きよらかな王子さま   作:西風 そら

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ききりの神さま

   

 

 

 ききりの神さま

 ききりの神さま

 

 お照らし下さい足元を

 寂しい人の道行きを

 影は後ろに 光は前へ

 

 きよらなるクナゥの先行きに光を灯し

 きよらなるクナゥの(ともしび)を永遠に

 きよらなるクナゥの足跡(あしあと)に幸多かれ

 

 

 

 復唱は、最初メムだけだったのが、ロッチの朗とした声も加わり、殿下の清しい声と、ルカの細く澄んだ声も重なった。

 

 

 最初に気付いたのは、門に立つ門番たちで、次に屋上の端にいた物から声が上がった。

 

「何だあれは」

 

 谷あいに、青い光が粉をまぶしたように瞬いている。

 やがてゆらゆら揺れて舞い上がり、暗い夜空を覆った。

 

「蛍だ……」

 

「本当? まぁ素敵ね」

 女性客が嬉しそうに手すりに寄った。

 

「客たちが動く、事故が起こらぬよう警護を」

 ジークが、蛍を見上げて呆けていた騎士たちに鼓舞した。

 それから、輪になって祝詞を唱え続ける五人の子供を睨む。

 まったくあいつら、何を仕出かし始めるんだ、何を……!

 

 

 ***

 

 

 王太子が休暇を利用して共和国を訪れたいと言い出したのは、準備期間がタイトだった事を除けば、至極まっとうだったと思う。

 

 微妙な関係の隣国、断絶している訳ではないが付き合い辛いのは確かで、誰も手を出したがらない。

 ならば子供の交友、政治的な荷物を持たず、有力者の子供たちとの次世代同士の顔合わせ程度に留めれば、そこまでの負担は無い。

 王太子の初めての外遊としては適当。上手く価値観を擦り合わせれば、将来の有益な交流に繋げられるかもしれない。

 付き合ってみてやはり駄目だとなれば、まだ子供同士の交友、滑らかに距離を置く事も出来よう。

 

(あの殿下に悪印象を持てる者もいないだろうし)

 人同士の好き嫌いという物は、存外と公でも力を発揮したりする。

 

 事実、若い者たちは未知の現象に寛容で、たまにちょっと光る程度の王太子は『体質』ということで受け入れられた。

 共和国の旧華族や重鎮の年の近い子供たちと、茶話会、球技や乗馬、園遊会に音楽会と、由緒正しい貴族交流を滞りなくこなし、やれやれ後は帰るだけ、という時期に……

 

『ラツェット領が良くない風評を受けている、鷹派の大臣が最近沸いた宗教ビジネスと裏で繋がって怪しい動きをしている』

 二人だけの時に、殿下がそっと囁いて来た。

 まったく、好意を持つ人物に関する事なら飛び抜けて、目鼻が効いて敏感なのだ、この方は。うちの家系に生まれてくれれば良かったのに。

 

『危急ですか?』

『風評被害だけなら帰ってからでも。しかし、胸騒ぎがする。このまま放って置いたら取り返しが付かなくなる。今から国境へ行く予定を作って欲しい、ジーク、頼む』

 

 無茶を言う。しかし、殿下の蒼白な額には脂汗。

 小さい時から知っている、この方の『悪い方の予感』は、疑う余地がない位ビタ当たる。

 

『宰相補佐と外務役人を恐喝して来ます。移動の名目は……最近発見されたというラツェット家の図書室に関連付けてデッチ上げましょう。

 足は……こっちの連中に任せたらいつになるか分からんので、乗って来た船で海路を行っちゃいましょう』

『ありがとう、ジークは世界一頼りになる』

 

 で、すったもんだで無理矢理出発して、こっちの港に着いて、まともな桟橋が無かったのでボートにて上陸(ここで時間を食った)。

 早馬を送ってソド村にある国境門に、王太子一行緊急到着の先触れを届けた時は、ラツェットは、大勢の農民襲撃に対応している真っ最中だったらしい。

 内密の先触れの後押しもあって、その後ラツェット翁は隣国への人道的越境に踏み切ったのだが、後で聞いたジークは驚天動地だった。

 

