再び、サロン窓辺のイサドラとマリサ。
「でも悪運強いわよね、その母娘。手紙はうちの母からの物もあったのでしょう?」
「そうね、フロレインからの物もあったわ。十何通かの手紙の中の、一番爵位の高い家を狙って突撃したみたい」
「あらまぁ。公爵家の何たるかを何も分かっていないのね。でもそのあざとさのお陰で首が繋がったとは、知る由も無いのでしょう。優しいもの、カンタベリィの伯父様は」
マリサは微笑みだけで返す。
イサドラの家、フロレイン伯爵家は、この国最古の名門。何だったら国境が定まる以前からこの大陸に存在している大樹のような家。
国が変わり政権が代わっても存続出来ているという事は、様々な暗部に浸潤し、どんな時代をも生き抜く力を有しているからだ。
伯爵位は柔軟に動く為の建前で、その闇を知らずに侮った新興貴族がたまにエライ目に遭わされている。
イサドラは他家に嫁ぐ者として、家業の教育はされていないが、それでも
「そんな面倒くさい血筋の娘、うちへ来ていたら『いなかった事』にされておしまいよ」
なんて言葉が平気で出て来る。
後ろでカタンと音がした。
二人が振り向くと、サロンの広い部屋の隅、わざと雑に椅子をひいた書記の少年が、神妙な顔で立っている。
「失礼致しました、マリサ様、イサドラ様、ご機嫌麗しゅう」
「あら、早いわね、ルカ」
「今日はダミアンの手伝いで遅くなるんじゃなかったっけ?」
「論文の幹が固まらないと仰って、延期です。本日の定例会合は欠席されるそうです」
存在感だけでなく、学園始まって以来の天才と称されるダミアンの助手が勤まる程度に優秀だ。
「そう、分かりました」
マリサはすんなり流すが、イサドラがカツカツとヒールを鳴らして、背の低い少年の真ん前まで詰めた。
「ねぇ、いつから聞いていたの?」
「今しがた入って来た所ですよ」
「本当にぃ?」
何でかイサドラはこの子に絡みたがる。マリサは気の毒そうに肩を竦めた。
「こ、声を掛けて入って来たのに、物騒な話を続けていたのはイサドラ様たちじゃありませんか。何も知りません聞いていません、僕はいなかった事にされたくありません」
「あ――ら」
イサドラは手を伸ばして少年の小さい顎に指を掛ける。
「ルカをいなかった事にするのは大変そうねぇ。執念深いから死に戻ってでも復讐に来そう」
「ふふ、いっそ逆行してうちの叔父を懲らしめに行ってくれないかしら」
「マリサ様まで人をゾンビみたいに言わないで下さい。お二方とも流行小説の読みすぎです」
ルカはイサドラの指先から逃れて席に付き、せかせかと書類ケースを開いた。
「今週分の報告書はこちら、提出前の確認をお願いします。会議の時刻まで、失礼して内職をやらせて頂きます」
言うが早いか、びっしり書かれた外国語の文章を猛烈な勢いで翻訳し始めた。
「それ、北ヱ国の文字じゃない。高等学院で習う物でしょう?」
「はい、扱える人が少ない割に需要が多いって聞いたので、この秋から集中して修めています」
「それでもう翻訳の仕事を入れているの?」
「書類の定型文だけなら行けます。貴族の言い回しやジョークも混じると辞書を引きながらですね」
「…………」
「すみません、集中します」
少年は上級貴族の令嬢二人にそう言い放って、ペンを動かし始めた。
宮廷直属のサロンで堂々とスキマバイトを始める一年生。
まぁ優先すべき書類は先にきっちり仕上げているし、最低限の礼節は守る、余計な事には首を突っ込まない。お勉強だけではなく、そういうのにも頭の回る利口な子だ。
そういえばこの少年も、市井で育って十一才の時 侯爵家に引き取られた庶子だ……と、マリサは気付いた。
(あのピンクの子と同じような条件だわ)
にも関わらず、たった十ヶ月の教育で貴族学園で首席を張れるまでに成っている。
