きよらかな王子さま   作:西風 そら

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余話 ~雨宿り~

 

 ~雨宿り~

 

 

 あたしの人生ってけっこう波瀾万丈だったんですよ、信じます?

 

 生まれたのはね、お隣の国。田舎の貧乏な村で、屋根が穴だらけの掘っ立て小屋。こんな雨の日は、森の木の下の方がマシってくらい水浸しになるの、本当よ。

 家族? いたのかしらね、よく覚えていない。

 

 それがさ、ある日、山の中で王子さまみたいな男の子に出会ってさ。いやホント色が白くて花みたいに綺麗な、こんな人間この世にいるんだなぁ、なんて。

 それが何と向こうから告白して来たのよ、一目惚れだって。いやいやいや本当だってば、ここは本当。

 ねぇ、何処が良かったのかしらねぇ、当時のあたしは痩せっぽちのボロボロで、髪も歯も何もしていなくて、そりゃあもう酷い風体だった。

 

 あ、歯はね、こっちの国に来てから矯正したの。彼の学校の先輩の親戚の歯医者さんが、新しい器具のチケン? とやらで、無料でやってくれた。ラッキーだったわ。歯がよくなると違うのねぇ、鏡を見るのが楽しくなるし、世界が開けたみたいだった。

 ええ、その先輩とはずっと親しいみたい、いいわね、学校のお友達って。

 

 

 ええまぁ、あたしも学生気分は味わわせて貰ったわ、ありがたい事に。

 彼が年下で、学校があと三年もあって。じゃああたしは何処かで住み込みで働いて待っていようかしらって言ったら、心配だ心配だって、年下の癖に。あは、ノロケじゃないですよぉ。

 

 結局、学校の敷地内の、女子寮の下働きに就職したの。住み込みで掃除とか洗濯とかやる人。

 その頃が一番楽しかったわ。お姫様みたいに綺麗な女の子たちが皆親切で、お菓子をくれたりお茶に呼んで貰ったり。

 ああいう人たちって意地悪なイメージあったんだけれど皆とっても優しかった。育ちが良いと心も豊かになる物なのねぇ。

 

 その内、あたしの仕事の丁寧さが気に入ったって、自分専属の召し使いにならないかと言ってくれるお嬢様が現れてね。それも何人も。

 あたしの事取り合うみたいになって、ちょっと気分が良かったわ。真面目に働いて認めて貰えるのって嬉しい物ね、ふふ。

 

 

 彼は、特待生? って奴で、学費を無料にする為に成績を落とせなくて、年がら年中机に向かっていた。

 おまけに生徒会の庶務? みたいな役割でこき使われていて、休みの日もあたしの事を構えなかったのよね。

 お給料のいい所に就職する為だから今は我慢してって、申し訳なさそうに言われたけれど、あたしは全然不満じゃなかった。

 村での生活に比べたら何もかも天国だったもの。

 

 お昼のお弁当だけは一緒に食べに来てくれた。毎日、ちょっとの時間でも。あたしが学生じゃないから場所が限られていて、物干し場とか、目立たない場所。

 お弁当はあたしが用意していたわ。彼にお金を貰って、パンにチーズと……その季節の安い野菜を手当たり次第に挟んだ奴。

 えっピーマン? 甘酢で漬けたら食べてくれるようになったよ。

 

 初めの内は無理させてんのかなぁと不安だった。彼、無口だし。

 予鈴鳴ったら起こしてって、あたしの肩とか膝とかでスヤスヤ寝るの、なんかその時間が好きだったな、のどかで。

 

 一回、寮のお嬢様に見られて、キャアキャア大騒ぎする人たちと、女性と一緒にいるのに寝てしまうなんて失礼だって憤慨する人たちと、両極端だった。少なくとも上流の世界でも普通ではないのね、と思った。

 えっ、これもノロケなんですか? あらまぁ、えへへ。

 

 

 ある日彼を待っていると、とんでもなく綺麗なお嬢様が現れたの。もう後光が射して、教会の絵から抜け出して来たの? ってくらい。

 寮の娘じゃないのよね、同じ制服でも仕立てがまったく別物でサラサラと着心地が良さそうで。

 そのお嬢様もまぁ優しい声で、伯爵家の屋敷メイドにならないかって言うの。

 あたしだってその頃には、メイドは下働きより断然上で、お給料も天と地だって知っていたわ。しかも伯爵家なんて雲の上。

 でもメイドはある程度の教養も必要だって聞いた事があるから、あたし読み書きも出来ないからダメですと言ったの。

 そしたら、メムが学校へ通いたいんなら学費を出してあげる、その乱れた歯も矯正してあげる。だから今すぐうちにメイド見習いとして入りなさい、って急に話を進めるの。

 

 次の瞬間 彼が走って来て凄い剣幕で、メムに構うな! って。

 いやもうビックリしたのなんの、伯爵令嬢様相手によ。硬直してるあたしの前に立ち塞がって、メムに手を出すなさわるな穢すな! って。

 大袈裟だなと思ったけれど、ちょっと気持ちよくもなっちゃったりして、えへへ。

 

 

 彼、どういう立場だったんだろうね。平民だって聞いていたけれど、生徒会って所は雲の上のような身分の人たちが一杯いるって。きっと気が抜けなくて大変だったんだろうなぁ。

