きよらかな王子さま   作:西風 そら

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おぼろな記憶

 

 

 

 翌日、ルカたち三人は王太子の船に便乗させて貰って帰都に付く事になった。

 新学期開始には間に合わないが、負傷しているルカを寝かせたまま移動出来る事が大きかった。

 

 メムと、トトド爺さん、ユタは、国籍の取得に時間が掛かるので、国境門で待機。ユタに対してだけは、怪我人という事で、治療目的の入国が許された。彼は完治後、何らかの形でラツェット家に仕えたいと希望している。

 本来なら『婚約』で入国のメムは手続きも早い筈だが、それはお互いが成人の場合で、未成年は親もしくは後見人の承認が必要だ。

 いまだ保護者も後見も決まらないルカには不可能。

 

「だから臨時にでもボワイエに籍を置いてしまえ。手続きの間だけならいいだろう?」

「ランスロット・ガヴェインの名でプロポーズしたんだからそのままで良かろう?」

「そういう話ならうちも名乗りを上げようぞ。小僧、わしの子になりたいと口走ったのを忘れてはおるまい?」

 

「嫌です」

 

「だから何故そのように拒否する?」

 

 ルカは、メムを横に置いてスンと言う。

「僕が陥れたあの長官さん、王国で言うと伯爵ぐらいの地位だったんですよね。そのバックの大臣は、侯爵と公爵の間ぐらいって聞きました」

「ああ」

「それだけの人を敵に回しちゃったんですよ。僕が平民のゴミみたいな存在だから『ゴミクズにしてやられた』で済んでいるけれど、家名を背負っていたらどうなりました?」

 

「ガヴェインの名は使ったろうが」

「使いましたが、ほぼ『騙り』な使い方でしたから、ガヴェイン側が知らんと言い張れば通ると思います」

 

「小僧、それはちょっと苦しいぞ」

「上手く収まったからいい物の、ひとつ間違えたら、僕、無許可入国の上、不敬罪と偽証罪で繋がれてもおかしくなかったんですよ。そんな危なっかしい者を、貴方たちの大切なお家に入れようとしないで下さい」

「むう……」

 

 論破返しで無理矢理押さえ込めない事もないが、理屈をこねる子供がユラユラと揺れ始めたので、三人の貴族は黙った。

 

 加えて隣のメムが、「あたし、ちょっと待つくらい平気よ、その間、門で下働きをやらせて下さい」と健気に言うので、結局トトド爺さんと共に待機となった。

 籍を取る手続きは、『トトド爺さんの孫』扱い(その方が簡単)、爺さんはダミアンの研究協力者という名目で、歴史文化研究所預かりとなった。

 

「メムを言いくるめてボワイエ家の身内に入れてしまおうとか考えるなよ」

 肩に腕を回して来るジークに、「(ギクリ)そ、そんな事考えていませんよ」と首を竦めるダミアン。

 彼はもうしばらく蔵書の研究をしてから帰都だ。資料が追加されたので(トトド爺さんよりの聞き取り)当初の予定より延びる。

 爺さんは、旧帝国語に加えて本に載っていなかったクナ族の言語も知っていて、ダミアンや学者たちからしたら垂涎の知識持ちだった。

 教祖、真っ当に『古い教えを語り継ぐ』のが目的だったなら、凄い人材を既に手中にしていたのに。

 

 さて、護衛騎士ユーリとミックだが、愛馬がいるので、ルカたちが船に乗った時点で任務終了、陸路で帰還となる。

 多分元来の護衛業務以上に世話になったルカは、両手を握って心からの礼を述べたが、『元来の任務以上に多くの学びを頂きました』と逆に返された。

 ユーリに関してはプラスアルファも得ちゃったもんねと、隣のロッチは心の中だけで思う。

 彼らは灌漑チームと共に馬車の護衛をしながら戻るが、家族に紹介する女性を馬車に便乗させて戻る事で、さぞかし父兄(ちちあに)を驚かせるだろう。

 

