きよらかな王子さま   作:西風 そら

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きよらかではない公爵令嬢・Ⅳ

 

 

 

「ふ――ん、最後にきっちり嫌味を言える所が、マリサらしくて素敵だけれど」

 

 学園、特別棟四階サロンの窓辺。

 マリサは、イサドラの存在の有り難さを痛感している。

 彼女にまったく関係のない家内での下らない醜態なのに、こうやって吐き出させてくれるのだから。

 

「それで、今朝は?」

 

「父とエド兄とは顔を合わせたくないから、学校に早い用事があると言い訳をして、朝食をキャンセルして登校して来たわ」

 

「う――ん……」

 

「レイ兄(あに)だけは出掛けの馬車の所へ来てくれて、少し話を出来た。昨日は庭師小屋に出向いていて騒ぎに気付けなかったのを詫びてくれたわ。

 あと執事や警備員たちから聞き取りをして、それを教えに来てくれたの」

 

「まあ、優秀ね」

 イサドラは銀の瞳を細めた。

「生まれる順番を間違えたみたいね、貴女のお兄様がた」

 

 とんでもない発言だが、いつもの事なのでマリサは受け流して次に進める。

 

「あのピンク怪獣が発していたのは大体が、私に対する一方的な言葉だったみたい。『お姉さまと仲良くなりたい』とか『どうして受け入れてくれないの』『私頑張ってるのにメソメソ』系の。喋っている事が分からないって恐ろしいわね。私には恐怖しか伝わらなかったのだから」

 

「あらまあ」

「最初は、『お姉さまにサプライズをしたいから』って台詞で、廊下の使用人を隠れさせたみたい。彼ら、それでどうして私が喜ぶと思ったのかしら。

 そもそも家の一員でもない外の娘に皆が従ってしまうのも、本邸に入れてしまう事からして、もう不思議でしようがないの。私の専属メイドや警備員までもよ」

 

「誰かが見逃していたら、いつの間にか許可されたんだなと、連鎖的に思ってしまうのかもね」

 

「まさか、うちの使用人に限って、そんな……」

 

 眉根を寄せて否定するマリサを、イサドラは横目を流してチラと見た。

「それで?」

 

「レイ兄が、自分の権限で、母娘の立ち入り禁止の念押しと、使用人たちに罰則を与えてくれると言ってくれたわ」

「それは良かったわね」

「ただ、レイ兄の権限は三番目で、父やエド兄が上書きすれば覆(くつがえ)されてしまうのよね」

「ああ……」

 

 イサドラは今一度横目でマリサを見やって、少し口を開きかけてから、思い定めたように閉じた。

 そうして、ふっと力を抜いて、部屋の隅を振り返る。

 

「貴方はどう思う?」

 

 

「だから何で僕に投げて来るんですか」

 

 机の端で翻訳作業をしていた錫色の髪の少年が、心底嫌そうに顔を上げた。

 

 

 ***

 

 

 今日のマリサは、部屋に入った時にルカの存在を認識していた。

 いつもの隅の机で翻訳作業をしていたのだが、また集中している最中だったのか、二人が入って来ても顔を上げなかった。

 イサドラも気付いていた筈なのだが、まるで誰も居ないかのように、入ってすぐ窓辺へ歩き、お喋りを始めたのだ。

 それに便乗していたマリサは、『あらやだまた聞かれていたの?』とわざとらしい顔をした。

 

 窓辺の二人に気付いた後のルカは面倒そうに見てみぬ振りを貫いていたが、イサドラにロックオンされ、うんざりした様子で口を尖らせる。

 

「イサドラ様、自分の言うべき台詞を僕に言わせようとしているでしょ」

 天下のフロレイン伯爵令嬢にズバズバ物申す一年生。

 

「分かっているのなら言いなさいよ」

 負けないイサドラ。

 

 ルカは息を吐きながら床へ目を逸らせた。

「マリサ様は、自分の家の使用人やご家族に、幻想を抱き過ぎていると思います」

 

「えっ!?」

 

「加えてご家族に置いては、神格化しちゃっているような気がします」

 

「ええ・・?」

 思いもしない言葉に、マリサは衝撃の目を見開いた。    

 イサドラを見ると、ルカを向いて黙って目を細めている。

 

「で、でも、うちの使用人は、それはもう厳しく教育されていて……」

 

「決められたルーティンを厳守するには優秀だけれど、想定外のイレギュラーには弱いんじゃないですか? 