『あの野郎! ガヴェイン家の家紋の指輪を、その辺の村娘にホイホイ預けただと!?』

『ルカには信頼出来る者だったのだろう。それを口実にラツェットは行動を起こせたのだから、許してやって欲しい』

『婚約者などと言っているらしいですよ』

『こ、ん、やく……まさか、口実だろう?』

『分かりませんよ、あいつロッチとは別の意味で読めませんから』

『コン……ヤク……』

 

 その後ルカがまた勝手に暴走して矢がブッ刺さったなどの追報も入り、移動中の殿下の動揺っ振りったらなかった。

 どこが殿下の気に入られているんだか、あんな胸板ペラペラの屁理屈モヤシ。まぁ自分も便利に運用しているが。

 

(こんなので殿下、まともにルカに会えるのか? ちゃんと王太子としての威厳を保てるのか?)

 と心配していたが、そちらは杞憂に終わった。殿下はさすがであらせられる。

 

 ――そんな感じで気を抜いていた所、

 

「クナゥの森から祝福を」

 

 ――これだ。

 

 

 ***

 

 

「見て、蛍があんなに」

 

 国境門の屋上。

 王国、共和国、近隣四か国を交えての親睦会。

 居合わせた二人の子供の婚約を王太子が祝い、それのお祝い返しにと、五人の子供が輪になって祝福を唱え始めた所、地上の蛍が舞い上がって夜空をおおった。

 

 来場者は感動の声を上げて空を見上げる。超常現象っぽくはあるが、「繁殖期の決まった時間に一斉に飛び上がる現象だろ」(byダミアン)なんて冷静な解説を入れる者もいて、パニックは起きない。

 

(よかった、せっかく健全な外遊デビューを果たされたのに、『妖しげな魔術を使うオカルト王子』なんて噂を立てられてはたまったモンじゃない)

 近衛の白服を着たジークは、注意深く警護に専念しながらも胸を撫で下ろす。

 

「蛍ってこんな色でした?」

「こんなに高く飛ぶ物だったっけ?」

 

「ラツェット領の蛍は青いんですよ。身体が大きくて飛翔能力も高いです」

「緑のもいるけど、発生時期がズレているの。今は青の季節」

 ラツェット家の娘たちが説明をする。

「飛び始めの青い蛍を、男女で手を繋いで見ると幸せになれるんですよ」

「あらまあ、私たちも繋いでみましょうか」

 

 はしゃぎながら手を繋ぐ来場客たちをジークは安心して見回す。うん、穏やかでいいが……

 ・・何でダミアンと手を繋いでいる娘がいる!? 俺の目の錯覚か?

 ちょっと待て、うちの見習い騎士の横へ行ってちゃっかり手を取っている娘がいるのだが? 出向地で何やってたんだ、あいつ!

 やはり気が抜けないジークであった。

 

 

「見て、盆地の方を」

 

 誰かが言って指差す、ラツェット領の細長い盆地の、ぐるりと囲った森にも蛍が飛んでいる。平地内の水辺にも、護岸していない部分の川の形に、光る砂を撒いたように青い蛍。

 

「綺麗ねぇ」

「ラツェット特有の蛍なのかしら。ソド村の方には見えないわね」

「蛍ってデリケートなのだよ、水が綺麗で流れが穏やかでないと生息出来ない」

 

「まさに神の庭園じゃのう、聖女様が降臨される訳じゃ」

 

 聞き慣れない声にビクリと飛び上がって、ジークは振り向いた。

 昼間保護して門内の客間に収容していた、エセ教祖の元部下の二人の老人の内の一人が、料理を頬張りながらのほほんと歩いて来る。確か、名をトトドといった。

 

「どうやって来た? 警護は何をしていた?」

 

「聖女様に合わせて祝詞を口ずさみながら階段を登って来たら、すんなりと通して頂けたぞ」

 

 あいつら、超常現象に緩み過ぎだ!

