ひとしきり立ち昇った光がシュッと引いて、王太子を見ると、肩を落として俯き、大きく息を吐いている。
「殿下?」
ルカが声を掛けてみるも返事がない。
あんなに光っていたのに、今は逆に、いつもはあまり見えない影を落としている。
「殿下、あの、殿下、お疲れになりましたか?」
「ウン……話にだけは聞いていたが、かなり厳しい物だ、これは……」
喉の中だけで呟かれた声は、いつかのようにルカの耳にだけ届いた。
えっ、あ、あの…… だから、そんなに全開パワー出さなくても。殿下に倒れられたら大変です、メムも魂抜けてるし、僕ひとりで二人ともは支えきれませんよ。
「殿下、ルカ」
ふと見ると、ロッチとリリィが、手を繋いで目の前まで来ていた。
これはきっと打ち合わせていない。殿下も目を見開いて驚いている。
「ローザリンド王太子殿下、我々も、共にお祈りさせて下さい」
ロッチはそう言うと、リリィから手を離して、殿下とルカの間に入った。右手に殿下、左手にルカの手を、剣を握る為の逞しい指でしっかりと握る。
殿下がハッと素の顔を上げると、リリィが目の前で手を差し出していた。
ルカが知る限り、リリィが自分から殿下に手を差し出すのは……触れる事さえ初めてだ。
小さい手に殿下が掌を乗せると、その部分がゆるくポッと光って、水玉みたいな光が飛んで消えた。
驚いた事に、手を繋いでいる末端のルカにさえ、心穏やかになるその振動が伝わって来た。
リリィは反対の手をメムに差し出す。
メムは恐る恐る手を繋ぎ、反対の手はルカが掴まえる。
五人がまぁるい輪を作った。
周囲は興味深く子供たちを眺める。
王太子はまた少しだけ光を瞬かせ、正面の四人を照らしている。
「今度はメムさん、私たちが、王太子殿下とこの場の方々に、『お祝い返し』をするのよ」
「へ、無理です、あたしなんかに」
「貴女の信じる神さまは?」
「き、『ききりの神さま』……です」
「では一緒にお願い致しましょう」
リリィの澄んだ声がこだまのように上がる。
「森の神さま、森の神さま、
優しい綺麗な『ききりの神さま』
どうか心許ない我々の
足許照らして下さいな
先行き照らして下さいな」
一節語ると、次は一言ずつ、ゆっくり同じ文言を、メムに繰り返させた。
「森の神さま」
「もりのかみさま」
「森の神さま」
「もりのかみさま」
「優しい綺麗な」
「やさしいきれいな」
「ききりの神さま」
「ききりのかみさま」
童謡のような可愛らしい祝詞に、トランス気味だった小国の者たちも止まって、興味深げに注目している。
一節分終わると、リリィはまた新たな一節を始める。
「ききりの神さま、ききりの神さま
照らして下さい道行きを
優しい人の先行きを
影は後ろへ、光は前へ
きよらなるクナゥの森に光を灯し
きよらなるクナゥの
きよらなるクナゥの
ダミアンが弾かれたようにメモ紙を引っ張り出し、必死に書き留める。
三人娘が側に寄って手伝う。
「昨日発見されたクナ族の本や、これまでの文献に、
「僕もあの本はまだ少ししか見ていない。しかしリリシア嬢だって、帝国語はそこまで達者ではなかったぞ。
・・! 彼女の懐で、聖書は光っているか?」
言われてニーナたちが注目すると、藤色の三つ編みがかかる胸元に、確かに布を透かして四角の形に光っている。
「あれ、ルカを助けてくれた聖書?」
「凄い、まるで
「そうか、あんな大穴が空いても関係無いんだな……」
ダミアンは寂しげに苦笑いした。どんなにこの件について知識を得ても、自分には光が見えない。王太子の光も、リリィの聖書の光も。
まだ側にいた西イ国の役人が背伸びをして口ヒゲをしごく。
「書き留めなくとも、後であの娘に聞けばいいのでは?」
「忘れている可能性があります、聖書が光っている間に口から出た言葉は」
「なんと」
口ヒゲ役人は、そんな馬鹿なと疑ったりせず、意外とすんなり受け入れた。
「あの藤色の髪の少女が、教祖の言っていたクナ族の聖女という奴ですかな。そういえば胸元が神々しく光っておる。聖書とはクナ族の物でしょうか、是非とも拝見させて頂きたい物です」
「リリシア嬢は聖女ではありません。王国の教会育ちで、聖書も見せて貰った事がありますが、王国の物です」
説明しながらもダミアンは哀しくなって来た。こんな初対面のヒゲのおっさんにも見えるというのに!
「あの」
東ア国の女性学者が寄って来た。
「私、あのその、皆が見えているという光がほとんど見えないのですが、まさかこんなに大勢で私をかついでいるという事は無いですよね?」
「えぇ・・?」
見ず知らずの子供を責任持って引き取ろうとした、聖人みたいなこの女性にも見えないって? ダミアンはますます分からなくなって来た。
「よかった! 私もあんまり見えないの。皆が感動しているのに、仲間はずれになった気分だったわ」
と朗らかに言ったのはジヨアナ。
「私って、何かが足りないのかしら」
「あんなに光っているのが?」
と西イ国の口ヒゲが言うのを遮って、
「関係ないらしいですよ、見える見えないなんて!」
ダミアンは強く言った。
「水面のキラキラと同じ、ただの光の加減だと、リリシア嬢は言っていました」
彼の勢いに気圧されて西イ国の役人は黙り、ジヨアナは嬉しそうに頷き、ニーナとエイミはニヤニヤし、東ア国の女性はこの少年の顔を記憶に留めた。