~余話・1~
――四か国の帰路
帰る方向が同じな、東ア国と西イ国の馬車。
道中の休憩所にて。
「国へ帰っても先日の蛍の夜の出来事は、口ではとても伝えられませんな」
まだ高揚している西イ国の役人。
「そうですともそうですとも。あんな物を見せられては、言葉など無くとも、どれだけ沢山の悪口もねじ伏せられるでしょう」
更に熱く語るのは、小ウ国の灌漑技術者。小ゑ国と共に、乗って来た船のある街まで、両国の大きな馬車に便乗させて貰っている。
「危険な考え方ですわ。信仰で民衆を扇動するのに派手なパフォーマンスを使えばいいという事になってしまいますもの。綺麗な色の光など化学反応で幾らでも作れますのよ」
東ア国の女性学者は少し離れた席で、自国から持参した紅茶を飲みながら鼻白んだ事を言う。
「そういう意見もあるのを見越して、証拠文献とともに二本立てにしたのが小憎らしかったですな」
「王国さん、国王陛下は飄々と掴み処がない癖に、いつも脇固めに隙を見せませんねぇ」
「年鑑ドサドサ出して来たでしょ、あれ笑っちゃいました」
「ガッツリ記載されていましたね、クナ族狩った記録やら。報奨として奴隷分配していた家名とか。クナ族奴隷は貴族の資産としても毎年計上されていましたし、ごまかしようも無かったですね。
共和国の偉いさんたちひきつってました。前政権がやった事とはいえ、王国さんに濡れ衣着せてたのは自分たちですから」
「見付けた時 痛快だったでしょうね。見ました? 王国の研究者たちのドヤ顔」
「そりゃ、知らない所であれだけ貶められていたと分かったら、奮闘するでしょ」
「ああいう風評は、初期の内に叩いて潰して置かないと、浸透した後だと本当にどうにもなりませぬからな。我が国の歴史上の偉人も、言ってもおらぬ戯れ言を世界中で言った事にされ、被害を被っておる」
「クナ族迫害してたのだって、どうせ旧帝国中央の一部の連中でしょう? 他の帝国民は存在すら知らなかったんじゃないですかね」
「知らない物を『こうだ』と刷り込まれたら、それがその人にとっての本当になっちゃいますからね、怖い怖い」
「情報が解禁されたら一番に写本に伺いたいですわ」
黙って聞いていた東ア国の女性学者は、鼻梁にシワを入れてスンと言った。
「引き換えカードの沢山ある御国が羨ましい」
西イ国の役人が会釈して向かいに座って来た。
「その時は是非便乗させて下さい」
「わたくしの一存では」
「先程からとても良い香りに惹かれております。頂いても?」
「そちらなら幾らでも」
女性は侍従に命じて新たな紅茶を用意させた。
「気にしておられましたでしょう?」
「はい?」
「自分には光が見えぬと」
「別に」
「そうですね、本当に気にする事ではないのですよ」
「貴方には理由が分かっていて?」
「はい」
役人は自信たっぷりに胸を張った。
「『信心深いかどうか』、ただそれだけですよ」
「まさか?」
「聖職者的に言うなら、『神様が身近にいらっしゃるかどうか』です」
「随分と自信がおありなのですね」
「実は我が家は神職の家系でしてね。私は変わり種で役人をやっておりますが、幼い時分から祈り癖は刷り込まれております。それに気付いて周囲を見渡すと、指を組む者、組まずにキョロキョロする者・・成る程という感じでした」
男性は、離れた所で議論を交わす小国の二人を見た。彼らの国は、自国の教会を中心とした宗教国家だ。
「信仰というのは、持てと言われて持てる物ではありません。例えばクナ族の民は、月も届かぬ暗い森で足元を照らしてくれる蛍を、神様の御使いと感謝して奉ったのでしょう。
人口の光のある環境に生まれた者に同じ心を持てと言うのは無理な話ですし、私はそれでよいと思っています。貴女やあの正直な少女のように、己に確たる自信のある者には必要無いのでしょう」
「慰めて下さっているの?」
「いいえ。信仰のある無しに上も下も無いと思っております。一族の者には叱られますが」
「…………」
「少しはスッキリしましたか?」
「そうですね、ありがとうございます」
小国二人の会話は別の話題に移っている。
「王国の王太子殿、初めてお見掛けしましたが中々どうして」
「目を引くお方でしたなぁ」
「十二歳でしたっけ。お相手、まだ決まっていないようですよ」
大国二人も興味を示して、話に入って来る。
「国内に相応なご令嬢がいらっしゃらないのでしょうか?」
「まだ学生期間が三年半もありますからね。ご学友から選ばれるのでしょう」
「成る程成る程、ふむぅ……」
「あら……」
