きよらかな王子さま   作:西風 そら

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 本日、大晦日と三が日は、夜も更新します~~





護衛騎士の証言・Ⅱ

 

 ・・

 ・・・・

 その後、ルカはトトド爺さんの拘束をほどいて、ユーリの隣に座らせた。

 

 爺さんは驚くほどあっさりと身上を白状した。

 やはり同行信者(どうぎょうしんじゃ)の一人ではあるが、元々はその地方の出身だった。教祖の指示で地の利を生かして、陰で間者のような事をやっている。

 信心深いのは本当で、村人に信仰を根着かせる役割を負った。

 実際の歳よりも高齢のふりをして、世話を焼かせて村民の中に深く入り込んだ……等。

 

『わしは、教祖様に、聖女様の所へ行けと命じられましたじゃ。怪我の一つもして同情を買って、出来ればお連れしろと。あちらの連中に騙されていらっしゃるから、お救いせねばならぬと』

 

 乱暴な理屈だが、指令自体は穏やかだと、ユーリは思った。しかし、ルカは固い表情をしている。 

 

『ペデリオさんは、火種を作れと命じられたんですか?』

『ああ。山にラツェット本家筋の子供らが遊びに行く。絶好の機会だから出来るだけ多く殺せ、と』

 

 物騒な言葉がサラリと出て、ユーリはギクリと身構えた。

 

『無理でしょう。無理でしたよね』

『騎士がいるとは聞いていなかったんだ』

『騎士がいなくても無理だったでしょ』

『……ああ』

 

 目眩ましの村人たちに紛れて行って、騎士がそちらへに動いてくれたにも関わらず。

 たった一人のラツェットの子供に、他の者の相手もしながらの片手間で、簡単に倒されてしまった。

 

『これでも兵士時代は腕に覚えがあったのにな……』

『ロッチは末っ子の最年少で、ラツェットでも末席です。あれ以上が普通にワンサカいるのがラツェットの騎士団です。そんな連中相手に火種をくべて、何をしようっていうんです、貴方の教祖様は』

『き、教祖様も多分、あそこまでとは思っていらっしゃらなかったのだ』

『ふぅん……』

 

 ルカは切り替えるように、ポケットからメモと筆記用具を取り出した。

 

『それで、子供が山に行く等の情報は、何処から?』

『……物見台の兵士の雑談を盗み聞ける場所があるのだ』

 

 ルカの目に光が走った。

『その説明で、はいそうですかと納得すると思ってんですか。山行きを決めたのは前日です、知っている者は限られます。

 全員ギザギザ椅子に座らせて拷問に掛けましょうか。大伯爵にさっきの指令を聞かせたら怒り狂って何をやるか分かりませんよ、見付かるまで徹底的にやります。見付かった暁には推して知るべしです』

 

 いきなり喋り始めた子供に、元兵士の老人は面食らった。

『や、やめろ』

『厩の下働きの、一番小さい子供じゃよ』

 トトド爺さんの方が、サラッとバラしてしまった。

 

『子供、ですか?』

『そうじゃ、わしが他国の者とも知らず、山でよく親切にしてくれるのじゃ。人懐こくて話相手が欲しいだけの、罪の無い子供じゃ。頼むから何とかしてやってくれんかのう。

 そうじゃ、これを差し出すから』

 

 爺さんは、腰の山菜カゴの底から、小さな油紙の袋を取り出した。

 受け取ってルカは、中の薬液に浸った布らしき物を見た途端、眉をしかめて慌てて封を閉じた。

『これは、教祖部隊の標準装備ですか?』

『わしだけじゃ。周囲にこんな物がゴロゴロしていたら、わしが嫌じゃ』

 

 うなずいてルカは、丁寧に両手で持って、爺さんに返した。

『使わないでくれてありがとうございます』

 爺さんは、(剣も持たぬ相手に使うのは勿体ないからの)と口の中だけで呟いて、素直に受け取った。

『一瞬の匂いで分かるのかの?』

『以前に引き取られた家の家業が薬問屋で、義母が毒殺マニアでしたから。自衛の為に覚えました』

 

 ユーリは心底、心底、ゾッとした。

 

 ルカはスッとユーリに向いて、今のメモ紙を渡した。

『「間者はいなくて、子供の口すべらしだった」、本邸へ戻ったら一番に伝えて下さい。僕の名において減免を、と必ず言い添えて下さいね』

 

 この時点で、ユーリは自分一人だけ帰されて、ルカが残るつもりなのを知った。

 反論の口を開き掛けたが、何と言えばいいのか分からない。

 

 

 

 ルカは再び、兵士上がりの男に向いた。

『ラツェットに火種をくべたい教祖様の目的は、何でしょう?』

『ラツェットから攻め入らせたかったのだろう。向こうから攻めて来たのなら、こちらは正当に迎え撃てる。ラツェットに対する長年の遺恨を忘れぬ事が、教義のひとつでもある』

『長年の遺恨……が、教義、なんですか?』

 子供は首を傾げる。

 

『帝国時代、手酷い裏切りで王国側に寝返った。お陰で帝国が衰退する一因となった。

 王国は、金に物を言わせて、大切に保護されていたクナ族に手を伸ばし、秘密の人身売買をした。ラツェットはその手引きをした。お陰でクナ族は滅びた』

 

『ちょ、ちょっと一旦ストップ』

 