育てた母親にそれなりの教養があったらしいが、やはり地頭がすこぶる良いのだろう。
(こちらの子だったらカンタベリィは迎え入れたでしょうね)
マリサはうっそりと目を細めた。
ルカの父親は身内の管理をしくじって侯爵位を失い、今は王都から一番遠い直轄地の閑職勤務。おそらく一生戻って来られない。
(こんな優秀な子を得ておいて生かせないなんて、無能だわ)
冷たいけれどマリサはこう思ってしまう。
ルカは保護者無しの特待生として学園に残れたものの、将来の足場を大きく失してしまった。
そういうのもマリサはもどかしく思う。自分の手元に置けば、不自由はさせず、好きな分野を好きなだけ勉強させてあげられるのに。
現在の彼は、侯爵の庇護下にあった一年あまりの養育費を返済する為、学業の合間にせっせと翻訳バイトをやっている。たまに教師の雑用も言い仕る。
今の所、四つか五つの外国語、古語を使い分け、内外から仕事を受けている。何でも、一度読んだ文字や文章はすぐに覚えてしまうらしい。
この子の優秀さに目を付けた家が複数 、獲得に乗り出している。
マリサも父に許可を取って名乗りを上げている。
しかししかし、どの家も袖にされている。
何故? 経済的な事情から、一見すんなり行きそうなのに?
マリサを驚かせたのは、『ルカの父親は養育費の返還など求めていない』という事実。それを聞いた時はさすがに顎が外れた。
ルカ一人が勝手に身を粉にしてバイトして、送金し続けているだけなのだ。
『自分の身にこびりついている貴族成分をこそぎ落としたいのだろうね』
アーサーがしんみりと言っていた。
侯爵家に引き取られた当初、本妻とその息子にかなりな仕打ちを受けたらしい。結果、二度と貴族の家に入りたくないと心に傷を負っている。
父親は虐待に関与していなかったが、『知らなかった』は免罪符にならない。
『たとえ引き取りを決めた者がまともでも、家に怪物が隠れている可能性がある、そして一度囚われてしまうと誰も助けてくれない』という恐怖を、この子供は刷り込まれてしまっているのだ。
(なんて馬鹿をやったのかしら、こんな貴重な子を。カンタベリィだったら大切に育んだのに)
そういうもどかしい思いが余計にマリサの中で昇華され、
(やっぱりあの子、欲しい。暖かい温室で大切に保護して、磨れさせず、いつまでも美しく保ってあげたい……)
穏やかな微笑みの下でそんな思案をしていると、ローザリンド王太子殿下と他のサロンメンバーが入室して来た。
欠席のダミアンを除き、八名揃った所で定例議会を始める。
***
「マリサ、またルカの方ばかり見ていたねぇ」
議会終わって解散となった時、サロンリーダーのアーサーに話し掛けられた。マリサの婚約者で、王弟ストラスフォード大公の嫡男。
「あら、そうかしら」
「うん。婚約者に嫉妬をさせたいのかと思った」
「えっ、アーサーは嫉妬してみたいの? だったらあんな蒙古斑も消えないような子供ではなくて、もっと効果的にダメージを与えられそうな殿方を探してみるわ」
「いやいい、君の本気は怖い」
今はもう婚約が整って余裕の二人だが、それまでの道のりは修羅場だった。
何せこの二人の組み合わせは、貴族社会で一番『あり得ない』とされていた。
ややこしい事を省いて説明すると、三つある公爵家って、やんごとなき血を保管する『ストック場所』なのだ。
王家は世襲制だが、血が煮詰まると宜しくない事は、古くから知られている。
そこで、程よく厳選された『他』からの血をブリーディングしながら高貴の血筋を保つのが公爵家。
だから、公爵家同士……しかも王家の血の濃い者同士の婚姻など、あり得ない、というか『無意味』なのだ。意味を成さないという事は、それまでの最上級の教育、時間と経費、全てが無駄になるという事。
(そう考えると、マリサ叔父のやらかしが、如何に暴挙だったのかも分かる)
