きよらかな王子さま   作:西風 そら

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なりたかった

 

 

 

「小僧・・!!」

 ラツェット翁はぶつかって来た子供を受け止めて言葉を失くした。

 小さい身体に太い矢が突き立ち、今飛んで来たばかりの(てい)で震えている。

 子供は目の下に掛けていた指を滑らせ、舌をしまい忘れたまま、ひとつふたつ大きく痙攣をした。

 

(胸の中心だ、どうしてやりようもない)

 

「ルカ、ルカ、ルカ・・!」

 ロッチが駆け寄る。

 翁は子供の頭を支えて丁寧に地面に横たえ、舌をしまってやってから、後方の者に声を掛けた。

 

「六番見張り台にこの子の婚約者がいる。最速で連れて来てくれ」

 

 後ろの兵は返事も省略して駆け去った。

 

「ぅ、ぅ……」

「ルカ、ルカ・・」

「ルカ様!」

「イタイ、コレ抜イテ……」

 

 矢を抜く事は出来ない。こんな小さな身体では一瞬で失血死してしまう。

 

「すぐに婚約者が来る。それまで頑張れ」

「メム……」

「わしがすべての面倒を見る、安心しろ」

「駄目だよ、ルカ、こんなのすぐ治るよ、駄目だってば、ルカ」

 

「僕、死ぬの……?」

「死なないよ!」

「話せるうちに話しておきなさい」

「祖父ちゃん!」

 

「死ぬ時って……母さんに会えると思ってたけど……見えないや……僕、穢れてるから、母さんの居る所には行けないのかな……」

「ルカは穢れてないよ、綺麗だよ! まだ行く時じゃないだけだよ!」

 

 子供は(まぶた)を薄く開いて、錫色の光の無い瞳でラツェット翁を見た。

「……次に生まれて来られるなら、大伯爵様の子供になりたいです……」

「分かった、頑張ってみよう」

「祖父ちゃん何言ってんの!」

「母親の希望はあるか?」

「だから祖父ちゃんっ……」

「……誰でもいいけど」

「誰でもよいのか?」

「……僕を生んでも不幸にならない人がいい……」

 

 ロッチは思わずルカの手を取って強く握った。力が無くて紙みたいな感触しかない。

 

「ロッチ、ロッチ、……僕、ロッチに、なりたかった……」

「・・! ルカ……」

「清くて、強くて、大事な人をちゃんと守れる……何で僕、ロッチに生まれなかったんだろ……    」

「ルカ」

「    」

「ルカ、返事して、ルカ、ルカ、」

 

 ロッチの後方で涙を溢れさせていたユーリは、リリィが来たのに気付いて、場所を空けた。リリィの後ろにはダミアン、そして共に作業をした学者たちがいる。

「おい嘘だろ、やめてくれ……」

「何でこんな事に……」

 

「リリィ!」

 ロッチが叫んで彼女の肘にすがった。

「な、何かないの? お父さんに聞いてる事とか、助ける方法、何かないの?」

 

 

 リリィは、無の表情でルカの脇にしゃがみ、矢をむんずと掴むと、おもむろに引き抜いた。

 

 

「えっ!?」

 

「な!!」

「そんな事をしたら血管が!」

 

 ――??

 

 矢は思いっきり無抵抗で胸から離れた。

 身体が一瞬浮くような事もなく、刺さった場所が上衣ごと胸から離れている。

 リリィが無言で、上衣から矢を抜き、その部分を裏返した。内ポケットから引っ張り出された四角い塊。

 聖書……?

 

「お父さんの聖書。山でお別れする時、ルカに預けました。こんな風に帰って来るなんて、びっくりです。見てください、ど真ん中ですよ、この穴、見事ですよね。

 こんな現象、お伽噺かお芝居でしか見た事ないです。本当に、こんな事ってあるんですね」

 それから、ルカの喉元に耳を付けて目を細めた。

「眠っています、クゥクゥと。疲れたんでしょうね」

 

 一同、ヘナヘナと崩れ落ちた。

 

 まぁだからって叩き起こして胸ぐら掴むなんて事は出来ない。

 矢は聖書を突き抜けて、少しではあるが胸を傷付けていた。内臓には達しない、数針縫うか縫わないかの傷だ。

 ただ、ダミアンの診立てでは、胸に衝撃を受けた際の『心失神』の可能性。

 ビックリした心臓がストライキを起こす症状だ。すぐに復帰したのが幸運だったが、本人は死ぬ程苦しい。

 それで周囲に死ぬ死ぬ言われたら、忌の言葉の一つも喋ってしまうだろう。

 

 ――忘れてあげよ。

 

 ロッチは救護所のベッドでスヤスヤ眠る相棒の衣服の胸を閉じてやった。

 聖書の形に四角い痣があって泊押しの文字まで浮いているなんてシュールな図、あの信心深い婚約者にはとても見せられない。

 

 

 

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