 家族と認められていないとはいえ家長が保護している母娘、邸内を彷徨(うろつ)いても彼らは何も言えないですよ。教育が徹底されているなら尚更です。

 あまりに堂々とされていたら、『あれ? 誰かが招いたのかな?』ぐらいに思っていちいち確認しません。執事クラスならまた違うかもしれないけれど。

 それで健気っぽく『この家の令嬢に嫌われたくない』なんて庇護欲そそる幼な顔で演じられれば、惑わされてしまいますよ、機械じゃなくて人間なんだから」

 

「でも、まさか……」

 

「優秀ったって思うほど完璧じゃないですよ。所詮脳ミソの違う他人なんだから」

 

「いえ、それは……」

 

「これだけ言っても否定する所が、信じ過ぎちゃってる証拠です。一回疑って掛かってみたら如何です」

 一年生に言い詰められて、マリサは黙った。

 

「ご家族だってそうで、マリサ様がどんなに恐怖を感じても、レイモンド様以外はあまり深刻になっておらず、『どうでもいい事』だと思っているんじゃないでしょか。その上で、『我が家に責任がある女子供』を冷たく扱うのは、自尊心が許さないとか、そんな感じで」

 

「…………」

 

「優し過ぎるものね、カンタベリィの伯父様は」

 イサドラの声にマリサは振り向いた。ルカの言う事を全面的に肯定する言葉だ。

「でも面倒は背負い込みたくないから娘(マリサ)に丸投げ。詰めが甘いのよねぇ」

 いつものトンでも発言だが、マリサは反論する気にならず、寧ろ何だか救われた気分になった。

 

「思うに、マリサ様がしっかりし過ぎていて、使用人やご家族が着いて来られていない……そんな状況だと思います、僕の個人的な見立てですけれどね」

 

 マリサの横でイサドラが(お見事)と口の中で呟き、音が出ない拍手を二、三度繰り出した。

「私が言うより上手に纏めてくれたわ。さすが言語学者の卵ねぇ」

 

 ルカは面白くなさそうな顔で「どうも」と呟いて、机の書類に戻った。

 

「ね、マリサ、私が言うより響いたでしょ?」

 

「……? え、ええ、そうね」

 マリサは、イサドラがルカを巻き込んだ理由を理解した。言おうとしていた内容は同じだろうけれど、何歩も離れた者の俯瞰の意見の方が身に凍みる。

 

「ルカに頼りっきりじゃ情けないから、私からも一つアドバイス」

 再び窓辺に肘を掛けてイサドラは、遠くの空を眺めながら喋り始めた。

「マリサはもう、家族から巣立った方がいいと思う」

 

「巣……立つ?」

 

「そう。だってもうすぐアーサーの家に嫁いでストラスフォードの者になるんでしょう?

 貿易会社はマリサが西イ国で、単身奮闘して土台から築いているんだし、経営の相談なんか、もう実家に伺いを立てなくてもいいんじゃないかしら」

 

「で、でも、カンタベリィの伝手(つて)と名を散々使ったし、あの会社は、私が西イ国と縁を繋ぐ事によって国と実家に益をもたらせるという証明だから……」

 

「一回相談したんだからもういいと思う。聞く耳を持たなかったのは伯父様たちだし」

 

「…………」

 相変わらずこの銀の髪の従姉妹は歯に衣を着せない。

 

「そもそも会社設立の時、役に立ったのはカンタベリィだけだっけ?」

 

「え、いいえ、アーサーが縁の下で物凄く力になってくれたわ」

 