そしてもう一つの問題。
アーサーは現王太子のセカンドだ。
マリサと婚姻を結んでしまうと、生まれる子供の継承力が強くなり過ぎる、いらぬ混乱を招く。
その憂慮はもっともで、二人の間は別に意地悪で割かれていた訳ではない。
二人はそれに対して『マリサが、マリサ父の次妹の養女になる』という変則技を提案した。
マリサ父の二番目の妹は、西イ国の王弟に嫁ぎ、実家国での継承権を失効している。
マリサが他国へ養子に出て諸々の継承権を振るい落とし、かつカンタベリィの絆は残すという、妙案。
ストラスフォード家には、西イ国王家と縁を結べる利が生まれる。
ではカンタベリィの利は? そちらはマリサが夏期休暇に西イ国へ渡航し、見事に人脈を築いて貿易事業の骨子を立ち上げ、『自分が西イ国の養子となれば国と実家にどれだけ貢献出来るか』を示した。
王家と、ストラスフォード、カンタベリィ両家は、若い二人の覚悟に舌を巻き、そして将来への期待も込めて、二人の婚姻を認めた。
ローザリンド王太子がマリサの従姉妹のイサドラ・フロレインと交際を始めたのも、後押しをした。
何せイサドラの実家は鬼のように強い。次世代王家がフロレインによって強化されれば、他がどう結びつこうが不安は無い。
実はそう思わせるのがイサドラと殿下の思惑だった。
だからこの二人はとってもドライ。
どのくらいドライかというと、
『お互い相手が見付からなかったらこのまま結婚していまいましょうか』
『それもよいかもしれません』
『うふふ』
『ふふ』
なんて周囲が反応に困るくらいドライだ。
「貴族めんどい!」
庶務の一年生、ロッチが叫ぶのも分かる。
(彼も一応貴族だが)
***
悩みの種の恋心も成就し、あとは卒業までの三ヶ月、穏やかな学生生活を満喫する予定……そんなマリサであった。
しかし、好事魔は、思わぬ方向から降って来る。
その日マリサは学園から帰宅後、制服のまま庭園に回った。自分の花壇を見に行く為だ。
この夏に、西イ国で出来た友人から譲り受けた、あちらでしか入手できない珍しい宿根植物が植わっている。
庭師に委託しているが、花壇の作成は自分も手伝い、成長を楽しみにしていた。
今日はその友人に手紙を書くので、成長の様子を報告しようと、花壇を訪れたのだ。
(上手く根付いていればいいな)
ポーチへ出て庭タイルに沿って歩いて行く。
と、耳障りな高音が聞こえた。
「キャッキャッキュー」
マリサは眉をひそめた。
あの子供に本邸の庭に入り込む許可など、誰も出す筈がない。
注意せねばならないのだろうか。正直あまり関わりたくない。警備を呼ぼうか?
思案しながら垣根を曲がると、ピンクドレスの女の子が見えて……
「ああっ」
マリサは淑女らしからぬ悲鳴を上げてしまった。
目当ての花壇が見るも無惨に掘り返されている。
頂き物の貴重な宿根植物は、石畳に放り出されて女の子の足の下に踏みつけられている。
「あ、あなた、何を……」
「ギャッ、ギャギャッ」
相変わらず言葉が分からない。
怪獣だろうか、化け物だろうか、とにかく脅威の生き物だ。どうしよう、誰かを呼びに……
奥の庭師小屋の方から、人影がやって来た。
「あれ、マリサか?」
「レイお兄様!」
上衣を脱いでシャツの袖まくりをしたレイモンドだ。
少し遅れて、庭師の男性が手押し車に荷物を積んで付いて来る。
「キャッ、キュッ」
ピンクの女の子はいち早くレイモンドに駆け寄って、腕にしがみ付く。
「マリサ、そこの花壇どうしてそんな事に? 何があったの?」
レイ
壮年の庭師が追い付いて来てマリサの気持ちを代弁してくれた。
「うぁ、これはどうした事だ、お嬢様の大切な苗が。なんて酷い事を」
言って、慌てて落ちている苗を拾い始めてくれたので、マリサはホッとした。
よかった、酷い事なのだ、そう感じるのは間違いではなかったのだ。
