谷の白い壁に到着した。
夕焼けに染まる屋上に、既にかがり火が灯されている。
一緒に出たロッチやリリィたちはもう門に入って会場へ上がってしまったとの事で、ルカたちで最後だ。二人が入ると見張り番は扉を閉じた。
谷を塞ぐ壁は遠くから見ても大きかったけれど中に入っても本当に大きく、屋上へ続く階段が遥か上方へ続いている。翁と一緒にテクテク登る。
「今日、階段、ばっかり、登って、いる、気がします」
「担いでやるか?」
「ガヴェイン家の使者が、そんな登場の、仕方をしたら、ジーク様に、簀巻きにされます」
「うちはそんな不細工な真似はせんと言わなかったか?」
ここに居ない筈の声を聞いて、ルカは飛び上がった。
***
ガヴェイン家の象徴、赤銅色の巻き髪が階段を下りて来る。
「ジーク様、なんで?」
「お前がそんなナメクジみたいな有り様だから上の者が待ちくたびれている。ラツェット閣下に申し訳ないと思わないのか」
「む、待たなくともよいと申したではないか」
「皆が承知しないのです」
あれ、いきなり会話を始めるって、もう挨拶済みって事? いつの間に。
と考える隙間もなく、
「うびゃ」
ラツェット翁に抱え上げられた。
「それではガヴェイン家の面目が立ちません。半分ずつ担ぎましょう」
――え゛
二人に脚一本ずつ抱えられた。要するに『お神輿』って奴? ワッショイワッショイ
いや待ってそんな良い物じゃない、身長差があるから股裂きになる、イダイ、イダイ、ダズゲデ。
「うるさい、ガヴェインの指輪をいいように使いやがって。うちの家紋を何だと思っている」
あ、やっぱり怒っていらっしゃる?
「使者としての役割はなかなか見事にこなしておったぞ」
そうそうフォローして下さい翁様。
「ラツェットの方々の御尽力あっての事です。あまり付け上がらせないで下さい、調子に乗ったら天井ありませんから、こいつ」
ジーク様、辛辣。
そうして、苛めっ子に捕まったカエルのように上半身折れ曲がったまま、ルカは屋上へ到達した。
わっと夜風と歓声。
正面に四か国の皆さん、こっち側にロッチやリリィやラツェット本家の皆さん、反対側によく知らない高そうな服の人たち。
ラツェット家頭領の登場に沸くのは分かるけれど、そろそろ降ろして貰えませんか、恥ずかしいです。
ひとしきり晒し者になった後、やっと解放されてロッチたちの所へ行こうとしたルカは、脇からガッと両肩を掴まれた。
「ああ、会えて良かったわ」
東ア国の学者女史。髪を結い上げてちょっとドレスアップ、素敵。
「ごめんなさいね、勇気が出なくて。でも決心が付きました、貴方を責任持って引き取るわ。婚約者も一緒にうちの国へいらっしゃい。文句は言わせる物ですか、何も心配しなくていいのよ、全部私に任せなさい」
……え゛
ど、どうしよう何から説明しよう。
「勝手に競合相手を増やすな!」
人混みを掻き分けてダミアン様が来てくれた。山吹色のタキシード。絶望的に似合っていない。
「マドモワゼル、ご厚意は有り難いのですが、この子供は引き取り先が決まっております」
「んまあっ、今度は何処に売るっていうの? この悪魔! 恥を知りなさい!」
あ、ダミアン様 傷付いた顔して絶句してる。うん、ごめんなさい。
ルカは左右を見回した。誰もこっちを見ていない、ロッチもリリィもいない。
ダミアンの横へピッタリ付き、山吹色の袖口を親指と人差し指だけで摘まみ、女性をうるっと見上げる。
「このおにぃさん、いいひと(蜂蜜トロトロ声)」
ダミアンの腕に鳥肌がブワッと立ったのが分かった。
「本当? 貴方に酷い事しない?」
「うん、せかいいち、たよりになる」
「そうなの?」
女性は肩を降ろしてダミアンに向き直った。
「誤解してごめんなさい。この子の事、宜しくお願いします」
「あ・・はい・・」
「何か困った事があったらすぐに私を頼るのよ」
女性はそう言って、メッセージカードに何か走り書きし、自分の頭からヘアピンを抜いて二つ折りにしたカードをそれで留め、ルカに渡してから去って行った。
「うん、おねぇさん、ありがとぅ」
女性が見えなくなるや否や、ダミアンが腕を思いきり振り上げて、ルカの指を払った。見たこともないでっかいさぶいぼが、首筋にまで立っている。
「何をやって来たんだっ、隣の国でっ!?」
あ、イヴァン隊長話さないでくれているんだ、ありがとう。
「使える物は余さず使って来ただけですよ」
通常声に戻ってスンと答えるルカ。
「それよりこのピン、キラキラして綺麗だなぁ。ズッシリ重いし、こんなの刺していられるなんて、よっぽど髪のコシに自信があるんだろうな。あ、何か紋章も入っていますね」
「見せてみろ」
受け取ったピンとカードを開いて見たダミアンは、頭を抱えてそこにしゃがみ込んだ。
と思ったらおもむろに立ち上がり、人混みを割って走って行った。
「あ、待って下さいよぉ、それ僕が貰った……」
ルカがやっと追い付くと、経緯を聞いたジークが、暗黒将軍のような目をして、蒼白なダミアンの隣で仁王立ちしている。僕が何をやったっていうんです!?
「そ、それ僕が貰ったんですよ、返して下さいよぉ」
「返す。返すが、絶対に使うなよ」
「ええ……だって困った事があったら使えって……」
「その困った事は、俺かダミアンに相談しろ! わざわざ国をまたいで国家間問題に発展させるな!」
「はぁい」
やっと返して貰った。
足の先から震えが上がってよろめくルカ。
う……うん、はい、使いません、こんな物を使わなくちゃならない事態に陥りたくありません絶対に。
余裕ある高貴な方々の間に学者肌が出現するのはままある事。共和国は分かっていたのかな?