 あたしは生徒会の人たちって見た事もないんだけれどね。表の校舎の方とか、行っちゃいけないエリアだったし。

 

 令嬢様がいなくなってから彼、急にしょんぼりして、メム、学校に通いたかった? って。

 しょんぼりすると子供みたいなのよ、あぁ本当に子供だった、二個下だし、身体小さくてもっと幼く見えた。

 別にお勉強好きじゃないから、全然いいよって答えた。

 

 あたし、本当、学校とかどうでも良かったの。その時は歯も気にしていなかったし、待つのも苦じゃなかったし、しょんぼりされる方が切なくなって困ったな。

 

 

 でも次の日から、住む所が女子寮から職員寮に移動になって、職場も職員エリアの下働きに変えられたの。周り、おじさんばっかり。

 あれは悲しかったわ。キラキラしたお嬢様たちを見られなくなったんだもん。

 あ――あ、結局同年代の女の子たちとわちゃわちゃ楽しかったのってたった二ヶ月ちょっと。あの時があたしの最高の学生気分だったなぁ。

 

 喧嘩になったわ、彼と、初めて。今から思うと喧嘩じゃなかったね、あたしが一方的に怒るだけだった。

 彼はひたすらごめん、ごめんって。

 でもよく考えたら平民の学生な彼に、下働きの職場の移動なんて権限ある筈ないのよね。

 もしかしてあの伯爵令嬢様を怒らせたせいかもしれない。だったらしようがないわ、彼があたしを守ろうとしてくれているのは分かったから。

 だって令嬢の話って、あたしに都合が良すぎて、よく考えたら怪しい。

 夜寝る前にベッドの中で、そう思い直した。

 だから、翌日は、こっちはこっちで楽しいよ、おじさんたち、たまに読み書き教えてくれるし、って喜んで見せたら、驚いた顔したけれど、微笑んでくれた。

 

 

 それからすぐかな、お昼休みに、彼に、学院棟の、歯の模型が一杯ある部屋に連れて行かれて。白い服着たおじさんが、歯並びの矯正のチケンに協力してみないかって。

 よく分からないまま引き受けたら、まあ痛いのなんの。しかもあんなに期間が掛かるなんて聞いてない。結局一年以上掛かってさ。

 

 涙目になってたら、彼がいつもよりこまめに傍らに居てくれて。歯磨きの練習に付き合ってくれたり、食べる物をすりつぶしてくれたり、本当に助けられたわ。ああいう時に一人じゃないのって救われる物ね。

 結果、顔の形が変わるほど見違えて綺麗になった。え、これがあたし!? って奴よ。

 

 

 助手の人が、お医者さんでやったら凄くお金がかかるから、誰でも気軽に出来る治療じゃない、それを安価で出来るように研究してる、って教えてくれた。そんなのに協力出来たなんて光栄だわ。

 歯が治ると、容姿が良くなるだけじゃなくて、長生きも出来るんだって。

 あたし本当、幸運だなぁってしみじみ思って……

 

 ――あたし、うんと長生き出来るんだよ。ルカに出逢ったお陰。あたしの前に現れてくれてありがとう――

 

 院の裏庭で一緒にお昼食べてた時に、軽い気持ちでそう言った、……だけなのに……

 

 何であんなに泣くんだろうね、涙、ボロボロ、ボロボロ、いきなりだよ、ビックリしたよ。

 全然止まらないから、背中トントン叩いて、よしよし、一緒に長生きしようねって言ったらもっと泣き出して。

 もう子供だよ、あ――んあ――んって。

 

 窓から覗く人もいたけど、様子見たら引っ込んで、放っておいてくれた。

 そんなのはその時だけで、彼も何の説明もしなかった。聞いた方が良かったのかな。

 

 でもそれから彼は、穏やかな微笑みだけじゃなくて、色んな表情をするようになった。大口を開けて笑う時なんか、いまだに子供みたい、ギャップ凄いの、普段すましているだけに。

 

 

 あれ? 自分の事を話せって言われたのに、いつの間にかルカの事ばっかりになっちゃった。ごめんなさい。

 そんな感じでさ、あたしもこの三年、学園生活させて貰っている気分を味わえた。

 卒業したら家を借りるのよ、一軒屋に林檎の木を植えて。この間は一緒に郊外に出掛けて、この辺りいいね~とか、のんびり散歩した。毎日ね、一緒に、未来の話をしてる。

 

 

 あらもういいの? 握手? はい……

 ありがとう、って、なぁに?

 えぇと、聞いてもいい? 貴女はどなた?

 

 主治医? ルカの?

 えっ、ルカどこか病気? 大丈夫なの? あ、あたし、全然気付かなくて……

 

 主治医だった? あぁ過去の話なのね、ビックリしたぁ……

 もう大丈夫なんですか? 本当に?

 ああ、そうなの、もう大丈夫なのね、良かった、良かった。 

 

 あら、雨、あがったのね、眩しい。

 

 はい、足元気を付けて、ごきげんよう。

 

 

 

 

     ~ききりの神さま・了~

 

 

 

 

 

 

 

 




明日から三章開始(短いです)
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