「ほほぉ……」
「ふふふ……」
***
~余話・2~
――ユタとダミアン
「それでルカは監禁されたのか」
「そうだな、ベッドがベッドがと、くだらない事にばかり騒いでいたが」
「相変わらず危機回避能力の低い奴だ」
露天の湯に肩まで浸かってのびるダミアン。
隣の浴槽で腹這いで腰を伸ばすユタ。
ラツェット領から険しい山をひとつ越えた谷あいの村。硫黄臭の白い湯気の立ち昇る湯治の郷。
ダミアンは帰都の前に一泊の立ち寄り湯。ルカがえらく勧めてくれたからだ。
(確かに肩の疲れが一気に取れる。ボワイエの分院を作りたい位だ)
ユタは、ラツェット翁からの
もの凄く余談だが、ユタが乗せられて来たのは、東ア国式最新鋭サスペンションの馬車で、すこぶる快適だった。
技術供与された訳でなく、国境の門に停められた馬車をつぶさに観察したロッチと殿下が引いた図面から、見事に再現してしまった。おそるべし欲しい物は自作するラツェット。
「だが、窓から抜け出せたし、完全な監禁では無かったぞ。あいつが逃げ出さなかったのは俺の為だし」
「そうか。……おかしな様子にはならなかったか?」
「いや、特には」
「ならば良かった」
「何だ、気になるではないか」
ダミアンはちょっと考えてから、ルカを命懸けで庇ってくれたというこの老人に、ゆっくり話し始めた。
「僕の叔母が彼の主治医なのだが」
「あ? どこか悪いのか? あいつ」
「『監禁』は彼の古い傷の一つだそうだ」
「うん?」
「母親を亡くした直後にゆっくり悲しむ時間も与えられず、暴力的に監禁されて貴族教育を強要された。父親は引き取りだけして、後は愛情を持たない義母と二人の義兄に丸投げだった。
お陰で母親が死んだ記憶が欠落してしまったが、皮肉にもそのお陰で辛うじて平衡を保てていた」
「そうか……」
「主治医の催眠療法で分かった事だ。たまにフラッシュバックで表面に出て来るが、本人はほとんど覚えていない。忘れているのなら忘れたままでいいと、僕個人は思う」
ダミアンはぷくぷくと鼻の下まで沈んだ。
(貴族籍に極端な拒絶を示すのは、そのせいなんだよな、多分……)
ユタは自分の掌を眺め、あの子の頭を撫でてやった時の、上等な猫みたいな感触を思い出した。温い体温を帯びた頭蓋は小さくて心許なく、少し力を入れただけで簡単に壊れてしまいそうだった。
「俺からしたら、普通の、何処にでもいる、甘えたがりのクソガキだ」
***
~余話・3~
――ある日のサロン
ひょんなタイミングで二人きりになった殿下とイサドラ。
「『誰かに恋をしたら、思い人が幸せになれる道を、ひたすら考えろ』、と、以前あなたに教わった」
「さようでございます」
「その通りにやってみた。思い人とその伴侶の幸せを、心一杯に祈願した」
「それは大層にご立派な事でした」
「あんなに心抉られる物だとは思わなかった。胸にポッカリ大きな穴が空いてしまってまだ治まらない」
「あら」
「どうすればよいのだろう」
イサドラは、見上げて来る王太子殿下の子犬のような瞳を見た。どんなにキラキラしていたって、思春期一歩手前の子供だ。
(休暇で故郷に招かれて、ロッチと距離を縮めちゃったんでしょうね、リリシア嬢)
時間に解決させるしかない、新しい恋を見つけろ、とアドバイスをするのが定番だが……
「その心抉られた部分には、新しい恋慕が入るまで、取りあえずの楽しい物を詰め込んでみては如何でしょう。お休みの日に観劇など?」
「恋物語は御免だ」
「今 国立劇場に掛かっているのは、十一人の少年少女と犬とロバとリャマの冒険活劇ですわ。わたくしはこういう物の方が好みです」
「それは面白そうだな」
「ではチケットを手配しておきますわね」
「……共に行ってくれるのか?」
「そのつもりでお誘い致しましたが。殿下の心の抉れた穴に、多少の責任は感じておりますので」
それもあるが、ずっと気に留めて世話を焼いてあげたかった錫色の髪の危なっかしい子供が、最近生意気にも彼女など作ってヘラヘラしているので、賑やかな冒険活劇でも観てストレス発散したかった。
「いいのか、その、わたしは、観劇の最中に光り出してしまうかもしれないのだぞ」
「そんな物、遮光マントで覆ってしまえばよいではありませんか」
「…………」
「我が領地で、薄くて性能の良い生地が、開発されてございますわ」
「……その発想は無かった」
「では、チケットは次の休みにお取りしますね」
「ああ、楽しみだ」
「わたくしも楽しみですわ。愛だの恋だのは、もうしばらくは御免ですものね」