きよらかな王子さま   作:西風 そら

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護衛騎士の証言・Ⅰ

 

 

 

 ロッチたちと別れ、岩山を下って、上から見えなくなるとすぐ、ルカはトトド爺さんを背負って最後尾を歩くユーリの隣に来た。

 

『お爺さん、ずり落ちそうです』

『わしは大丈夫じゃよ』

『駄目ですよ、年寄りは空間認識能力が低いんです。落ちて腰でも打ったら大変です。ユーリさんが責任を感じちゃいます。手を前で縛っておきましょう』

『え』

『縛った手はベルトに繋げておきましょう。だってこのままずり落ちたらユーリさんの首絞まっちゃいますからね、危ないです。予防第一です』

『…………』

 

 

 ユーリは、もうこの時点でゾッとしたという。

 背中の老人は岩山から転げた後、あまりに痛々しく何も出来そうにないので、念入りな身体検査をしていなかったのだ。

 

 

 ・・

 ・・

 ラツェット邸、小会議室。

 飲み物と軽食を摂りながら語るユーリ。

 向かいに座るのは、ロッチとリリィ、三人娘、同僚騎士のミック。

 

 重要な事は首脳陣に報告した後。

 今は求められるまま子供たちに、別れてからのルカの様子を語っている所。

 

「そうね、あのお爺さん、自分を偽っていた。話を聞かない高齢の方って、あんな物ではありません。作り込みが甘いです」

 さすが年寄りマスターリリィ。

 

「放っておけないボケ爺さんを演じて、まんまと仲間をあの場所に誘導したのか」

 

「ルカ様がやたらとシワクチャを強調してらしたから、何かあるんだろうと思ってよく見たら、顔のシワ、入れ墨じゃない。見た目よりずっと若いのよ」

「手だって曾お祖母様と全然違う、肉付きのいい若い手だったわ」

「そもそも私の打突を避けた時、ちゃんと受け身を取れていたじゃない」

 

 ユーリは唾を呑み込んで一同を見た。

 

「で、でも、そんな危険な老人、最初はルカ様が背負って行くと言いましたよね」

 とミック。

 

 三人娘とロッチリリィは同時に「それが?」という顔をした。

「でもユーリさんが背負って行ったでしょう?」

 エイミが小首を傾げて言った。

 

「伝言要員は必要だったもんな」

「間者がいるかもしれないという警戒は、ありと無しでは大違いだものね」

 

「……私は、ルカ様の命令でなく、自分からお伴すると申し出たと記憶していますが……」

 

「ええ。でもあのタイミングで『自分が背負う』と言い出さないユーリさんなんて、想像出来ませんわ」

 ニーナの言葉にユーリは愕然となった。

「言わされたんですか、私は?」

「ユーリさんに剣を外させたかったんだと思います。その時は『何故?』と思ったけれど、今の話を聞いて、ユーリさんの安全を守る為だと分かりました」

「…………」

 

「本当は俺が行きたかったんだけど、本宅に最速で知らせるのは俺の役割だと途中で気付いた」

 頭の後ろで手を組むロッチ。

 

「ユ、ユーリに、剣を外させた上で、そんな危険な老人を背負わせるなんて……」

 ミックの言葉に、五人は「はい?」という顔をした。

 

「何言ってんの、ルカが一番危ない奴を引き受けて行ったんじゃん」

「え」

 

「『玄人』が混じっていたわよね、一人」

「上手く隠していたけれど、ちょっとした所作で分かっちゃう物ね」

「ふくらはぎが違うのよ、ふくらはぎが」

 三人娘が当たり前のように口を揃え、ミックは目をパチパチさせる。

 

「い、いたのか? そんな者」

「いやミック」

 ユーリが脱力したように吐いた。

「いたんだよ、……はぁ……参った」

 

 

 ***

 

 

 ・・

 ・・

 山道を歩き、もうすぐ国境という所で、ユーリの前を歩いていたルカは立ち止まった。

 支えている老人の足が痛んで来たらしく、ずっしりと重そうに寄り掛かられている。

 その時点で先行の二組からは結構遅れて、もう見えない。

 

『足のゲートルが緩んでいます。巻き直しましょう。ユーリさんも休んで下さい』

 老人は素直に道端の倒木に座った。ユーリも爺さんを背負ったままその隣に掛ける。

 ルカは老人の前に屈んで、細長い布を巻き取りながら外し始めた。

 

『ロッチは野生動物並みだから』

『ロッチというのか、あの(わらわ)は』

『本能で強い人、かぎ分けるから。貴方だけ手加減出来なかったんですかね』

『…………』

 

『兵士の経験があるんですか?』

『若い頃、一時だが中央におった。騎士に憧れた。主君に気高き忠誠を誓う有り様(ありよう)に理想を抱いていた。そんな物、主君が気高くなければ塵芥(ちりあくた)だというに』

『はい』

 

『上部の怠慢のツケを押し付けられて終わりだ。ロクでもない奴の為に人生を無駄にした』

『新しいご主君はロクでもある方ですか?』

『彼は真実を教えてくれる』

『貴方は教祖に付いて来たという同行信者(どうぎょうしんじゃ)の一人ですか?』

『そうだ』

 

『ずいぶん話してくれるんですね』

『他人にこんなに支え歩かれたのは初めてだ』

『非力ですみません』

『小さい身体で頑張ってくれた、助かったよ』

『お名前を伺っても宜しいですか』

『……ペデリオだ』

『考え直して貰えませんか、ペデリオさん』

 

 ユーリの背中を冷たい汗が一気に流れた。

 咄嗟に出てくれた自分の手に心から感謝した。

 強く握った左手の中には、老人の右手首があり、細い刃物がカラリと落ちた。前で屈む子供に振り下ろされる直前だった。

 

 子供はゆっくり顔を上げて静かに言った。

 

『僕は家なしの平民で、ラツェットの末っ子の友人の一人に過ぎません。火種にするにはちょっと弱いです』

 

 

 ***

 

 

「ルカ、あの馬鹿~~、やっぱり自分から危ない目に遭いに行ってんじゃないか~~」

 

 ロッチがテーブルをダンと叩く。

 リリィは涙目でユーリの両手を握り、「ありがとうありがとう」と繰り返している。

 

「他にやりようはあるだろうに、どうしてそんな細い橋を渡るの……」

 ニーナの呟きに、

「頑なな心に届かせるには、身を呈する必要があったのかもしれないが」

 ユーリは受けて答える。

「理屈では述べられても、実行出来るかどうかは全く別の話です」

 

 

 

 

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