『ききりの神さま』の教祖と呼ばれる人物は、総白の頭髪を肩まで下ろし、長いひげを蓄えて、なるほど神職っぽい。
村人Cが教会へ知らせに走ったので、取り急ぎ、様子伺いに来たのだろう。
ハメようとしている相手方の王国の、騎士家の者が来ている? よもや計略を知られたか?
しかし、体裁整えカンテラ灯し、鈴を鳴らして来てみたら、薄っぺらい子供が一人。
周囲の村人は、「メムに
(この忙しい時にくだらない面倒を!)という気持ちが頬の痙攣に出ている。
ルカは、次の言葉が出て来ない教祖に向いて、丁寧に礼を取った。
「初にお目に掛かります。ランスロット・カヴェインを名乗る者にございます。『ききりの神さま』の教祖様とお見受けしました。お会い出来て感激です。
私は友人の曾祖母殿にクナ族の話を聞いて、ずっと憧れておりました。王国ではほとんどクナ族について知られておらず、メム嬢に、こちらではクナ族の宗教が盛んだと聞いて、とても楽しみにしていたのです」
因に、ルカはここまでひとつも『嘘』は言っていない。
教祖は面食らった様子で固まり、ふと、少年の傍らにいる部下たちに気付いた。
「どういう事だ、ユタ、トトド、説明せよ」
切り捨てるつもりで山へやった者たちがここにいる事に動揺しているであろうが、尾首にも出さず、まだ主人のつもりで命令する。
「おそらくそのままだろう。心やましい者なら、足を痛めた俺の杖となってここまで歩いてはくれない」
「メムもまんざらではない様子じゃったぞい」
二人とももうすっかり心は離れているが、気付かない教祖。寸時考えた後、
「ふむ。……ならば少年、教会へ来てみるか? 『ききりの神さま』の代理である私が婚約の承認をして差しあげよう」
と言って来る。
ただの不用心な貴族の子供、と判断してくれたのか。
「わあ」
ルカは嬉しそうに見せて集団に駆け寄ろうとした、が……
「あれ?」
足が上がらず、トットットと後ろによろけて尻餅を付いてしまった。
「へえ……」
「どうした?」
「ここに来て、足が言うことを聞かなくなったみたいです」
「貴族は軟弱だな、畑を耕す農夫を見習え」
「はい、見習います」
ユタは尻餅を着いたままの子供に寄った。
「俺に掴まれ」
「ユタさん足が痛いじゃないですか」
「じゃあワシじゃの」
トトド爺さんがルカを引っ張り上げてくれた。
そうして二人でルカの両側に立った。
「お二人とも、もういいですよ……」
「なに、ついでだ」
「怪我の手当てをしに行って下さい」
「あちらの嬢ちゃんたちのやってくれた応急処置の方がこっちの治療より上等だわい。ええ薬を使ぅてくれたようじゃ。傷がほとんど痛まん」
「俺もそうだ。聖女に巻いて貰った布をほどきたくない」
「リリィは聖女じゃないですよ」
「俺たちにとっては聖女だ」
言っている内に、家からメムが出て来た。
「旦那さ……お父さんが、奥へどうぞって。あ、教祖様!」
ルカはたちまち、声をクルンと変わり身させる。
「メム嬢、喜んで下さい。教祖様が直々に婚約の承認をしてくださるそうですよ」
***
教祖様一団(教祖プラス同行信者十一人)と、その後ろをルカ、トトド爺さんとユタ、メムとその家族でぞろぞろと教会へ向かう。
父親や男家族たちの服装は変わらないのに、夫人と娘二人の着飾りようが凄い。客人待たせて何やってたんだ。
そしてメムは変化なし。山へ行った服装のまま。髪さえも。
怒濤のように話し掛けて来る三人の女性を避けて、ルカはメムの隣にピッタリと付いて歩いた。
今度は父親が、「して結納金は~」とすり寄って来る。
「手を取ってもいいですか」
はい、とメムが答る前にもう、ルカは娘の手を持ち上げて、おもむろに袖をまくっていた。
側を歩くユタは顔を歪めた。
二の腕から手首まで、紫や黒の新旧の痣が重なっている。爪痕の形に切れて血が滲んでいる箇所もある。それはついさっきの物だろう。
夫人と姉娘たちは顔色をなくし、父親はあわあわと言い訳をしたが、ルカは彼らに背を向けた。
歩きながら無言で、傷口に掌を当てて両手で包む。
背の低いトトド爺さんが、エグエグという音に顔を上げると、普段何をされても睨む事しかしない娘が、顎から涙をボトボトと滴らせていた。
近くを歩く信者の何人かも、何事かとこちらを見ている。
「婚約をする前に、メム嬢、僕の、悪い所も白状しなくちゃ。それで嫌になったらすぐに断ってください」
「エグ……はい、何ですか……エグッ」
「僕に貴族籍は無い。ガヴェイン家の食客というだけで平民です」
「ふぅん……エグ」
「借金があります。学校の卒業まであと三年あって、卒業したら返済人生です」
「へぇ、借金なんか旦那さまもしているわよ、教祖様に何回も」
「だから、あまり良い生活はさせてあげられないと思う」
「屋根さえ頑丈なら何でもいいわ」
「あと、とても大事な事」
「なぁに」
「僕は性格が悪いです」
「あはは、エグ、ヒック、あははは」
***
石造りの小さな教会は、信者たちとメムの家族たちが入ると一杯になった。
(これが話にだけ聞いていた『ききりの神さま』の教会)
思わず、好奇心が先行してしまうルカ。
(駄目だ駄目、集中!)
