「あ、じゃあね、ロッチ」
「ん?」
「僕、この人たち送って来る」
「はああっ!?」
「だってお爺ちゃん頭打ってるじゃん。こんなシワクチャなお爺ちゃんが頭ケガして歩いて帰らなきゃならないなんて、僕、放っておけないよ。
肩固定してる人たちは歩くだけで精一杯だし、お年寄りと怪我人ばっかりで山の中、日が暮れたら遭難しちゃう」
「いや、ルカ・・」
それ平和な王都の道徳。
っていうか、ルカよりこの人たちの方がよっぽど山慣れしているだろ。
(……そんな事も分からないルカじゃない)
ロッチの胸に、嫌なデジャヴがチリチリと湧いた。
「ふ、ふん、じゃ、俺も行ってやるよ、一人じゃ大変だろ」
「ロッチは駄目」
「どうしてだよっ」
「ラツェット家の人間が越境者に優しくしたら駄目でしょ。皆の規範にならなきゃいけないのに」
何でそんな今更な事を持ち出すんだよっ。
「じゃ、じゃあ、ルカも駄目だ」
「何者でもない平民の僕なら、お爺ちゃん背負って行くぐらい咎められないよ」
ロッチの胸のチリチリが大きくなる。
ルカはこうと決めたらテコでも動かないんだ。
***
「わ、私も行く……」
(いつでも優しいな、リリィ)
ルカもロッチもホンワリした気分になるが、すぐに気を取り直した。
(駄目だ、駄目)
「駄目に決まってるでしょ、話聞いてた?」
厳しい言葉はエイミが言ってくれた。
「今ちょっと話しただけでも全然会話が成立しないじゃない。この人たちは悪心無しに聖女を崇めているのかもしれないけれど、あっちにいるのはその信仰心を利用しようっていう黒い輩よ。貴女は絶対に行っちゃ駄目」
おぉう、エイミ凄いな。
ニーナもジヨアナもそれぞれに、ルカの胸中に何かを察して、速記に集中してくれている。本当に頼りになる三人娘だ。
「エイミの言う通りだよ、リリィ」
ルカは微笑んで首を傾けた。
「だ、だから……何かを間違っている悪い人がいるのなら、私が行って『聖女なんかじゃない』ってハッキリ否定すれば治まるんじゃないの?」
「聖女様が、来てくれるのか? それは、みんな喜ぶじゃろう!」
「やはり聖女様はお優しい……」
凄い説得力だ。言葉を放った老人二人は自覚していないだろうが。
「…………」
「ほらね、リリィ、目の前で話していても全然理解されないのよ。そんな人間が広場一杯いる場所に、貴女を行かせられると思う?」
リリィは黙って唇を噛んで頷き、その肘にエイミが優しく手を添えた。
「帰って来た時の為に、合言葉を決めておこう」
ルカはロッチの肩を抱いて、耳に顔を近付けた。
「ニーナとジヨアナが会話を記録してくれている。最速で伯爵様と大伯爵様、あと必ずダミアン様にも見て貰って」
「ルカ……」
「大丈夫だよ」
「せめて騎士を連れて行けよ」
「お爺ちゃん背負って行くのに護衛付きっておかしいよ。僕ひとりの方がいい」
「ルカ……」
「ロッチさ、お味噌の末っ子だから外れクジで中央のガッコに行かされた、って言ってたけれど」
「いきなり何だよ」
「ちゃんと選ばれたんだよ。中央に『ラツェット舐めんなよ』って知らしめる為に送り込まれたんだ。ここへ来てそう思った」
「だから何で今それを言うんだよ!」
「じゃあ合言葉は『ラツェット舐めんな』で」
「いつ言うんだよ、そんなの!」
ロッチから離れて、ルカは一同の元へ戻った。
驚いた事に、ユーリが剣と革鎧を外して、ミックに預けている。
「武装を外せば騎士要素は薄まるでしょう。一般人と言って通るかは分かりませんが、そちらのご老人は私が背負って参りましょう」
ルカはちょっと瞬きしてから、「お願いします」と頭を下げた。
***
護衛のユーリがルカに同行してくれる事になって、怒っていたロッチの肩も下り、リリィも緊張の表情を緩めた。
農夫たちの下山準備の手伝いをする。
ユーリはトトド爺さんを背負い、無傷の男性と娘とルカが、負傷の重い三人をそれぞれに補助する。
ルカが支える老人は、蹴られた
「あ、僕とユーリさんの馬、連れて帰ってね。多分こっちからは帰らないから」
そう言って、農夫六人とユーリと一緒に、錫色の髪は、山道を隣国側へと下りて行った。
嫌なデジャブをチリチリ、チリチリ・・と、感じるのを振り払って、ロッチは顔を上げた。
「じゃ、俺、本邸へ知らせに行く」
「お願いね、ロッチ」
ロッチはニーナたちの筆記メモを懐に、言葉の最後には、行きに往生した岩山を一息に飛び下りていた。
瞬き二つの間、もう馬の居る所へ辿り着いている。
「何を慌てる? 相手は農民だし、ユーリが付いて行ったから大丈夫だろう?」
ミックがぼやいているが、リリィは胸で拳を握る。
ロッチもリリィも、ルカがまだボワイエ家の心療医の所へ通っているのを知っている。
大丈夫そうに見えて、ちょっと目を離すと、自分を守る本能をどこかに置き忘れているのがルカなのだ。
「私たちも急ぎましょう」
ニーナも早口で言った。
「しかし岩山の下りは危険で……」
「ミックさんはリリィを頼みます。あと、ルカ様たちの馬も頼みます。私たちは寄り道があるから」
言って三人娘はブーツの紐を絞め、ロッチに負けず劣らずの動きで岩場を駆け下りて行った。猿でも猪でもない、まるで岩ツバメ。
こちらも瞬く間に馬の所まで下り、しかも三騎別方向へ分かれて駆け下りて行った。
「すみません、のろくて」
普通の娘らしくえっちらおっちら下りるリリィに、ミックは妙な安堵感を覚えた。
ラツェット邸。
厩ではなく邸の玄関前に馬を乗り付けて、転がるようにエントランスに飛び込んだ末っ子に、家の者は仰天して集まった。
丁度ラツェット翁が在宅だった。
「娘たちと出掛けたのだろう、どうした?」
「女の子たちは無事だよ、あとから来る。それより隣国がヤバい!」