ロッチの報告と、持ち帰った会話文を読んだラツェット翁は顔色を変え、ただちに領内各所への召集を命じた。
そこへ三人娘が飛び込んで来て、既に要所を回って、出先の伯爵や主だった者に連絡済みだと告げる。
ミックがリリィを連れ帰った頃には、会議室は険しい顔の面々で埋まり、廊下を伝令が行き交っていた。
会議の中心にはラツェット翁、伯爵、親族の長にそれぞれの息子たち、それからダミアン・ボワイエが地図と持参の資料を広げて加わっている。
ロッチと三人娘は末端の者の質問に対応している。
「どういう事なのだ。同じ場にいた私には分からなかった事が、何故子供たちには以心伝心なのだ」
「私もハッキリとは分かりませんでした。ロッチも多分」
「は?」あんな勢いで走って行って?
「隣国の方たちの話に、盲信以外に違和感がありました。そしてルカが動いた。ミックさんから見ても、ルカが行く必要なんか無かったでしょう? でも行った。だから私たちも意味を感じて動くんです」
「そんなあやふやな……」
「会話メモを読んだ大伯爵様たちが、ルカと同じ事を読み取って、対処に立ち上がっていらっしゃるじゃありませんか」
「…………」
「ありました! ダミアン様!」
突っ立っている二人の後ろから、両手一杯の書物を抱えた一団が、開け放たれた扉をくぐって入って来た。中央から書物の保存事業に出向していた四人の学者だ。
「この辺、記述がモリモリですよ」
「よくやった」
「それと、これとこっちも、使えるでしょう」
「ああ、引き続き頼む」
「承知しました」
リリィはミックから離れてそちらへ寄った。
「私に手伝える事はありますか。帝国語は少しなら読めます」
ダミアンは机から顔を上げて、藤色の瞳を覗き込んだ。
「父君に習ったのか?」
「いいえ、学び始めたのは最近です」
「翻訳は出来るか?」
「そこまでは……」
「では彼らに指示を受けて探し物を手伝ってやってくれ」
「はい」
「あ、リリシア嬢」
「はい?」
「ルカは……、大丈夫そうだったか? 怪我をしている連中は逆恨みしたりしていなかったか?」
「その点は大丈夫だと思います」
「君が見て、その……」
ダミアンは声を落とした。
「黒い感情を抱いている者はいなかったか?」
リリィは困った眉を寄せた。
「皆、光も影もある普通の人でした。ただ、己を偽っている人が二人」
「ルカに言ったか?」
「ルカは分かっているようでした」
「・・そうか」
「お手伝いに行って来ますね」
リリィはミックに護衛の礼を言って、学者たちと図書室へ消えて行った。
ミックはしばし途方に暮れた。
ガヴェイン家で騎士の仕事といえば、護衛と巡回、歩肖など、時間割りで定められている。こんな流動的な修羅場は経験がない。
顔見知りになった兵士たちも見えない。
いつもはユーリにくっついているので、ここへ来て初めての心細さを感じた。
「ミックさん、こっち」
呼んでくれたのはロッチだった。
「あっちの部屋に軽食出てる。その向こうが待機室。号令掛かったら基本リリィの護衛をお願いします。次いつ休めるか分からないので、今の内に出来るだけ休息を取っておいて下さい」
「ロッチ様、あの」
聞きたい事が一杯だ。
「他の兵士も、事情が分かってなくても、とにかく指令に従っている。同じにしていて」
「でも、少しくらい」
ロッチがミックの懐を掴んで顔を近付けた。
「間者がいる。間者になってるって自覚なしにペラペラ喋っている奴も含めて」
「かんじゃ……えぇ?」
「腰の曲がった視界の低い爺さんが何で真っ先にリリィを見つける? 何で山中を一直線に走って来た?」
「…………」
「何で、リリィが今日あの山に行く事を知っていた? それなら明日にはリリィが去ってしまう事も、十中八九把握されている」
「…………」
「信仰を集めて準備していた目的は? 聖女って噂を流したのは何故? 奴らが何かしでかすとしたらいつ? 昨夜にはもう大人数を集めている」
「あ……」
「だから祖父ちゃんたちは急いでいるんだ」
それらに一瞬で気付いて、相手の懐へ入りに行った子供……
ミックには今になって、主君がルカに家名を与えて使者に立てた理由が、ひしひしと分かって来た。
「俺らいつも先頭に立って、最速で最適の判断をして皆を守ってやんなきゃならない。でないと普段貴族だ何だと威張っている意味がない」
外から兵に呼ばれて、ロッチは駆けて行った。
***
「ユーリが帰って来た!」
玄関で甲高い声が上がり、邸内の一同も一斉に動く気配がした。
「一人か?」
「ルカ様は?」
取り囲まれる中、ユーリは馬から飛び降りて、邸の階段を駆け登った。
国境手前でルカたちと別れ、最寄りの見張り台で馬を借りて全力で走らせて来たという。
「ルカ様から頼まれた一番の伝言です。
『情報漏れは厩の下働きの子供』、間者ではありません!」
その場の一同に、「おお」の、安堵の声が流れる。
「本人は間者の自覚が無く、山で蜂蜜をくれる『親切なお爺さん』に、他国人だとも知らず客人の予定を喋っていたと。
出来れば恩情をと、ルカ様は強く望まれていました」
「そうか」
取りあえず間者の警戒をしなくてよくなったラツェット家の面々は、肩を降ろした。
「それで、ルカは?」
「農夫たちと一緒に隣国へ入って行きました」
「どうやって? 向こうだって国境は警戒しているだろう?」
「それが……」
「??」
「かなり強引で予想外な手段で、歓迎されながら入って行きました」
「・・は??」