根には、おそらく地上に芽を出していただろう緑の部分もぶら下がっている。花を咲かせるのに三年以上も掛かる品種で、友人は育てている途中の物を、わざわざ株分けして持たせてくれたのだ。
レイモンドも掘り返された穴を見て眉をひそめた。
「キャシーがやったのか?」
「キュッ、キュキュー」
「キャシーは少し静かに。マリサ」
「はい」
やっと声を出せた。
「この荒らされた場所はマリサの花壇なのか」
「はい、西イ国のガネシャ家に友好の証として頂いた稀少な宿根植物……」「ギャギャギャ――」
また遮られてしまった。
女の子の言葉を聞いて、庭師は黙っていられないとばかりに口を開いた。
「なんと自分勝手な。使っていいのはあちらの手付かずな場所だと申したではありませんか。ここだって最初はこのように整っていなかったのを、私とお嬢様で雑草を取り土を作ったのですぞ。
花を付けているばかりが植物の価値ではない。草木を育てる事をなんだと思っておるのか」
女の子の言葉が分からないのは、やはりマリサだけのようだ。
レイモンドは額を押さえて息を吐いた。
「寄せ植えを作って世話したいというから、そのくらいなら気分も紛れるだろうと許可したのだが」
手押し車には、咲いている花の株と、土を作る肥料や耕す道具が積まれている。
植物を世話したいならわざわざ花壇を使わせずとも、鉢を持たせて種や球根からやらせた方が情操教育になるのでは? とマリサは思う。
「坊っちゃまが許可されたのなら仕方がない、あちらの使っていない花壇ならどうぞと案内したのに、誰かが作り上げた場所を横取りしたがるとは。
レイモンド様、やはりそのような性の子供、庭に入れるべきではなかったのです」
この庭師は代々ここに仕え、子息たちがわんぱく坊主の頃から知っているのでズケズケと物を言う。
「キ――ッキ――ッ」
吠える怪獣。
マリサは頭が痛くなって来た。
「お嬢様、この根はまだ大丈夫です。強い植物なので、私がちゃんと復活させます」
「ほ、本当?」
「キ――ッキ――ッ」
「来春には花を咲かせますよ」
「ありがとう、ジョナサン」
「キ――ッキ――ッ」
苗を拾い終わった庭師はきりりと立って襟をただした。
「その子供は庭に立ち入り禁止にして下さい。恐れ多くも公爵家の庭園として誇れるよう、私どもは丹精込めて造り上げております。
幼稚な嫌がらせをする精神の者が入り込んで良い場所ではございません。レイモンド様、命じて下さいまし」
「あ、ああ……そうだな」
レイ
「寄せ植えを作るのは無しだ。選んだ花はジョナサン、手数だが元の花壇に戻してやってくれ。
キャシーはこの庭に入るのは禁止。あっちの柵から……」
「いえ、離れの玄関からこちら方面へ足を踏み入るのを禁じて下さい。あと罰もきちんと定めて下さい」
「ジョナサン、幾らなんでも庭師の権限を越えていないか?」
「皆が言えぬからわしが首を賭けてでも言わねばならぬのです。先日の見送り時の粗相を、下働きの者どもが何と噂しているかご存じなのですか」
「キ――ッ、キキキキッ」
「キャシー、口を閉じなさい。
分かったよ、ジョナサンの言う通りだ」
「ギャギャッ、ギャギャッ」
「今からキャシーの立ち入っていい範囲は、離れとその玄関から向こう側だけだ。破ったら、……そうだな、食事を減らす」
「ギ――ッ」
マリサはさっきから不思議な気分。何せ自分にだけ、キャシーと呼ばれるこの女の子の言葉が分からないのだ。
良くない言葉を喋っているのだろうが、分からないから、言葉を解さぬ犬猫が叱られているような、のどかな感覚だった。
その時
「ギャギャギャギャ!!」
いきなりマリサに向いて、何を言ったのか、レイ
庭師も目を見開いて硬直したので、相当の言葉なのだろう。
「キャシー、今すぐ離れへ戻りなさい。そして本日は部屋から出る事を禁ずる」