「じゃあもうこれからは、そういう相談や仲介はストラスフォードを頼ればいいと思う。

 重ねて言うけれど、貴女、ある意味実家に背信してアーサーに嫁ぐ道を選んだのよ。伯父様たちからの扱いが多少ぞんざいになってもしようがないわよ」

 

「…………」

 そうなのだろうか……

 

「レイモンド兄様のように、会話の通じる人だけと縁を続けて、後は最低限の形式だけ付き合えばいいと思う。『家族』という言葉にあまり拘らない方が身のためよ。高位貴族なんて特に」

 

「そう……ね」

 

 そうかもしれない。マリサの肩の荷物がスルスルと解けてゆく。下りて初めて、随分と重い物を背負っていたのだと気付いた。

 

 

 ***

 

 

 その後マリサには色んな事が起きたけれど、無事に乗り切る事が出来た。

 その時のイサドラとルカの言葉があったお陰だと思う。

 

 

 ***

 

 

『色んな事』の最初は、相談をした早くも翌日、また花壇が被害に遭った事。

 今度は掘り返された根が、再起不能なまでに粉々に磨り潰されていた。

 

「あらあら」

 朝一番、庭師のジョナサンに知らされて現場に行ったマリサは、他の庭師に押さえられてキーキー喚くピンク怪獣を余所に、他人事みたいに呆れた声を出した。

 

「野良犬など入り込む筈が無い!」

 とジョナサンが憤慨しているから、犬の仕業だとか喚いているのだろう。

 キーキーからニャーニャーに変わったので、痛い、疑われた私可哀想~~等の猫なで声を出しているのかもしれない。

 

 現場に、次兄のレイモンドと警備員、執事クラスの者たちも駆け付けて来た。

 例え野良犬でも夜中に公爵家の庭園に何者かの侵入を許したとなると、大事なのだ。ここまで騒ぎになると思っていなかったのだろう、怪獣は慌てている。

 

(一歩引いて余裕を持てば、あんまり怖くなくなって来た……)

 

「犬がマリサの花壇だけを狙って荒らして行くなど有り得ないだろう」

 レイ兄の言葉に、またキーキー言い出す怪獣。声に泣き真似が入っているので、私を疑うのヒドイ~~とでも言っているのかな。

 マリサには、この子が喋っている言葉を推理してみる余裕も出ていた。

 

「犬だとしても今頃は、酷い目に遭っているかもしれないわ、憐れね」

 何て事はない風に言うマリサに、怪獣は驚いた顔を向ける。

 

「真(まこと)にですじゃ」

 シレっと言うジョナサンに、ピンクのリボンを振り回してまた振り向く。

「こんな毒草の根を踏み潰してしまうとは。空気に触れた瞬間に発する毒を吸い込んで、今頃内臓がジワジワと蝕まれておる事じゃろう」

 

 怪獣の顔が恐怖に包まれた。

 

「マリサ、あの宿根植物って、そんなに危険な物だったのか?」

 レイ兄が訪ねた。

 

「いえ、この紫の根は元々庭にあった物です。ほら、ここ、以前はターシャの薬草園だったでしょ。古い根が残っていたみたいです」

「ん、そうなのか?」

 

「危険と言っても生のまま念入りに磨り潰すような真似をしない限り、大丈夫な物ですじゃ。そんな事をする人間、そうそうおらぬでしょう」

 ジョナサンの言葉に、兄はふむ……という顔で顎に手をやった。

 

 確かに、薬草の中には取り扱い注意でそのままだと劇物になる物もある。

 元々自然界の物なんて、使い方次第で毒にも薬にもなるのだ。強い毒だって量を違えず上手く扱えば、命を呼び戻す貴重な薬になったりする。

 ジョナサンの母ターシャはその辺りの知識に長けていて、生前 多種の薬草を育て管理をしていた。

 

「私の宿根植物は、昨日の内に鉢に移し変えました。一足早く嫁ぎ先の庭に植えさせて貰う事になったの。アーサーに頼んだら快く承知してくれたので」

 ここで咲かせてジョナサンやお兄様たちにも見て貰いたかったのだけれど、と、マリサは残念そうに肩を竦めた。

 