 ラツェット家を後にする時、ルカはまた大勢に頭をワシャワシャされ、女性たちはパイを持たせてくれ、ラツェット翁には紋章入りの短刀を賜った。

 リリィはもう一度ニーナたちの曾お祖母さんに挨拶に行き、ロッチは兄や従兄弟たちから背中をバシバシ叩かれた。

 

 そうして手を振る皆が見えなくなるまで馬車の中から手を振って、ラツェット領をあとにした。

 リリィは曾お祖母さんに手渡された手編みのケープをずっと抱き締めていた。

 

 

 初めての船旅にロッチとリリィは大はしゃぎだったが、ルカはあちこちの傷から熱を出した上、船酔いのダブルパンチで、船室で寝込んだままだった。

 

 王太子が、何だかずっとルカに付いていた。

 看病など殿下の役割ではないしルカも落ち着きませんよ、と言われても、「港に到着したら王太子に戻るから、今だけ自由にさせてくれ」、と珍しい我が儘を言った。

 お好きにさせてあげて下さいとテオが進言して、ジークも黙認した。

 そうして本当に港に着くまでずっとルカの傍にいて、着いた以降はきっぱりと、必要以上近寄らなくなった。

 

 

   ***

 

 

 ・・

 ・・・・

 

 

「その橋の欄干、緩んでいるから危ないよ」

 

 夕霧の中。

 ぼやけたオレンジに照らされた、狭い小さい橋の上。

 

 澄んだ声の女の子に話し掛けられ、男の子はビクンと揺れた。

 

「そ、そうなの?」

 

「もうボロ橋だから、二人ずつしか通っちゃいけない事になってる。はい、あんたのボタン」

 

「??」

 

 男の子は、差し出された銀色のそれを見る。

 今しがた、すれ違いざまに路地裏の悪童に引きちぎられて行った、袖口のボタン。

 

「取り返してくれたの?」

 

「うん。大人に言わないで貰えるかな、あの子バカなだけだから。獅子に何かの葉っぱ? こんな大層な模様の立派なボタン、持っているだけで碌な事にならないって分かりそうな物なのにね」

 

 女の子はポケットから小さい針刺しと糸を取り出した。

「黙っていてくれるんなら、特別サービスで付けてあげる」

 

「分かった、誰にも言わない」

「じゃ、じっとして」

 

 ボタンを縫い付ける女の子の指はとても早くて、まるで魔法のようだった。

 

「この辺の子供は、普通にそんな物を持ち歩いているの?」

「うぅん。母さんがお針子だから、真似してるだけ」

「偉いね」

「別に、普通だよ」

「偉いよ」

「そうかな」

「うん」

「本当は他所(よそ)の子とお話しちゃいけないんだ。だからあんただけ特別だよ。はい出来た」

 

「ありがとう。とてもきれいだ」

 

 男の子は、女の子の夕陽に染まる髪を見ながら言ったのに、女の子はそっぽを向いている。

 そちらの方、離れた広い崖縁で、数人の大人が棒を立てたり距離を測ったりしている。

 

「あの人たち、朝から居るの。何してるんだろ」

「ああ、橋を建てる計画があるんだ。わたしは世の見聞を広める為に連れて来て貰っている」

 

「ケンブン……ってよく分かんない。あそこに橋が出来るの?」

「そう。荷車も馬も通れる、大きくて安全な橋」

「凄い。誰が作るの?」

「ここに橋があったら皆が便利になって助かるなぁ、って思う人だよ」

 

「へえ、神さまみたい」

 

 

 ・・

 ・・・・

 

 

 

 ルカが目を開けると、船の揺れは穏やかになり、時間は夕刻か、窓からオレンジの夕陽が入っていた。

 傍らで椅子に腰掛けたまま、布団にうつ伏せる人がいる。

 いいって言うのに、殿下はずっと熱を冷やし続けてくれたのか。優しい方だな、ご自身もお疲れだろうに。

 

 プラチナブロンドの髪が夕陽に染まって見た事もない髪色になっている。

 長い睫毛の下の袖口のボタンを見て何かを思い出した気がしたが、ルカは母の死前後の記憶はおぼろで、今しがた見た夢の中身も、もう忘れている・・

 

 

 

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