きよらかな王子さま   作:西風 そら

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ブルー邸

 

 

 

「私は、リリィ……あっと、リリシア・ブルーです。ブルー男爵さんちの養女をやらせて貰っています」

 

 すごい自己紹介。つい先日まで山の手なんか無縁の生活を送っていたんだから仕方がない。

 

 窓辺の風でリリィは髪を乾かす。

 灰色だと思っていた髪は、三つ編みを解いて外光に透かすと実はグラデーションを帯びた藤色で、瞳も少し濃いだけの同色。

 この国には無い色だ。治療師もこの色だったのだろう。王妃が一目で気付いた訳だ。

 

「ランスロット・ハサウェイだ。僕らだけの時はルカでいい」

「ロッチ・ラツェット。ロッチって呼んで。君の事もリリィでいい?」

「はい、勿論です」

「髪、めっちゃ綺麗じゃん」

「そんな……」

 

 凄いな、ロッチ。女の子の髪を褒めるなんてハードルの高い事、あっさりやって除けている。 

 ルカはマリサの彗眼に改めて脱帽した。

 

「帰ったら洗浄剤でもう一度しっかり洗うといいよ。寮住まい?」

「いえ、男爵家の街邸で……学園のすぐ近くなので、歩いて通う予定です」

「…………」

 

 ルカとロッチは顔を見合わせた。

 国内トップの名門校、しかも少し高台。

 近いと言っても住宅街までは結構ある筈で、徒歩通学の者なんていない。平民だって通学馬車に乗り合わせて来る。

 昨今は寮が増設されてグレードも上がり、安全管理された寮住まいを選ぶ貴族も多い。

 どうにも怪しい、ブルー男爵家。

 ブカブカ制服の事といい……

 

「あのさ、リリィ。今日は送って行くよ。制服が汚れちゃった理由も、俺が家の人に説明すれば叱られないかもしれないし」

 ロッチがやや真剣な声で言う。

 

「でも……大丈夫ですよ……」

 

「僕も行く」

「ルカは迎えの馬車が待機しているんじゃないの?」

「僕も寮住まい」

「そうなの? 侯爵子息なのに?」

「僕は侍従も護衛も無しの身軽な身なの。まぁこんな時に自由がきくから有り難い」

 

 二人は紳士然と、女の子の両側に立った。

「参りましょうか、御令嬢」

 

 

 外はもう上級生の部活動が残っている程度で、三人は馬車の捌けた広場を横切って門へ向かう。

 守衛に外出の許可を取って街路を歩く。

 

 リリィの『近い』は下町っ子基準だった。

(この距離を徒歩で登下校しろなんて、やっぱりかなりきな臭いぞ、ブルー男爵家)

 そして王妃さまっ、

 アフターケアァっっ!!

 

 

 ***

 

 

 ブルー男爵邸からの帰り道。

 よれよれのルカとロッチ。

 

「最初に行くって言ったのロッチだからなっ!」

「あんなに強烈だとは思わなかったんだぁっ!」

 

 

 

 良く言えば古式ゆかしい悪く言えばお化け屋敷なブルー男爵邸の玄関で、戦々恐々とする二人の前で、この家の主の老夫人が両手を広げて駆け寄った。

 

『おかえり、私の可愛いリリシアや! 学校は楽しかったかい?』

 

『勿論よ、ソフィーお祖母様!』

 

 目を丸くする二人は、でも次の瞬間何を言う暇もなく二匹の巨大な犬に押し倒された。

 ベロベロに舐められながら地べたから、夫人と抱擁するリリィを見上げる。

 

 

 まぁまぁジョリィにヨーゼフ、男の子のお客様がそんなに嬉しかったの? そうねぇこの家はリリシアの他は年寄りばかりだもの、ごめんなさいね、あらあらベロベロにされて、マージ、お湯とタオルをご用意して。