「いや、野良犬に入り込ませておくような庭では、わしらも安心してお預かり出来ませぬ。成長を楽しみにしておりましたが無念です」

 

「春になって増えたら株分けをして届けさせるわ、ジョナサン」

 

「その頃には犬も姿を消しておりましょう。今度こそ腕によりを掛けて見事な花園に育てて見せます」

 

 和やかに会話するマリサたちの後ろで、ピンク怪獣は青い顔で靴裏を地面に擦りながらジタバタしている。レイ兄や警備員、従業員たちはジットリとそれを見つめていた。

 

 

 その日の朝食もキャンセルして、マリサは庭から直接通学馬車に向かって、有無を言わせず出発させた。

 父の執事や侍従がハッとして何かを告げる素振りを見せたが、サロンに急用があると御者を焚き付けて、ダッシュで逃げた。

 

 案の定、『お姉様と一緒に学校へ行きた~~い』を聞き入れて、マリサに無断で馬車に同乗させる予定でいた……と、出発してから御者に聞いた。

 冗談じゃない。

 まあ流石に入学させるつもりは無いのだろうが、学校は遊び場ではない。

 少なくともマリサの残り少ない学園生活を犠牲にする筋合いは無い。

 

 一体いつの間に公爵がそんな許可を出したというのか? 

(……う――ん、多分出してはいないのでは?)

 許可が出なくとも、まるで貰ったかのように振る舞っていたら、素直で働き者の従業員たちは、そう思ってしまう。

 

 肝心の父や長兄が、ハッキリとした態度を取ってくれないのだ。

 大人の貴族には毅然と振る舞える彼らも、平民の女子供に冷たい態度を取りたくないのだ。周囲に対する外聞か、己の矜持か、はたまた面倒くさい責任を負いたくないだけなのか。

 

 どちらにしても彼らが断じてくれない限り、なし崩しに実行されて、被害を受けるのはマリサなのだ。

 

 

   ***

 

    

 

「本当に、笑っちゃうくらい、ルカとイサドラが言った通りだったわ。アドバイスをくれた二人に心から感謝よ」

 

 昼休みのサロン。

 イサドラと並んで窓辺に佇むマリサ。

 ルカは不在。

 後ろのテーブルでは、ローザリンド殿下とロッチとリリィの一年生仲良し三人組が、お弁当を広げている。

 この三人には公爵家の内情(スキャンダル)は話せないので、「厄介な預かり子に困っている」程度に伝えている(殿下はおそらく把握しておられるだろうが)。

 

「私は何も。ほとんどがルカの功績でしょ?」

 イサドラは、不在の席を眺めて肩を竦める。

「花壇の再破壊、すり寄るフリをして踏み台にしようとして来る事、何回も口に出す事で本当にしてしまおうとする事、学校に付いて来たがる事、足を踏み入れる事でなし崩しにしようとする事…… 全部ルカが予測していたわね。

 そういう読みをやらせたらホント鋭いわ、あの子。本当に十二歳?」

 

 当のルカは、昼休みは婚約者の元へ行っている。

 貴族が大半の学園だし、幼い内から親の決めた婚約者がいる者は珍しくないが、ルカの場合は自力で見付けてプロポーズをした珍しいパターン。教会で婚約式も済ませているというから隙が無い。まさに「本当に十二歳?」だ。

 しかも相手は学園寮で働く下働きの娘。

 常識を貫いている彼が、何でそこだけコースアウトしたのかは謎。

 

「愛の力と言ってしまえばそれまでなのだけれどねぇ」

 と、苦笑いをするイサドラは、その娘を懐に取り込もうと近付いて、出産直後の野性動物のように荒ぶったルカに激しく追い立てられた経験がある。それ以来ノータッチ。

 