突然、声が氷のような無表情になった。
マリサは背筋がピンと伸びた。そう、
いつもは穏やかだから忘れがちだった。
「ギ……」
怪獣はさすがに怯んだ。
「キョ、キョキョキョ……」
それでも動かずに泣き真似をして粘っている。高位貴族モードの男性にそんなの通用しないのに。
「早く行きなさい!」
楔を穿つような迫力に、さすがに女の子は青くなって、逃げるように走って行った。「ギャギャギャギャ」と捨て台詞を吐いて。
レイモンドは唇を震わせながら突っ立っている。
「あの性悪童が……」
庭師が吐き捨てながら、気遣わしげにレイモンドを見上げた。
「ここの片付けはやっておきますので、少し休まれては如何でしょう。無理をして時間を作られたのでしょう?」
「いや、無理という程では……」
琥珀の前髪を目にかけてレイモンドは振り向き、マリサに向いた。
「すまなかったな。私が軽率なせいで」
「い、いえ、あの歳の子供がこんな事をするなんて、誰にも予測が付きませんわ」
兄の顔色が真っ青なので、マリサも心配になって来た。
「レイ兄様、私、まだあの子供の言葉が分からないのです。だ、だから、ちっとも傷付いていません」
「そうなのか?」
「はい、脇で聞いていても、まるで犬のしつけを見ているようでした」
「犬・・ははは」
兄の強張りが少し取れてくれた。
「マリサの小人さんは優秀だな。聞こえない方がいいよ、髪の色が何だと言うのだ、よくもあんな下劣な……」
最後の方は口の中だけで呟かれたのでマリサには聞き取れなかった。
疲れた様子で邸へ戻る兄。片付けねばならない書類仕事に隙間を作って、子供の相手をしてやっていたのだ。基本、優しい人なのだ。琥珀の金が夕陽に光っていた。
***
兄を見送ってから、マリサは屈んで庭師を手伝った。制服が汚れますと言われたが、自分に責任のある苗だからやらせてとお願いした。
「レイモンド様もマリサお嬢様も、本当にお優しい」
「ジョナサンたちが誠実に仕えてくれるお陰です」
「小人さんと仰っていましたね」
「兄の昔からの口癖なのです。私が雷が怖くて泣いていると、『親切な小人さんが怖い音を食べてくれるから大丈夫』などと慰めてくれました。もう小人さんなんて歳でもないのにね」
「ははぁ」
ジョナサンは頬を緩めて笑顔を作った。
「わしも亡き母に同じように言われた事があります。もしかしたらレイモンド様は幼い頃、母に聞いたのかもしれませんね」
「まあ。ターシャが?」
ジョナサンの家系は先祖代々この家に仕える庭師の一族だが、ジョナサンの母ターシャは、植物の達人と言われていた。
二年前に亡くなっているが、彼女が世話した後はどんなに萎れた植物も元気になると聞いて、憧れを持って眺めていた記憶がある。
間引いた蕾を麦わら帽子に挿して、いつもちょっとお洒落な婦人だった。
そういえば外遊びが好きだったレイモンドも、彼女の後をよく着いて回っていた。
ジョナサンは手際良く根を植え水を掛けてくれた。
花壇は元の状態に整えられ、来年には花を付けて友人に報告出来るだろうと言って貰え、マリサはホッとして庭を後にした。
部屋ではメイドが外出着を構えて待っていた。これから母の派閥の夫人と夕食会。
卒業したら結婚までの数ヵ月、西イ国の貿易事業関係で飛び回る予定なので、今の内に繋ぎを取って置かねばならない事が山積み。超タイトなスケジュールなのだ。
今日出来た少しの隙間に文通相手に手紙を書こうと思っていたのだが、流れてしまった。
(私もルカみたいに、学園での空き時間に雑事をこなそうかしら。でもついついイサドラとお喋りをしてしまうのよね)
あの女の子、キャシーの事は、マリサが心配する事ではない。
気を配るのは家令や使用人の仕事で、決定を下すのは父か長兄。
花壇を壊されても、謎に悪意を抱かれても、マリサにはどうしようもない。