 いえいえ遠慮なさらないでお茶ぐらいは、ベティ、取って置きの茶葉を、ほらあのどちらだったかあの方に頂いたあれよあれ、それをお出しして。

 え、転んでチョークの粉を被ってしまった所を助けていただいたですって? あらまぁなんてお優しい小さな殿方、そうだお礼に夕食をご馳走しましょう、そうねそれがいいわ、うちのジェフのお料理の腕は都一番ですのよ、お肉はたっぷり切ってさしあげて、遠慮しないで、男の子は沢山食べなくちゃ。

 門限? 大丈夫よ連絡ひとつ入れれば、セバスチャン、寮監に使いを出して、さあさあどうぞ、夕食の準備が整うまで邸を案内しましょうね、何も無い所だけれど……そう、何も無かったの、子供たちが爵位を継いで、それぞれ立派に独立してくれたのは嬉しいけれど、この屋敷はどんどん干からびて。

 そんな所に、聞いて下さいな、こんなに可愛らしい娘さんが来てくれて、ねぇもう夢みたい、しかもお友達まで訪ねてくれて、この家に子供の声が響く日がまた来るなんて、わたくしはもう胸が一杯で○○○□□□△△△・・・・

 

 機織り機のような老夫人のお喋りの隙間を縫って、リリィやベティさんやセバスチャンさんが、こそこそと解説してくれた。

 子供たちが独立して遠方の領地へ引っ越したあと、気の合った召使いに番犬代わりの保護犬二頭と引きこもっていた老夫人が、さるお方の紹介でリリシアと引き合わされた日から生活が一転した。

 それまで投げやりだった庭だ花だ食事だ運動だ健康だに意欲を示し、使用人は振り回されたが、夫人が生き生きと明るくなったのが何よりだと言う。

 だから多少アレでも、リリィも従者も、この屋敷の皆で夫人を守り立てて行こうと。

 

 本当はリリィだってブカブカ制服がみっともない事を知っている。

『でもね……』

 

 ――ああっ、サーシアが生き返ったようだわ!

 

 初めてブカブカ制服に袖を通したリリィを見て、夫人は涙を流した。

 

『サーシアさんはおばあさまの娘さんで、男の子は四人いるけれど女の子は一人だけで、とても可愛がっていたのに、入学式の直前に流感で亡くなってしまったんですって』

 

 その彼女の形見の制服を着せてくれたらしい。

 

 

「そ、そりゃ、着て登校するしかないよな……」

「娘さんの時代は、スカート丈も足首だったらしい。あと、徒歩通学も普通だったって」

「あの様子じゃ寮に入るなんて言えないよなぁ……」

 

 並んで歩く帰り道。

 ルカとロッチは溜め息を吐く。

 大雑把なリリィは、自分の身上では学校で学べるだけで上等なので、見掛けがみっともないぐらいは構わないと思っていたらしい。

 それが初日からあんな目に遇ったんじゃ……

 

 しかも

『その事は内密な筈です』

 執事のセバスチャンは、『王妃さま何やってんの!』という二人の問いに、驚愕の表情で答えた。

 リリィを孤児院から掬い上げて援助したのは匿名の慈善家だとしか公表していなくて、老夫人と男爵家の一部の者しか真相を知らない。なんとリリィも知らない。

 自分の名を出すと色々巻き込まれるからという王妃の意向。(それはそうかもしれないが……)

 

「サロンの人たちは俺らにサクッと教えてくれたよな?」

「王室も男爵家も公表しないんじゃ、僕らみたいな小者が口を滑らせてもバカにされて終了だよ。下手に自惚れないようにしていよう、落とされた時ショックだから」

「そだな……」

 

 

 溜め息を吐きながらトボトボと夜道を歩く。

 嵐のような一日&その締め括りにこの坂はきつい。

 しかも二人とも、男爵家でもう一仕事を働いて来ていた。

 

「疲れた?」

「手首が痛い」

「ルカにあんな特技があったなんて」

「特技って言うならロッチの方が凄いでしょ。僕のは自慢にもなりゃしない、絶対に他所で言うなよ」

「言わないよ、でも明日が楽しみだ」

 

「そういえば、明日から王太子のご登校なんだよな」

「何事も起こらないで欲しい・・」

 

 

 

 

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