 放課後や休日がバイトで埋まって婚約者らしい事を何もしてやれないルカは、せめて平日のランチだけでもと、足しげく彼女の元へ通う。

 見た者の話では、物干場の隅で日向のスズメみたいにちんまり並んで、彼女作の素朴なお弁当を睦々しく食(は)んでいるらしい。

 

「あの子にそんな一面があったなんて」

 マリサも隣で苦笑い。

 

「それはそうとマリサ、邸の私室、ちゃんと施錠して来た?」

 

「ええ、あらかじめ教えて貰えたから、昨日の内に準備しておけたわ。これも本当に感謝よ」

「ふふ」

 

 

 昨日ルカは、マリサの部屋も用心した方がいいと進言した。確かにあの歯止めの効かない自称従姉妹が略奪に来る可能性は大いにあって、怖い。

 

 マリサの私室はもちろん鍵が掛かるが、部屋を整えるメイド、執事、家令、家長、あらゆる者が合鍵を持っている。

 信頼の元に預けられているのだが、それが瓦解している今、とても安心していられない。

 泣き喚かれたら何も考えず従ってしまう者だらけなのだ。

 

『でもどうしたらいいのかしら』

 部屋の鍵を勝手に改造するのは、業者を呼ぶにも時間が掛かるし、おそらく家長が許可してくれない。

 

『ロッチがいい物を持っていますよ』

 ルカが自信たっぷりに勧めてくれた物は……

 

 

「サイズとか大丈夫でした?」

 後ろの席からロッチが聞いて来た。

 

「ええ、もうシンデレラフィット」

 にっこりと微笑むマリサ。

 

 昨日彼から譲り受けた物は、ドアノブを挟むように取り付ける、手のひらサイズの金属プレート(アンティーク調)。

 ダイヤル式の錠前で固定する仕掛けで、プレートが鍵穴を覆って、鍵を刺せなくする仕組み。ドアを改造しなくても自分だけの施錠が簡単に出来るアイテムだ。

 

 マリサはそれを自分の部屋のドアノブに取り付け、掃除もベッドメイクも不要と告げて来た。

 不測の事態に備えて、レイ兄だけにはダイヤル番号を教えてある。

 

 ちなみに何でロッチがそんな物を持っていたかというと、彼と殿下の二人で作った発明品なのだ。

 学内で披露すると、家内に悩み事のある貴族子女らが群がった。

 三男四男だったり搾取子だったり継子(ままこ)だったり…… 

 親も、王太子殿下に提げ渡された物だと言われると、無下に出来ない。

 

 そして殿下はただの思春期グッズに留め置かない。

 学生たちの信頼を集めると共に、『そういう物を必要とせざるを得ない、家内が健康でない貴族家』を、しっかりと記録しておくのだ。自身の将来の為に。

 

 イサドラは、ロッチの横で穏やかに微笑んでおられるローザリンド王太子をチラリと見つめて、息を吐いた。

 十二歳って、こちらが思うほど子供ではないのよね……

 

 

 ***

 

 

 悩み事がおおむね払拭されたマリサは、晴れ晴れとした様子で、サロンから出掛けて行った。

 本日は、他国親族との養子縁組みについて世話になった、院の民法学者に挨拶に行くと言う。レイ兄の婚約者がそこの研究員で、その伝手で相談に乗って貰ったらしい。

 

 社交に重きを置く貴族たちの学園は、昼休みが長い。

 卒業間近いマリサやアーサーは、今の内にしか出来ない交流に、校内を忙しく巡っている。

 

 三年生のジークは、ランチはだいたい騎士志望の仲間内で取り、その後にやって来る。今はテーブルに付いて、同じく三年生のイサドラと、来年引き継ぐ生徒会(サロン)の話し合い。

 

 二年生のダミアンは、研究に論文に忙しく、ほとんど顔を出さない。

 

 一年生三人組の、ローザリンド殿下、ロッチ、リリィは、サロンの分担事務を終えると、教科書を広げて勉強会を始めた。真面目だ。

 殿下は常にルカと首席争いをしているし、彼に教わる二人もメキメキ学力を上げている。

 

