! ザザザザザ

 バキバキバキドスン!

 

「イタイ、イタイ!」

 

「ラツェット領の者なら班と名を言え!」

 

 ガキッ、ドザザ!

 

「ロッチ様、こちら二名捕らえました」

 年長の方のユーリの声。

「こっち一名」

 ミックの声。

「お前ら何名だ、言え!」

 

 ルカは胸に早鐘を打ちながら、一足飛びにリリィの横へ駆け付けた。

 三人娘は杖にしていた木の棒を綺麗な型で構えて腰を落とし、リリィを囲ってくれている。

 凄い、兵務訓練って、付け焼き刃じゃないんだ。

 

「ロッチ、目視では人影なし」

「ラツェット領民ではないの?」

 

「うん――違うみたい」

 

「何でこんな所にいるのよ」

 

 ロッチは背の低い真柏(シンパク)の茂みの中で、ルカからは頭しか見えない。多分足元に何人か踏み付けて拘束している。

 

「ルカ――」

「ここにいるよ」

「リリィの目と耳、塞いどいて――」

 ・・!!

 

 ルカは背筋がゾッとした。

 ロッチは、こんな時ためらったら終わりの世界で生きて来たんだ。

 

「分かった――」

 素直に言って頭を抱えに来るルカに、リリィは首を横に振って抵抗した。「ロッ・・」と声を出し掛けるのを押さえて、「脅してるだけだよ」と、耳元で囁いた。

 そう、やる必要のある相手なら初手でやってる。ロッチはいつも素早く判断して、皆を守る為に動く。

 王都育ちのぬるい善意で、ラツェットの人たちがやって来た事を否定してはいけない。

 

 年下騎士のミックの方がビビって(人間を相手にした経験が無いのかもしれない)拘束していた一人を緩めてしまった。

 

「ああ――いやじゃ、いやじゃ、助けて!」

 逃げた男が、なんと女の子たちの方へ駆け登って来た。

 何で? 下へ逃げればいいのに?

 

 ジヨアナが一歩踏み出して、綺麗な打突を繰り出した。

 男性は転がって棒先を避けたが、下の段に落ちて頭をぶつけてしまった。

 

「ヴぇ、ゲホ……」

 頭から血を流してうずくまる男性。

 ミックが慌てて走って来て剣を振り上げる。

 男は、女の子たちの後ろ……リリィに向かって片手を突き出す。

「神様、『ききりの神さま』、聖女様、助けて、わしらは貴女様に導かれただけなのじゃ!」

 

「待って!」

 

 ルカは声を上げてしまった。ごめんロッチ。

 ミックは心もちホッとした顔で、再び男を取り押さえた。

 見た所、武装はしていなくて山菜取りの農民という感じだ。いや、山賊の変装って見た事がないからルカには判別が付かないのだが。

 

「情報が欲しい。勝手言ってごめん、ロッチ」

 

「いいよ――別に――、ミックさん、こっち武装解除させに来て」

 そんなに怒った様子はなく、ロッチは穏やかに従ってくれた。

 

 ユーリの方に捕まっていた二人は、自分から山菜刀を投げ出して、両手を上げて首をプルプル振っている。

「聖女様が見えたから思わず来てしまったのじゃ」

「『ききりの神さま』が遣わされた聖女様なんでしょ? その藤の髪色……」

 よく見るとこちらは老人と女の子だ。

 

 ミックの捕まえた男も老人。血を流した顔はしわくちゃで、かなりの高齢だ。

 ロッチの捕らえた三人も老人。どうみても山賊ではないので、捕らえるに収めたようだ。

 

 六人、手と胴を縛って、繋げて岩の上に座らせる。

 全員武器らしい武器は持っておらず、それぞれの山菜刀と藪払い用の(なた)一本。

 

「山菜を採りに来ていたのです」

 

「国境をこんなに大きく越えてか」

 

「あちらの山よりこちらの方が豊富なのです」

 

「そりゃそうよ、貴方たち根こそぎ採ってしまうのだもの」

「新芽を残しておかないと木が枯れてしまうって、教わらなかったの?」

「蔦ごと引き摺り下ろしてしまうでしょ。丁寧に実だけ採って残しておけば、毎年実を付けてくれるのに。種から育って最初の実がなるまで八年も九年もかかるのよ」

 

 どうやら山菜採りの越境はたまにあるようで、見張り兵士も、見るからに農夫は見逃してしまう。

 娘たちは荒らされた痕を目撃しては、普段からほぞを噛んでいた。

 

「誰に、教わるの?」

 一人だけの若い娘が声を出した。薄汚れているが、歳の頃はニーナより一つ二つ下くらい。

「うちの大人は『とにかく沢山採って来い』だわ。採って来た量で認めて貰えるから、とにかく山を這いずり回って根こそぎ採るしかなかった。教えてくれる人なんかいないわ」

 

 三人娘は、教えるべき立場の大人、老人たちを見た。

 

「わしらの子供じぶんも変わらんぞ」

「とにかく沢山採って来い、採って来られないと棒で()たれる」

「来年の為に残して置くなぞと小賢しい事を言おう物なら、もっと打たれたじゃろう」

 

 ジヨアナとエイミは困った顔を見合わせ、ニーナは、

「それでも、先を考えて丁寧に暮らしている人の場所を侵しに来ていい理由には、ならないのよ」

 とだけ言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




挿し絵:上段のジヨアナさん

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