 

「ご老人、貴方が無害な事は承知しているが、ここには要人も多い。警護する者としては退場願うしかないのです、申し訳ない」

「構わん構わん、もう十分に眼福じゃ。ユタにも料理を持って行ってやってよいか?」

「すぐに届けさせます」

「ユタにも見せてやりたかったのう。こんなに沢山の『ききり様』」

「……?」

 怪訝な顔のジークに、爺さんはにっこり頬を盛り上げて言った。

 

「『ききり』とは『蛍』の事じゃぞ、クナ族の言語で」

 

「そこ、もう一度詳しく!」

 ダミアンがメモを構えて飛び込んで来た。

 ああまた面倒になる。

 

 

 

 

 ラツェット邸より少し離れた小さな石の館。

 二階のベランダから、大きな椅子に座った老夫人が、舞い上がる蛍の光を幸せそうに眺めている。

 

「ききりの神さま、ききりの神さま……ああ、思い出したわ」

 

「何を、でございましょう?」

 後ろに立つ召し使いが聞く。

 

「昔、わたくしの結婚が決まった時に、三人の占い師さんが訪ねて来て、お祝いだと言って、大きなカゴを渡してくれたの。中には沢山の青い蛍。夜だったからパッと舞い上がって。綺麗だったわぁ」

「それは麗しい思い出ですね」

「そして唄をうたってくれたの。森の神さま、森の神さま、きよらなるあなたの愛し子に永遠(とわ)の幸せを、って。

 嬉しかったわぁ、思い出せて良かった」

「良かったですねぇ」

 

 

 

 

「帝国にクナ族が狩られた時代、こちらの国境に逃げて来たクナ族が少なからずおった」

 老人を椅子に座らせ、隣で真剣にメモを取るダミアン。

 

「北の森の蛍の幼虫を、大切に運んで来た者もおったらしい。自分たちの信仰、文化を失わぬように」

 

 ジークは仕方なく側で見守る。非招待者のトトドから目を離す訳に行かない。

 

「わしが祖父さんに聞いたのは、そういう話と、少しの言語と祝詞だけじゃ。ソド村周辺と、ラツェット領にも、意外と子孫は多いと思うぞ。もっとも狩られるから、子供にはあまり教えなかったと思う」

「貴方のお祖父さんは教えてくれたのですね」

「祖父さんは信仰厚かったからの。この地に『ききりの神さま』の信仰は、昔から根付いておった。あの教祖が来る前から。

 ききり様が好む(リヤハム)の木を祭壇に立て、子孫繁栄を願い、新芽の付いた枝で祝福をする」

 

「土着の宗教を悪事に利用しようとした教祖に対して、貴方は、糾弾したり、抵抗しようとは思わなかったのですか?」

「『ききりの神さま』は憎んだり恨んだりせん」

「しかしそれでは……」

「この世に必要とされなくなったら、黙って消えるのみじゃ。祖父さんはそう言っとった。それにわしだって己を守りたいわな、聖人じゃあるまいし」

「…………」

 

「そうして中途半端に教会と繋がって生きとるわしの前に、あの子供が現れたのじゃ」

 爺さんは、輪の中で祝詞を復唱し続ける、錫色の髪の少年を指した。

 

「わしの言えなかった間違いを、調べて証明すると言い切って、目論見を阻止する為に危険も省みず、教祖の懐へ入りに行った。

 ああ、こういう者だから聖女様と同じ輪に入れるのじゃな、と……」

 

「そこはどうかと思うぞ。あいつは何も考えずに無鉄砲なだけだ」

 ジークが口出しした。

 

「何も考えずに出来てしまうからじゃよ。わしには無理じゃ」

 

 身辺が落ち着いてからダミアンの研究に協力すると約束してから、トトド爺さんは下がって行った。ユタに頼まれたとワインを数本抱えていたのを、ジークは見のがした。

 

 五人の子供が祝詞を終えて手を降ろしてからも、蛍はしばらく舞い続け、皆の白い頬を照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





挿し絵:ききりの神さま

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