 貴族の学園というと優雅そうだが、夕方までみっちり授業があるし、成績不振だと家に勧告が行く。

 小さい家や地方貴族などは在学中に自分をしっかり売り込まねばならないし、上級貴族は下からの信頼を確固にしておかねばならない。子供だからって気は抜けないのだ。

 

 

 一年生たちが和やかに宿題の教えあいっこをしている向こうで、イサドラとジークは揉めている。

 

「だからイサドラが次期会長(リーダー)でいいじゃないか」

「嫌よ。ジークがいなかったら私がやるけれど、ジークがいるんだからジークがやるべきよ。あと机に肘を付くの止めなさい」

「そういう口うるさい所こそリーダーに向いてるんじゃないか」

 

 家格で言うと、ジークは侯爵家、イサドラは伯爵家だが、イサドラに限っては家柄の格差は関係ない。

 彼女の家は国の暗部の元締め、強大な力を秘める怖い家。

 しかし今はジークを立てたがっている。

 

「私はね、将来の事を言っているの。学生時代は一回しかないのに、そこでの肩書きは一生付いて回るのよ。もっと真剣に考えなさい」

「イサドラは大袈裟なんだよ」

「ローザリンド殿下の専属近衛が学生時代は女性の尻に敷かれていた、なんて言われたらどうするの」

「えぇ……」

 

 名前を出されて殿下がヒクリと揺れたが、ロッチとリリィも口を引き結んだ。そんなの考えた事も無かった。

 

「これから殿下の後ろに付いて、公の場や諸外国の陽の当たる場所を歩き続ける貴方が、そんな肩書き許されると思う?」

「いや別に……」

「許せないわ」

「誰が」

「私が」

「…………」

 

 ジークはしゃっくりしたみたいに黙った。

 

 イサドラはよく自分で『悪役令嬢ですから!』って態度を取る割に、

「私はね、卒業したら可愛いお嫁さんになって、優しい夫に溺愛されながら甘やかされ三昧に暮らすのが夢なんだから!」

 なんて保守的な事を平気で宣う。

 

 気の毒なローザリンド殿下(イサドラの暫定婚約者)は、その度に動揺の目を泳がせ、『溺愛ってどうやるの?』と、すがるようにロッチを見る。

『真実の愛』に憧れてぽやぽやしておられる殿下だが、愛だの恋だのには一番疎い。

 という訳で、殿下は一所懸命頭をフル回転。

 

「わ、わたしは、妃になる者が大輪の薔薇でも、鋸草(ノコギリソウ)でも構わない、しかしわたしを護る者には雄々しい大花独活(オオハナウド)であって欲しい」

 

 そんな一声でジークの次期リーダー決定し、イサドラはニッコリ微笑んだ。

 が、一同の誰も『オオハナウド』を知らなかった。

 

 

 ***

 

 

「イサドラ様も、なんっか頑固なんだよな~~」

 

 一年生三人、サロンのある中央棟を出た所でロッチがぼやいて、殿下とリリィは肩を竦めた。

 

「どうせ実務はイサドラ様がバリバリこなしちゃう癖に、一歩下がって後ろに控えてなんて、あの人らしくな――い」

 

「そう?」

 物柔らかに返事をするのは、つい先日ロッチと婚約したばかりのリリィ。普段から寡黙だが、自分の考えはきちんと言う。

「イサドラ様は控えめな淑女でいらっしゃると思います」

 

「うぇっ!? まっさかぁ! ルカ、しつこく絡まれて、時々半泣きにされてんだぞ」

 

「イサドラ嬢は、甘えられる相手に偏って甘えているだけだと思う」

 殿下までリリィに同調した。

「外見が華やかだから派手な印象を受けるが、言動は保守的で、普段の活動も大人しい物ばかりだ」

 

「で、でも、あの人の事だから、その内 男顔負けに、ドドンと大きな事業でも立ち上げるんじゃないの?」

 

「そうだろうか?」

「そうでしょうか?」

 

 二対一でロッチの負け。

 

 

 

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