心の中で自分の頬をパシパシ叩きながら、奥へ進む。
建物は古い物で、奥まった所に祭壇がある造作は、自分たちの信仰する教会と変わりない。欄間の装飾に幼い天使がいたりする。既存の教会の流用?
しかし中央にあるべく祈りの対象に像や絵画などの人工物は無く、その空間には、大きな木の鉢植え。
(鉢植え? 木がご神体?)
そういえば曾お祖母さんは『綺麗な森の神さま』と言っていた。
「ね、メム嬢、『ききりの神さま』は森の神さまだから木を信仰するんですか?」
隣を歩くメムに聞いてみる。袖をおろした後もずっと手を繋いでいる。
「木? そうなのかしら。あまり深く考えた事ないです」
「教義はどうなって……いや、いいや」
機会があればトトド爺さんにでも聞いてみよう。
(あれ? トトド爺さん?)
見れば、足を痛めたユタは隅の椅子に掛けているが、トトド爺さんは他の十一人の信者と一緒に、婚約式の準備を手伝っている。祭壇に布を敷いたり木の枝を飾ったり、手付きは誰よりも正確で丁寧で、信心深いのは本当なんだと思わせる。
「バカねこの子。『木こり』がなまって『ききり』になったのよ」
長女が二人の隙間に強引に飛び込んで、メムを体当たりで撥ね飛ばした。うおぉ。
「大切なお客様にちゃんと教えられないなんてどうしようもない子ね」
避ける間もなく反対側から次女が肉をぶるんぶるんしながら挟み込んで来る。ひぃっ。
よろけながら肉二体をかわして、メムの元に辿り着いて手を繋ぎ直した。ああ怖かった。
「用心せぇよ、この村では
トトド爺さんの声。何それ怖い。
「メム嬢、怖いから手を離さないで」
爺さんが吹き出し、ユタのフフッという声も聞こえる。回復して来たようで何より。
「『ききり』とは、『光る』という意味でしょう?」
メムに話し掛けたのに、また長女次女が割り込んで来る。
「それ、王国の言葉ですか?」
「休みの日とか何やってるんですか」
「旧帝国語です。『光る』とか、『キラキラ』とか」
「えぇ~~なんでそんな言葉知ってるのぉ?」
「犬派ですか猫派ですか」
「学校で学んでいます。最近、帝国語の辞書も発見して、読んだら面白かったんですよ」
ルカが、帝国語→王国語の辞書を発掘した周辺から、大陸標準語や、東ア国語、西イ国語、旧沿海州語などとの互換辞書も発掘され、言語学の大躍進だと学者たちを大喜びさせていた。
しかし
「滅んだ国の言葉なんて覚えても意味ないじゃないですかぁ」
「どうして無視するんですか傷付きまぁす」
やはり理解はされないようだ。
ここでラツェット翁としたような話をする気にはならず黙っていると、近くで聞いていた信者の一人が声を掛けて来た。
「『ききりの神さま』の教義では、旧帝国の話はご法度です。特にここは教会です、気を付けるよう」
えっ、そうなの?
トトド爺さんたちの方を見ると、真面目な顔で頷いて来た。
何でだろ、帝国貴族のせいで森を追われて散り散りになったから? でも教祖の言い分だと、クナ族が滅んだのって、王国のせいになっているよね? 色々矛盾しています。
やがて教祖が登場して(何か大きい帽子と、金縁の白い上着を羽織っている)、婚約の儀式っぽいのをやってくれた。
凄いよ、『ききりの神さま』方式で婚約式をやるなんて、きっと王国人で初だよね、ダミアン様に自慢出来るかな。
後で教えてあげようと、はりきって観察したが、互いに宣誓して祝福して貰って終わり。宣誓書も無し。シンプル。
その場に居る者が葉の付いた枝で頭の上を払ってくれる。厄祓いとか祝福の意味があるのかな。メムの女家族がビシビシ叩いて来る、痛い。
父親はまだ「結納金云々~」と言って来る。
耳元で、「山行きにメムを差し出す事で、教祖様に借金チャラにして貰ったんでしょ?」と囁いてみたら、真っ青になって黙った。あてずっぽで言ったのに。