ロッチたちと別れ、岩山を下って、上から見えなくなるとすぐ、ルカはトトド爺さんを背負って最後尾を歩くユーリの隣に来た。
『お爺さん、ずり落ちそうです』
『わしは大丈夫じゃよ』
『駄目ですよ、年寄りは空間認識能力が低いんです。落ちて腰でも打ったら大変です。ユーリさんが責任を感じちゃいます。手を前で縛っておきましょう』
『え』
『縛った手はベルトに繋げておきましょう。だってこのままずり落ちたらユーリさんの首絞まっちゃいますからね、危ないです。予防第一です』
『…………』
ユーリは、もうこの時点でゾッとしたという。
背中の老人は岩山から転げた後、あまりに痛々しく何も出来そうにないので、念入りな身体検査をしていなかったのだ。
・・
・・
ラツェット邸、小会議室。
飲み物と軽食を摂りながら語るユーリ。
向かいに座るのは、ロッチとリリィ、三人娘、同僚騎士のミック。
重要な事は首脳陣に報告した後。
今は求められるまま子供たちに、別れてからのルカの様子を語っている所。
「そうね、あのお爺さん、自分を偽っていた。話を聞かない高齢の方って、あんな物ではありません。作り込みが甘いです」
さすが年寄りマスターリリィ。
「放っておけないボケ爺さんを演じて、まんまと仲間をあの場所に誘導したのか」
「ルカ様がやたらとシワクチャを強調してらしたから、何かあるんだろうと思ってよく見たら、顔のシワ、入れ墨じゃない。見た目よりずっと若いのよ」
「手だって曾お祖母様と全然違う、肉付きのいい若い手だったわ」
「そもそも私の打突を避けた時、ちゃんと受け身を取れていたじゃない」
ユーリは唾を呑み込んで一同を見た。
「で、でも、そんな危険な老人、最初はルカ様が背負って行くと言いましたよね」
とミック。
三人娘とロッチリリィは同時に「それが?」という顔をした。
「でもユーリさんが背負って行ったでしょう?」
エイミが小首を傾げて言った。
「伝言要員は必要だったもんな」
「間者がいるかもしれないという警戒は、ありと無しでは大違いだものね」
「……私は、ルカ様の命令でなく、自分からお伴すると申し出たと記憶していますが……」
「ええ。でもあのタイミングで『自分が背負う』と言い出さないユーリさんなんて、想像出来ませんわ」
ニーナの言葉にユーリは愕然となった。
「言わされたんですか、私は?」
「ユーリさんに剣を外させたかったんだと思います。その時は『何故?』と思ったけれど、今の話を聞いて、ユーリさんの安全を守る為だと分かりました」
「…………」
「本当は俺が行きたかったんだけど、本宅に最速で知らせるのは俺の役割だと途中で気付いた」
頭の後ろで手を組むロッチ。
「ユ、ユーリに、剣を外させた上で、そんな危険な老人を背負わせるなんて……」
ミックの言葉に、五人は「はい?」という顔をした。
「何言ってんの、ルカが一番危ない奴を引き受けて行ったんじゃん」
「え」
「『玄人』が混じっていたわよね、一人」
「上手く隠していたけれど、ちょっとした所作で分かっちゃう物ね」
「ふくらはぎが違うのよ、ふくらはぎが」
三人娘が当たり前のように口を揃え、ミックは目をパチパチさせる。
「い、いたのか? そんな者」
「いやミック」
ユーリが脱力したように吐いた。
「いたんだよ、……はぁ……参った」
***
・・
・・
山道を歩き、もうすぐ国境という所で、ユーリの前を歩いていたルカは立ち止まった。
支えている老人の足が痛んで来たらしく、ずっしりと重そうに寄り掛かられている。
その時点で先行の二組からは結構遅れて、もう見えない。
『足のゲートルが緩んでいます。巻き直しましょう。ユーリさんも休んで下さい』
老人は素直に道端の倒木に座った。ユーリも爺さんを背負ったままその隣に掛ける。
ルカは老人の前に屈んで、細長い布を巻き取りながら外し始めた。
『ロッチは野生動物並みだから』
『ロッチというのか、あの
『本能で強い人、かぎ分けるから。貴方だけ手加減出来なかったんですかね』
『…………』
『兵士の経験があるんですか?』
『若い頃、一時だが中央におった。騎士に憧れた。主君に気高き忠誠を誓う
『はい』
『上部の怠慢のツケを押し付けられて終わりだ。ロクでもない奴の為に人生を無駄にした』
『新しいご主君はロクでもある方ですか?』
『彼は真実を教えてくれる』
『貴方は教祖に付いて来たという
『そうだ』
『ずいぶん話してくれるんですね』
『他人にこんなに支え歩かれたのは初めてだ』
『非力ですみません』
『小さい身体で頑張ってくれた、助かったよ』
『お名前を伺っても宜しいですか』
『……ペデリオだ』
『考え直して貰えませんか、ペデリオさん』
ユーリの背中を冷たい汗が一気に流れた。
咄嗟に出てくれた自分の手に心から感謝した。
強く握った左手の中には、老人の右手首があり、細い刃物がカラリと落ちた。前で屈む子供に振り下ろされる直前だった。
子供はゆっくり顔を上げて静かに言った。
『僕は家なしの平民で、ラツェットの末っ子の友人の一人に過ぎません。火種にするにはちょっと弱いです』
***
「ルカ、あの馬鹿~~、やっぱり自分から危ない目に遭いに行ってんじゃないか~~」
ロッチがテーブルをダンと叩く。
リリィは涙目でユーリの両手を握り、「ありがとうありがとう」と繰り返している。
「他にやりようはあるだろうに、どうしてそんな細い橋を渡るの……」
ニーナの呟きに、
「頑なな心に届かせるには、身を呈する必要があったのかもしれないが」
ユーリは受けて答える。
「理屈では述べられても、実行出来るかどうかは全く別の話です」