 ルカが止めたので、ユーリは彼が反論してくれると思った。しかし子供はまたメモ紙を広げ、筆記用具を構えただけだった。

 

『領地の割譲の件……、あと、クナ族……、と、お待たせしました、続けて下さい』

『どうするのだ?』

『調べるんですよ。文献漁って。

 ここで 「それ違う」って言っても、証拠も無いし堂々巡りでしょ。ラツェット家の図書室に年鑑が保管されていますから、時間は掛かるけれど調べられます』

 

『そちらの書き物など当てになる物か』

 

『帝国時代の中央の印章入り年鑑ですよ。正真正銘、帝国が発行した物です。あと、帝国出版の史記も全巻揃っています。

 そっちの国が焼いちゃったのは、後世にそういう捏造言い掛かりをつける為だったんでしょうか。残念でした、ちゃんと残っています。はい、まだあったら続けて下さい』

 

 ユーリはハッとした。湯治の宿でこの子供が二回もひっくり返った時と同じ、抑揚のない早口なっている。

(ロッチ様が言っていた、感情が(たぎ)って身体が酸欠になる直前だ、まずい)

 思わず子供の背後に手を回して、両手で肩を支えるようにして掴んだ。すごく冷たい、そして硬直している。

 ルカは、「ぁ」と小さい声で言い、胸に手を当てて、ゆっくり二回、深呼吸をした。

『すみません、ユーリさん』

『いいえ』

『すみません、ペデリオさん、続きをお願いします』

 

 兵士上がりの男はしばし呆気に取られたが、何かを切り替えたように話を再開した。

『ラツェットはコウモリのように影で行き来して利益だけを吸っている、とも言っていたな』

『貴方の「真実を教えてくれる」教祖様が、ですか?』

『ああ』

『まだあったらお願いします』

『領民に兵役義務を課して洗脳している。子供に人殺しを教えて虐待している。

 王国はクナ族の宗教を弾圧した。残党狩りをして絶滅に追い込んだ。聖女様を騙して独占している。……あとは……』

 

 ユーリは手を離さずに、子供の肩を支え続けている。

 

『実りが悪いのはあちらのせいだというのが定説になっとるの、村の衆の間では。理由を聞いたら空気が悪くなるから突っ込まぬが』

 トトド爺さんが参戦して来た。

『自分たちばかり沢山収穫してずるい、大地の恵みはこちらにも分けるべきだ。神様の元 平等に恩恵を授かりに行こうとすると、武力で阻止される、非道だ、とも言っとったの』

 

 普段から村人と交流のある爺さんの言葉に、兵士あがりの男は口をへの字に曲げる。深く考えなくてもおかしな事を言っていると分かるのだろう。

 そうなのだ。片方が口で言っている事など、結局みんなその程度なのだ。

 

『こちらの川が氾濫するのにあちらの川が大丈夫なのは、あちらが聖女様を独り占めしているからだ、というのも、最近聞いたの』

 

『何故そういう荒唐無稽を信じてしまうのだ?』

 ユーリがついボソリと吐いた。

 

 それは無視して、爺さんはキョンと言った。

『もしかして、聖女様はわしらに愛想をつかされたのかの? それなら仕方が無いのう。わしは聖女様が、心穏やかに健やかでいらっしゃる方がよい』

 

 

 ルカは今のメモ紙を本体から千切って折り畳んだ。

『ユーリさん、これは直接ダミアン様に渡して下さい。途中で他の人に見せないで』

 

『誰だ? ラツェットの総帥に渡さぬのか?』

 元兵士の老人の言葉に、子供は固い声で答えた。

『厳しい砦の地で、国と領民と大切な家族を守る為 真摯に生き抜いて、挙げ句 裏切りとか非道とか言われて、傷付かない人間がいると思っているんですか。言う方は勝手ですけれどね。

 心配しなくともダミアン先輩は、どんな研究に対しても世界一公正な、僕の自慢の先輩です』

 

 

 ***

 

 

「今の所、もう一度リフレイン」

 

 入り口に、目の下真っ黒のダミアンが現れた。本当にタイミングだけは神憑(かみがか)りな人だ。

 

 ユーリの向かいに座るロッチの前で、石板が粉々に砕かれている。会議室の備品だが、その場の誰も彼を咎めなかった。三人娘も顔色を失くして、ジヨアナは拳を震わせている。

 

「確かにそんなの、祖父ちゃんや親父に見せられない。この先 知らせなきゃならないにしても、今はやめて欲しい。……ルカに、感謝だ」

 

 リリィは先に図書室で手伝って、メモの写しを見せられたらしい。彼女なりに憤慨して、学者たちの手伝いを頑張った。

 

「わ、私も帝国語を覚えたい。教えて!」

 ジヨアナがリリィの手を握った。

「そうね、こんな時に手伝えなければ」

 ニーナとエイミも、まずは写本からこなそうと話し合っている。

 

 ダミアンは飄々と皆の所まで来て、ユーリの軽食を横からつまみ、当たり前のように彼の隣に腰掛けた。

 

「心配するな。向こうが言い掛かって来る内容なんて、予め予測が付いていた。既にすべての反論が証拠と共にまとまりつつある。世界一公正で頼りになる先輩に任せておけ」

 

(えっ? こんな事言う人だっけ?)

 と、ロッチはダミアンを見るが、彼の真正面にはジヨアナが座っていた。うん。

 

 

 

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